36 / 66
新たな道標 ⑥
しおりを挟む魂は、飛散し、サトコは安堵のため息をついた。
全身の力が抜け、脚がふらつく。
だが、黒須は顔を歪めたまま佇んでいる。
ーと、その時だった。
泥のような塊は、再び合体し体は再生したようだ。
「そんな…どうしよう…」
サトコは、困惑した。もう、力は使い果たした。これ以上、どうすれば…
横の方から、独特な、ハスキーボイスが流れる。
その歌に、巨鳥は、一瞬動きを止める。
メロディーのする方へと視線を移すと、黒須が通信機をかざしているのが見えた。
巨鳥は、ゆらゆら揺れ動きが緩慢になっていく。空を描き、天を仰ぐ。目の光は徐々に弱くなる。上下左右に、フラフラ首を揺れ動かす。
サトコは、意を決して再び照準を定めた。
「サトコ、打て!」
黒須の合図と共に、サトコは、引き金を引き、再び渾身の一撃を加えた。
弾丸は巨鳥の胸部を貫通し、巨鳥は倒れた。
巨鳥から、黒い泥のような物が渦を巻き蒸発した。
巨鳥、次第に小さくなり2つに分裂し普通の人型サイズに戻った。
「井伏アキ、井伏サチ、霊法99条により、お前らを煉獄無期懲役の刑とする。薄暗く淀んだ森の中で永久に彷徨い続け、己のしてきた罪の重さを深く反省するんだ。」
黒須は、冷徹な鋭い眼差しを姉妹に向け、案山子をかざした。
黒い泥の人型は、小さくなり溶けだし、中から金糸雀色の発光体が出現した。
案山子は、パックリ口を開けた。
発光体は、クルクル飛び回りながら口の中へと飲み込まれた。
サトコの心境は、複雑だった。やり遂げた達成感こそあるが、霊の生い立ちに触れ心情を
「あの娘らのしていた事は、大罪だ。罪のない魂を貪り喰らい、生者と死者のバランスを弄った。バランスが崩れると、虚無の森が拡がる。」
「虚無の森…?」
「ああ。煉獄の外れにある、薄暗くジメジメした混沌とした所さ。」
「黒須は、何でいつも冷静で居られるの?同情したくなる時だって、あるでしょう?」
「同情ね…そんな事して、何になるんだ?双方に、何のメリットないだろ。あの子らだって、憐れまれたくは無かった筈だよ。寧ろ、逆効果だ。ただ…価値や存在を認めて貰いたかったんだろうね。」
「そうか…そうだよね。誰だって、自分の価値や意義を見い出したいもんね。」
「価値を認めてもらいたい、存在意義を感じたい、その気持ちは、大いにに良い事だ。だがな、何があろうと決して道を踏み外してはならない。大事なのは、自分を信じ肯定する事だぜ。」
その言葉に、サトコはハッとした。
どんなに荒波に飲まれようが、自分を信じ自信を付けることだ。
黒須は、それを教えているのだ。
すっかり、奇妙な黒い樹木は消えており、臨界のバリケードは消えた。
多分、姉妹は既にアリアの手に落ち悪霊化していたのだ。だが、それを表に出さなかったという事は、僅かに葛藤があったに違いないー。
「あの歌声の主は、自殺で亡くなったんだってな…」
黒須のその言葉に、サトコはハッとした。
「…あっ。」
ー確か、自殺は大罪であり、煉獄無期懲役刑に該当する。
姉妹は、皮肉な形で憧れの歌手と会うのだろうかー?
煉獄は、無限に広いー。
魂が、無限に彷徨い続ける。
会えるかどうかは、分からない。
だが、せめて向こうでは憧れの人と会って、報われて欲しいとサトコは願うのだった。
サトコは、分かっていた。あの、泥のようなものは姉妹の怒りと苦しみ、絶望、怨念がアリアの力により増幅したのだ。
夕焼け空が眩しく、サトコは、涙を流す。この涙は、哀しさからくるものなのかも知れないー。
だが、激しく首を横にふり、涙を拭った。
サトコは、帰りの車の中でアキとサチの魂の安寧を祈りながら帰路に着く。
時は、1990年代後半ー。クリスマス・イブ。
バブルはすっかり崩壊し、国民は目が覚め、各々の居場所をしきりに求めた。
中高年男性は、ひたすら仕事に邁進し早朝から夜遅くまで仕事に励み、若者はガングロや、ルーズソックス、腰パンなどの独自のギャル文化を築き上げ、
濃い個性を発揮するようになった。
また、国民は強い刺激を追い求めるようになった。任天堂のゲームソフトや、 マリオカート、、たまごっちや、テトリスなどの遊戯に明け暮れた。
たまごっちやポケベルに夢中になる若者、路上でダンスを繰り広げる若者など、それぞれの形で楽園を求めていた。
定番のクリスマスソングが、街中を流れている。
カップルがイチャイチャしながら、手を繋ぎ練り歩く。
街中で、イルミネーションが、チカチカ点滅し、豪勢なクリスマスツリーが、赤、黄、緑、青と、カラフルな飾りをぶら下げ、華やかな彩りを見せていた。
CDショップの店内には、今、流行りの歌手の歌が流れていた。
「ねぇ、どの歌手の曲好き?私は、アミがいいな。セクシーだし。」
「私は、スペードかな?クールで力強いから。」
「私は、アユミだな。胸に染みるのよねー。」
「うーん、ヒカルも捨てがたいな…」
そんな、CDショップの端の方に、モゾモゾ怪しい動きをする、パーカー姿のアキがいた。
少女は、監視カメラの死角を伺い、パーカーのポケットにCDを一枚咄嗟に隠した。少女の心臓は、太鼓のように激しくバクバク打ち続けた。空気が、鉛のように淀む。息の詰まる苦しい時間だ。自分は、今、一番してはならない恐ろしいことをしているのだ。
頬は赤く紅潮し、全身の芯から生暖かい汗が滝のように流れる。
ー大丈夫!大丈夫だ…
アキは、激しい呼吸の乱れを整える。アキは、ソワソワすることなく、俯きながら速歩で店を出た。
「ちょっと、君!」
背後から、店員が呼び止めるも、少女は表情微動だにせず、息を切らしながら、走り出す。人混みに紛れ、カップル連れとぶつかる。アキは、軽く会釈をするも脱兎のごとくその場から走り去った。
遠くの方から、店員の叫び声が反響するも、周りの雑音に掻き消される。
アキは、息を切らしながら、しきりに人混みを避ける。路地裏に身を隠し、裏口を一気に駆け抜ける。
アキは、郊外まで無心に走り、質素なアパートまで辿り着いた。一気に階段を駆け上がり、ドアを開ける。
「あ、お姉ちゃん、お帰り。」
リビングの向こう側から、サチの無邪気な声が聞こえてきた。アキは、その声にホッとし力尽きる。
「はい、これ。」
アキは、息を切らしながらリビングのテーブルに万引きしたCDを出して見せた。
「わぁー、ニカだ…」
サチは、目を輝かせCDを見つめている。
「サチって、ホントに、もの好きだよね。大抵の人は、流行りの曲を聴くもんなんじゃないの?何でまた、マイナーな歌手を・・・」
「あの、独特な旋律の歌が、痺れちゃうの。媚びてなくて、クールで荒々しいのが素敵。」
「サチにとって、ニカが拠り所なら、私はそれでいいよ。」
「お姉ちゃんの夢、叶うと良いね。シンガーソングライターになりたいんでしょ?そしたら、また、一からやり直そうよ。足を洗ってさ。」
「何で、それ、知ってるの?」
「あ、ごめん、これ、見ちゃった。何かのメロディーっぽい詩が書いてあったから。」
「バカ、やめてよ!」
アキは、顔を赤くしサチの手からメモ帳を取り上げた。
「お姉ちゃんが、なりたいのなら、応援するよ。私、いつも、迷惑掛けてばっかで悪いから。」
「何、言ってんの?それで成功して食っていけるのは、1000分の1以下なんだよ。それに、私が盗らなきゃ、誰が養ってくれるの?お父さんは、アテにならないでしょ。」
アキは、急に顔を強ばらせ口を尖らせた。
「ゴメン…そんなつもりじゃ…」
サチは、伏せ目がちになり声を曇らせた。重い空気が流れる。
アキは、仏頂面でパッケージからCDを取り外す。
ニカも、日影側の人間だった。でも、彼女の歌には、何処か魅せられるものがある。独特の、強く訴える何かがある。世の中には、光と影がある。光は、影の存在を知らない。影は、いつか光側になろうと藻掻く。どうあがいても、小さな存在であるにもかかわらず、暗闇の中で虫のように這いつくばりながらもしきりに一筋の光を希求する。
アキは、ラジカセにCDをセットし音量を調整する。
隙間風が流れる、寒々としたアパートの一室に、無名歌手の独特の熱いビートが響き渡る。
彼女の歌は乱暴で荒々しかったが、そこには強い魂(ソウル)がこめられていた。
ニカは、路地裏に生え雨風にさらされながらも生えた一凛の花である。
サチは、リズムを刻みハモる。
テーブルの上には、スーパーの半額セールで買った100円のチキンとショートケーキが、置かれていた。
質素でわびしいクリスマス・イブだが、二人にとって彼女の歌を聴いている間は、至福のひと時だった。
そのニカという歌手は、20年の太く短い人生を駆け抜けた。家庭環境には恵まれず愛に飢えた少女時代を過ごした。歌手になる夢を叶えるべく上京したものの、なかなか芽は出なかった。スカウトマンと恋人関係になるも騙され失意のうちに飛び降り自殺し、死後、有名になったのだった。
彼女は、姉妹と重なる物があったのだった。
♫ドブネズミのように、気高く生きたい~
♫ドブネズミのように、綺麗に生きたい~
♫影の中、泥を啜り、地べたを這いつくばり、今日も図太く生きてるよ~~~
♫金がないが、熱い情熱、愛があるよ~~~
♫wow,wow,wo~~~!
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
奇妙な家
376219206@qq.com
ホラー
運転手なしのバスは、呪われた人々を乗せて、奇妙な黒い家へと向かった...その奇妙な家には、血で染まったドアがあった。呪われた人は、時折、血の門の向こうの恐ろしい世界に強制的に引きずり込まれ、恐ろしい出来事を成し遂げることになる... 寧秋水は奇怪な家で次々と恐ろしく奇妙な物語を経験し、やっとのことで逃げ延びて生き残ったが、すべてが想像とは全く違っていた... 奇怪な家は呪いではなく、... —— 「もう夜も遅いよ、友よ、奇怪な家に座ってくれ。ここには火鉢がある。ところで、この話を聞いてくれ
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

心霊ロケで廃墟ホテルに行ったらトンデモナイ目に遭った話。
みららぐ
ホラー
心霊特番のロケでとある廃墟ホテルにやってきた無名アイドルの香音。
芸人さんと一緒に、なんとか初めての心霊ロケをこなそうとするが…。
「っ、きゃぁぁあああーっ!!?」
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる