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21.転性聖女の引越し挨拶3

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「どうして私はこんな事をしているのでしょうか・・・・・・」

 あれから暫く後、私はそんな事をボヤキながら、一心不乱にパンケーキのタネを混ぜていた。
 勿論、気が付いたら料理をしていた様な夢遊病の類ではない。
 こうなった経緯は分かっているのだが、その経緯を呪っているだけだ。

 事は少し前に遡る。
 ベル、ロロ、ララ、ルルの4人に服を着せたところでアキが大量の食材の詰まったリュックサックを背負って帰ってきた。そこまでは良かった。
 そろそろアルフも水浴びから帰ってくるだろうと思い、玄関のドアから顔を出してみると、そこには大勢の少年少女が。
 話を聞いてみると、私の噂を聞きつけてアルフのクランメンバー全員が集まってきたという事らしい。
 しかも、甘いお菓子が食べられるなどといった情報が誇張されて伝わっている様で。
 図らずも引越しの挨拶回りをする必要がなくなったのだが、これだけの人数をもてなすことなど全く想定していなかったし、ましてや甘いお菓子の準備など出来ているわけが無い。
 そのため、全員に水浴びをお願いしている間に突貫でパンケーキの用意を始めたと言うわけだ。

 そんな状況のため、今や我が家のリビングダイニングは大混雑だ。
 私とアキの他に、アルフのクランメンバーの10人が勢ぞろいして各々が地べたに座っているわけで、20畳以上確保して作ったはずのリビングダイニングでも非常に手狭に感じる。
 私やアキのクッションやブランケットを自由に使いながら寝そべったりまでしている。
 子供たちって遠慮が無い。仕方ないけれども。

 アルフのクランメンバーは全員で10人。 あ、私とアキも加わったから全部で12人か。
 私たち二人に加え、既に交流があるアルフとベルの兄妹、そして昨日知り合ったロロ、ララ、ルルの3姉妹。
 そして今日初めて会った新顔の5人で全員だ。
 新顔と言っても、アルフのクランにとっては私とアキが新顔になるのだけれど。
 そう言った細かいところは置いておいておこう。

 新顔5人についてだけれど、まずはシエナとゲイルとエルの3兄弟。
 シエナは兄弟の長女で、ほんわかとした雰囲気を纏うお姉さん。その下に長男のゲイル。少し生意気そうな印象だが、仲間思いが伝わってくる少年だ。そして末っ子の次女であるエルだ。正直なところ、本当に末っ子かと疑いたくなるくらいのしっかり者で、兄弟の中で一番しっかりしているような気がする。
 まぁ、今日ほんの少しお話した程度の私の認識なので、間違っているかも知れないけれど。

 そして、残りの二人はフリードとヘンリーの兄弟だ。
 クリスタの町の衛兵長の息子らしく、二人とも戦闘センスがあるらしい。
 特に兄のフリードはアルフでも敵わない剣の使い手らしいが、昔に出会ったサムライとかいう剣術家に惚れ込んでおり、その真似をしている変わり者の様だ。サムライって侍のことかな。もしかしたら私の前世と繋がりのある人間が居るのかも知れない。覚えておこう。
 弟のヘンリーは至極真っ当な心優しい少年で、どちらかというと剣術よりも農業に興味がある、そんな男の子だ。兄のフリードが奇天烈な事を言っていても気にしないあたり、度量が大きいのか、それとも何事も気にしないたちなのだろうか。
 
「なぁ、その・・・・・・なんだ。甘いものはまだ出来ないのか?」

 そんなメンバーを束ねるアルフが待ちきれないとばかりにせっついて来る。
 甘いものが好きなことは分かるが、私が必死に混ぜている姿が目に入らないのだろうか。
 12人分も材料から作る労力を解っていないな!もうっ!

「ふっ。アルフ、男児が斯様な甘味への執着を見せるとは情けない。
 剣の道において足しにも成らぬと言うのに」
「あら、フリード。貴女は食べないのね。ならその分は私が食べたいなー」
「すみません、僕が悪かったです。食べさせて下さい・・・・・」
「フリードさん、何時もながら直ぐに心が折れるなら、そんなこと言わなければ良いのに・・・・・
 お姉ちゃんもからかわないであげて下さい」

 アルフに対して格好をつけるフリードをシエナがからかい、それをエルが嗜める。
 ゲイルは額に手を当て呆れており、ヘンリーは笑顔でやり取りを見つめている。
 そんな各々の姿から、少しこの子達の関係というかパワーバランスの様なものが見えた気がする。

 でもそんな事より、私の手が限界を迎えそうな状況をなんとかしないといけない。
 また筋肉痛で数日無駄にする勢いですよ!

「ほらほら、早く食べたいなら手伝ってください!
 アルフとフリードは小麦を臼で挽いてください。
 ゲイルとヘンリーは材料を混ぜてください。
 疲れてきたら適度に交代しながらでお願いします」

 みんな体力が余っていそうなので、体力の要る工程を全員に投げてしまおう。
 申し訳ないが男の子たちには力仕事を頑張ってもらいたい。

「ハルママ!私は私は?」
「ベルは私と一緒にパンケーキを焼きましょうか。
 他の皆も焼きますか?」

 残った女性陣にはパンケーキの焼き方を実際に見せながら説明していく。
 マナで動くホットプレートは行き成り扱うのは難しいだろうし、今日はスキルが付いた水晶ナイフを取り扱ったことがあるアキとベルにお願いするとしよう。

「パンケーキのタネをこの板の上に垂らしたら、暫く待ってください。
 プツプツと穴が空き始めたら、このヘラを使ってひっくり返してください。
 まぁ、やってみましょう。
 材料はあっちで作ってくれているので、失敗しても大丈夫ですよ」
「はーい」

 そんなこんなで何とか作業を割り振って一息ついていると、段々と美味しそうな香りが漂ってくる。

「あっ、そこは焦げかけているのでひっくり返してください!」
「ん」
「ベルちゃん、もう少し火力を弱めに調整をお願いします。込めるマナを緩める感じで」
「わかったよ、ハルママ」
「ハルちゃん、私は何をすればいいかしら?」
「シエナさんは、焼けたやつをお皿に移してください」

 12人分のパンケーキを焼こうとすると大忙しだ。
 こんなに賑やかなのは初めてかもしれない。
 孤児院時代でも体が弱くてここまで騒ぐ事が出来なかった。
 前世は・・・・・・止めておこう、悲しくなるだけだ。
 兎に角、こうやってワイワイするのも悪くない気分だ。

「おっ!凄く良い匂いがするな!食べても良いよな!な!」
「アルフは本当に甘いものに目が無いなぁ。これが無ければなぁ・・・・・・」

 匂いにつられて男性陣が寄ってきた。
 アルフの興奮具合にゲイルが少し呆れた様子だ。

「ゲイル、もうお仕事終わったの?」
「姉さん、粗方終わったよ。ほら」
「何故、某が斯様な事を・・・・・・」
「兄さん、美味しいものが食べられるんだし、良いじゃない」

 フリードとヘンリーがパンケーキのタネが入った容器を抱えて作業場から運んでくる。
 頑張ってくれたお陰で中々の量だ。これだけあれば、流石に12人分はあるだろう。
 
「皆、お疲れ様でした。では食べましょうか。アキ、お皿とって」
「まかせて、かーさま」

 アキが全員にお皿とフォークを配り、私がそこにパンケーキを乗せていく。

「では、えー、この度、私ハルとこの子アキは此処に引っ越してきて、尚且つ、皆さんと同じくアルフのクランメンバーに成りました。
 これからよろしくお願いいたします」
「よろしく」

 私が簡単な挨拶の後にお辞儀をすると、アキも続いてお辞儀をする。
 相互理解のためにも、もう少し自己紹介でもしておきましょうか。

「私たちは北の森でベルと出会って・・・・・・」
「挨拶は良いから、さっさと食べようぜ。
 自己紹介は食べながらでも出来るさ」

 アルフが待ちきれないとばかりに自己紹介を遮ってきた。
 アルフってこんな感じでしたっけ・・・・・・?
 まぁ、何時もが年齢に似合わずしっかりした感じですし、好きなものを前にして年相応の姿が見えているのだろう。
 クランメンバー全員が見た目から想像できないくらいにしっかりしている印象を受けるし、恐らく苦労しているのだろう。

「分かりましたよ。では皆さん、いただきましょうか」

 この一言を切っ掛けとして皆が思い思いにパンケーキを頬張っていく。
 特に男性陣は猛スピードで食しており、もう皿が空っぽになりそうだ。
 砂糖が市井に流通していないこの世界では、甘いケーキとなればご馳走だろう。

「美味い!こんな甘いケーキを食べた事無いぞ!」
「今日はアルフの気持ちが少し分かってしまうのが悔しい・・・・・・」
「ふわふわで美味しい!」
「美味・・・・・・・」
「気に入って頂いて何よりです。でも、もう少し落ち着いて食べてくださいね。
 あと、お代わりはこっちで勝手に焼いてください。
 あ、エル、口元に欠片がついてますよ」
「え、本当だ」

 そんなこんなで騒がしくも在りながら楽しく、皆の気が済むまでパンケーキを食べて過ごしていると、ふとララの表情が少し暗い事に気が付く。

「なんだか、ハルママってママみたいだねー」
「ララ、ハルママはアキちゃんのママなんだって」
「そういう意味じゃなくてー。色々教えてもらいながら料理するなんてー、ママを思い出さないー?」
「ん」
「うん、そうだね・・・・・・」

 ママじゃなくてせめてパパみたいと言って欲しいという欲求があまり湧かない自分に驚いたが、そんなことよりも何だか三姉妹がしんみりとした感じになってしまったことをどうにかしたい。
 こういった空気はどうも苦手だ。

「あはは、貴方たちの本当のママにはなれないけれど、気軽に頼ってくれて良いですよ。
 ベルから聞いているかも知れませんが、これでもクランの保護者枠ですから」

 そう、私は冒険者資格も取っているのでクランでも保護者側なのだ。
 困った時には頼れる存在なのだ。

「ですので、大変な時はうちに来ても良いですよ。保護者枠なので」
「え、本当に良いんですか?」
「今日の集まりで、この家にクランメンバー全員が詰め込めることも分かりましたしね」
「あははー、ぎゅうぎゅう詰めだけどねー」
「ん」

 少し不安が解消したのか、三姉妹の表情は柔らかくなったな。良かった。
 自分は子供たちの模範となれるような立派な人間では無いが、偶にはこういった大人な対応をしても良いだろう。
 取りあえず皆さん、こんな私たちですがよろしくお願いしますね。
 ・・・・・・あ、皆さんお片づけも最後までよろしくお願いします。
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