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1巻

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「……ところで、皇帝陛下は何故こちらに?」

 ケンビット様は下げていた頭を上げると、鋭い目付きでメイル陛下に問う。

「コスタル村は我が帝国にとっては西の守りの森に隣接する重要な地だ。だから災害の状況を確認しにきた」

 メイル陛下は再び無表情に戻り淡々と答える。

「ご心配をおかけして申し訳ございません。ただ、コスタル村は我がドイル国の村でございます。我々の方でしっかり原因を調査し復興致しますので……」
「復興に協力する旨をそちらに伝達したと思うが? それに対して何の返答もなかったので肯定と捉えたのだが」

 礼儀を弁えながらもケンビット様が強い口調で言うと、それに対してメイル陛下は威圧感のある態度で返す。

「まだこちらも被害状況を把握できておりませんでしたので。把握し次第、返答をさせて頂こうと思っておりました」
「……で? ケンビット。実際にこの村の状況を見て、お前の判断は?」
「まずはこの状況を国王に報告し……」
「そんな事は聞いていない。私が聞きたいのは『お前の判断』だ」

 メイル陛下のその言葉と同時にブワッと今まで感じた事のない威圧感が全身を覆う。身体が硬直して全く動かせない。ケンビット様はそんな威圧感を振り払うように、メイル陛下をきつく睨みつけた。

「陛下……覇気を抑えて下さい。ご令嬢が怯えています」

 銀髪の青年が、チラッと私の方を見てメイル陛下の肩を叩くと、私に視線を向けて威圧感を抑える。
 その瞬間、硬直していた身体が自由になって私はホッと息を吐く。

「ドイル国の殿下君は何をそんなに拒んでいるの? 陛下は加護持ちだよ。陛下にお願いすれば一瞬で原因究明も復興も終わる。陛下に頼った方がこの土地に住んでいる村民の為になると思うけど?」

 今度は茶髪の少年がその場に合わない明るい声でケンビット様に話しかける。

「自国の事は自国で解決する。それがドイル国の持つ考えです」

 ケンビット様は少年に対してキッパリ答えると、メイル陛下は〝呆れた〟とでも言うかのように深く長い息を吐いて、私に視線を移す。

「アエリア嬢。貴方はどう思う?」
「……えっ? わたくし……ですか?」

 その場にいるみんなの視線が私に集まる。

「君はドイル国の王太子の婚約者として色々学んできているのだろう? この状態で君はどう判断する?」

 メイル陛下の急な問いに、私は戸惑いを隠せないけど、なんとか気持ちを落ち着かせてゆっくり村を見回す。
 今のコスタル村の状況はかなり厳しい。地震によって水路が断たれたせいで、水の確保も難しい。住居は崩れ、道には至る所に亀裂やくぼみが出来ている。
 普通に考えて、この状態から完全な復興には数年掛かる。最低限の日常生活が出来るようにするのにも数ヶ月は掛かると思われる。ならばせめて村民達が一日でも最低限の日常生活が送れるようにする事が何よりも先決……
 私は軽く息を吸うと、ピンッと背筋を伸ばして、メイル陛下の方を向いて軽く頭を下げる。

「失礼ながら申し上げます。コスタル村の村民達の為に何ができるかを考える事が今は最優先だと思います。村の者は皆、被害を受け疲労しています。復興に時間が掛かればそれだけ村民の疲労は増します。原因究明も大切な事ですが、村民が災害前と同じような生活にいち早く送れるよう、設備の復興だけでも帝国のお力をお借りできればと思います」

 私の言葉にメイル陛下は、「賢明な答えだな」と静か呟く。
 私はそのままケンビット様に近づくと、ソッと彼の手に自分の手を添える。

「ケンビット様。いかがでしょう? 今は何より村民達の生活を考えませんか?」
「……そうだな」

 私の言葉にケンビット様は少し考えてから渋々ながら頷く。そして、少し躊躇ためらいながらもメイル陛下の前まで進んで軽く頭を下げる。

「ドイル国の王太子として、グランドールメイル帝国皇帝陛下にお願い申し上げます。コスタル村の住人達が問題なく生活できるよう、御国に復興のご協力を願いたい」

 メイル陛下はケンビット様の言葉に頷いて「了解した」と言うと、地面に自身の手をかざす。その瞬間、急にあたたかな優しい風が身体を包み込んで、その心地よさに浸ってしまいそうな感覚を覚える。

「こんなものか」

 メイル陛下の言葉にハッと我に返る。
 私は何が起きたのか分からず呆然と立ち尽くしていると、村の中心部からザワザワと声がしてきた。

「王太子殿下!!」

 復興作業をしていた騎士の一人がケンビット様に向かって走ってくる。

「どうした?」
「ちゅ……中心部にあった泉から急に水が溢れ出し、壊滅的だった田畑が何故か復活しました」
「何?」

 ケンビット様はチラリと私の事を気にしつつも報告に来た騎士と共に中心部へ急ぎ向かう。
 そんなケンビット様を見つつ、私も周りを見渡すと、崩れた家屋等はそのままだけど、ヒビだらけで段差やくぼみがあった道は綺麗な状態に戻っている。
 一体……何が起きたの? どうなっているの? 私はありえない状況に頭がついていかない。

「これで日常生活には不便はないだろう」

 メイル陛下の言葉でこれは現実なのだと思い知らされる。

「びっくりしちゃうよね。陛下の加護の力だよ」

 立ち尽くす私に茶髪の少年が話しかける。

「……加護?」
「陛下は神の愛し子です。加護の力のみならず、帝国皇帝の長子のみに引き継がれる覇気の力をお持ちですので、この位は朝飯前ですよ」

 銀髪の青年がメイル陛下を見つめながら言う。

「神の……愛し子」

 ドイル国は無神教。神なんていない、神がいたとしても何もしてくれないと思っている。 それは、ドイル国を作ったメルトニア人が過去に長い間、迫害されていた事が原因。奴隷や娼婦として迫害されて辛い時、苦しい時、どれだけ神に助けを求めただろう? 神は一切救いの手を差し出してはくれなかった。
 私自身、神の存在というものは、どちらかと言えば民衆をまとめあげる為の偶像位に思っていた。
 でも、実際にこのような力を見てしまうと何とも言えない気持ちになる。
 固まる私の背中を茶髪の少年がトントンと軽く叩くと、ニカッと無邪気に笑う。そして、メイル陛下に近づいて、メイル陛下の腕を掴む。

「さぁ。これでコスタル村も少しは落ち着いて復興ができるでしょう」
「そうですね。守りの森も問題ないようですし、また様子を見に来る事にして帰りましょう」

 銀髪の青年がもう片方のメイル陛下の腕を掴む。メイル陛下は二人が掴んだ手を振り払うとチラリと私の方に視線を向ける。
 サラリと揺れた黒い髪の間から除く漆黒の瞳が私を捉える。

「「…………」」

 ほんの一瞬の事だったと思う。けどその瞬間、スローモーションのようにゆっくりと……そしてはっきりと、私とメイル陛下の視線が合った。
 何かに捕らわれたかのように目をらせない。ドクドクと胸が苦しく感じて、身体中が急に熱くなる……
 今までに感じた事のない不思議な感覚が身体の奥底から溢れ出す。

「……そうだな。これでしばらくは心配ないだろう」

 メイル陛下は私からゆっくり視線を外すと、何事もなかったようにそう言って、振り返る事無く少年と青年を連れて森の奥へと消えていった。


 メイル陛下の力のおかげで順調に復興のきざしが見えて、私達のコスタル村の滞在は三日程度で済む事となった。
 この数日間で、私は何故か村の子供達に大変懐かれた。私から離れない子供達に明日、王都に帰る事を伝えると、子供達に泣かれてしまい、『せっかくだからお別れ会をしたい』と森の近くになるコスタル村にしかないという果実を一緒にりにいく事になった。 
 子供達に連れられて森の近くまで行くと、コスタル村に来た日に気になった石碑が目に入った。色々あって忘れていたけど、やはりその石碑の存在は不思議な感じがする。
 私は手を繋いでいた子供に「ちょっとごめんね」と言って手を離すと石碑に近づく。見上げるほど大きな石碑はかなり古いものだけど、とても綺麗に保たれている。

「メルトニア古字?」

 石碑に刻まれていた文字は、今ではもう使われていない遥か昔に使用されていたとされる古代文字。私も妃教育で少し学んだけど、まだ解明されていない部分が多く、流石さすがに読めない。

「お姉ちゃん、この石碑が気になるの?」

 私と手を繋いでいた女の子が不思議そうに聞いてくる。

「この石碑は初代国王様が建てたこの村を守ってくれる大切な物だって、おじいちゃんが言っていたよ」

 一緒についてきた年長の男の子が教えてくれる。

「初代国王が? なんて書かれているのか知っている?」

 子供達はみんな顔を見合わせてから首を横に振る。

「知らない。村の大人もみんな読めないって」
「このむらをまもってくれるいしなのに、じしんからはまもってくれなかったよ」

 一番年少だろう男の子が頬を膨らませて不機嫌そうに言った。

「あっ、でもね。今回の地震が起きる前に石碑にヒビが入ったの。ほらここ」

 その子が指さした場所には確かに、一目見て分かるくらいの大きなヒビが入っていた。

「大人達は何かの前兆かもって言っていたよ」
「そしたら本当に地震が起きたしね」
「そうなの? 不思議ね……」

 私は子供達の話を聞いて改めて石碑を見上げる。そして、不意に石碑に触れた瞬間ビリッと指に軽い衝撃が襲う。

「痛っ……」

 感じた事のない衝撃に驚いていると、一人の子供が私の腕を引っ張る。

「早く果実をりに行こうよ」
「そうだよ。沢山って帰りたいから早く行こう」

 子供達はみんな石碑から離れて散り散りに果実がなっているだろう木の方に走っていく。私も石碑の事が気になりつつ、走っていく子供達につれられて石碑から離れた。
 その後、持ちきれない程いっぱい果実をって、村のみんなと一緒に食べた。
 果実を幸せそうに食べている村の皆の顔からは、私がコスタル村に来た時のような疲労の色はなくなり、笑顔が見えている。そんな皆の笑顔を見ていたら、フッとメイル陛下の顔が脳裏に浮かんだ。
 あの日から三日。とても昔の出来事だったようにも感じるし、つい昨日の出来事のようにも感じる。今、村民達が見せているこの笑顔は全てメイル陛下のおかげ。そう思うと再び胸が熱くなる。
 ……王都に帰ったら、改めて私から感謝のお手紙を送らせて頂こう。
 帝国は、ドイル国とは比べ物にならないくらい歴史がある大国。帝国にとってドイル国はなんの利もない国だと思う。そんなドイル国の王太子の婚約者とはいえ、ただの一公爵家の次女である私が何かしたところで何のお礼にもならないかもしれない。でも、今回のこのコスタル村の件については何かお礼をさせて頂きたい。そう強く思った。


   * * *


 コスタル村から王都に戻り一週間。コスタル村での出来事は夢だったのではないのかと思う位、私は以前と変わらぬ日常を送っている。でも、時々コスタル村での事を思い出すと温かな気持ちになる。
 ……自分がコスタル村の力になれたかは分からないけど、無理を押し切ってコスタル村に行って良かったと心の奥底から思う。
 最近の出来事を思い返していると、ノックの音と共にユウキが部屋に入ってきて我に返る。

「もうそんな時間?」
「アエリア様。もうじきユリマーリア様とマリーナ様がお戻りになられます」

 今日はカサドラリド王国の産業祭に行っていたお義母様とお姉様が帰ってくる。その為、妃教育をいつもより早めに終わらせて、自室で何をするでもなく物思いに耽っていた。
 普段忙しくしていると、いざ時間ができた時、やりたい事が沢山あったはずなのに、実際には何も出来ずに終わってしまう。何だか時間を無駄にした気分……

「まだ本日は終わっておりませんよ」

 後悔をしている私に気付いたユウキは優しく微笑む。

「そうね……お義母様とお姉様をお迎えしたらゆっくり読書でもしましょう」
「はい。美味しいハーブティーをおれしますね」
「ありがとう。ユウキ」

 私が感謝を述べるとユウキはニッコリと笑みを浮かべてから腰を折る。
 お義母様とお姉様は毎年、カサドラリド王国の産業祭に参加後にお義母様の生家であるウラル伯爵家に数日滞在するのが通例となっている。お義母様の里帰りという意味合いもあるが、一番の理由はお姉様が婚約者であるレイ様と一緒に過ごす時間を作る為。あまりお会いする事のできないお二人なので、久々の再会を経てお姉様は上機嫌で帰宅される事だろう。

「アエリア、今日は早めに終わったのだね」

 私がエントランスに行くと、私に気付いたお兄様が笑顔で迎えてくれる。

「はい。今日はお二人が帰ってくるので早めに終わらせて頂きました」

 私が笑顔で答えると、お母様が私に近づいて来る。

「あなたはいつも頑張っているのだからもっと色々ワガママを言っても良いのよ。今度一日お休みを頂いたら? 以前お休みしたのはいつ?」

 お母様は私の頭を軽く撫でると、優しく微笑む。

「大丈夫ですわお母様。しっかり休めて……」
「あっ……!! 馬車が見えてきましたわ。お母様とお姉様がお帰りになりましたわ」

 私がお母様と話をしていたら、ずっとソワソワと外を眺めていたマリテレスが待ちきれないとばかりに大はしゃぎに伝えてくる。
 私とお母様の様子を嬉しそうに眺めていたお兄様が、喜びを抑えきれないマリテレスに近づき、軽く頭をポンポンと優しく叩く。

「よかったね。マリテレス。じゃあみんなでお出迎えしようか」

 お兄様のその言葉を合図に、屋敷内にいる使用人達もみんな仕事を中断して集まってくる。お母様も私から離れると出迎えの列の一番前に出る。お兄様がそれに続き、私もお兄様の隣に並ぶ。エントランスの扉が開くと、ちょうど馬車が到着した。

「ただいま戻りましたわ」
「お出迎えありがとうございます。ただいま戻りました」

 お姉様が御者のエスコートを受けて満面の笑みで馬車から降りると、続いてお義母様が降りてくる。お義母様が出迎えた皆に対して軽く頭を下げると、マリテレスが待ちきれない様子でお義母様に抱きついた。

「お母様。お姉様。おかえりなさい」
「長旅お疲れ様。疲れたでしょう」
「帰ってくるのを待っていたよ」

 それぞれが二人に近づいて、帰宅を喜ぶ。私は少し距離を取り、みんなが少し落ち着くのを待つ。それぞれの会話が落ち着いたのを見計らってから、私は二人に近づき淑女の礼をする。

「お義母様、お姉様、無事のお帰りお待ちしておりました」
「アエリア!! あぁ。あなたに話したい事が沢山あるのよ」

 お姉様は私の姿を見るなり、興奮気味に抱きついてきて「何から話しましょう」とニコニコしている。

「マリーナ。とりあえず部屋に入って一度落ち着いてからにしよう」

 お兄様は興奮冷めやらぬお姉様を落ち着かせると、みんなをリビングへと誘導する。
 それを合図に集まった使用人達も各自の持場に戻っていく。

「今年の産業祭もとても素晴らしかったわ」
「それはよかったね」
「私も行きたいわ。そしておじい様のお家にもお泊まりしたい!!」

 みんながお姉様を囲み、楽しそうにリビングに向かう。私は一歩離れた後ろからついていく。目の前を歩く皆の後ろ姿を見て、私の中に何とも言えない気持が湧き上がってくる。
 産業祭から帰宅するお義母様とお姉様をお出迎えするのは我が家にとって恒例行事の一つ。だから何の疑問も持たず今回もお出迎えをした。でも、私がコスタル村から帰宅した際は、誰のお迎えもなかったことを、今更思い返して悲しくなった。
 リビングに着くとすぐに、お姉様は私に茶色い箱を満面の笑みで差し出す。

「はい。アエリアにお土産よ」
「私に?」
「アエリアは毎年産業祭を楽しみにしていたでしょう? 今回は行けなくて残念だったわ。代わりと言っては何だけど、レイ様と二人で選んだのよ。開けてみて」

 お姉様は嬉しそうにトントンとその箱を指さす。私はそんなお姉様からその箱を受け取ると、ソッと蓋を開けてみる。

「……素敵」

 箱の中に入っていたのは透明度が高く、細かな細工が施されたグラス。あまりの綺麗さに見た瞬間、思わず声が漏れてしまった。
 今、この国で流通しているグラスは、青や赤などの色が混ざっているものが主流である。色が混ざっているのは、グラスを作る過程で不純物が入ってしまい透明のグラスを作るのは不可能とされている為。でも、このグラスは全く不純物も色も入っていない透明なグラスで、所々に施された細工が光の当たり具合によってダイヤモンドのようにキラキラと輝いている。

「綺麗だわ」
「そうでしょう」
「高かったのでは?」
「レイ様のお知り合いから購入させて頂いたの。だからそんなでもなかったわ」
「そうなのですか? では今度レイ様にもお礼をさせて頂かなくてはですね。ありがとうございます。お姉様」
「フフ。喜んでもらえてよかったわ」

 お姉様は満足そうにニコニコ笑うと、侍女にもう一箱同じ箱を持ってこさせた。

「そして、これは殿下の分よ」

 そう言ってお姉様はその箱を開けると、中には私がもらった物と全く同じグラスが入っていた。

「これはね。この世に二つしか無いデザインのグラスなの。アエリアと殿下だけが持つ特別なグラスよ」
「私とケンビット様だけの……」
「えぇ。貴方達お揃いの物なんて持っていないでしょう?」

 お姉様は開いた箱を閉じると私に差し出す。私は最初に渡された箱を置いて、お姉様に差し出された箱を受け取る。

「ありがとうございます。ケンビット様にお渡しします」

 お姉様は「よろしくね」と笑って、今度はお兄様にお土産を渡しにいった。
 お姉様から渡された二つの箱を私はジッと見つめる。……お姉様がみんなから愛されて大切にされている理由がとてもよくわかる。魅了の力なんて関係なく、美しい見た目に天真爛漫な性格。ニコニコとよく笑い、ちょっと周りの空気を読む事ができないのは欠点ではあるけど、基本的に誰に対しても悪気はなく良い人なのだ。先程、出迎えの事で家族に対して気分を悪くしてしまった自分がちっぽけに思えてくる。
 お姉様はみんなにお土産を渡し終えると、産業祭での出来事を興奮気味に話し始めた。よほど楽しかったようで話は途切れる事無く次から次へと出てくる。

「マリーナ。カサドラリドは楽しかったみたいだな」

 興奮しているお姉様の話を何とか理解しようとしていると、リビングの扉が開きお父様が入ってきた。

「お父様!!」
「ただいま。ユリマーリア。マリーナ。出迎えができなくて申し訳なかったね。無事に帰ってきてくれて安心したよよ」
「おかえりなさい。フェルトン」
「旦那様。無事帰宅しました」

 お父様はお母様達の挨拶に頷くと、何故か私の方を見てそのまま近づいてくる。
 どうして私の方に来るのかと疑問に思いながらも、私は立ち上がり淑女の礼をしようとすると、お父様はそれを止める。

「家族なのだからそんな礼は必要ないと前から言っているだろう」
「……申し訳ありません」
「謝る必要もない」
「……」

 どうしたら良いか分からず私が固まってしまうと、お父様はゴホンと咳払いをする。

「コスタル村の件、陛下から聞いた。ご苦労だったな」
「あ……ありがとうございます」
「で、だ。その件で陛下がお前に話しがあるとの事だ。明日登城するように」
「明日……ですか?」
「そうだ。明日の予定は全てキャンセルして明日の朝、私と一緒に登城しよう」

 あまりに急な事に、部屋の隅に控えているユウキに目を向けると、ユウキは私の意図と汲んでコクリと頷くと、部屋を出ていく。

「かしこまりました。では、準備もありますので私はこれで私室に戻らせて頂きます」

 お父様は頷くと、私の肩をトントンと叩いて少し困り顔で微笑む。家族に対して私は軽く頭を下げてから部屋を出ると、既にユウキが何人かのメイドを連れて廊下で待機していた。
 これから国王に謁見えっけんする為のドレスと宝石を選ばなくてはならない。王城には何度も行っているけど、国王陛下の命で登城するとなると、単なるオシャレではなくそれなりの正装で行くのが礼儀。色々な準備が必要となる。
 ユウキが連れてきたメイド達と共に急いで私室に行こうとすると、リビングの方から楽しそうな大きな笑い声が聞こえてきた。

「もぅ。お兄様もお父様もひどいわ」
「ハハハ。マリーナは手厳しいな」
「マリーナ。そんな顔しないで。ほら。可愛い顔が台無しだよ」

 私が無意識にリビングの扉を見つめると、ユウキが近づいてくる。

「アエリア様……」

 心配そうに私の名前を呼ぶユウキに、私はニコリと微笑むと、『大丈夫』だと軽く頷く。

「行きましょう」

 私が歩き始めると、ユウキは気まずそうに頭を下げてからメイド達と一緒に私についてきた。


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