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第四章 全ての想いの行く末
37話 御都合主義とは参らない
しおりを挟む「う…うぅ…」
トヌスは目を覚ましたが、まだ視界はぼんやりとしている。
ーーーどれだけ倒れていたのかわからないが、早く起きなければ…
そう思って体を動かそうとするも、手足にうまく力が入らない。
(いったい、どれだけの魔力を持っていかれたんだ…)
初めての体験にトヌスは混乱していた。
目を閉じて大きく深呼吸する。
こんなことをしても意味がないことはわかっている。
だが、魔力を回復する術を知らない自分にできることはこれくらいなのだ。
トヌスは何度か大きく深呼吸した。
「なんじゃ…お主、ポーションを使わんのか?」
突然、知らない声が聞こえ、トヌスは目を開く。
未だにぼんやりとしている視界の中に浮かぶシルエット。どうやら、自分の目の前に誰か座っているようだ。
(人…誰だ?ボアさんじゃないし…それにあれは…)
はっきりとはわからないが、座るその姿の後ろでゆらゆらと揺れている長いもの…
どう考えても尻尾のように見えるそれを不思議に思いつつ、トヌスはその人物の助言を思い出して、アイテムボックスからポーションを取り出すと、一気に口に含んだ。
体力…いや、魔力が回復していく。
体の中で足りなかったものが満たされていく感覚。
霞んでいた視界もはっきりとしたものになっている。
そんな不思議な感覚を覚えながらも、体が動くことを確認すると、トヌスは大きく息を吐いて目の前の人物を見た。
金色の髪と綺麗に澄んだコバルトブルーの瞳。
手足ともに丈の短い甚平のような服装は、黒を基調としているがところどころに青い模様が入っている。
しかし、驚くべきは頭にある2本の角と、背後で揺らめく長い尻尾だった。
ウォタを想像させるその姿に驚きながら、トヌスは上半身をゆっくりと起こす。
「目が覚めたようじゃな!」
ニヘッと笑う顔は子供のそれだ。
座ってはいるが、おそらく背丈はそこまで大きくないだろう。
ーーー年齢的に小学校低学年くらいだろうか。
そんなことを考えていると、その子が不思議そうにこちらを眺めていることに気づいた。
「あぁ…す…すまん。助言のおかげで助かった。」
「そうか!なら良いが…お主、ポーションを知らんのか?あーいう時はポーション!基本じゃぞ?」
「こ…混乱して忘れてただけだ…」
ーーー本当は使ったことがないからわからなかった…
そんなことは言えるはずもなく、トヌスが頭を掻きながら誤魔化すと、その子供は特に気にした様子もなく「そうかそうか」と笑うだけだった。
一緒になって苦笑いするトヌスだったが、ふと思い出したように疑問をぶつける。
「な…なぁ…ところで…お前は誰なんだ?」
その問いかけに、目の前の子供は笑いながら尻尾を揺らす。
「妾か?妾はユラヒメという!お主に呼びかけに応えてここに馳せ参じたのじゃ!」
「俺に…呼ばれて…?」
ーーーいったい何のことを言っているのか…
理解できずに混乱するトヌスだったが、ユラヒメと名乗った子供は未だに笑いながらトヌスの手を指差した。
「それじゃ…お主、それを使ったじゃろう?」
「これ…?」
無意識に握りしめていたことに気づき、ふと右手に持つ煙管に目を向けた。ユラヒメはそれにうなずきつつ、話を続ける。
「妾はそれに呼びかけられたのじゃ。まさか人間に呼ばれるとは思ってもみなかったが…お主は面白そうだったからな!呼ばれてやったんじゃ!」
ユラヒメはそう言い放ち、フフンッと鼻息荒く腕を組んだ。
(そうか…そういえばさっきこれを使ったんだっけ…。そして、魔力を吸い取られて倒れたのか。)
ここまでの経緯をやっと理解したトヌスは、大きくため息をついた。
ユラヒメと言ったか…煙管の能力からすれば、この子が今の俺に一番必要だということらしい。尻尾と角からするに、人ではないことは確かだ。
ーーーだが、こんな小さな子に俺の望んでいることが本当に叶えられるのだろうか。
いささか疑問を浮かべているトヌスだが、それを見たユラヒメは口角を盛大に上げて笑った。
「お主…妾に何を望むのじゃ?妾に頼みがあるのだろう?」
「え…?」
まるで心を見透かされたような感覚に陥るトヌスに対し、ユラヒメは真っ直ぐな瞳をトヌスに向けている。
こちらの考えがわかっているかのような澄んだ瞳を…
「な…何を望むのかだって…?まるでお前が俺の望みを叶えられるみたいな言い方だな。」
トヌスは内心では焦りつつ、ユラヒメに主導権を握らせまいと強気に言い返す。
だが、対するユラヒメは、今更何を言っているのかとあきれたように肩をすくめた。
「はぁん?お主、その煙管を使って妾を呼んだのだろう?その意味がわかっておらんのか?」
「い…意味…?」
「そうじゃ。その煙管は使用者の願いを叶えるためにある。そう聞いておらんか?」
「そ…それは…聞いたな。」
トヌスの言葉にユラヒメは腕を組んでうなずく。
「ならば、そういうことじゃ。妾はお前が叶えたい望みを叶えるに、一番ふさわしいから選ばれた。だから、お前の望みを聞く義務があるのじゃ。」
「じゃあ…本当に俺が望んでいることを叶えられるのか?」
「くどいな…さっきからそう言っておろう。そういう男はモテんぞ。」
あきれて大きくため息をつくユラヒメの前で、トヌスは考えを巡らせていた。
俺の今の望みはイノチの助けになることだ。
命を救ってもらったにも関わらず、今までイノチに返せたものはほとんどない。
ーーーなんとかしてイノチの力にならなければ…
「まぁ、そもそもその煙管、本来は煙の魔神が現れて願いを叶えるアイテムなのじゃが…どうも誰かにシステムを弄られとるようじゃな。魔神じゃなくて選ばれた誰かがしょうかんされるようになっておる…」
腕を組み、一人でぶつぶつと呟いているユラヒメ。
トヌスは何かを決心したように彼女を見つめ直し、力強くこう告げた。
ユラヒメもそれに気づくと、笑みを浮かべてトヌスに視線を向けた。
「なら、俺の望みはイノチの旦那の助けになることだ!命を助けてもらった恩人が大変なんだ!だから、力になりたい!ユラヒメ、頼む!」
トヌスはそう叫び、「この通りだ」と付け加えて体をくの字に曲げる。
それを見たユラヒメは、尻尾を揺らしながら静かに答えた。
「友を助けたいとな。そんなことで良いのか…なんとなく拍子抜けじゃな。」
どこか物足りなさそうな雰囲気のユラヒメだが、顔を上げてうなずくトヌスに対して、小さく息をついてうなずくと、再び笑みを戻して豪語する。
「ならば、お前の望みを叶えよう!妾にかかれば簡単じゃ!!で、具体的に何をするのじゃ?」
「え…?具体的…に?」
予想外の問いかけにトヌスは固まった。
「そうじゃ!其奴は今どこにいて、どんな状況にあるのじゃ?妾は何をして、どう助ければいい?敵に捕まったか、殺されかけてるのか。はたまた、悪意に染まって暴走でもしたか?これはちょっと特殊よの…だが、暴走する友の魂を解放したい!これはこれでドラマがあるのぉ!」
(「助けてくれ」だけじゃダメなのか…?大抵のアニメや漫画では、それを汲み取って助けてくれるはずだが…これが現実とのギャップ…ということか?)
途中から妄想を膨らませて嬉しげに笑うユラヒメを前に、リアルと自分の認識との乖離に混乱しつつ、トヌスはこう告げる。
「ぐ…具体的にと言っても、どこにいてどんなことをするのか、細かいことはまだわからないんだ…」
「何?それでは助けようにも身動きが取れんではないか!」
楽しげだった表情を一転させるユラヒメ。
それに対して、トヌスは申し訳なさそうにこう付け足した。
「とりあえず、現状の把握…からかな。」
無言になる二人。
ユラヒメの尻尾だけがヒラヒラと動いていた。
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