魔人狩りのヴァルキリー

RYU

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悪魔のゆりかご まる

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サトコの放った弾丸は、眩い乳白色の光に包まれ、ケイタの額に当たった。

光は、キラキラ輝きケイタを優しく包み込んだ。

そこで、サトコは生前の女子高生の苦悩が、走馬灯のように浮かび上がってきた。

これは、自分が想像しているものとは異なるのは、ハッキリ分かった。今まで、感じたことのない苦悩と怒り、悲しみ、そしてささやかな至福のひとときだ。

高校のバレー部の部活動で、熱心に練習していた時の思い出。彼女は不器用でおどおどしており、だが、容貌と愛想が良い。それで、一部の男子生徒からモテるも、先輩らはそれを快くは思わなかった。好きな人を取られたと、因縁を受けた。その男子生徒は容姿端麗な生徒会長である。それからというものの、先輩らから罵倒され雑用扱いを受け、熱湯を掛けられた。周りは味方はいない。
彼女は、大人しくていつもビクついて言いなりになっていた。
弄られ続け、不器用ながらも健気に頑張った。

彼女の数少ない友人は、ゲームの世界のプレイヤーだった。
ゲームの世界は、唯一の居場所だった。
彼女はファンタジーの世界に没頭し、ゲームにのめり込んだ。
そんな中、ゲームのリリースが中止になり、少年との交流が途絶えた。
唯一の手掛かりは、球団名とゼッケンナンバーだった。

そして、彼女に対する虐めが徐々に苛烈さを増していき、そして限界が来て、自ら命を落とした。


サトコの胸の内部から、熱いものがじわりじわりと込み上げてくる。
自然と涙が頬を伝える。

ケイタの身体の中から、女子高生の霊が抜け出て、彼はぱたりと倒れた。

「ごめんなさい。私は、嬉しくて、ケイタ君に感謝したかっただけなの。ネットのゲームで繋がって、一緒に遊んで楽しかった。彼は、私の唯一の友達だった……でも、私の心の弱さで……」

女子高生の霊は、すっかり正気に戻っていた。

「分かってる。だがな、お前は、死んでるんだ。ここに長いしてはいけない存在なんだ。それは、分かるよな?」

霊魂は、現世に留まり続けてはいけない。
その成れの果てが黄魔だ。
黄魔とは、霊魂が浮遊霊や地縛霊として留まり続け、臨界に侵食されてやがて魔力を得た存在だ。魔力を得たら、理性を失い生前の記憶を失い、好き勝手暴れ他の死霊を喰らいつくしてしまう。それが凶暴化した姿が邪鬼と呼ばれている。

「うん。自殺した私の心が弱かったのは分かるの。だけど、ありがとうが伝えたくて…」

女子高生は、涙を拭った。

「他に、言い残したことは無いか?」

「大丈夫。感謝の気持ちを伝えてくれれば、それでいい。ケンタ君に会えて、良かった。」

「じゃあ、お前を連れてくぞ。」

女子高生は、頬に涙を流しなが、無言で頷いた。
黒須は、深鬱そうな表情をしている。眼を細め、無言で鎖を収めた。

鎖が解け、消えていく。
彼女は、幾人もの迷える魂らを葬ってきた。
この鎖の中には、その魂らの強い想いや思い出が込められている。

黒須は、鎌を携え女子高生の首を一瞬で、狩り切った。

女子高生の身体は、一緒で光の泡粒のように無数に飛散した。

黒須は、胸ポケットから案山子型の人形を取り出した。その人形は、パックリ口を開くとその光の泡粒を吸収した。案山子型の人形は、それを吸収するとたちまちサイズが人型増大した。


彼女は、煉獄行きだろうかー?

薄暗く寂しい虚無な世界へと、一生、落とされてしまうのだろうかー?

生前、あんなに苦しみ続けたのに、苦しみから逃れた後、死後もこうして苦しみ続けるのだ。

理不尽に思えてならないが、これがルールというものなのだろう。

サトコのすぐ側にいる幽霊の少年は、終始涙を浮かべながらガクガク震えていた。 

サトコは、悟った。彼は、兄が心配なのだ。心配で、成仏できないのだ。彼にも、何か生前に兄に言い残したことがあるのだろうかー?兄と、何か喧嘩でもしたのだろうかー?
黒須はそれを悟ったのか、少年を優しくなだめた。
「ああ。彼は、大丈夫だ。お前も、こんな所にずっといてはいけない。何か、伝えたいことがあるか?」

「うん。」
少年の霊は、涙ぐみ頷く。

「お姉さん、力になってくれる?」

「え…?うん…分かった。」
サトコは、悟った。少年は、自分に憑依してケイタに伝えようとするのだ。

「五分が限度だぜ。それが過ぎすと、お前の心の色相が徐々に濁って成仏が難しくなる。」
黒須は、少年に念押しをした。

少年は、頷くとサトコに憑依した。
サトコは、ゆっくりと少年に歩み寄る。

ケイタは、目が覚めハッと飛び起きる。

少年の霊は、サトコの身体を使い自分の思いを伝えた。

「お兄ちゃん、ごめん。あの時、謝れなくて。お兄ちゃんが大事にしていたボールどっかにやって、喧嘩したよね。だから、こうして出てきた。お兄ちゃんなんか、もう要らないだなんて、言ってしまってごめん。つい、かっとなってしまってて…」

サトコの目から涙が溢れた。

「ヒロユキ、ヒロユキなのか…?」
ケイタは、ハッとし大きく瞳孔を見開いた。

「うん。僕だよ。先に死んで、ごめんね。僕、生まれ変わってもお兄ちゃんの弟で、また、一緒に野球がしたいな。」
サトコのその声に、ケイタの目から大粒の涙が溢れ出ては頬を伝った。

「ボールは、ちゃんと、ここにあるよ。それに、こちらこそ、ごめんな。あんなにキツく詰め寄って…お前、病気だったのに、それに気付いてあげれなくて、ごめん。」

ケイタは、落ちてある野球ボールを拾って見せた。

「あと、伝言なんだけど、お兄ちゃんのゲーム仲間の女子高生のお姉さんが、感謝の気持ちを伝えたいって言ってた。死んじゃってごめんって…」

その言葉に、ケイタはハッとした。

「あの人、死んだのか…?」
ケイタは、瞳孔を大きく揺れ動かした。

「そろそろ、五分になるぞ。」
黒須が懐中時計を確認しながら、時刻を伝えた。

「あ、お兄ちゃん、ごめん。僕、そろそろ行かなきゃ。今まで、どうもありがとう。生まれ変わっても、一緒に野球やろうね。」

サトコは、そう言うと大きく手を振りその場を後にした。

ケイタは、瞳孔を揺れ動かしながら、立ちすくみじっとサトコの背中を見つめていた。

黒須は、少年の首を狩り切った。それから、光のシャワーになり、黒須の小さな人形の口に吸収されていった。

「じゃあ、行くぞ。」

黒須は、空間に大きな円を描いた。
彼女につられ、サトコもあとをついていく。

ケイタは、大丈夫なのだろうか?と、気がかりだ。
彼は、自分を強く責めたてたりはしないだろうかー?

「彼なら、大丈夫だ。今は、そう信じるしかない。私らには、どうすることもできないからな。」

「うん、そうだね。」
サトコは、弱々しくも頷く。

幽霊にも熱い思いがある。
彼等にも、それぞれの人生がある。
彼等は、それぞれ伝えたい強い気持ちがあり、成仏ができないのだ。

死者には、それぞれ、楽しい思い出や苦しい思い出、苦い青春時代や、怒りや悲しい出来事があるのだ。
自分の仕事は、死霊を倒すことではなく、心を浄化し無事にあの世へ送り届け、新たな転生への手伝いをすることなのだ。
そう思うと、サトコはもっと死者の気持ちに寄り添いたくなり、自分の使命について考えるようになっていったのだ。
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