魔人狩りのヴァルキリー

RYU

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モダンガール ②

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 車は現世の繁華街を走っていた。もうすっかり夜になっており、辺り一面には建物のネオンがチカチカ点滅して、眩しい。
「あの…、私はいつまでこうしていればいいのですか?」
黒須は低くくぐもった声を出す。
「白田サトコ…、君は死ぬ前に何を考えていた?」
「…そんな、考える前にこうなったから…。」
「いいや、君は今この状態でいる。もうこれでいいや、逃げられる、楽になれるかもとでも思ったんじゃないのかな?」
「そんな事は…。」
「もし、そうでないなら、お前は、迷うような表情なんかしない。」
その言葉に、サトコはドキリとした。
彼女は、何でもお見通しだ。
「そんな筈ありません!私は…」

だが、黒須はそれを無視し淡々と話を進める。
「お前は、ひき逃げに合って死亡した。一瞬でも、それにホッとしてしまっていたとしたら、魂の色相はやがて濁りお前はやがて悪霊になる。」
黒須は、厳しい口調だった。サトコは彼女がどうも苦手であり、胃が痛くなっていた。

さっきから、サトコは時折、バックミラーを眺めていた。乗った時から、後部座席のソレが気になって仕方がなかった。幾ら小ぶりな案山子とは言え、かなり精巧に造られている。月明かりの下、寂しげな顔でぐったり下を向いており、感情があるかのようである。
「大丈夫だ。それにソイツは無害だ。若干、気味が悪いだろうがね。」
黒須はそれに気付いたのか、サトコを宥めた。

いつの間にか空は夕暮れになっており、風景が一変した。モダンな街並みに、ポツリポツリと古びた民家が点在している。しばらく走らせると、服屋の前でマネキンが手招きして立っていた。サトコは寒気がし、身体を屈めた。黒須は車を停めると、淡々と話す。
「こいつだ。歓迎しているみたいだ。」

サトコは後部座席の案山子型の小さな人形と見比べてみる。何となく黒須の言っていた事が分かったような気がした。こちらの案山子は見た目こそ怖いが、何の変鉄もない只の人形である。向こうのマネキンは、何処と無く不気味さが漂っている。夕焼け空に、紅く照らされたマネキンがニタリと笑みを浮かべ、二人を見つめている。無邪気な笑顔の中に、鉛のような巨大な禍々しいオーラを感じ、サトコはそのギャップに不気味さを感じた。黒須はハッとしてサトコを振り返る。
「精気をとられるぞ。さがってな。」
黒須はマネキンの額に札のような物を張り付け、その周りに円を描いた。円は火花を散らし、炎を巻き起こした。炎は竜巻の如く天高く舞った。
「浄化完了っと。」

キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハーーーーーーー!

炎の中から高笑いが聞こえ、マネキンが脱兎の如く出てきた。サトコはギョッとし車にもたれかかった。マネキンの目と口は顔いっぱいに大きく開かれている。サトコはサーカスのピエロを連想した。その顔から、おっとりした子供の声を聞いた。
『燃やそうとしても無理だよーん。だってあたし、逃げるの速いから。』
「じゃあ、何でわざと捕まったんだい?」
『あたし、色んな人と鬼ごっこするのが好きでね。でもなーんか最近、手ごたえのない人ばかりで退屈してたの。』
黒須は溜息をつくと、タバコを吹かす。
「実はこっちは仕事でね。君を迎えに来たんだ。」
『ふーん、死神さん?残念だけど、あたしは逃げ切れるもんね。だってここは、あたしの世界だよ。あなた達は、その迷宮に迷い混んだ訳。もう、永久に出られないんだよ?』
黒須はマネキンの話を軽く聞き流すと煙を吹き出し、シガレットケースに煙草をしまった。サトコは、お化けは苦手である。いてもたってもいられず黒須に提案する。
「黒須さん、あの技また使いましょう!空間を切り裂いて…」
「今は必要ない。それに、死者と向き合うのも仕事のうちさ。」
「え・・・」
 だから、黒須は自分ともこうして向き合っているのだろうか?冷たそうだが、実はいい人なのかも知れない。サトコは車のドアを開けると、マネキンに気付かれないようにひっそり中へ入った。黒須は何かを考えているようだった。しかしサトコは、終わるなら一刻も早く早く終わらせて欲しいと願っていたのだった。
 突然、空間がぐにゃぐにゃ曲がった。景色も地面も何もかもが歪んで見える。サトコは科学館などでよく見る凹凸のある鏡が、ぐにゃぐにゃ動いているかのような感じがした。それと共に目まぐるしく風景が変化し、酔いそうになる。サトコは近くのガードレールにつかまった。黒須はマネキンと対峙する。マネキンは再び高笑いをする。炎は瞬く間に消滅した。
『だーかーらー、ここはあたしの閉鎖空間。この中ではあたしの自由に何でも出来るの。お姉さんは、何も出来ないんだよ?』
黒須は落ち着き払い、胸ポケットからコインを取り出す。
「お嬢ちゃん、私と競争しないか?手加減はナシだ。選んだ面が上になったら逃げる側だ。裏と表どっちだ?」
一瞬、サトコは案山子と目が合ったような気がし、再びのけ反った。
『じゃあ、表!』
コインが高く舞い、綺麗な弧を描き表さが出た。窓越しに二人は何かを話しているのがみえる。マネキンはサトコの反対方向へ走り始める。サトコがほっとした。しばらくして、黒須が戻り、ドアを開けた。
「私は、これからしばらくいないが、君はどうする?」
「え!?車はなくていいんですか?」
「あると不公平だろ。あと、さっき浄化したから大丈夫だろうけど、万が一に、な。」
黒須はそういうと、サトコの胸に札を貼った。
「これ、なんですか?」
「これは、霊障を抑える札だ。万が一の時に、生者や死にたての霊が精気を吸収されないようにするんだ。ついて来るかい?」
こんな摩訶不思議な恐怖の街で、一人置いてきぼりを食らうのはもっぱら御免である。
「…ついてきます。」
脚力には自信がある。生前、毎日通勤に片道20分の距離を自転車を漕いでいた。
 二人は街の中に続く石畳の幹線道路を、ひたすら走り続けた。どこまでもレトロ街は続いていた。素朴な古民家、駄菓子屋、ステンドグラスの入ったメルヘンな喫茶店、色あせた古めかしい看板…露店の中からは狭い畳に、簡素なポスター、アナログテレビが見えた。
 そうこうしているうちに、黒須の姿が段々小さくなっていく。それから5分程経っただろうか。二人の姿は既に見えなくなってしまっていた。すると、遠くの方から少女の笑い声が聞こえて来た。笑い声そは徐々に小さくなり、そして消えた。

サトコは恐る恐る声のした方へ小走りで近づいた。20メートル前方から、炎が見えた。マネキンの胴体が真っ二つに切断されており、火だるまになって倒れているのが見えた。

夕焼け空は一瞬にして夜空に、そして景色も元に戻る。
 
何処からともなく案山子を持った黒須がやってきた。黒須は全く疲れてない感じた。息ひとつ切らしてない。死神だから、当然なのだろう。彼女は回収した魂を、案山子に転移させる。案山子はカチカチ歯を立て、笑う。サトコは、青ざめた。
「見張りが居るからね、早々に片付けて来たんだよ。」
そんな事して何か意味があるのだろうか?彼女ならいつでも魂を刈り取ることができた筈である。
「て言うか、時間を稼いでましたね。」
「コイツが遊びたがってたからね。」
黒須はただ、真っすぐ正面を向いていた。
 帰りの車でふと、黒須はくぐもった声で呟く。
「それにしても、子供が自殺するなんてな…。全く、夢は死んでから叶えるもんじゃないだろ。」

この魂も当然、生前は形のある人間だった。普通にご飯を食べ、泣いたり笑ったりしてい筈だ。何を感じ、どのような人生を送っていたのか。あの子は何か深い絶望を感じていたのだろうか。サトコは恐る恐る聞いてみる。
「…自殺した魂は、何処へ行くんですか?」
 黒須から翳りを感じた。彼女は虚ろな目で道を見つめていた。触れてはいけない禁忌なのだろうか。サトコは一瞬後悔した。しばらく間を置いて、黒須は重く沈んだ声でボソッと話す。

「…暗く寒いところさ。」

人の人生とは不公平である。運命とは時に、逃がれようとしても抗えない荒波でもある。車は賑やかな繁華街をただひたすら走った。白藍の月の光は、ひたすら走る車を優しく照包み込む。
 

昭和初期の頃、日本は急速に西洋化押し進められていた。当時は西洋に負けじとも必死にがいていたのだった。日本のとある街では豪勢な西洋風の建造物が立ち並び、時折モダンガールや馬に股がった軍人が街を闊歩していた。大通りでは、路面電車とお洒落なクラッシあおクカーが大通りを共存している。街の至たるところに日の丸の旗が風であおられていた。和洋折衷で一見ミスマッチだが、どことなく調和のとれた不思議な街並である。

そんな大通りに面した一角では、老舗の立派な造りの呉服屋がずっしり構えていた。向かって右手には、デパートがある。呉服屋の奥から、従業員達がため息を漏らしながら出て来た。西洋文化の流入で、売り上げは減少の一途をたどっている。従業員は、いつ自分のクビが切られるのか、気が気でならない。
「全く、何でこんなところに店を建てるんだろうね。潰すつもりなのかね。」
「どっちみちあまり変わらないんじゃないのかい?こんな時代だもんなあ・・・」
「店主がお堅い方だからねぇ・・・。洋服取り入れないからさ。意気地になってー。」

そんなデパートのショーウィンドウの前には、呉服屋の女中が中を眺めている。歳は14、5歳くらいの少女だろうかー。黒の前掛けに小豆と枯茶の継ぎはぎの着物を身に着けており、素足に下駄を履いている。手の指と爪先は、霜焼けで赤く腫れあがっていた。癖毛立った髪をピンで一つに束ねている。

一方、ショーウィンドウでは、ボブカットのマネキンがお洒落な帽子を被り、流行のパステル調の洋服を身に纏っている。右肩にはゴージャスなバックをぶら下げ、高いヒールでポーズをとっていた。マネキンと言っても当時は今のような西洋風のマネキンは普及されておらず、ここでは素朴な顔をした、案山子のような人形が洋服を着飾っていたのだ。

しかし、少女にしてみれば、まるでおとぎ話の姫君が絵本の中から飛び出してきたかのような感じであった。少女は霜焼けの痛みを忘れて、ガラスにへばりつく。目を太陽に反射したビー玉のように丸く輝かせ、ひたすらマネキンを眺めていた。永遠に叶うことのないおとぎの世界にあこがれを抱いてー。
「ハナ、何してるんだい!?休みは終わったよ。ハナ!」
呉服屋の女将が声を張り上げる。名前を呼び止められるも、少女はマネキンに夢中で耳には届かないでいる。
「まったく、鈍臭い子だねぇ。何たってこんな子を。」
少女はハッとして振り返り、たどたどしい声で返事をした。
「…へ、へいっ!」

少女は片足が悪いのか、ずるずる左足をひきずりながらその場を後にしたのだった。

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