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遥かなる深淵 ③
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サトコはアリアと遭遇してから、体調が悪かった。
昨日突然現れた、黒須という死神に記憶を取り戻してもらい、共に戦った頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。しかし、黒須が何故そういう事をしたのか記憶を操作したのか、さっぱり分からなかったのだった。
今日もサトコは工場に出勤すると、ガラス張りの検査室に行き、いつもどおり部品の検品作業をしていた。一つ一つの部品に汚れや傷がないか欠けてる物がないか、顕微鏡で隈なくチェックしていく。チェックし仕分けるチェックし仕分けるの繰り返し…。自分は一人でやる仕事が向いていると自覚しているが、ガラス張りの向こうから職場の人が皆共同で複雑な作業をしていた。
サトコは仕事の物覚えや理解力に時間がかかる。手先も不器用、マルチタスクも不得意だった。さっき人から見聞きしたものも忘れてしまう事が多い。また、対人能力が劣っており他人とまともにコミニケーションを取る事や共同作業や、新しい作業が大の苦手だった。他の同僚や後から入社した者達は、サトコよりずっと先を進んでおり、先輩や周りとも打ち解けていた。そういう自分より2歩3歩前進した者達の光景を仕事の時や休憩の時に見ると、胸に釘が突き刺さる様な感覚を覚えてしまうのだ。サトコは冴えない鈍臭い空気のような存在になってしまっていた。
しばらくすると、鉛のような焦げ臭い匂いが辺りを充満していた。
サトコの顔はは徐々に浅黒くなり、身体に鉛のようなものが無数に突然巻き付いてきた。その無数の手のような物は、煙の中から出現している。サトコは悲鳴を上げた。
すると、煙の中から人影が出現した。
「お前…霊障にかかっている。」
目の前には黒須が制服着て腕を組んで立っていた。
「え…?」
黒須の突然のその言葉にサトコは頭を混乱していた。
「…黒須、その制服は…?」
「上から情報を操作してもらったんだよ。私はここの社員と言う事になっている。それより、あんた、いつからこの症状が出たんだ…?」
「確か…アリアと遭遇した時…」
「分かった。お前、これ年の為に持っとけ…」
黒須はそう言うと、サトコに銃を手渡した。
「く、黒須…そ、それ、本物だよね…」
それはどこからどう見てもなんの変哲のない銃であった。ドラマや映画でしか見た事のない代物である。初めて生で見て手に取る銃はずっしり重みがあり、しっかり研磨されていた。こんな物が職場内に持ち込まれるのなんて、周りに知られたら…そう思い、サトコは恐怖で油汗をかいた。
「大丈夫だよ。周りにその銃は見えない。機械も反応しないから。」
「…え、でも、ちゃんとこうして触れてるし、重みだってあるし…」
サトコは、わなわな震えている。
「だって、ほら。貸してみ。」
黒須はサトコの手から銃を取ると、中を検査室の中から外に向かって、大袈裟に掲げて見せた。
「黒須、駄目だよ!」
サトコは慌てて黒須を制するが、社員の者は訝しがり黒須を凝視するが、首を傾げるだけで元の作業に戻った。
「あれ?」
「これで分かったろ?向こうは私が銃を引くパントマイムか怪しい動きをしている様にしか見えないのさ。コレは、組織が造った特注品で『サジタリウス』って言うのさ。あ、予備に2丁持っとけ。」
黒須は、得意げに話すと、ズボンのポケットから銃を取り出し、サトコに2丁手渡した。何処からどう見ても、ごく普通の銃だがー。
すると、黒須のポケットの通信機が鳴った。
「悪い。仕事の話しだ。」
黒須は、検査室のドアを閉めるとその場を去った。
休憩の時間になり、サトコはいつものベンチで一息入れていた。ここは裏庭で、穴場スポットとなっており、ほとんどいつも誰も来ない。木の葉が風に揺られながらザワザワ葉音を立てていた。雀がピーピー唄っていた。自分も、このまま自然の一部として溶けてしまいたいくらいだ。
「サトコ…」
ふと、後方から甘い聞き覚えのある声を耳にし、サトコは振り返る。
セーラー服を着たサエコが木陰に隠れていた。
亜麻色のロングヘアーに懐かしい制服…白い肌に笑うと出来るエクボ…目の前の少女は、間違いなくサエコのようだった。
「こんにちは」
「さ、サエコ…?」
サエコは確か死んだ筈だが、でも今はそれがどうでも良い様に感じた。寧ろ、嬉しかった。
「…ううん。ちょっと違うかな…私はアリア。」
アリアは髪をクルクル回して、キョトンとしている。その済ました感じがサエコと瓜二つで、見ていて胸の中がざわざわ掻き乱された。
「アリア…?何で、死んだ筈じゃ…」
「私はね…特殊な造りになっててね、魂が沢山あるの…だから何度私の首を斬っても無駄。でも、あの時は流石にダメージ大きかったな…魂一気に3つも失うなんて…」
アリアはクスリと笑った。
「…で、私に何の用なの…?」
アリアはポケットに忍ばせたサジタリウスを構えると、ゆっくり引き金を引く。
「無駄無駄…こんな子供の玩具で私は」
アリアが嘲笑った。
サトコはその言葉を無視し、引き金を引き抜く。球はアリアの額に命中した。すると、アリアの額から煙が湧き出て、硫黄のような焦げ臭い匂いが辺りに充満した。このパンが焦げ臭くなった様な不快な匂いに、サトコは目眩を覚えた。すると、アリアの身体から霧が発生し、サトコはその場から逃げようとした。軽く後ろを振り向くと、アリアの両腕が木の幹の様にぐにゃぐにゃ硬く伸びた。それがサトコの身体にまとわり付こうとする。
サトコは悲鳴を上げてサジタリウスを放つが、何度連射しても、アリアの身体に飲み込まれてしまう…
「な、な、何で…?」
サトコは瞳孔を不安定に揺らしながらアリアを見ていた。
「貴方の過去…知りたい?」
アリアは不気味にほほ笑んだ。
「…過去…?何の事…?私は私だよ…」
サトコは膝をガクガク揺らしながら、2丁のサジタリウスを構えた。それは負け戦だと分かっていても、武器を下ろすことは出来なかった。
「何ソレ…?」
アリアは嘲笑う。
「仔犬は何でよく吼えるか分かる?怯えているからよ。小さくて無垢でか弱い存在…自分の弱さをひたすら押さえ込んで強い相手を威嚇するの…力では到底敵わないのに…」
アリアは首をカクカク揺らし、口が徐々に裂けていった。
「貴方は昔からホントに弱かった。だから私が護るしかなかったのよ。」
アリアの肌は徐々に樹木のような褐色色になり、目が紅く光った。そして、アリアは、サトコ目掛けて突進してくる。
「ーやめ…!」
サトコはサジタリウスを放つ。サジタリウスから放たれた球は、ロケット花火の様水色の眩い光を放ちながら、アリアの額に命中した。ーと、アリアの動きはピタリと止まり、再び硫黄の匂いが充満した。サトコはそのすきにその場から逃げると、仕事場へとダッシュした。
サトコは仕事中ずっと身体がダルかった。さっきのアリアに遭遇したからだろう。
業務終了のチャイムが鳴ると、打刻し更衣室に向かう。更衣室では、社員達が世間話で盛り上がっていた。他人の話の何処がそんなに楽しいのだろうか…?サトコは目的のない雑談が苦手だった。こんなに脈絡のない下らない話をして、自分に何かメリットがあるとも思えないと、感じていたのだ。サトコは、自分の人生をメリットデメリットで考える事が多かった。その合理的な思考は、幼少期の悲惨な家庭環境にあるからだろう。親に愛を求めて生きてきたが、それは見事に裏切られ、次第に合理的で冷徹な思考をするようになってしまった。また、他人と自分との間にいつも分厚いフィルムで隔たりがあるようでもあった。今はまで色んな人から裏切られ、周りを不幸にもしていった。だったら、自分は一人で平和に生きていきたい。
仕事が終わり、サトコは駐輪場に停めてある自転車の前に行くと、黒須の姿を確認した。黒須から渡された通信機を取り出し、電話してみる事にした。しかし、何度も電話しても繋がらないー。サトコは諦めて自転車を漕ぎだした。
サトコの心は空っぽだ。キラキラした風景はサトコの空になった心には、既に響かず薄汚れた劣等感ですら感じなくなってしまったのだ。サトコは冷徹に世界を傍観していた。無色透明の無味無臭な世界ー。サトコは無感情に自転車を漕ぎ続け、そして施設についた。施設の門の前には漆黒のベンツが停まっており、中から黒須が姿を現した。
「サトコ、悪い…用事が手こずり過ぎてて…」
黒須は、私服に着替えており、後部座席には例の案山子が小さく収まっていた。
「何処で何してたの?」
サトコは、漠然と他人事の様に尋ねた。
「仕事が入った。これから大急ぎで現地へ向かう。」
黒須の息は荒かった。よっぽど重大な事なのだろうかー?
「…私も行ったほうがいい?」
サトコは、渋々尋ねた。次いでに、今日起きた事を話そうと思ったのだ。
「…ああ。私があんたの記憶を戻したのは、あんたの霊障に関わる事だからだ。このままじゃあんたの魂はすり減り、やがて枯れ果てるか化け物のようになってしまう…。あんたが救われる方法は、ただ一つー。戦い力をつけ、アリアに対抗出来る様になる事だ。」
黒須の目は鋭く尖っていた。
「どうやって、戦うの…?私、まともに銃を扱った事ないのに…」
サトコは不安げに尋ねた。今まで、格闘技どころかまともにスポーツをできた試しがない。唯一の取り柄がバランス感覚だった。
「しばらくあんたは私の指示だけで動いていればいい。あと、あんたに札を貼っとくから。ごめん。時間だ。」
黒須は矢継ぎ早に話す。サトコは自転車を停めに行き、そのまま助手席について乗り込んだ。
「行くぞ。」
黒須はそう言い、アクセルをめいいっぱい踏み込んだ。
車は長閑な田園風景の中をひたすら走った。何もない辺鄙な所である。風景がサトコのドライな心を優しく包み込んだ。
「そうだ…黒須がいない間なんだけど、アリアに遭遇して…」
サトコは事の一部始終を黒須に話した。黒須は、無言でハンドルを握っていた。
「サトコ、サジタリウスを使ったか?」
「うん…」
「お前、無事だったのか?」
「…何とかね…」
「アリアは魂を大量に持ってるんだ。私はこれでも体力結構消耗した。アイツは今の所、あんたに手出しはしないと思うが…奴と対峙したらら、力づくで戦おうとは思うなよ。気を抜かすんだ。」
「…分かった。」
黒須は、不思議だった。見た目は自分と同年代位の少女なのに、妙に落ち着いており中身は熟練していた。喜怒哀楽が表に出ず堂々と話し、冷徹な眼差しを鑑みた。あどけない外見とは裏腹に自分をあんまり出さず、子供っぽさが微塵もなかった。その独特な雰囲気に、サトコは奇妙に感じていたのだ。
車はしばらく走り、辺りはすっかり夕暮れ時になっていた。遠くの方から例の工場が姿を現した。誰もいない筈なのに、煙突から煙がモクモク湧いてきている。工場の現場にはパトカーが停まっており、警察が事情聴取をしていた。
工場内では三人の遺体があり、血痕は何も見たら無かった。ただ、干しいものようにくしゃくしゃに干からびており、その変わり果てた姿にサトコはゾクッとした。
藤井と言う女子大生が、事情聴取を受けていた。
「…はい。意識が戻った時は、他の3人は意識がなくなってて…」
彼女は焦燥しきっており、ブルブル震えていた。藤井を見た時、何処かしら自分に重なる物を強く感じた。デジャブだろうか?ビクビク震える子鹿のようである。洗練された純真無垢な天使が汚濁にのまれたかのようである。
黒須は、車から降りるとつかさず叫んだ。
「はい、出た、出た!お前らの仕事はそこまで!」
黒須がパンと手を叩くと、周りはギョッとして振り返った。
「な、何なんだ…君は…まだ、威力業務妨害に当たるぞ。」
「それは、こっちのセリフだ。」
黒須そう言うと、胸ポケットからスプレーを噴出した。すると、周りの者は顔が能面になり操り人形の様にパトカーに向かった。そして、その場を後にしたのだった。
「どうなって…」
「ああ…コレは上が私にに渡した物だ。人の感覚を自在に操れるんだ。ただし、霊には効かないがな…」
黒須は、得意げにスプレーを見せた。
「ねえ、どうして彼女だけ助かったんだろう…?」
「さあな。只…霊にはそれぞれ生前の強い未練や恨み等のどす黒い感情が渦巻いているんだ。それ故、彼等それぞれのルールと言うものがり、それに基づいて生きているんだ。藤井と言う娘が生き残ったのは、多分、その様な理由があっての事なんだろうな…」
霊にはそれぞれの生前の思いがある。しかし、それは個体ごとにそれぞれ生い立ちや思想が異なる。
「どうして、取り壊されなかたんだろ…?幾ら何でも…」
サトコはあたりを見渡した。
「だから、その幾ら何でもだよ。」
「…どう言う事…?」
「恐らく、呪いの力が強いのだろう。建物を調査したり取り壊そうとするものらを次々と抹殺する…多分、この建物に対する思い入れが相当強い霊なんだろうな…」
「職場に、どんな思い入れがあるの?」
時計の針はカタカタ静かに時を刻んている。それを見て、サトコはハットする。
「ねえ、この職場が無くなったのは2年前だよね…?なのに、どうして時計の針は止まらないんだろう…?こんな不気味な所にわざわざ人が来て充電するとは考えられないし…」
「それは、アイツの呪いの力が作用してるんだ。アイツからのメッセージなんだろうな。」
「メッセージ…?」
時計は、魔法にかかったかのようにカチカチカチカチ不気味に針を刻んでいる。まるで、本物の電池が流れているかのようだ。
時刻は段々6時10分頃に近づいてくる。いつ、霊の断末魔の叫びが聞こえてきてもおかしくない時間である。
そして、秒針が10分を差した頃だった。
「ギョアーーーーーーーーーーーーーーーー」
サトコは全身に冷ややかな電気が流れたかのようにゾクゾク震えた。
すると、奥の暗闇の方から静か2カタカタと音が鳴り響いてきた。天井には、よつん這いになった。蜘蛛の様な姿の若い女が黒髪を垂らしてじっとこちらを見ているー。
「ねえ…私が分かる…?私が分かる…?」
醜悪で異形の怪物は、低いハスキーボイスで二人に詰め寄る。そして全身から黒い煤を撒き散らした。サトコは恐る恐るクロスの方を見ながら後付さりをした。この、煤が地面にふわふわ舞い降りた。地面は異臭を放ちながら溶けていった。
「く、黒須…彼女…霊じゃないよ…」
サトコは、ガクガク震えながら、サジタリウスを構えている。
「ああ。奴は言わばゾンビの様な者だ。一度は身体死んで、魂が抜け落ちまた元の身体に戻ったのだろう。義体を作りスペック与える事が出来る強力なボスがいるかも知れないがな…」
「コレでホントに倒せるの…?」
サトコは疑心暗鬼になり、サジタリウスを見ていた。
「サジタリウスは真鍮品で特別な銃だ。中には霊にか効かない強力な力を込めた球が入っている。あんたは元々霊力が元々強いから、この程度の霊はこの銃で簡単に空へ還す事ができる筈だ。」
「この球で本当に間に合うの…?」
化け物は、天井をはい黒い煤を撒き散らしながら2人目掛けて突撃してくるー。目をギョロつかせ、二人をじっと見つめているー。サトコは、益々寒気がはしった。
「サトコ、撃て!」
黒須が叫ぶと共に、サトコは2丁のサジタリウスを手に取り、引き金を引いた。球は水色の光を纏いながらロケット花火の様な勢いで、霊に命中する。
霊はカチカチとカマキリの様にジグザグに90度まげ両手を伸ばしながら、球を弾く。球は眩い光を放ちながら壁にぶち当たり、そして消失していった。
「黒須…無理だよ…」
サトコはブルブル震えている。
「サトコ、力を抑えて連射するんだ!」
「え、どうやって…」
サトコはあたふたした。霊はカタカタ両手両脚を蜘蛛の様に這い、猛スピードでサトコに再び突進していてくる。
「いやーーーーーー」
サトコは悲鳴を上げると、再び引き金を放つー。
銃口から球が飛び出し、水色の光を纏いながら霊に向かって飛んでくる。
霊は両腕をカチカチ曲げながら球を弾こうとした。しかし、球は霊の胸部に当たり、霊は悲鳴を上げる。
「…よくやった!サトコ、上出来だ!」
黒須はそう言うと、鎌を構えた。
霊は両腕をくねくね伸ばすと、二人目掛けて伸ばしてくる。口はぱっくり裂け、首はカクカク揺れていた。
すると、鎌の先から青磁色の光を纏った鎖が姿を現した。いつの間にか、霊の身体は鎖にぐるぐる縛られ、低いうめき声を発した。
「どうやら、コイツの裏には強力な黒玉が潜んでいるな…」
黒須は汗ばむと、苦笑いした。
「く、黒玉って、アリアの事ー?」
「いいや。アリアにしては雑過ぎるし、こういうやり方は奴は望まないだろう。奴は美しさに異常に執着するからな。」
黒須は化け物を睨みつけると、何やらもごもごと呪文を唱えた。化け物は獣の様なおぞましい悲鳴をあげると、天井から落ちた。化け物は、黒須目掛けて頭を伸ばしてきた。黒須は、化け物目掛けて鎌を振り落とした。化け物の身体に青磁色の光が覆い尽くした。サトコは、目を覆った。
「悪いな。私は狩るのが仕事なんでな。」
黒須は、目を細めた。
その時だったー。見慣れた硫黄の匂いが辺りを充満し、その瞬間、黒須と化け物の動きは急に止まった。
『サトコ…彼女、死んじゃうわよ。』
ふと、脳内に甘くねっとりした口調の声が脳内に響いていた。
「あ、アリア、どこ!?」
サトコは辺りをキョロキョロしたが、アリアの姿は何処にもなかった。
「何言って…大体貴方が全て滅茶苦茶にしたんじゃないの…?」
サトコはサジタリウスを構えた。
『貴方、まだ何も分かってないのね…』
「何処?何処なの?」
しかし、アリアの姿は見当たらない。声も何処からともなく漠然と響いている感じである。
『私、親玉分かるの。彼女を化け物にしたね。だから、その親玉を潰さと無意味よ。』
アリアはクスリと嘲笑っているかのようだった。
昨日突然現れた、黒須という死神に記憶を取り戻してもらい、共に戦った頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。しかし、黒須が何故そういう事をしたのか記憶を操作したのか、さっぱり分からなかったのだった。
今日もサトコは工場に出勤すると、ガラス張りの検査室に行き、いつもどおり部品の検品作業をしていた。一つ一つの部品に汚れや傷がないか欠けてる物がないか、顕微鏡で隈なくチェックしていく。チェックし仕分けるチェックし仕分けるの繰り返し…。自分は一人でやる仕事が向いていると自覚しているが、ガラス張りの向こうから職場の人が皆共同で複雑な作業をしていた。
サトコは仕事の物覚えや理解力に時間がかかる。手先も不器用、マルチタスクも不得意だった。さっき人から見聞きしたものも忘れてしまう事が多い。また、対人能力が劣っており他人とまともにコミニケーションを取る事や共同作業や、新しい作業が大の苦手だった。他の同僚や後から入社した者達は、サトコよりずっと先を進んでおり、先輩や周りとも打ち解けていた。そういう自分より2歩3歩前進した者達の光景を仕事の時や休憩の時に見ると、胸に釘が突き刺さる様な感覚を覚えてしまうのだ。サトコは冴えない鈍臭い空気のような存在になってしまっていた。
しばらくすると、鉛のような焦げ臭い匂いが辺りを充満していた。
サトコの顔はは徐々に浅黒くなり、身体に鉛のようなものが無数に突然巻き付いてきた。その無数の手のような物は、煙の中から出現している。サトコは悲鳴を上げた。
すると、煙の中から人影が出現した。
「お前…霊障にかかっている。」
目の前には黒須が制服着て腕を組んで立っていた。
「え…?」
黒須の突然のその言葉にサトコは頭を混乱していた。
「…黒須、その制服は…?」
「上から情報を操作してもらったんだよ。私はここの社員と言う事になっている。それより、あんた、いつからこの症状が出たんだ…?」
「確か…アリアと遭遇した時…」
「分かった。お前、これ年の為に持っとけ…」
黒須はそう言うと、サトコに銃を手渡した。
「く、黒須…そ、それ、本物だよね…」
それはどこからどう見てもなんの変哲のない銃であった。ドラマや映画でしか見た事のない代物である。初めて生で見て手に取る銃はずっしり重みがあり、しっかり研磨されていた。こんな物が職場内に持ち込まれるのなんて、周りに知られたら…そう思い、サトコは恐怖で油汗をかいた。
「大丈夫だよ。周りにその銃は見えない。機械も反応しないから。」
「…え、でも、ちゃんとこうして触れてるし、重みだってあるし…」
サトコは、わなわな震えている。
「だって、ほら。貸してみ。」
黒須はサトコの手から銃を取ると、中を検査室の中から外に向かって、大袈裟に掲げて見せた。
「黒須、駄目だよ!」
サトコは慌てて黒須を制するが、社員の者は訝しがり黒須を凝視するが、首を傾げるだけで元の作業に戻った。
「あれ?」
「これで分かったろ?向こうは私が銃を引くパントマイムか怪しい動きをしている様にしか見えないのさ。コレは、組織が造った特注品で『サジタリウス』って言うのさ。あ、予備に2丁持っとけ。」
黒須は、得意げに話すと、ズボンのポケットから銃を取り出し、サトコに2丁手渡した。何処からどう見ても、ごく普通の銃だがー。
すると、黒須のポケットの通信機が鳴った。
「悪い。仕事の話しだ。」
黒須は、検査室のドアを閉めるとその場を去った。
休憩の時間になり、サトコはいつものベンチで一息入れていた。ここは裏庭で、穴場スポットとなっており、ほとんどいつも誰も来ない。木の葉が風に揺られながらザワザワ葉音を立てていた。雀がピーピー唄っていた。自分も、このまま自然の一部として溶けてしまいたいくらいだ。
「サトコ…」
ふと、後方から甘い聞き覚えのある声を耳にし、サトコは振り返る。
セーラー服を着たサエコが木陰に隠れていた。
亜麻色のロングヘアーに懐かしい制服…白い肌に笑うと出来るエクボ…目の前の少女は、間違いなくサエコのようだった。
「こんにちは」
「さ、サエコ…?」
サエコは確か死んだ筈だが、でも今はそれがどうでも良い様に感じた。寧ろ、嬉しかった。
「…ううん。ちょっと違うかな…私はアリア。」
アリアは髪をクルクル回して、キョトンとしている。その済ました感じがサエコと瓜二つで、見ていて胸の中がざわざわ掻き乱された。
「アリア…?何で、死んだ筈じゃ…」
「私はね…特殊な造りになっててね、魂が沢山あるの…だから何度私の首を斬っても無駄。でも、あの時は流石にダメージ大きかったな…魂一気に3つも失うなんて…」
アリアはクスリと笑った。
「…で、私に何の用なの…?」
アリアはポケットに忍ばせたサジタリウスを構えると、ゆっくり引き金を引く。
「無駄無駄…こんな子供の玩具で私は」
アリアが嘲笑った。
サトコはその言葉を無視し、引き金を引き抜く。球はアリアの額に命中した。すると、アリアの額から煙が湧き出て、硫黄のような焦げ臭い匂いが辺りに充満した。このパンが焦げ臭くなった様な不快な匂いに、サトコは目眩を覚えた。すると、アリアの身体から霧が発生し、サトコはその場から逃げようとした。軽く後ろを振り向くと、アリアの両腕が木の幹の様にぐにゃぐにゃ硬く伸びた。それがサトコの身体にまとわり付こうとする。
サトコは悲鳴を上げてサジタリウスを放つが、何度連射しても、アリアの身体に飲み込まれてしまう…
「な、な、何で…?」
サトコは瞳孔を不安定に揺らしながらアリアを見ていた。
「貴方の過去…知りたい?」
アリアは不気味にほほ笑んだ。
「…過去…?何の事…?私は私だよ…」
サトコは膝をガクガク揺らしながら、2丁のサジタリウスを構えた。それは負け戦だと分かっていても、武器を下ろすことは出来なかった。
「何ソレ…?」
アリアは嘲笑う。
「仔犬は何でよく吼えるか分かる?怯えているからよ。小さくて無垢でか弱い存在…自分の弱さをひたすら押さえ込んで強い相手を威嚇するの…力では到底敵わないのに…」
アリアは首をカクカク揺らし、口が徐々に裂けていった。
「貴方は昔からホントに弱かった。だから私が護るしかなかったのよ。」
アリアの肌は徐々に樹木のような褐色色になり、目が紅く光った。そして、アリアは、サトコ目掛けて突進してくる。
「ーやめ…!」
サトコはサジタリウスを放つ。サジタリウスから放たれた球は、ロケット花火の様水色の眩い光を放ちながら、アリアの額に命中した。ーと、アリアの動きはピタリと止まり、再び硫黄の匂いが充満した。サトコはそのすきにその場から逃げると、仕事場へとダッシュした。
サトコは仕事中ずっと身体がダルかった。さっきのアリアに遭遇したからだろう。
業務終了のチャイムが鳴ると、打刻し更衣室に向かう。更衣室では、社員達が世間話で盛り上がっていた。他人の話の何処がそんなに楽しいのだろうか…?サトコは目的のない雑談が苦手だった。こんなに脈絡のない下らない話をして、自分に何かメリットがあるとも思えないと、感じていたのだ。サトコは、自分の人生をメリットデメリットで考える事が多かった。その合理的な思考は、幼少期の悲惨な家庭環境にあるからだろう。親に愛を求めて生きてきたが、それは見事に裏切られ、次第に合理的で冷徹な思考をするようになってしまった。また、他人と自分との間にいつも分厚いフィルムで隔たりがあるようでもあった。今はまで色んな人から裏切られ、周りを不幸にもしていった。だったら、自分は一人で平和に生きていきたい。
仕事が終わり、サトコは駐輪場に停めてある自転車の前に行くと、黒須の姿を確認した。黒須から渡された通信機を取り出し、電話してみる事にした。しかし、何度も電話しても繋がらないー。サトコは諦めて自転車を漕ぎだした。
サトコの心は空っぽだ。キラキラした風景はサトコの空になった心には、既に響かず薄汚れた劣等感ですら感じなくなってしまったのだ。サトコは冷徹に世界を傍観していた。無色透明の無味無臭な世界ー。サトコは無感情に自転車を漕ぎ続け、そして施設についた。施設の門の前には漆黒のベンツが停まっており、中から黒須が姿を現した。
「サトコ、悪い…用事が手こずり過ぎてて…」
黒須は、私服に着替えており、後部座席には例の案山子が小さく収まっていた。
「何処で何してたの?」
サトコは、漠然と他人事の様に尋ねた。
「仕事が入った。これから大急ぎで現地へ向かう。」
黒須の息は荒かった。よっぽど重大な事なのだろうかー?
「…私も行ったほうがいい?」
サトコは、渋々尋ねた。次いでに、今日起きた事を話そうと思ったのだ。
「…ああ。私があんたの記憶を戻したのは、あんたの霊障に関わる事だからだ。このままじゃあんたの魂はすり減り、やがて枯れ果てるか化け物のようになってしまう…。あんたが救われる方法は、ただ一つー。戦い力をつけ、アリアに対抗出来る様になる事だ。」
黒須の目は鋭く尖っていた。
「どうやって、戦うの…?私、まともに銃を扱った事ないのに…」
サトコは不安げに尋ねた。今まで、格闘技どころかまともにスポーツをできた試しがない。唯一の取り柄がバランス感覚だった。
「しばらくあんたは私の指示だけで動いていればいい。あと、あんたに札を貼っとくから。ごめん。時間だ。」
黒須は矢継ぎ早に話す。サトコは自転車を停めに行き、そのまま助手席について乗り込んだ。
「行くぞ。」
黒須はそう言い、アクセルをめいいっぱい踏み込んだ。
車は長閑な田園風景の中をひたすら走った。何もない辺鄙な所である。風景がサトコのドライな心を優しく包み込んだ。
「そうだ…黒須がいない間なんだけど、アリアに遭遇して…」
サトコは事の一部始終を黒須に話した。黒須は、無言でハンドルを握っていた。
「サトコ、サジタリウスを使ったか?」
「うん…」
「お前、無事だったのか?」
「…何とかね…」
「アリアは魂を大量に持ってるんだ。私はこれでも体力結構消耗した。アイツは今の所、あんたに手出しはしないと思うが…奴と対峙したらら、力づくで戦おうとは思うなよ。気を抜かすんだ。」
「…分かった。」
黒須は、不思議だった。見た目は自分と同年代位の少女なのに、妙に落ち着いており中身は熟練していた。喜怒哀楽が表に出ず堂々と話し、冷徹な眼差しを鑑みた。あどけない外見とは裏腹に自分をあんまり出さず、子供っぽさが微塵もなかった。その独特な雰囲気に、サトコは奇妙に感じていたのだ。
車はしばらく走り、辺りはすっかり夕暮れ時になっていた。遠くの方から例の工場が姿を現した。誰もいない筈なのに、煙突から煙がモクモク湧いてきている。工場の現場にはパトカーが停まっており、警察が事情聴取をしていた。
工場内では三人の遺体があり、血痕は何も見たら無かった。ただ、干しいものようにくしゃくしゃに干からびており、その変わり果てた姿にサトコはゾクッとした。
藤井と言う女子大生が、事情聴取を受けていた。
「…はい。意識が戻った時は、他の3人は意識がなくなってて…」
彼女は焦燥しきっており、ブルブル震えていた。藤井を見た時、何処かしら自分に重なる物を強く感じた。デジャブだろうか?ビクビク震える子鹿のようである。洗練された純真無垢な天使が汚濁にのまれたかのようである。
黒須は、車から降りるとつかさず叫んだ。
「はい、出た、出た!お前らの仕事はそこまで!」
黒須がパンと手を叩くと、周りはギョッとして振り返った。
「な、何なんだ…君は…まだ、威力業務妨害に当たるぞ。」
「それは、こっちのセリフだ。」
黒須そう言うと、胸ポケットからスプレーを噴出した。すると、周りの者は顔が能面になり操り人形の様にパトカーに向かった。そして、その場を後にしたのだった。
「どうなって…」
「ああ…コレは上が私にに渡した物だ。人の感覚を自在に操れるんだ。ただし、霊には効かないがな…」
黒須は、得意げにスプレーを見せた。
「ねえ、どうして彼女だけ助かったんだろう…?」
「さあな。只…霊にはそれぞれ生前の強い未練や恨み等のどす黒い感情が渦巻いているんだ。それ故、彼等それぞれのルールと言うものがり、それに基づいて生きているんだ。藤井と言う娘が生き残ったのは、多分、その様な理由があっての事なんだろうな…」
霊にはそれぞれの生前の思いがある。しかし、それは個体ごとにそれぞれ生い立ちや思想が異なる。
「どうして、取り壊されなかたんだろ…?幾ら何でも…」
サトコはあたりを見渡した。
「だから、その幾ら何でもだよ。」
「…どう言う事…?」
「恐らく、呪いの力が強いのだろう。建物を調査したり取り壊そうとするものらを次々と抹殺する…多分、この建物に対する思い入れが相当強い霊なんだろうな…」
「職場に、どんな思い入れがあるの?」
時計の針はカタカタ静かに時を刻んている。それを見て、サトコはハットする。
「ねえ、この職場が無くなったのは2年前だよね…?なのに、どうして時計の針は止まらないんだろう…?こんな不気味な所にわざわざ人が来て充電するとは考えられないし…」
「それは、アイツの呪いの力が作用してるんだ。アイツからのメッセージなんだろうな。」
「メッセージ…?」
時計は、魔法にかかったかのようにカチカチカチカチ不気味に針を刻んでいる。まるで、本物の電池が流れているかのようだ。
時刻は段々6時10分頃に近づいてくる。いつ、霊の断末魔の叫びが聞こえてきてもおかしくない時間である。
そして、秒針が10分を差した頃だった。
「ギョアーーーーーーーーーーーーーーーー」
サトコは全身に冷ややかな電気が流れたかのようにゾクゾク震えた。
すると、奥の暗闇の方から静か2カタカタと音が鳴り響いてきた。天井には、よつん這いになった。蜘蛛の様な姿の若い女が黒髪を垂らしてじっとこちらを見ているー。
「ねえ…私が分かる…?私が分かる…?」
醜悪で異形の怪物は、低いハスキーボイスで二人に詰め寄る。そして全身から黒い煤を撒き散らした。サトコは恐る恐るクロスの方を見ながら後付さりをした。この、煤が地面にふわふわ舞い降りた。地面は異臭を放ちながら溶けていった。
「く、黒須…彼女…霊じゃないよ…」
サトコは、ガクガク震えながら、サジタリウスを構えている。
「ああ。奴は言わばゾンビの様な者だ。一度は身体死んで、魂が抜け落ちまた元の身体に戻ったのだろう。義体を作りスペック与える事が出来る強力なボスがいるかも知れないがな…」
「コレでホントに倒せるの…?」
サトコは疑心暗鬼になり、サジタリウスを見ていた。
「サジタリウスは真鍮品で特別な銃だ。中には霊にか効かない強力な力を込めた球が入っている。あんたは元々霊力が元々強いから、この程度の霊はこの銃で簡単に空へ還す事ができる筈だ。」
「この球で本当に間に合うの…?」
化け物は、天井をはい黒い煤を撒き散らしながら2人目掛けて突撃してくるー。目をギョロつかせ、二人をじっと見つめているー。サトコは、益々寒気がはしった。
「サトコ、撃て!」
黒須が叫ぶと共に、サトコは2丁のサジタリウスを手に取り、引き金を引いた。球は水色の光を纏いながらロケット花火の様な勢いで、霊に命中する。
霊はカチカチとカマキリの様にジグザグに90度まげ両手を伸ばしながら、球を弾く。球は眩い光を放ちながら壁にぶち当たり、そして消失していった。
「黒須…無理だよ…」
サトコはブルブル震えている。
「サトコ、力を抑えて連射するんだ!」
「え、どうやって…」
サトコはあたふたした。霊はカタカタ両手両脚を蜘蛛の様に這い、猛スピードでサトコに再び突進していてくる。
「いやーーーーーー」
サトコは悲鳴を上げると、再び引き金を放つー。
銃口から球が飛び出し、水色の光を纏いながら霊に向かって飛んでくる。
霊は両腕をカチカチ曲げながら球を弾こうとした。しかし、球は霊の胸部に当たり、霊は悲鳴を上げる。
「…よくやった!サトコ、上出来だ!」
黒須はそう言うと、鎌を構えた。
霊は両腕をくねくね伸ばすと、二人目掛けて伸ばしてくる。口はぱっくり裂け、首はカクカク揺れていた。
すると、鎌の先から青磁色の光を纏った鎖が姿を現した。いつの間にか、霊の身体は鎖にぐるぐる縛られ、低いうめき声を発した。
「どうやら、コイツの裏には強力な黒玉が潜んでいるな…」
黒須は汗ばむと、苦笑いした。
「く、黒玉って、アリアの事ー?」
「いいや。アリアにしては雑過ぎるし、こういうやり方は奴は望まないだろう。奴は美しさに異常に執着するからな。」
黒須は化け物を睨みつけると、何やらもごもごと呪文を唱えた。化け物は獣の様なおぞましい悲鳴をあげると、天井から落ちた。化け物は、黒須目掛けて頭を伸ばしてきた。黒須は、化け物目掛けて鎌を振り落とした。化け物の身体に青磁色の光が覆い尽くした。サトコは、目を覆った。
「悪いな。私は狩るのが仕事なんでな。」
黒須は、目を細めた。
その時だったー。見慣れた硫黄の匂いが辺りを充満し、その瞬間、黒須と化け物の動きは急に止まった。
『サトコ…彼女、死んじゃうわよ。』
ふと、脳内に甘くねっとりした口調の声が脳内に響いていた。
「あ、アリア、どこ!?」
サトコは辺りをキョロキョロしたが、アリアの姿は何処にもなかった。
「何言って…大体貴方が全て滅茶苦茶にしたんじゃないの…?」
サトコはサジタリウスを構えた。
『貴方、まだ何も分かってないのね…』
「何処?何処なの?」
しかし、アリアの姿は見当たらない。声も何処からともなく漠然と響いている感じである。
『私、親玉分かるの。彼女を化け物にしたね。だから、その親玉を潰さと無意味よ。』
アリアはクスリと嘲笑っているかのようだった。
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