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1巻
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しおりを挟む神への信仰がなく、王家を信仰している【ドイル国】。
そんなドイル国の未来を担う王太子の婚約者であるのがこの私、アエリア・バルメルク。
ドイル国筆頭公爵バルメルク家の次女で先日十八歳になった。
私は産まれた時からこの国の王太子の婚約者になる事が決まっていた。
現王太子の妻になる相手は、前国王の末弟にして現国王の叔父であり、現在、国と王家を支える宰相を務めている私の父フェルトンと前バルメルク公爵の一人娘である私の母エリアーナの子供でなくてはいけない深い理由があり、私達の婚約は誰にも覆す事ができない国の決定事項。
その為、私は物心がつく前から毎日休みなく妃教育を受けている。
私はバルメルク公爵家の次女として生を受け、バルメルク公爵家の家族の一員として存在しているけれど、《バルメルク家》の娘として育てられた事がない。
それが当たり前で……当たり前すぎて疑問すら感じていなかったけれど、最近思う。
……私はいつも一人だと。
* * *
『コスタル村の災害状況確認の為、これから現地に行く事となった。今日のお茶会は母上と楽しんで』
早朝、私の婚約者である王太子殿下から伝達が届いた。
「先月も殿下は欠席されましたよね」
私の専属侍女のユウキがポツリと呟く。
「……そうだったわね」
私は小さく息を吐きながら答える。
「状況確認の為だけならわざわざ殿下が直接行く必要はないと思うのですが……」
「こういう時こそ、王太子自らが先頭に立ち、動く事に意味があるのよ」
「でも何故、今日なのでしょうか……アエリア様の事をないがしろにされているようで悲しいです」
「そんな事言わないで。忙しい中、こうしてきちんと連絡をして下さるし、代わりにカエラ様と過ごせるように配慮もして下さっている。決してないがしろになんてされていないわ」
私の言葉にユウキは明らかに残念そうな顔をする。
婚約者のケンビット様とは幼少の頃から毎月決められた日に近況報告の為のお茶会をしている。もう何年も当たり前のように行ってきている私達の定例行事で、私もケンビット様も今までその日だけは何も予定を入れず必ず二人で過ごしてきた。しかし、先月急な政務が入ったと初めてお茶会欠席の連絡があり、今回も……このように連続して断りの連絡をもらう事は初めての事で正直、戸惑いを感じている。
でも、今回起きたコスタル村の災害の件は私の耳にも入っている。
一国の王太子として災害の土地に自ら向かい、復興に携わる事は素晴らしい事。
お茶会よりそちらを優先されるのは、国を担う王太子として当たり前の事だとも思う。
「ケンビット様は誰よりも国の事を第一に考えているお方よ。忙しくされるのは仕方ない事よ」
私が微笑みながら言うと、ユウキは呆れた表情をして大きく息を吐いた。
いつも通りのお茶会の時間に王城に向かうと、カエラ様が申し訳なさそうに出迎えてくれた。
「アエリア、今日はケンビットがごめんなさいね」
「いえ。災害復興は大切な政務ですから……」
「中庭にアエリアが好きなお菓子を用意させてもらったわ。さぁ行きましょう」
カエラ様は、現国王から唯一の寵愛を受けている側妃で、私の婚約者である王太子ケンビット様の実母。
現在のドイル国には王妃はいない。王妃は数年前に流行り病で亡くなり、それ以降、王妃の座はずっと空席のまま。
その為、王妃の代わりにその業務の全てを行い、私の教育を行っているのがカエラ様だ。
私が生まれてから十八年間、一番長い時間を共に過ごしているのは間違いなくカエラ様だと思う。
「アエリアももう十八歳になった事だし、そろそろ婚姻の日取りを本格的に決めなくてはね」
カエラ様はお茶を優雅に飲みながら嬉しそうに言う。
「そうですね……」
私はその言葉に内心不安を感じつつも、カエラ様に対して軽く微笑みながら頷く。
「一年後……いえ、頑張れば半年……」
「大切なお話し中、失礼します」
私とカエラ様と話をしていると、急に背後から声をかけられる。
その声に驚いて振り返ると、そこには今日のお茶会に来られないと言っていたケンビット様が立っていた。
「ケンビット!? どうしたの? 今日はコスタル村に向かったのでしょう?」
「はい。ただ、村に向かう途中で土砂崩れがあり、先に進めませんでした。現在、土砂を撤去中なのですが、時間が掛かりそうなので一度引き返してきました」
驚きを見せるカエラ様に対して、少し困った表情で答える容姿端麗なその人は、私の婚約者でこの国の王太子ケンビット・アーデノル・ドイル様。私より七歳年上の二十五歳で薄茶色の髪に王族特有の赤茶目で、長めの髪をいつも後ろで一つに縛っている。
「アエリア。今日は急に悪かったね……」
ケンビット様は私に視線を移すと申し訳なさそうに微笑む。
「いえ……土砂崩れとは大変でしたね。被害はそんなに酷いのですか?」
「そうだね。現状を見る限りかなりの被害が出ているだろう」
ケンビット様はそう言うと、何かを考えるように顔を少し曇らせる。
「まぁ、でもせっかく戻ってきたのだし、貴方も一緒にお茶でもしましょう」
カエラ様はそう言って、近くにいるメイドに椅子を持ってくるように指示をする。
「いえ。嬉しいお誘いですが、帝国から復帰支援の書簡が届いているそうなので、これから確認しないといけませんので……」
ケンビット様はそのメイドに対して右手を挙げて止める。
「そう……それなら仕方ないわね」
カエラ様は少し残念そうにケンビット様を見つめる。
「殿下、そろそろ」
ケンビット様の後を付いてきていた騎士の一人が、書類を持って焦り気味にケンビット様に声をかける。
ケンビット様は騎士に視線を向けると、軽くため息をついてから頷く。
「あぁ。今行く……母上、アエリアお邪魔しました」
ケンビット様は立ち去ろうと踵を返すが、何かを思い出したかのように急にピタリと動きを止めて私の方を見る。
「アエリア、明日の予定は?」
「えっ……あっ、明日はハウゼン教授が来られるので、一日公爵邸におります」
「じゃあ明日、今日のお詫びも込めて公爵邸に伺うよ」
「かしこまりました。お待ちしております」
私の返答に対してケンビット様はフッと軽く微笑むと、騎士から書類を受け取り、確認をしながらその場を足早に去っていった。
カエラ様とのお茶会を終えて、家に帰るとドッと疲れが押し寄せてくる。
『今日は早く休もう』と思いながら家に入った瞬間、楽しそうな笑い声がリビングから聞こえてきた。時計に目をやると、ちょうど家族が集まる家族団欒の時間。
帰宅したのに顔を出さない訳にはいかないか……私はフゥっと息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、そっと皆が集まるリビングの扉を開けた。
「ただいま戻りま……」
私が声を掛けると同時に、お姉様が私に気付いて抱きついてくる。
「お姉さ……」
「ねぇ見て。アエリア素敵でしょ。今日、お兄様に買って貰ったの」
あまりに急な事で私は言葉を詰まらせてしまうけど、お姉様はそんな事など気にせずに髪につけた物を間近で私に見せてくる。金色の髪にキラキラと光る精巧な作りの髪飾りだ。それを身に着け、世界的にも珍しいピンク色の瞳をキラキラと輝かせて嬉しそうに微笑む姿は美しい芸術のよう。
無邪気にはしゃぐマリーナお姉様は、お父様の側室であるユリマーリアの子で私より二歳上の二十歳。
明るく天真爛漫な性格で、生まれながら微量の魅了の力を持っている誰もが認める美少女。
私は抱きついてきたお姉様をソッと引き離すと、笑みを浮かべる。
「えぇ。とても素敵ですね。お姉様にとてもよく似合っています」
私の反応にお姉様は満足そうにニッコリと笑うと、クルクルと回り始める。
そんなマリーナお姉様をエリックお兄様は嬉しそうに見つめてから、私の方に視線を移して、自分が座っているソファーの隣を叩く。
「アエリア、そんなところで立っていないでこちらにきて座りなよ」
『疲れているので私室に戻りたいのですが……』とも言えず、私は軽く微笑んでお兄様の横に座る。すると、お兄様は優しい笑みを浮かべる。
エリックお兄様は、私と同じくお父様の正妻エリアーナの子で、私より六歳年上の二十四歳。
お父様に似た美丈夫で、現在は国の中枢機関で働いている次期宰相候補の一人だ。
「アエリアも今度一緒に街に行こう。その時には好きなものを買ってあげるからね」
そう言って微笑むお兄様は、本当良いお兄様なのだと思う。
……でもそのセリフは何度目だろう?
いつも私には事後報告。今まで一度も誘われた事なんてない。
そんな気持ちを表に出さず、微笑んで頷く私にお兄様は満面の笑みを返す。
「アエリア!! お兄様との買い物は本当に楽しいわよ」
興奮ぎみに言うお姉様とは反対に私の心は冷ややかな気持ちになる。
「楽しみにしています」
色々文句を言った所で面倒なので、当たり障りのない返答をしておく。
「酷いわお兄様!! 私も行きたい!!」
私達の会話を今まで黙って聞いていた妹のマリテレスがお兄様の腕にしがみついて頬を膨らませる。
マリテレスは十五歳。ぽっちゃりした見た目の可愛らしい義母妹。そんな膨れっ面のマリテレスにお兄様は優しく微笑むと、目線を合わせる様に膝をついてポケットから白い包みを取り出す。
「新しいドレスに合うアクセサリー。この間欲しがっていただろう?」
マリテレスはその包みをお兄様から受け取ると、目を輝かせて急いで包みを開ける。
「わぁ……素敵なネックレス。嬉しい!! ありがとうお兄様」
そういってマリテレスはお兄様に抱きつく。お母様達がそれを微笑みながら見守る。
「良かったわね。マリテレス」
「エリックは本当にそういう所はフェルトンにそっくりね」
「つけてあげるわ。ほらこちらにおいで」
一緒に行けなくて駄々をこねるだろう妹にプレゼントを買ってくるなんて、本当に優しいお兄様。そして喜ぶ末っ子を見て嬉しそうにする家族……本当に理想的。でも、そんな一家団欒の雰囲気の中、私の胸の奥でモヤモヤした気持ちが生まれる。この幸せ溢れる空間に、一人孤独感を感じてしまうのは私の我儘?
その場に耐えきれなくなった私は、ソッと立ち上がりみんなに軽く頭を下げると私室に戻る事を伝えて足早に部屋を後にした。
翌日、私は自身の妃教育の為に公爵邸内にわざわざ作られた学習室へ向かう。本来なら妃教育は王城で行なわれるもの。でも、物心がつくより前から毎日妃教育を受けている私は、この学習室に王家直属の講師が来て教育を受けている。
今日は月に一度のハウゼン教授の指導日。ハウゼン教授はドイル国の歴史や隣国と関係に精通している生きる歴史書といわれる国の重鎮で、個人に直接指導する事など滅多にないのでとても貴重な時間。
そして、私が好きな講義の一つでもある。
今日もいつものようにハウゼン教授が用意してくれた歴史書を一通り読み終えると、ハウゼン教授はジッと私を見つめてくる。私がその視線に気づくと、ハウゼン教授は少し垂れた目をより細めて笑い、本を閉じて真剣な表情になる。
「アエリア様。本日で私の授業は最後となります」
「最後?」
「えぇ。私ももういい年ですから隠居して領地に引き籠ろうかと思っているのです」
「隠居……ですか……」
「私もそろそろゆっくりと余生を楽しみたいのですよ」
「そうですか……それは残念です」
私の言葉にハウゼン教授は静かに微笑む。
「アエリア様はコスタル村で起きた災害の事はご存知ですか?」
「はい。原因不明の地震だとか……被害は大きいと聞いております」
「では、コスタル村がドイル国始まりの地だと言う事はご存知ですか?」
……ドイル国始まりの地?
「いえ、はじめて聞きました」
「ドイル国は各国で迫害を受けてきたメルトニア人の為に建国された国という事はもうご存知ですよね? 迫害されていたメルトニア人を初代国王ランバードが助け、集めた最初の地がコスタル村と言われています」
「そんな場所が原因不明の災害に見舞われるというのは、嫌な感じですね」
「過去を知るものは皆同じ気持ちです。故に、近々この国に何か大きな変化があるのかもしれません」
「大きな変化?」
「このドイル国も三百年を超える歴史を持つ国となりました。三百年のうちに色々な変化があり、成長を遂げてきましたが、ここ数十年この国は過去にない大きな問題を抱えています。私はその大きな変化は貴方がもたらすのではと考えております」
「私が?」
ハウゼン教授は頷くと一冊のノートを私に差し出す。
「……これは?」
「これは私自身が調べ上げたこの国の問題の根源です。お時間がある時にでも見てください。いつかきっと貴方の力になるでしょう」
私がそのノートを受け取ると、ハウゼン教授はソッと私の手に触れる。
「アエリア様。これからは今まで以上に自分の目で色々ご覧になってください。そして、貴方が正しい判断をされる事を私は願っております」
ハウゼン教授の言っている言葉の意味が分からず私が頭を傾げると、ハウゼン教授は優しい目で私をしっかりと見つめてから深々と頭を下げて部屋を後にした。
コスタル村……ドイル国始まりの地。そんな地で起きた原因不明の災害。私が大きな変化をもたらす? 何か私が力になれる事があるのかしら……ハウゼン教授の言葉を聞いたら無性にコスタル村の事が気になってしまう。
そんな事を思いながら学習室を出ると、廊下でユウキが待機していた。
「ユウキ。どうしたの?」
「アエリア様。殿下がお見えになっています」
「あぁ、そういえば……」
私の呟きに、ユウキは小さくコクンと頷く。
私はそのままユウキと共に応接室へと向かうと、中から楽しげな話し声が聞こえてきた。状況を理解した私は、軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから扉をノックして部屋に入る。
応接室に入った瞬間、私の目に入ってきたのは向かい合ってソファーに座り、楽しそうに談笑しているお姉様とケンビット様の姿だった。二人は話に夢中になっていて、私が部屋に入って来た事に気付いていない。
私は小さく息を吐いて顔に笑みを張り付ける。
「ケンビット様、お待たせして申し訳ありません」
軽くカーテシーをしながら私が声を掛けると、二人はやっと私の存在に気付いてくれた。
「アエリア。ハウゼン教授の授業はもう終わったのかな?」
「はい。先ほ……」
「アエリア見て!! 殿下が中々手に入らない人気店のマカロンを貴方に買ってきて下さったのよ!!」
「…………」
ケンビット様への挨拶もまだ終わっていないというのに、お姉様が興奮気味に私に近づいてくる。お姉様の手にあるケンビット様が私宛に買ってきてくれたというお菓子はすでに開かれていて何個か食べられてある。
「とっても美味しいわよ」
「マリーナ嬢はマカロンが好きなのだな」
「えぇ。マカロンに限らず甘いものは大体好きですわ」
……この状況で私はどう反応したらいいのだろう? 呆然と立ち尽くしてしまっている私をよそに二人で話を盛り上げていく。二人を見ていると、何だか意識が遠のいていきそうになる。
「アエリア様」
横にいたユウキが困惑しながらも私に声を掛けてくれて、私は遠のいていた意識を取り戻す。
「ケンビット様……それより本日はどうされましたか?」
私は気持ちを落ち着かせて二人の会話に割って入ると、ケンビット様は目的を思い出したように「あぁ」と呟いて居住まいを正す。
「アエリア。昨日はお茶会を急に欠席してしまい本当に申し訳なかった。土砂撤去の目途が立ったので、明日から私は本格的にコスタル村の復興に向かう事となった。復興にどの位の時間が掛かるかは未定だ。だから来週予定していたカサドラリド王国の産業祭への同行も難しくなってしまった」
そう言ってケンビット様は私に対して頭を下げる。
隣国カサドラリド王国。ユリマーリアお義母様の母国で、マリーナお姉様の婚約者であるレイ様がいる国。産業が盛んな国で、毎年行われる産業祭には、ドイル国の来賓としてケンビット様と私が参加している。
「そうで……」
「カサドラリドの産業祭でしたらアエリアも私達と一緒に行けば良いじゃない」
私が言葉を言い切る前に、お姉様が再び私とケンビット様の間に割り込んでくる。
「ねっ。アエリアそうしましょう」
お姉様は嬉しそうに私の手を握る。
「お姉様、ありがとうございます。でも、折角ですが私も今回の産業祭は欠席させて頂きます」
「「えっ!?」」
お姉様とケンビット様が同時に同じ反応をする。
「ケンビット様、私もコスタル村の復興作業に同行させて頂けませんか?」
私の言葉にケンビット様は一瞬驚いてから険しい顔をする。
「災害があった土地だ。決して安全ではない。君を連れては行けないよ」
「そうよ。危ないわ」
止める二人に対して私は軽く頭を振る。
「私は妃教育を通して色々な知識を持っているので何かお役に立てる事があるはずです。是非同行させて下さい」
「それにしても……」
「お願い致します」
互いに引かず、私とケンビット様はしばらく無言で見つめ合う。
「アエリア……君の気持ちは分かった。でも、私の独断で君を連れてはいけない」
ケンビット様は諦め気味に大きくため息をつく。
「では、カエラ様とお父様に了承を得ます」
私の提案にケンビット様は目を見開いて驚くが、「二人が許可するなら」と頷く。
「ありがとうございます。では、さっそくお二人に確認をとってみます」
私はそう言ってケンビット様に頭を下げると、早々にその場を後にして、コスタル村への思いを綴った手紙をカエラ様とお父様に最速で送った。
私がコスタル村に行く事は、思っていたよりも簡単に二人から了承され、ケンビット様も渋々ながら同行を許可してくれた。
災害のあったコスタル村は王都から馬車で一日半程の距離で、ドイル国と隣接するグランドールメイル帝国との国境にある自然豊かな小さな村。一週間程前に原因不明の大きな地震に見舞われた。
コスタル村に着いてすぐ目の前に広がっていた光景は、災害によって潰れた家屋、倒れた木々、地面に入ったヒビに枯渇した泉……想像していたよりもはるかに酷い状態だった。村民は皆、疲れ切った表情をしている。でも、これだけの被害があったにもかかわらず、死者や負傷者は一人も出なかったという。
コスタル村は大半が帝国との境にある森に囲まれているが、状況を見る限りその森は全く災害被害を受けていない。本当に不思議な事だが、コスタル村のみが被害にあったのがよくわかる。
じっくりと村の状況を見回していたら、森の入り口付近にある大きな石碑が目に入った。
これだけの被害の中、その大きな石碑は崩れる事なく何事もなかったように建っていた。私は何かに導かれるようにその石碑の方に足を向けた。
「アエリア様、危ないので勝手な行動は……」
急に動いた私を隣にいたユウキが止める。
「わかっているわ。ちょっとあの石碑が気になっただけ」
ユウキはチラッと石碑の方に目を向けると再び私に視線を戻して、私を引き留めていた手を下げたので、そのまま私は碑に向かって歩き出す。近づくとその石碑がかなり大きな物だとわかる。
……何か書かれている?
石碑の文字に気を取られ、地面に入った小さな亀裂に気付いた時には、ほんの数センチの段差につまずいて私はバランスを崩してしまった。
あっ……転ぶ…………
そう思い、痛みを覚悟して目を閉じた瞬間、背後から大きな手に支えられる。
「アエリア様!!」
焦ったユウキの声が聞こえて私は目を開く。
「大丈夫か? 気をつけろ」
知らない低い重量感のある声を背後から囁かれてゾクッとする。
「アエリア様!! 大丈夫ですか!?」
ユウキが青い顔をして私に駆け寄る。
「だ……大丈夫よ」
私はそう言って、支えられた手からパッと離れ、私を助けてくれた人を見て思わず息を呑んだ。
「…………!?」
予想外の人物に足の力が抜けて、またバランスを崩してしまうが、私を助けてくれたその人は再び私に手を伸ばして支えてくれる。
「……本当に大丈夫か?」
さらりとした黒髪に漆黒の目。ケンビット様より少し高い長身。初めてお会いする方だけど、私はこの方が誰だか知っている。
「た……助けて頂きありがとうございます。……グランドールメイル帝国皇帝メイル陛下とお見受けします。
お手を煩わせ、申し訳ございません」
私は慌ててメイル陛下から距離を取って頭を下げる。
「貴方は?」
「私は、ドイル国バルメルク公爵家次女アエリア・バルメルクと申します」
私が名乗ると、メイル陛下は一瞬驚いた表情をしてから何かに納得したように頷く。
「あぁ。君がメルトニア人の……」
メイル陛下の呟いたその言葉に胸がチクリと痛くなる。
「アエリアっ!!」
ちょうどその時、騒動を聞きつけたケンビット様が走ってきた。
「……ケンビット様」
「アエリア、勝手にどこかに行ってはダメじゃないか」
「申し訳ございません」
私の頬に触れて、少し息を切らせながら焦った表情を見せるケンビット様に申し訳ない気持ちが押し寄せる。
「陛下!! 見つけました!!」
ケンビット様が私の所に駆けつけたのとほぼ同時に、慌てて森の方から走って来た茶髪の少年と銀髪の青年がメイル陛下の腕を掴んだ。
「急に走り出さないで下さいよ……陛下」
「陛下。むやみに力をお使いになるのは控えて下さい」
メイル陛下は何も答えず二人の手を振り払うと、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべる。瞬間、周辺の空気がピリっと張りつめた。
ケンビット様はそんなメイル陛下に臆する事なく数歩近づくと、胸に手を当てて深々と紳士の礼をする。
「皇帝陛下。こんな所でお会いするとは……私はドイル国王太子ケンビット・アーデノル・ドイルでございます。この度はアエリア……私の婚約者を助けて頂きありがとうございました」
「別にたいした事はしていない。アエリア嬢がケガをしなくてよかった」
そう言ってメイル陛下は私に視線を向けると、フワッと軽い笑みを浮かべた。
無表情だった顔に急に浮かべられたその笑みに、私の胸が急にドクンと音を立てる。
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