魔人狩りのヴァルキリー

RYU

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新たな道標 ⑥

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魂は、飛散し、サトコは安堵のため息をついた。
全身の力が抜け、脚がふらつく。

だが、黒須は顔を歪めたまま佇んでいる。

ーと、その時だった。
泥のような塊は、再び合体し体は再生したようだ。

「そんな…どうしよう…」

サトコは、困惑した。もう、力は使い果たした。これ以上、どうすれば…


横の方から、独特な、ハスキーボイスが流れる。

その歌に、巨鳥は、一瞬動きを止める。

メロディーのする方へと視線を移すと、黒須が通信機をかざしているのが見えた。


巨鳥は、ゆらゆら揺れ動きが緩慢になっていく。空を描き、天を仰ぐ。目の光は徐々に弱くなる。上下左右に、フラフラ首を揺れ動かす。


サトコは、意を決して再び照準を定めた。

「サトコ、打て!」

黒須の合図と共に、サトコは、引き金を引き、再び渾身の一撃を加えた。


弾丸は巨鳥の胸部を貫通し、巨鳥は倒れた。

巨鳥から、黒い泥のような物が渦を巻き蒸発した。


巨鳥、次第に小さくなり2つに分裂し普通の人型サイズに戻った。

「井伏アキ、井伏サチ、霊法99条により、お前らを煉獄無期懲役の刑とする。薄暗く淀んだ森の中で永久に彷徨い続け、己のしてきた罪の重さを深く反省するんだ。」

黒須は、冷徹な鋭い眼差しを姉妹に向け、案山子をかざした。

黒い泥の人型は、小さくなり溶けだし、中から金糸雀色の発光体が出現した。

案山子は、パックリ口を開けた。

発光体は、クルクル飛び回りながら口の中へと飲み込まれた。


サトコの心境は、複雑だった。やり遂げた達成感こそあるが、霊の生い立ちに触れ心情を


「あの娘らのしていた事は、大罪だ。罪のない魂を貪り喰らい、生者と死者のバランスを弄った。バランスが崩れると、虚無の森が拡がる。」

「虚無の森…?」

「ああ。煉獄の外れにある、薄暗くジメジメした混沌とした所さ。」

「黒須は、何でいつも冷静で居られるの?同情したくなる時だって、あるでしょう?」

「同情ね…そんな事して、何になるんだ?双方に、何のメリットないだろ。あの子らだって、憐れまれたくは無かった筈だよ。寧ろ、逆効果だ。ただ…価値や存在を認めて貰いたかったんだろうね。」

「そうか…そうだよね。誰だって、自分の価値や意義を見い出したいもんね。」

「価値を認めてもらいたい、存在意義を感じたい、その気持ちは、大いにに良い事だ。だがな、何があろうと決して道を踏み外してはならない。大事なのは、自分を信じ肯定する事だぜ。」

その言葉に、サトコはハッとした。

どんなに荒波に飲まれようが、自分を信じ自信を付けることだ。
黒須は、それを教えているのだ。

すっかり、奇妙な黒い樹木は消えており、臨界のバリケードは消えた。

多分、姉妹は既にアリアの手に落ち悪霊化していたのだ。だが、それを表に出さなかったという事は、僅かに葛藤があったに違いないー。

「あの歌声の主は、自殺で亡くなったんだってな…」

黒須のその言葉に、サトコはハッとした。
  
「…あっ。」

ー確か、自殺は大罪であり、煉獄無期懲役刑に該当する。

姉妹は、皮肉な形で憧れの歌手と会うのだろうかー?

煉獄は、無限に広いー。
魂が、無限に彷徨い続ける。
会えるかどうかは、分からない。

だが、せめて向こうでは憧れの人と会って、報われて欲しいとサトコは願うのだった。

サトコは、分かっていた。あの、泥のようなものは姉妹の怒りと苦しみ、絶望、怨念がアリアの力により増幅したのだ。

夕焼け空が眩しく、サトコは、涙を流す。この涙は、哀しさからくるものなのかも知れないー。
だが、激しく首を横にふり、涙を拭った。

サトコは、帰りの車の中でアキとサチの魂の安寧を祈りながら帰路に着く。



時は、1990年代後半ー。クリスマス・イブ。

バブルはすっかり崩壊し、国民は目が覚め、各々の居場所をしきりに求めた。

中高年男性は、ひたすら仕事に邁進し早朝から夜遅くまで仕事に励み、若者はガングロや、ルーズソックス、腰パンなどの独自のギャル文化を築き上げ、
濃い個性を発揮するようになった。
また、国民は強い刺激を追い求めるようになった。任天堂のゲームソフトや、 マリオカート、、たまごっちや、テトリスなどの遊戯に明け暮れた。

たまごっちやポケベルに夢中になる若者、路上でダンスを繰り広げる若者など、それぞれの形で楽園を求めていた。


定番のクリスマスソングが、街中を流れている。

カップルがイチャイチャしながら、手を繋ぎ練り歩く。

街中で、イルミネーションが、チカチカ点滅し、豪勢なクリスマスツリーが、赤、黄、緑、青と、カラフルな飾りをぶら下げ、華やかな彩りを見せていた。

CDショップの店内には、今、流行りの歌手の歌が流れていた。

「ねぇ、どの歌手の曲好き?私は、アミがいいな。セクシーだし。」

「私は、スペードかな?クールで力強いから。」

「私は、アユミだな。胸に染みるのよねー。」

「うーん、ヒカルも捨てがたいな…」


そんな、CDショップの端の方に、モゾモゾ怪しい動きをする、パーカー姿のアキがいた。

少女は、監視カメラの死角を伺い、パーカーのポケットにCDを一枚咄嗟に隠した。少女の心臓は、太鼓のように激しくバクバク打ち続けた。空気が、鉛のように淀む。息の詰まる苦しい時間だ。自分は、今、一番してはならない恐ろしいことをしているのだ。
頬は赤く紅潮し、全身の芯から生暖かい汗が滝のように流れる。

ー大丈夫!大丈夫だ…

アキは、激しい呼吸の乱れを整える。アキは、ソワソワすることなく、俯きながら速歩で店を出た。

「ちょっと、君!」

背後から、店員が呼び止めるも、少女は表情微動だにせず、息を切らしながら、走り出す。人混みに紛れ、カップル連れとぶつかる。アキは、軽く会釈をするも脱兎のごとくその場から走り去った。


遠くの方から、店員の叫び声が反響するも、周りの雑音に掻き消される。
アキは、息を切らしながら、しきりに人混みを避ける。路地裏に身を隠し、裏口を一気に駆け抜ける。
アキは、郊外まで無心に走り、質素なアパートまで辿り着いた。一気に階段を駆け上がり、ドアを開ける。

「あ、お姉ちゃん、お帰り。」
リビングの向こう側から、サチの無邪気な声が聞こえてきた。アキは、その声にホッとし力尽きる。

「はい、これ。」
アキは、息を切らしながらリビングのテーブルに万引きしたCDを出して見せた。
「わぁー、ニカだ…」
サチは、目を輝かせCDを見つめている。
「サチって、ホントに、もの好きだよね。大抵の人は、流行りの曲を聴くもんなんじゃないの?何でまた、マイナーな歌手を・・・」
「あの、独特な旋律の歌が、痺れちゃうの。媚びてなくて、クールで荒々しいのが素敵。」
「サチにとって、ニカが拠り所なら、私はそれでいいよ。」
「お姉ちゃんの夢、叶うと良いね。シンガーソングライターになりたいんでしょ?そしたら、また、一からやり直そうよ。足を洗ってさ。」
「何で、それ、知ってるの?」
「あ、ごめん、これ、見ちゃった。何かのメロディーっぽい詩が書いてあったから。」
「バカ、やめてよ!」
アキは、顔を赤くしサチの手からメモ帳を取り上げた。
「お姉ちゃんが、なりたいのなら、応援するよ。私、いつも、迷惑掛けてばっかで悪いから。」
「何、言ってんの?それで成功して食っていけるのは、1000分の1以下なんだよ。それに、私が盗らなきゃ、誰が養ってくれるの?お父さんは、アテにならないでしょ。」
アキは、急に顔を強ばらせ口を尖らせた。
「ゴメン…そんなつもりじゃ…」
サチは、伏せ目がちになり声を曇らせた。重い空気が流れる。

アキは、仏頂面でパッケージからCDを取り外す。

ニカも、日影側の人間だった。でも、彼女の歌には、何処か魅せられるものがある。独特の、強く訴える何かがある。世の中には、光と影がある。光は、影の存在を知らない。影は、いつか光側になろうと藻掻く。どうあがいても、小さな存在であるにもかかわらず、暗闇の中で虫のように這いつくばりながらもしきりに一筋の光を希求する。

アキは、ラジカセにCDをセットし音量を調整する。

隙間風が流れる、寒々としたアパートの一室に、無名歌手の独特の熱いビートが響き渡る。
彼女の歌は乱暴で荒々しかったが、そこには強い魂(ソウル)がこめられていた。
ニカは、路地裏に生え雨風にさらされながらも生えた一凛の花である。
サチは、リズムを刻みハモる。
テーブルの上には、スーパーの半額セールで買った100円のチキンとショートケーキが、置かれていた。
質素でわびしいクリスマス・イブだが、二人にとって彼女の歌を聴いている間は、至福のひと時だった。

そのニカという歌手は、20年の太く短い人生を駆け抜けた。家庭環境には恵まれず愛に飢えた少女時代を過ごした。歌手になる夢を叶えるべく上京したものの、なかなか芽は出なかった。スカウトマンと恋人関係になるも騙され失意のうちに飛び降り自殺し、死後、有名になったのだった。

彼女は、姉妹と重なる物があったのだった。

♫ドブネズミのように、気高く生きたい~

♫ドブネズミのように、綺麗に生きたい~

♫影の中、泥を啜り、地べたを這いつくばり、今日も図太く生きてるよ~~~

♫金がないが、熱い情熱、愛があるよ~~~

♫wow,wow,wo~~~!
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