魔人狩りのヴァルキリー

死者の街 ②

   サトコは、顔がみるみる青ざめていった。

ー助けて……冴子、、、


そして、サトコの頭は、ガンガン叩かれたような強い痛みが襲いかかってきた。

苦しみ、悲しみ、憎しみ、憤怒…
あらゆる負の感情がサトコの頭を支配した。
サトコは、直感でサエコが自分の中に居るのだと悟ったのだ。

ーサエコ……？  ー

サトコの頭は軋んでいき、ギシギシ音が脳内を支配していったのだった。

｢ギャハハは！！！」

ハスキーな低い嘲笑う声が何重にも重なり響いてくる。

「な、何だ！？お前ー。」


リョウは掴む手を緩め、瞳孔を不安定にゆらしている。
そして、サトコの身体は勝手に動きりょうの右手首を掴むと彼の額に頭突きをした。


「サトコを虐めるのは許さない……！」


突然、低くしゃがれた声がサトコの口から出た。

「お前、何なんだよ……？」

リョウは尻餅をつき、ブルブル震えた。
サトコの右腕は赤く光りりょうの頭部をがっちり掴むと、彼の頭をそのままつよく地面に打ち付けた。
「キャハハハ……！殺してやる！殺してやる！」
純真な天使が汚濁に塗れ、醜悪な怪人が暴れだした。そして、怪人が虚無から顔を現した。

   リョウは強く打ち付けられた頭を辛うじて少しずらし、左手をから念力を出した。彼の掌から僅かに風が沸き立ち、そしてサトコは木の葉に囲まれた。そして、木の葉はクルクル渦を巻きながらサトコを取り囲み、全身に切りつけた。サトコは全身血塗れになった。

「ヤバっ……！ここは一先ず、ずらかるしか……。」

サトコの視界を木の葉が覆い尽くした。サトコは目を瞑りりょうの頭を押さえ付けている手を緩めた。
そして、りょうはその隙にサトコの手を払い除けその場を後にした。


   サトコが目を覚ました時ー、例のリョウと言う男は、いなかったー。サトコは、座敷の上の布団の中で仰向けになっていた。
すると、目の前に黒須が正座していた。
「あれ…黒須……何時の間にー？あ、木村さん達はー？」
「ああ……木村達か？保護したから、大丈夫だ。大分、霊力取られてるが、今は膜を張ってこれ以上取られないように温存してある。」
黒須は、隣の座敷に顎の先を向けた。そこには、木村、桜庭、山田の3人が青く光るドーム状の膜の様な物で包まれら横になって寝ていたのだった。
「よかった…。私は、大丈夫？ここは、何処なの……？」
サトコは、布団から上半身を起こした。
「ここは、狭間の空間だ。一応、お前にも念を仕込んどいた。あと、これを飲んどけ。お前の霊障を軽減出来る。少し苦いが…」
黒須は、そう言うと茶の入った湯呑みをサトコに手渡した。サトコの身体の周りに青い膜が覆い尽くしていた。
「ありがとう…所で狭間って……？」
サトコは、茶をすすった。茶は苦くサトコは顔を歪めた。
「ああ。言わば、煉獄のようなものだよ。」
「煉獄……？」
「ああ。ここは、生前、何かしらの業を背負った者が、行き着く場所なのさ。」
「業……？」
「人を殺したり、自殺した者が、行き着く場所だよ。」
「ここに入ったら、出られないの？」
サトコが不安げに尋ねた。
「ああ。残念だが……。」
黒須は、軽く溜息をついた。
     周りの者達は、何処かしらマネキンのようで、精気が欠けているように見えた。彼らは、それと関係しているのだろう。
「黒須……」
「……どうした？」
「どうして、私達は、こんなとこに来ちゃったんだろ……？」
「まず、言えることは、お前が霊媒体質だと言う事だ。次に、お前は半分死にかけて強い霊障にかかってると言う事だ。あとは、お前がわかる事だ。」
「私が……？私、ただ誘われて来ただけだよ……。」
「だから、それなんだよ。お前の弱い心が関係してるんだよ。」
黒須は、口調を強めた。
「私に……？じゃあ、その意味理由が分からないとずっとここから出れないって事……？」
サトコは、益々不安になっていった。
「ああ。そう言う事になるな。」
「そんな……何がどうして……私は、ただ……誘われただけなのに……。」
サトコの頭は混乱していた。頭の中で白が黒に黒が白に様変わりしていたのだった。
｢サトコ、お前は今まで誰にも心を許さず助けを求めず、こんな自分は価値が無い者だとばかり思って生きてきたろ。それで、少しでも良い顔をされると心が揺らぎ、それが霊に隙を狙われるきっかけになったんだよ。｣
サトコは、歳相応の対人能力を築けてなかった
回されてばかりで、自分がないー。
しかし、サトコはそれを頑なにに否定する。
「そんなこと、ないよ！だって、私は自分の意思で来たんじゃないもの。仕方なく連れてこられただけだし……。」
サトコは、激しく首を横に振る。
「ほら、コレだよ。これだから」
「それと、何の関係があるんですか？」
サトコは、口を尖らせムッとした。自分のテリトリーに他人にズカズカ入られた事が不快でならなかったのだ。
   それは、至上の恐怖を意味していた。サトコは、自分の内面のエリアに誰もいれたくはないのだ。
「いいか？お前の霊障を取り除いて魂を浄化するには、お前自身の濁った弱い心をクリアに保つ事が必要なんだ。」
「クリアに……？どういう事……？私がクリアじゃないって事……？」
「あのなあ。お前の体質も関係あるんだが、お前の弱い心に大いに問題があるって事だよ。お前は、いつも心にバリケード張って流されっぱなしでふわふわしてただろ？霊は、こういう者に取り付くんだよ。」
黒須は、口調を強めた。
「分かったような口を聞かないで。あんたと私は無関係な赤の他人なんだから。」
サトコは、ムッとしその場を立ち木村達が寝ている所に向かって起こしに向かう。
「サトコ……おい、聞け。」
黒須が呼び止めるが、サトコは振り向かない。
｢木村さん、桜庭さん、山田さん、起きて！｣
しかし、三人は眼を覚まさない。
   すると、辺りにドライアイスの様な冷気が霧のように立ち混んできた。
「これは、ヤバいぞ…。」
黒須は立ち上がり、鎌を構えた。そして、五人の周りを、煉獄の住人が取り囲んだ。
｢どういう事だー？出入口も膜で塞いだ筈だぞ？｣
そして、ぞろぞろと住人達が建物内に入り込んできた。
｢…！？｣
黒須は再び膜を貼ろうとしたが、全身の力は重く力が出ずにいた。ふと、サトコの方を振り向き、黒須はゾッとした。
    サトコの顔が青ざめていた。半霊化が進んでいるのだろうか？他の三人も青白くなっていた。
｢お前…、これは……、｣
｢え……？｣
サトコは、近くの壁に掛けられてある鏡で自分の顔を確認する。そこには、サトコの顔からボコボコと突起物の様な物が浮き出ているのが見えた。
    そして、サトコの周りに白い霧が渦のようにぐるぐる巻き起こり、彼女の顔は般若のようになっていった。そして、サトコはぶつぶつ呟くと、そして、鬼の様な形相になった。
   その異様な感じから、黒須は直感で悟った。
｢…これは、アリアに侵食されたサエコの霊が乗り移ったんだ…｣
悲しみと苦しみ、憤怒と憎悪、といった複雑に絡み合った感情にサトコの身体は支配されていた。
清廉無垢な少女が徐々に灰色に汚されていき、禍々しい醜悪な怪物へと変貌していったのだ。不安定に揺らぎ、少女の内面が怪物に侵食されていく。天使の絶叫。怪物の咆哮。少女の精神と怪物が同調している。
儚げで、清らかで‥‥けれど、その清らかさゆえに、男を淫らな気持ちにさせずにはおかない、妖しい魅力。そう、光が強いほどに、影は‥‥。
｢まずい…このままだと、サトコが妖魔なっちまう。｣
黒須は、アリアの影響を受けたサエコがサトコの心身を浸食してきたのだと、感じた。
黒須は、宝具である赤い紐を取り出すとサトコに縛り付けた。この紐は、相手の邪鬼を吸収し鎮静する為の物である。
｢サトコ、歯を食い縛れよ。｣

｢ぎゃあああああああああ！！！！｣

ぐるぐるまきに縛られたサトコは、バタバタ震えた。そして、サトコの断末魔の様な声が辺りに広がる。黒須は縛る手を強めた。
仄かに光が辺りを覆い尽くしたのだった。