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ダークネス

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    今から、110年前、『ダークネス』と呼ばれる、化け物達の襲来により、困窮を極めた。

『ダークネス』の中でも、魔王と呼ばれる存在の者は戦闘能力が未知数で最凶であり、同胞達から畏れられているのだ。彼らは、並のダークネスの10倍の魔力を有している。彼らは頭もキれ、うまく相手を欺き、狡猾で抜け目がないのだ。 彼らは、己の目的や私利私欲の為なら、平気で同胞をも利用し、ドールにし、食い殺したりしてきた。しかし、彼らはあんまり表舞台には出ないー。
    彼らは人間やアルファの選り好みが激しく、自身が興味を持った者にしか近づかなく、また、気配を隠すのもうまく、姿も自由自在に変える事ができるため、討伐には苦労するのである。
    そして、およそ110年前の討滅隊は生き残りが1人ー。ルミナだけが生き残ったー。



 それから遡ること遠い昔の、ある日の事だった。深い深い森の奥深くに地味なガレージが建っていた。その前で一人の少女が、庭の花壇に水をあげていた。
    その前の広場で、もう一人の少女が花を摘んでは花冠を編んでいた。その少女は午後二時頃から三時頃まで姿を現すのだ。
     年は自分と同年代ほどだろうかー?11か12位だろう。彼女はどこからどう見ても少女だが、しかし、何故か大人びていた。悲鳴を上げず、可憐さと妖艶な雰囲気が交わりあった、不思議な雰囲気を漂わせていたのだ。



 そんなある日ー。ルミナは初めて少女と目が合った。
「こんにちは。あなたは、ここに住んでる子なの?」
少女は摘み取った花を手に持ちながらこちらに向かってくる。
「ーうん。お母さんとあそこのデッキに住んでいるよ。」
ルミナはぎょっとして重たい口を開いた。
「へぇ。私もこの界隈に住んでるんだ。実はこっそり抜け出してきたクチだけど。」
少女は気まずそうに話すと、淡い胡桃くるみ色の髪をかき上げた。
「ーこっそり?」
「うんそう。私のいる施設、規律が厳しくて抜け出すにもハラハラだよ。」
「何処の施設にいるの?」
「『アルカナ』っていう組織。結構スパルタ。でもちゃんと食事を出してくれるし住まいも城の様だし快適だよ。」
「そこって、私でも行けるの?」
「さあ。私は、死にかけたところを助けられたからわかんないや。ーあ、私の名前はルチアっていうの。貴女の名前を教えてちょうだい。」
「ルミナだよ。」
「ルミナー。覚えておくね。ーいけない、こんな時間だったー。あ、これ、あげる。またね。」
    ルチアは満面の笑みを浮かべると、ルミナに花冠を手渡した。そして、手を振り背を向けて10時の方角へと駆け出し、向こうの森の奥へと消えていった。
   ルミナは家に帰りベットで横になると、いつの間にかうとうと眠りについていた。

 ルミナは夢の中にいた。こじんまりとした洋間の鏡の前に立っている。鏡の中にはぶかぶかの帽子に古びたスカーフを巻いている少女が立っていた。目元は帽子で隠れてる。満月の夜で輪郭がぼんやりとしか見えなかったが、少女はほくそ笑んだのが見えた。ルミナは恐る恐る尋ねてみた。
「あなたは誰?何故ここに居るの?」
しかし、少女は無言で笑みを浮かべたままである。
「あの・・・」
ルミナは不安になり徐《おもむろ》に声を出した。すると、少女はやっと声を出した。
「貴女もこっち来る?」
蜜のように甘ったるく無邪気な声である。すると、部屋中に少女の笑い声が木霊していた。ルミナは不安になり、耳を覆った。



 ルミナが起きたときは、すっかり夕暮れになっていた。ルミナは井戸に水を汲みに行くと、ぼんやり井戸の中を眺めていた。全身重たい岩の様なモノが乗っかっている気だるさがあった。夢なのにリアルな感じさえしたのだ。
   しばらくして、養母が玄関のドアを開けて帰ってきた。両手には買い物袋をぶら下げている。
「お母さん、お帰りなさい。」
    ルミナは買い物袋をテーブルに置くと、中の食材をテーブルに並べていた。養母は上着を脱ぐと、溜息をついた。
「お母さん、どうしたの??元気ないね。」
養母は俯き両手で顔を覆っている。
「・・・ごめん。ちょっと具合が悪くてね。少しだけ休ませてくれ。」
「・・・うん。」
ルミナはコップに水を汲んでくると、養母の前に差し出した。養母はコップの取っ手を掴んだまま、じっと下を向いていた。
「・・・お母さん、いいよ。私が作るから。」
ルミナは人参を手に取ると、調理にとりかかった。
    養母はルミナが作っている間も、夕食後の時間もずっと無言で俯いていた。
「お母さん、なんか変だよ。カレー、美味しくない?」
「そんなことないよ。すまないね。」
    養母は明らかに深刻で重たい何かを隠しているようだ。ルミナは、胃袋が針の様でつつかれたかのような不安で、一杯であった。

 

 それからというもの、養母はブツブツ呪文をを唱えては、毎晩一人で部屋に篭る《こもる》ようになった。
    ルミナは、養母の焦操しきった様子を見て、戦慄を覚えた。彼女の顔から、冷たい茨の様なギスギスした物が全身に突き刺さる様な感じがした。
    そして、次の日の晩、先回りして養母の寝室へ行き、そのままベッドの下に滑り込んだ。しばらくすると、養母が向かって来る足音が聞こえ扉が開く音がし、隙間から足が見えた。彼女の足元から、黒い影の様な物がぐるぐる渦巻いていた。影は強弱をつけて伸び縮みすると、養母はブツブツ呪文を唱えては、目を光らせた。彼女の髪はふわりと舞い、ルミナはその様を見て、戦慄してしまった。養母は干からびた感じになっており、老婆の様にやつれていたのだ。

 その時、黄金色の光と共に人が出現したのだ。この部屋は屋根裏と筒抜けになっており、高さが6メートル程ある。しかし、出現した人は身体が大きい上に、足は2メートル程宙に浮いており、頭が天井に届きそうであった。そして全身黄色のローブを纏い、両手は白い手袋をしていた。顔は白い布で覆われており、見えない。布には赤く幾何学きかがく模様が記されていた。足は何故か見えなく、まるで幽霊の様である。
「お前、何故ー、何故、此処を知ったのだ?死んだ筈ではー?」
養母は顔面蒼白になり、瞳孔を小刻みに収縮させている。
「確かに私は死んだ。しかし、こうして蘇った。ダークネスとしてな。それに貴様、何をそんなに焦ってるのだ?まさか、娘を渡さぬつもりではないだろうな?」
ダークネスは腕を組み、眩い黄金色の光を撒き散らす。
「私は、自分の信念をただ、守りたいだけだ。貴様なんかに娘は渡さないぞ。」
養母は半歩後退りすると、右手で額の汗を拭う。
「ふっ。たわけを。我が娘はこの近くにいるのは知っているのだ。さあ、どくのだ。」
ダークネスはキョロキョロ見渡すと、魔方陣からしきりに出ようとしている。
「無駄だ。何せ、これは我が一族最強の空間領域だからな。」
「ふっ。最強だと。笑わせるな。自惚れの先には何もないのだよ。」
「じゃあ、試してみるか?」
すると、黒紫の渦が出現しダークネスを包み込み、猛スピードでグルグル回転した。
「ほう。やるのう。だが、ここでは終えん。娘はさらって行くぞ。」
渦の中から、黄金色をした木の枝のようなものの様な物が無数に出現し、波打つ様にしなやかに伸びた。その光は束の様に纏まとまり大蛇の姿を象った。そしてそれは養母に向かって襲いかかる。その蛇は養母を丸呑みにしてしまった。
   ダークネスは高らかに笑った。すると、ゆらゆら揺れルミナのいる方へ向かってくる。ルミナは冷汗をかき、ベッドの奥へ奥へと逃げた。ルミナは身体が段々重く苦しくなし、床にへばりついた。そして強烈な磁石のようなものに引っ張られていくように身体が自然と外へと向かっていった。
    すると、緑色の光がチカチカ点滅し激しい爆発音がした。ルミナは恐る恐る下から覗くと、養母の脚が見えた。そして、大蛇が黄金色の光を放ちながら拡散し、ゆらゆら落ち、そして消えて粉の様になったのが、見えた。
「ふっ。」
「ー何が可笑しいのだ?」
ダークネスはたじろいだ。
「いや、貴様が滑稽過ぎて可笑しいのさ。井の中の蛙とは、こういう事を言うのだな。」
養母は服に付いた黄金色の粉を払うと、右手人差し指を立てた。
「むっ、貴様ー、何をー。」
黄色い男は、か細い声を出し、全身汗だくになった。彼は動きをピタリと停止させた。身動き取れないでいる。すると、無数の緑色の棒の様な物が出撃した。その棒はダークネスの身体を貫いていた。
「さらばだ。深淵の者ー。お前は、ここで終わりだ。」
養母はほくそ笑んだ。緑の光線は茨の様な形になり、グルグル渦を巻いてダークネスを包み込んだ。
「むっ。貴様ー。」
ダークネスは宙に浮きながら、もがき苦しんだ。彼の身体は地面に叩きつかれ、茨に包み込まれ閉じられた。
   そしてそのまま、黒い渦に包まれ、地面に吸い込まれる様に、焼失したのだった。
    養母は汗だくになり、ぱたりとその場にしゃがみ込んだ。


    養母はまた、普段通りのぶっきらぼうだが威厳のある姿に戻っていったが、ルミナはあの光景をいつまでも忘れなかった。そして、トラウマとしてずっと心の中でトラウマとして残り続けるのであった。

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