魔人狩りのヴァルキリー

RYU

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光の道標

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サトコは、ハッとし倒れた二人の方に駆け寄り、顔面に聖水を掛けた。青白い二人の顔面は、たちまち元の血色の肌に戻った。

そして、複雑な表情をして黒須の胸ポケットの中の人形を見詰めた。

「黒須、シンジという幽霊、どうなっちゃうの?」
「多分、この幽霊は煉獄行きだろうな。」
黒須は、俯き厳しい表情をする。
「何とか、ならないの?だって、あの二人の影響でこうなったんでしょ?」

サトコは、いつにも増して感情的になってしまっていた。
少年の苦痛が自分の苦痛と重なった事が大きかった。自分の人生は、虐めに虐待にと泥沼な人生だった。

「アリスは、シンジを観察していただけだ。そして、彼に興味を持ち力を与えた。彼は、その時点で未だ影響されてなかったから、拒否する事は出来た筈だ。あいつの心が弱かったから、こうなったんだ。」
「そんな…」
それは、理不尽やしないかー?と、思ったが、彼は、欲に負けてしまい、そして力を得た。

それは、紛れもない事実だった。

人は、誘惑に負けない強い心を持たねばならない。

ふと、上空からバイクが舞い降り、青木という死神が姿を現した。
「よお、黒須、無事だったか?こっちも、早く仕事が片付いた。」
「ああ、何とか、な。頼みがあるんだが、ここに倒れている二人を頼んで良いか?酷い霊障にあっていてな。母親も、人格が豹変したみたいなんだよ。」
「任せな。」
青木はそう言うと、二人の方まで駆け寄り何やら青紫色の膜のような物を張っていた。

これは、浄化作用があるのだろう。


「アリア、居るんだろ?お前、ずっと終始見ていたのか?卑しいもんだな。」
黒須は、後ろにある電柱の方を向いた。

「よく、気付いたわ。前より霊力増したみたいね。」
電柱の影から、例のロリータファッションの少女…アリアが姿を現した。

ーいつの間に、居たのだろう?気づかなかった。彼女には、己の存在を掻き消す特殊な能力があるみたいだ。

今、気付いたが、アリスやアリアは一般の人間には見えてないらしい。

「お前の目的は、自分の妹であるアリス討伐。お前達姉妹は、始めは同じ目的の為に協力し合っていた。共に同じ理想の為に、動いていた。死者が生者を支配しやがて生者が居なくなる世界をな。だが、ある時、お前は、みるみる魂を吸収し魔力を増幅していくアリスを脅威に感じた。そして、お前の魔力の正体は、死者の負の感情だろ?」

黒須は、じっとアリアを見つめた。サトコは、彼女の感情が読めなかった。そこには怒りや憐れみと言うより、別の深い意味があるようだ。

彼女達は、霊体の塊が集まったものだから、一般の人には見えなかったのだろう。

友人や家族、恋人と楽しげに談笑する者や、ジョギングする者がいた。

そこには、いつもの日常が広がっていた。

「よく出来ました。」
アリアは、パチパチと両手を叩いた。

「お前らは、元は二人で一つだった筈だ。お前らの正体は、死者の魂の残骸なんだ。除霊の際に出た死者の無数の散りばめられた記憶、強い負の感情がひとつの塊になりそして、それが意思を持ち人型になった。やがてそれは、静の部分と動の部分が反発し合い二人に分裂した。」

「御明答。中々の分析能力だわね。今から、三百年ほど前、この付近で巨大大地震があったのよね。特に沿岸部は津波の被害が酷かった。一人の狂科学者が、海辺に行き特殊な電気装置を使って死者の魂をかき集めたの。一人の自我を持つ存在を作りたくてね。彼もその犠牲になって魂が吸収されてしまったけどね。」

アリアは、じっと前を見据えた。その表情は、何か強い決意のようなものが感じられた。

「それがお前とアリスの元なのか?」

「そうよ。私は『 静』、アリスは『 動』として分裂したの。私達は、負の感情を持て余し沢山魂を吸収し、精力を得てきた。だけと、やがて私は、人の負の感情を感じ更に新たに目の当たりにする度に、苦しくなってね。」

アリアは、蜂蜜のように甘く優しげな声で胸に手を置いた。

「だから、お前は、誰かにアリアと自分を止めて欲しかった。救って欲しかったんだ。そして、それに適する人を探してきたが、中々それに適する人は現れなかった。器が弱く脆く、耐えられそうにないと見たから。そんな中、私とサトコを見掛け罠を仕組み試してきたんだ。私達を強化する目的としてね。」

サトコは、ハッとした。
時折、ピンチの時に時間を止めて助言をしてきた理由は、これだったのか…

彼女の声は、優しくも、何処か救いを求めているようだった。


「アリスを止めてくれて、ありがとう。私達は、『 静』と『 動』『 表』と『 裏』、表裏一体なの。だから、アリスが消えると、私も消えるのよ。」

アリアは、両手を大きく拡げた。

「アリア…お前、そこまでしてアリスを止めて欲しかったんだな…」

「そうよ。今まで、色々楽しませて貰ったわ。サトコ、最後に、私を撃つのよ。私の中にある魂を、浄化してあげないと。」

「お前も、逃げるのかよ?」 
浄化しながらも一部始終を見ていた青木が、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「逃げるんじゃない、自分に蹴りをつけたいのよ。さあ、サトコ、やって頂戴。」

サトコは、首肯しサジタリウスの引き金を弾いた。

乳白色の眩い光に包まれた弾丸は、アリアの額に命中した。
「ありがとう。」

アリアはそういうと、全身にヒビが生えた。そして、硝子人形のように一瞬で破片になり、そして粉々になった。

そして、それから光の粒のようなものが解き放たれた。

それは、あらゆる苦悩を抱えた無数の魂達である。


アリスもアリアも消えた。

魂は、苦悩しそして成長していく。

アリアは、ずっと何を感じながら彷徨っていたのか、サトコは気になっていた。




「サトコ、今まで色々、寂しい思いをさせて悪かった。」

「心配したんだよ?黒須、いつも何処かに居なくなるから。」

「お前の霊相をクリアに保つ為に、上司のオルゴンに直々に相談しに行ってたんだ。そして、彼から霊力をもらってな。そして、お前にそろそろ延命の期限が来たから、お前からあえて距離を置くようにしたんだ。死者はあんまり死神と居ると、依存して成仏出来なくなるからね。」

「そうだったんだね…」

そうか…黒須と居ると、心が一瞬で落ち着き暖かくなるのはそういう理由だったんだ。  

サトコは、分かっていた。自分の延命の期限が、すぐそこに来ているのだと言うことをー。

「お前、今までよく頑張ったな。怖くて大変だったろ?済まないな。」
黒須は、いつにもない優しげな表情をしていた。
「ちょっと、怖くて大変だった。だけど、黒須と一緒だし、アオイさんが見守ってくれたから、自分はここまで頑張れたんだと思う。」
サトコは胸が熱くなり、目には涙が溢れそうになる。
「じゃあ、そろそろ行くとするか?お前、施設の仲間に挨拶しに行くだろ?」
「そうだね。でも、いいの。悲しませたくないから。とっくに死んだ事にしといて。」
「それで、本当に良いのか?」
「うん。皆が、とっくに悲しんだ…そういう事にして欲しい。私がこうして延命しているのは、自然の摂理に逆らう。多分、リオもそれも理想に反するから嫌だったんだと思う。」
「分かった。義体を脱ぎな。一緒に行くぞ。捕まってろよ。じゃあ、青木、そういう事だから、後の事は任せた。」
「はいよ!相棒、行ってきな!」
青木は、声を張り上げ大きく手を振った。
「青木さん、ありがとうございます。」
サトコは、ぺこりと青木に向かってお辞儀をした。

黒須は、バイクに跨った。彼女は、サトコの意思を尊重した。それは、サトコに自立を促すサインでもあった。

サトコは首肯し、義体を脱いで黒須に手渡した。それは風船のように萎んでいった、黒須はそれを胸ポケットにしまった。

そして、サトコは黒須の後ろに乗り彼女に掴まった。黒須は、ハンドルを握り締めエンジンを回した。

彼女のバイクは、スピードを上げ宙高く舞い上がる。

サトコは、全身が熱くなる。ずっとアオイが見守って、力をくれたからだ。

足元の景色に目をやる。
青木が、大きく手を振っている。
長年暮らしていた、慣れ親しんだ街がみるみる小さくなっていく。

この街とは、そろそろお別れだ。今まで仲間達との暖かい思い出が、黒須との思い出が沢山蘇ってくる。

あのトラックドライバーの事は、まだ許せない気持ちがあった。

だが、恨むと悪霊になってしまい、黒須の努力が無駄になってしまう…。

目に涙が込み上げそうになり、視線を黒須の後頭部へ戻す。

黒須が終始無言だったのが、幸いだった。

ふと、背中が熱く温かいものに包まれたような感じがした。振り返ると、そこにはサエコが笑顔で自分の背後に、サエコが笑顔で抱きついているのが見えた。

「ごめん、遅くなったね。」
サエコの声は、温かく優しかった。
サトコは、知っていた。
彼女は、アリアに吸収されずっと一緒に居たのだと言うことをー
そして、私のことをずっと見守って力を与えてくれていたんだ…

黒須は、彼女が付いてくると分かっていて、鎌を彼女に向けなかった。サトコに対する配慮もあるだろう。

「どうして、私を置いて死んじゃったの…?私、ずっと悲しくて…」
サトコは、どっと目に涙が溢れた。

「ホントに、ごめんなさい。私は、なんか、苦しくて、胸が苦しくて…それで…」
サエコの目にも涙が溢れた。

サエコは、両家の家柄の人間だ。彼女は、周りの期待に答えようと、ひたすら頑張っていたのだ。成績優秀で学年トップ、両家のお嬢様だと言うことで、周りから一心の期待を背負っていた。

そんなある日、彼女の中の緊張の糸がプッツリと切れたのだ。

そして、彼女はマンションの七階から飛び降りた。

15歳の多感な少女だ。周りからのプレッシャーは、相当な物だったに違いない。

外観はいつも完璧に見え、中身はいつ粉々になってもおかしくない状態だったのだ。

「私こそ、ゴメンね。気付いてあげられなくて。」
サトコの頬には、涙が伝った。
胸の奥のわだかまりがすっと抜けて、そして熱いもので満たされる。


黒須は配慮してか、ずっと寡黙を貫いていた。
これで、サエコとも一緒になれる。
向こうに行ったら、また、アオイさんにも会えるだろうかー?

彼女と何を話そうか…?

会って、色々話したい。

彼女とサエコは、自分の守護天使だ。
強い、心の支えでソウルメイトのような存在だ。
二人はいつも、何処かから見守って力を与えてくれたんだ。

転生したら、明るい未来が見えるか、不安でいっぱいだったが、ソウルメイトが、黒須が付いてるから、きっと大丈夫だ。

そして、黒須、アオイ、サエコの魂も闇の世界から解放されて欲しい。

人には、怒りや苦しみや悲しみなどの負の感情がある。
だが、この苦しみの先に光がある。深く長い闇の向こう側から、いつか光が差し込む。


サトコは、そう信じながら前を見据えた。

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