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第一章 春樹の場合
王都編 1-13 ケンカするほどなんとかかんとか
しおりを挟む王都アルフとそのお膝元の商業都市ヴァン。
王都アルフの人口は約5万人と少ないが、ヴァンの人口は約50万人と、結構多い。
その偏りの理由は、アルフには貴族、ヴァンには商人や農夫、学者など、様々な職種の人たちが住んでいる、ということだ。
アルフは上流区画、ヴァンは商業区画や学区、工業区画、農業区画と隔てられており、住む場所もそれに準じて決まるのだという。
一見、差別的にも感じるこの制度は、商業都市として効率的に物流を生み出すことに寄与しているらしい。
物流に関しては、"都市内物流部隊"と各都市への物流を生み出している"商団"がある。
前者は名前の通り、アルフとヴァンの中での物の流れを作り出している。各区画ごとに拠点を有しており、拠点から拠点へと物資を運び、そこで仕分けされた品が店などに並んでいき、人々の手に渡っていくという。
後者は、最初にいたヴォルンドやそこから北に進めばある魔学都市ミル、その他アルフレイムに在る多くの都市への物流を生み出している。
別名を"商翔団"といって、全て竜車で編成されている。その竜たちは、ルシファリスの竜車の竜とは違い、体躯も非常に大きく、引っ張れる荷台の大きさも、現世界で言う8tトラックレベルである。ちなみに竜車を引く竜は"翔竜"、空を飛ぶ竜を"翼竜"というらしい。
とにかく、商翔団にいる竜たちは規格が全く別物であった。
それらがあのスピード以上で走ると聞いて、荷台は耐えうるのかと言う疑問を春樹は持った。
その後で、商翔団の人に話を聞いてみると、法陣を使用した耐久性向上に加えて、サスペンションのような機構を、荷台の車輪へ設けていた。"固定車軸方式※"で作られたこれらは、この世界に合っていると感じた。これも過去に来た異世界人の知識なのかと、春樹は感慨深く思う。
※ 左右の車輪を車軸で連結する方式。構造がシンプルで耐久性に優れており、整備がしやすい。し片方の車輪で受けた路面からの衝撃が他の車輪に伝わるため、乗り心地が悪いなどの短所もある。
しかし、ひとつだけ疑問があった。
"貴族"という存在だ。
春樹が想像できる貴族とは、領土を納めて、税を徴収する。そのくらいではあるが、アルフの貴族は違った。
領土はなく、そこに住んでいるだけなのだ。
ではなぜ、"貴族"と呼ばれるのだろうか。
街の人で、この事を知る人はいなかった。皆、そこにいることが当たり前という認識なのだ。貴族たちはヴァンに降りてきて、買い物などするし、ヴァンの人々もアルフに行って、貴族らと食事をすることもあるという。
自分の常識に捉われてはいけないと思う反面、何か違和感を感じる春樹であったが、この時はその程度のことであったのだろう、その後はすぐに忘れてしまった。
クラージュやウェルに連れられて、街のことを色々とと学びつつ、王都のお膝元、商業都市ヴァンにきて、2日が経ったある日のこと。
「ダラダラしてんじゃないわよ。」
部屋の窓の縁に座り、館の前の通りを行き交う人や馬車などを、ボーッと見つめていた春樹に向かって、ルシファリスがきつい口調で声をかける。
「…あれ?今までどこにいたんだ?」
「言ったでしょ。調べ事があるって。」
「…そうだったっけ?」
呆けた顔の春樹に対し、ルシファリスは大きくため息をつく。
「あんたって、自分の立場を理解しているのかどうなのか、よくわかんないやつね。」
侮蔑の意味を込めて、ルシファリスは春樹に吐き捨てるように告げる。
「いやぁ、いろいろ成果はあったんだぜ。そこの角にある果物屋さん、その店のユーキって言う看板娘と仲良くなったから、行くと果物くれるし、一本奥の通りで洋服屋をやってるおっちゃんには、この手袋をもらった。他にもいろいろ仲良くなって、贔屓にしてもらってるよ。」
ハハハっと笑いながら、部屋のそこら中に置かれている、街の人からもらったものを順番に紹介していく春樹に、ルシファリスは再び大きくため息をついた。
「今からある場所に行くから、準備して。」
「え?どこに行くんだ?」
「楽しい場所よ。」
ルシファリスは、そう言ってニヤリと笑った。
それを見た春樹には、嫌な予感しかない。
とはいえ、逆らうわけにもいかず、ため息混じりに「了解。」と呟き、準備を始めるのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
王都アルフ。
上流区画に分類され、"貴族"のみが住む都。
この一画に、その建物はそびえ立っている。
王立研究図書館。
その名の通り、膨大な図書が納められた"図書館"である。
春樹はルシファリスに連れられて、王立研究図書館の中の、ある場所に来ている。
「図書館って言うから、てっきり本でも読みながら勉強するのかと思ったんだけど…」
春樹はそう言って、その広間を見回していく。
台の上に並ぶ試験管には、赤や青など色とりどりの液体が入っている。理科の実験で見たことがあるフラスコやビーカー、アルコールランプのようなものから、ガラスの容器が載せられた装置のような巨大なものまで、多くの設備が整えられた空間である。
装置や機械だけでなく、もちろん人もいる。薄い緑色の白衣を纏い、装置をいじったり、数人で話し合ったりしている。
ルシファリスに続いて、春樹は部屋の奥へと進んでいく。研究員たちはルシファリスの姿を確認すると、皆が腰を折り始めた。
ルシファリスがサッと手をあげると、研究員たちは頭を上げて、再び作業に戻っていく。
「…お前、ここでも偉い人なのな。」
「そんなことはどうでもいいでしょ。」
その言葉に対して、春樹の方には一つも目を向けずに、ルシファリスは言い放つ。
春樹も、もう慣れましたと言わんばかりの仕草をして、後に続いていく。
そのまま一行は、奥に構えていた個室に入る。
部屋の中央では個人用ソファーが2つと、長いソファーが1つ、テーブルを静かに囲んでいる。言うなれば応接室、といえばわかりやすいだろう。部屋にある調度品も、花瓶や小さな絵画など、最低限のものしかない。
ルシファリスは長い方のソファーに腰をかけて、春樹にも座るように促す。
対面のソファーに腰を下ろし、春樹はルシファリスへと問いかける。
「ここにきた理由を、そろそろ教えてくれてもいいんじゃね?」
「5属性を使うときに必要なのは、体内に構築される魔力って話はしたわね?この魔力は何からできるか覚えてる?」
ルシファリスからの唐突な問いに、春樹は顔をしかめつつも、記憶を辿って答えを探す。
「…確か、魔元素?だっけ。」
「その通りよ。この前は細かく説明しなかったけど、法陣を使った事象の発現には、その魔元素以外に、もう一つ重要な要素があるわ。」
「重要な…要素?魔力ってやつを法陣に通す以外に、何かポイントがあるわけ?」
ルシファリスは、コクっとだけ頷き、話をつづける。
「付属性について、少し話してあげる。まず付属性を使用するとき、魔力は必要ないということね。」
「え?魔力を使わないって…。じゃあ俺が水を熱くしたのは、魔力とは別の何かを使ったってこと?」
「そう。だってあんたには、魔力が無いもの。それはあんたも直接見たでしょ?」
「…直接、ていうとあの装置のことか。」
そう言って春樹は、ルシファリスの書斎で行った適性テストを思い出す。
そして、改めて現実を叩きつけられて、ショックを受けて、しょんぼりとなる。
しかし、そんな春樹を気にすることもなく、ルシファリスは話を続けていく。
「さっきも言った通り、付属性に魔力は必要ない。大事なことは、その"現象"を想い描けるかどうか、ということよ。」
「…んんん?ちょっ、ちょっと待って?想い描けるかって、想像できれば発現可能ってことか?こうなれ!って想えば、付属性のできる範囲でなんでも可能ってこと?」
春樹はルシファリスに言われたことを、すぐ理解できず、必死に頭を回す。
ーーー"現象"を想い描けるかどうか。
そんな単純なことなら、いくらでもできる。
自称"妄想族"である春樹にとっては、朝飯前、一朝一夕であるはずだ。
単純すぎるからこそ、逆に混乱してしまう。
頭をひねりながら、思考を繰り広げる春樹に対して、ルシファリスは声をかける。
「ただ単純に、頭で考えればできる、ってことでもないのだけどね。付属性には魔力の代わりに、"魔氣"というものが必要になるわ。」
ルシファリスがそういうと、リジャンが1つのパネルを持って近づいてきた。
ちなみに今日は、朝から"コミュ障モード"である。
「…………これ………」
リジャンはそう言って、春樹にパネルを渡すと、ルシファリスの後ろへと小走りに移動する。春樹はパネルをひっくり返したりして観察するが、特に変なところもない、ただの真っ白なパネルだ。
ところが、
「リジャンが作ってくれた説明用のツールよ。」
ルシファリスがそう言うと、真っ白で何も書かれていなかったパネルに、人体の絵が浮かび上がってきた。
「おぉ。」っと静かに感嘆の声を上げる春樹に対して、ルシファリスは話を再開する。
「まず魔力について説明するわ。"この世界の種族"の体には、5原則を司る魔力機構が存在していて、その機構に魔力を通すことで、それぞれの属性の発現準備をする。」
ルシファリスがそう言うと、今度は人体の絵のお腹辺りに5色の円とグレーの円が現れる。そして、グレーから赤へと光がつながっていく。
「その絵では、"火"属性で説明するわ。まず、魔力を火属性の機構に移し替える。次に法陣を発動する。最後に、発動した法陣へと、火属性の機構にある魔力を移動させる。」
そう言いながら、ルシファリスが上向きに手のひらをかざすと、光の円が現れて、そこから炎が発現する。
それと並行して、パネルの絵では手の部分に光の円が描かれ、そこから炎が燃え上がる様が動画のように映し出されている。
春樹は再び、感嘆の声を上げる。
「それぞれの魔力機構には、人それぞれで強さが違って、それが得て不得手につながるの。」
胃が強ければ大食いだし、肺が強ければ長く潜ったりできるようなものかと、春樹は自分なりに納得して、なるほどなと頷く。
「それに対して、"魔氣"には機構がないと言われているわ。」
ルシファリスの言葉と並行して、今度はパネルに描かれた人体の頭の部分に、白い円が現れる。
「強いて言えば、脳みそが機構になるのかしらね。」
パネルを見ながらルシファリスがそう言うと、リジャンもコクリと頷いた。
「…だから"想像力"ってことか。」
春樹がぼそっと呟くと、ルシファリスはソファーへドサっともたれ掛かり、頭の後ろで手を組んで、肯定する。
「そうよ。その頭にある白い円では、想った分だけ魔氣が練られて、法陣へと移動し、発現するわけ。理解できたかしら。」
パネル上の人体の頭に描かれた白い円から、光が法陣へと繋がり、光っているのを見ながら、ルシファリスへと問いかける。
「じゃあ、今日ここにきたのは…」
「相変わらずこういう時には、察しがいいわね。あんたがその力を制御できるよう、いいものをあげる。」
ご明察というようにルシファリスは、そう言ってため息をつき、一同が入ってきたドアへと視線を向ける。
春樹もつられて入り口に目を向けると、クラージュが入ってくるところだった。
手にはお盆が持たれ、その上に腕輪のようなアクセサリーが置かれている。
留め具はなく、幅広でシルバーに輝くバングルであり、中心には小さくも存在感を示す赤色の宝石が1つ、はめ込まれている。
クラージュは、それらをテーブルの上に置いて、春樹の後ろへと移動する。
ルシファリスはそれを手に取り、
「この2日間、あんたが遊んでいる間に、あたしとリジャンはこれを作っていたわけ。」
摘んだ手でぷらぷらとバングルを揺り動かし、春樹に対して皮肉いっぱいに告げる。
春樹はそんなルシファリスに、
「へいへい、それはありがとございますな。でも、それが何なのかわかんねぇから、素直に喜べないし、感謝もできねぇよ。」
そう皮肉で返す。
「相変わらず舐めてやがるわね。」
ルシファリスはそう言って、春樹を睨む。
「それはお互い様だ。」
春樹も負けじと睨み返す。
それを見兼ねたクラージュは、
「お二人とも、そろそろ話を進めましょう。」
と、互いに意地を張り合う2人に声をかけ、なだめるように間に割って入るのであった。
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