堕天使と悪魔の黙示録

ミヤギリク

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カノン

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 カケルが彼女に出逢ったのは、大鳥レイジが殺されてから間もない頃だったー。
 そんなある日の事だったー。カケルは好奇心から施設をこっそり出て、辺りを散策していたのだ。その日は、何故か組織のセキュリティが緩くなっており、子供達は自由に外出が出来る様になっていた。カケルはフラフラと目的もなく歩き、彼はいつの間にか廃墟の方へ足を運んでいたのだった。
 カケルは、しばらく殺風景な景色を散策していた。殺風景な風景は、カケルの虚ろな心を強く現していた。
 すると、遠くの方からカチカチと言うマシンの歩く音が木霊してきた。振り返ると、上半身はカマキリ、下半身は人の姿をしたVXが自分の後をつけてきたのだった。
 するとらカマキリのような上半身をしたVXが急に自分を追いかけてきた。カケルは廃墟の中をしきりに走り、倉庫の中に身を隠していた。カチカチした音が木霊し、倉庫の壁を巨大な鎌型の前脚が貫いたのだった。カケルは身震いしながら奥へ臆へと逃げ込んだ。

「みィーつけた。」

VXは赤い目をチカチカ点滅させてそう言うと、カケル目掛けて鎌型の前脚を振り下ろした。

カケルは咄嗟にうずくまる。

ーもう、駄目だー!ー

カケルは自分の運の悪さを呪った。自分はいつもタイミングが悪いー。カケルは死を覚悟した。
 ーと、その瞬間、倉庫の壁がバキバキと崩れおちた。そして、眼を開けると巨大な鎌を持った女がジャンプをし、軽やかにVXの首を切断したのが見えた。辺りに強い突風が巻き起こり、カケルはうずくまった。高さ3・5メートルはあるこのVXは、全身が鋼の様に硬く一太刀では貫く事は不可能だ。しかし、次の瞬間、VXはバキバキと音を立てて粉々に粉砕されてしまったのだった。

「君ー、大丈夫?」

顔をあげると、そこには20前後ぐらいの女が武器を担いで屈んでいるのが見えた。彼女は、赤味がかった栗色の髪を後ろで纏めており、グレーのライダースーツの様な物を着ていた。女の着ている黒いジャケットの右肩には、落葉松模様の紋章があった。ー組織の人間だー。ジェネシスだろうかー?
「よお、坊主。お前、なんでまたこんな所にー。」
いつの間にか、金髪のパンクファッションの男が、自分の、脇に立っていた。
「この辺は危険だぞ。子供の来るような所ではない。マシンがまだうようよいるからな。」
声の方を振り返ると、自分の左脇にもうひとり男が立っていた。黒髪でカッチリしとした身なりををしている。
「そうだぜ。ガキは黙って施設で大人しくしてな。」
金髪の男は担いでいたバズーカを下ろすと、咥《くわ》えていた煙草の煙を吐き出した。
「あんた、名前は?」
女が尋ねた。
「お、大鳥…カケルです。」
「何で、こんな所にー。」
「…いや、その…。」
カケルがしどろもどろになっていると、女の影から、少女がもじもじしながらこちらを見ていたのが見えた。時々、建物内で見かける少女である。
「…この娘は?」
「私の妹だよー。ミライって言うんだ。この子もしょっちゅう施設から抜け出しちゃって…。結構、シャイだから仲良くしてやってね。」
カノンは、微笑んだ。

「おーい、カノン、レオン、リュウト、時間だぞ!」
遠くの方からジェネシスが3人バスで待機しているのが見えた。
「あ、もうこんな時間だ…私、そろそろ行かなきゃ。」
カノンはそう言うと、ミライと仲間を引き連れて、その場を後にした。



そんな、ある日の夜だったー。

カケルは、いつもの裏庭の廊下でぼんやりと月を見ていた。虚ろな心はなかなか晴れず、カケルの心はグレーで濁りきっていた。

すると、遠くの方からカチカチと言う音が聞こえてきた。

 目を凝らして見ると、下半身はクラーケンの様な様なうねうねとした感じのー、上半身は人の姿のVXがゆっくりと近づいてきたのだった。
「な、何だ…?あの化け物は…?」
深々と帽子を被っており、目元は分からないー。高さが3メートルから5メートル位になるだろうかー?上下に揺れながら、ゆっくりこちらに近づいてくるー。

 カケルは、クラーケンに気配を悟られないように植物の影に隠れた。
「今宵は、愉しき時間となりそうだ…。」
VXは、低く冷たくしゃがれた声を発した。カケルはその声に身震いをした。そして、急に全身がダルくなり力が急に抜けていく様な感覚に、陥《おちい》り、クラクラと目眩を覚えた。
「閣下…。」
すると、低く通る男の声とコツコツと足音が渡り廊下を木霊してきた。暗闇の方から長身の男が姿を現した。長身の男は何処かで見た事があるー。全身黒いライダースーツを着ており、ガッシリ引き締まった身体に190センチ位はありそうな長身ー。均整がとれた顔立ちに真っ直ぐな黒髪ー。
「待ちくたびれたぞー。サイモンよ。」

ーサイモンだってー!?ー

組織にいた頃ー。よく姿を見る男だ。いつも黒いジャケットを着ており、終始無言の男だ。シュウが重症を負った時、抱きかかえてすれ違った事がある。彼はVXだー。

「先程、連絡が在りましてアストロンから物資が届いたとの事です。尚、『5次元の扉』は、開放したままにしてあります。」
「サイモンよ…。こんな詰まらぬ話をする為にわざわざここに来たのではあるまいな…。」
閣下の声は、低いしゃがれた声でカケルは身震いをした。
「いえ…。只、このままでは空間が歪んでしまい、その歪で我々は消滅しかねないかと…。」
「ふん。またいつものヤツを注入すれば何とかなるさ。」
「閣下…。誰か我々の後を…。」
ふと、サイモンがカケルのいる方に視線を移した。
「…何ー?気配は無いぞー?」
閣下はキョロキョロ当たりを見回している。
「例の閣下の弱みを握った者共かも知れませんよ。」
「…ふん。小悪党か…?泳がせとけ…。直に無様な姿を晒す事に成るだけだ。」
「承知しました。」
「サイモン、宇宙は無限にあるコードで繋がっているのだよ。こうして我々がガイアに辿り着いたのも、コードのお陰と言えよう。」
「コードとは、アカシックレコードの事ですか?」
「ああそうさ。我々がこうしてガイアの地に辿り着いたのもそのコードのお陰なのだよ。万物は点と点で繋がっており、それらが全て元から決められており、関連づいているのだ。光と影は相反するが、光があるから影が出来、影があるからか光もまた輝きを増すのだ。しかし、光も影もそれに気づいてはいない。ガイアとアストロンの相反する世界は実は、至極近いものと言えよう。」
「僕もかつてー、アストロンにいた頃ー。世界は崩壊し、家族や仲間を殺され、人々は焼け死に邪悪な者共に全てを奪われました。世の中は邪悪な者で満ち溢れているー。それが何とどう関連づいているのでしょうか?」
サイモンは、やや強い口調になった。今まで見てきた彼は無表情で寡黙な印象が強かった為、カケルは呆気に取られていた。
「直に分かる。」
閣下は低い声で話すと、遠い月を眺めていた。
 カケルは意識が朦朧《もうろう》としてきた。

「よお、お前、どうしてこんな所で」
カケルは聞き覚えのある威勢の良い声で目覚めた。レオンが屈み込んでこちらを覗き込んでいた。自分はその場でずっと寝ていたらしいー。
「…いや、その…あ、僕…」
「まさか、お前、ずっとそこで寝ていたんじゃないだろうな?」
「…僕、見たんです…」
 カケルは、見てきた事をありのまま話す事にした。今すぐ話さないと、不味い事態になると思ったのだ。
 ーと、言うもカケルは組織の中で心を閉ざし、話せる人が他に居なかったのだった。直感で、彼等は1番信頼出来ると感じたのだ。それは何故かは分からない。しかし、彼等は何処かしら自分とシンパシーの様なものを感じたのだ。
「こんにちは。君、また居るの?」
ジェネシス達がぞろぞろと仕事場から戻ってきた。カノンは、真っ先にカケルに気が付き、声をかけてきた。
「ええ、あの…昨日の夜の話なんですけど…」
「何だ?お前、またいるのか?」
リュウトも姿を現した。
「…あの、昨夜、僕、見たんです。下半身はクラーケンの感じの化け物と長身の男の人が…奴等はVXで、アストロンとかコードとか言っていました。」
「化け物と、長身の男?この界隈はセキュリティは、万全な筈だぜ?」
レオンは、眉をハの字にして首を傾げた。
「何か、アカシックレコードだとか関連づいている、閣下の弱みがどうだとか…」
「…じゃあ、アイツ等は何処から侵入してきて何処に帰ったんだよ?」
「…分かりません…。僕は、途中で意識を失ってしまっていて…。」
「分かった。私は、後で調べてみる。」
カノンは、何か思いついた様だった。
施設内のセキュリティが万全な為、他の二人はまともに取りあってはくれなく、カケルはもどかしく感じていた。
 そしてカケルは必死になり、組織の指揮官や幹部の者に必死になり事の詳細を話した。しかし、誰も信じる者など居なかったのだった。


  それから月日は過ぎ、閣下と男は姿を現さなく、カケルも次第に諦め別の事を考えるようになっていった。

 カケルはカノンに気に入られグループで行動を共にする様になった。しかし、何故、自分がカノンに気に入られたのかがよく分からなかった。たが、彼女と自分はどことなく似ている様な感じがしたのだ。
 彼女は誰をも寄せ付けない、気高さと強さがあった。並のVXなら、彼女一人で容易く仕留める事が出来た。また、上級のVXは軽く力《スキル》を発動するだけで5分で片付いた。彼女は、いつもグループのリーダー的なポジションであった。しかし時折見かける、儚げな虚ろな表情から不安や哀しみの気持ちを感じ取ったのだ。
 それからカケルはカノンに親しみを感じ、彼女に次第に惹かれていったのだった。彼女は、童顔で若々しくも見えたが、全てを悟ったかの様な熟した不思議なオーラを見に纏《ま》とっていたのだった。
 それからカケルは、彼女に何度か夜部屋に呼ばれ時間を共に過ごす様になった。彼女の部屋中には、悲しい旋律の曲がよく蓄音機から流れていた。彼女は自分の名前の由来だとか、昔、親やお世話になった自動人形《オートマオイル》をよく想い出すと、話していた。彼女が自分の事をどう思っていたのかは分からない。しかし、カケルは彼女の側にいて力になりたいと強くそう思ったのだった。



 それは、カケルが18になった頃だった。カケルがぼんやりと、窓の外を眺めていた。
 すると、建物の屋根の向こうでクラーケンの様な下半身のマシンが腕組しながらそびえ立っていたのだった。
カケルは、急いでカノンの方へ掛けよった。
「…カノン、アイツだ…!3年前の…」
「アイツ…?何処にもいないよ。ねえ?…」
カンナは訝しがり、レオン達に確認をした。
「ああ…。何処にも居ねえぞ。」
レオンも当たりを見渡したが、閣下の姿は見えてない様だった。
「そんな…。」

ーどう言う事だ…?何で俺しか見えてないんだー?ー


そんなある夜中の時の事だったー。深夜で皆が寝静まった頃、カケルはカノンに呼ばれ、いつもの裏庭で話を聞く事にした。

「ごめんね…。知らなくてー。」
カノンは微笑んだ。
「何をー?」
カケルは、訳がわからなかった。
「あんたが例の化け物の話を信じてあげられなくてホントにごめんなさい。」
「…ああ。別にいいさ。だってあれは、俺にしか姿をみせなかったから、さ…」
「私、実はアイツの弱みを知ってるの…。昔、微かに見たアイツが、まさかこの中に居るとは思わなかったよ…。」
カノンは苦笑いをした。
「え…?」
「ほらもう、遅いから.。あんたは寝てなさい。明日、早いんだから。」
「…カノンは、いつ戻るんだ…?お前は、いつもそうやって、何でも、何でも、抱え込んで…。あんたは結局、自分を大きく見せたいだけなんだよ!」
カケルの口から、本音が漏れてしまった。苛立ちを隠せなかった。
「あんたも、熱い所があるんだね。いつもクールだと思っていたんだけどね。」
カノンは、微笑んだ。
「お前、奴を倒す気かー?無茶だー。俺が…」
カケルは動揺を隠せないでいた。
「駄目だよ。あんたは生きなさい。これは、あたしらのやるべき仕事なんだから。」
カノンは首を横に強く振った。
「な、…何で…。俺は邪魔なのかー?」
カケルはカノンに詰め寄るも、カノンは首を横に振った。
「これは、私達のした事なんだよ。あんたまで巻き添えには出来ないー。」
「…待っ。」
 カケルが呼び止めようとした時だったー。カノンはカケルの額に右手を添えた。すると額にヒリヒリとした熱いものを感じたのだ。そしてカケルの視界にクリーム色のバチバチした光が視界を覆ったのだった。カケルが目を開けると、そこには誰も居なかったのだった。


 カノンはレオンとリュウトを引き連れて、暗い渡り廊下を歩いていた。その辺りに、例の奴等が姿を現す筈なのだー。
「いいのか?アイツとこのままでー。」
レオンは軽く苛ついた様に流し目でカノンを見ている。
「アイツは、こう見えて坊やで脆いんだよ。アイツのそう言うところが危なかっしくてね…。」
カノンは、無理に気丈に振る舞っている。今夜、自分がどうなるか分からない、邪悪な者との邂逅に対する恐怖を、ひたすら抑え込んでいた。
「ま、まさかお前、全部一人でかたをつける気じゃないだろうな…?」
リュウトは、カンナの表情不穏な空気を感じ取り、歩くスピードを緩めた。
「ああ。そうだよ。全ては私が起こした事なんだよ。私のせいだよ。だから、ついてこなくて大丈夫。」
「それは、俺達の責任でもあるだろ?あの時、お前に頼んだのは俺達だしー。」
レオンは、イライラしながらまくし立てる。
「もう、いい。あとは私がやる。私の体には魔王の鍵がある。アイツを仕留められるのは、私だけだよ。」
カノンは首を強く横に振ると、暗闇の向こう側へと走って行った。
「お、おい…!」
二人は、呼び止めカノンの後を追う。しかし、カノンはいつの間にか暗闇の中に消え何処にも姿は見えなかったのだった。


 すると、闇の向こう側からカチカチと言う蟹の歩く様な音がこだましてきた。
「な、何だよあの、奇妙な音はー。」
レオンは、バズーカを構える。
「ま、待て…!これは、この音は、アイツだ…!!!」
リュウトの顔は青ざめている。すると、通路の蝋燭がゆらゆら揺れ、たちまち次々と消えていったのだった。
「カ、カノン…?生きてるよな…?」
リュウトは、弱々しい声をあげながらバズーカを構えた。
「ど…、どうしたんだ?何が起きてるんだ?」
レオンは、小刻みに震えホルダーからバズーカを取り出そうとした。
「アイツだ…!か、閣下だよ…。」
リュウトはそう言うと、滝のように汗を流し真っ青になっている。
「か、閣下…?バカな、だって気配は…」
「聞かなかったのか?アイツは気配を完全に消す事が出来るんだよ。」
「だ、だってそこまで完全に消すことなんて…不可能なんじゃ…へっ!?」
二人の身体は急に重くなった。ドライアイスの様な乾いた冷たい冷気と、ブラックホールに飲み込まれそうな重たい感覚に襲われたのだった。
 カチカチとした足音は、益々強くなり暗闇から異形の化け物が姿を現したのだった。上半身は人、下半身は液体金属の様なクラーケンの様な脚をした化け物が仁王立ちで二人を見下ろしている。全高5メートル程だろうかー。
 そして、うねうねとした脚の先端には串刺しになったカノンがくの字で息絶えているのが見えた。カノンの身体から血が飛び散り、そしてトクトクと流れ落ちた。
「何なんだ!あれは、聞いてないぞ!」
「そ、そ、そ、そんな…有り得んだろ」
レオンとリュウトはそれぞれ口を上げ、異形の怪人の前で成すすべもなく、固まっている。
「どうした?吾輩が怖いのか?」
閣下は、カラカラと嗤い《わらい》ながら仁王立ちしている。カノンがマシン串刺しになり、血塗れで既に息絶えていた。
「カノン!カノン!」
リュウトはバズーカを構える手を緩めると、状況が飲み込めないまま、オロオロとしている。
「貴様ー!!!」
レオンは鋭い眼光で目の前の化け物をにらみつけた。しかし、力を発動しようにも身体が重く、動かない。レオンは蛙のように這いつくばり、眉間に皺を寄せながら唇をぐっと噛みしめる。そして彼は、ゾクゾクとした重く冷たいドライアイスの様な物が自身の上にドスっと乗っかっている様な感覚を覚えた。
「駄目だレオン!力を使うな!力を吸い取られるぞ!!!」
リュウトは、地面にへばりつきながら、必死に声を絞り出す、彼は声を出す事しか出来ないー。
「なんと、貴様等は只の虫けらに過ぎない訳か…。実に下らん。でも、吾輩の情報を知られては困るのだよ。」
閣下は、ドライアイスの様な冷たく乾いた暗い声でそう言い放つと、脚の先端からカノンを放り投げた。カノンは4メートルの高さから落下した。彼女は、全身血塗れであった。
「カ…カンナ!」
レオンは這いつくばりながらカンナに近づき、彼女の両肩を擦った。しかし、彼女は既に意識はなかった。
「き、貴様の目的は俺達を殺すことだな…!?」
リュウトは、バズーカの照準を閣下に向けた。しかし、身体は鉛重くなっており指に力が入らないー。
「ふん。何を当たり前な事をー。1つ、教えよう。君達の弱点は、1つの事に執着してしまう事だ。執着は駄目だ。自ら1つの事に溺れ自身をも崩壊させてしまうのだよ。自然が人間にとっての驚異ではない。人間自身の心が最も驚異であり、破滅へと導くのだ。」
「お、お前は、元はジェネシスだろ…?破滅したのはお前自身の方じゃないのか…?」
リュウトは、既に全身の力が入らないー。喋れば喋る程、力が吸い取られていくー。コイツは悪魔なのだろうかー?それとも死神なのだろうかー?目の前の禍々しい怪物相手に為す術もなかった。
「いいや。それは実に滑稽な質問だな。吾輩は、破滅したのではない。自ら進化を遂げたのだよ。」
「な、何の目的で…?お前らだって、元は俺達と同じ目的だった筈だろ?何が、何がお前らをそうさせたんだ?」
レオンがカノンの死体を前に、涙を流しながら重い口を開いた。
「吾輩は、只、世界を美しく正しく有るべき元の状態に戻しているに過ぎない。間違いは正すのが筋ではないのかー?」
閣下は淡々と話すと、右手をカチカチ鳴らした。
「かはっ…。」
リュウトの意識は無くなりつつあった。身体だが岩の塊の様になっていく感覚を覚えた。
「さっきからずっと聞いてりゃあ、お前の言う事は全てがトンチンカン何だよ!何が美しく正しく有るべきだ?お前の言っていることは全て虚構で塗り硬められているだけだろ!」
レオンが、閣下を睨みつけた。彼の瞳孔は小刻みに揺れ、怒りの感情で満ち溢れていた。
「話はそれだけか…?実につまらぬ。話にならないな。」
閣下は、首をゆっくり振りながら、冷徹にそう言い放つ。
「君達は、今までのジェネシスの中で1番愉快だったぞ。しかと覚えておこう。」
そう言うと、閣下はカラカラと嗤いながら右手を二人に向けた。ふたりは、はっとし除けようとしたが、身体が動かなくなった。そして、二人は身体がみるみる重く呼吸も出来なくなっていく。頭がくらくらし意識も朦朧《もうろう》となる。とー、次の瞬間、血飛沫を上げながら二人の肉体は砕け、粉々になった。

「終わりましたか?閣下。」
閣下の後ろには、いつの間にか長身で黒髪の男が立っていた。
「ああ…。サイモン、待ちくたびれたぞ。吾輩は、そろそろ探索せねばならない。あとは、銀の歯車を探さねばなるまいな。」
閣下は、振り返らずに淡々と話す。
「銀の歯車は、100年前に創られた次元を、繋ぐ鍵の事ですかー?」
「ああ。サイモン・ベイカーよ。この世界は正しいと思うか?」
閣下は軽く窓の外の月を眺めている。その目は淀んでおり、どんよりとした重苦しい複雑な感情が入り混じっていたのだ。
「…いいえ。ここ200年程で人々は変り果てました。人々は、欲を求め後退したとしか…」
サイモンは軽く項垂れ、眼を細めた。
「その通りなのだよ。サイモン君。だから、正す。間違いを正すのに、躊躇などしてられん。それを阻む者はひとり残らず始末するのが吾輩のやり方なのだよ。」
「アストロンから新たにマシンを迎え入れますか?」
「いいや。奴等には待機する様に伝えといてくれ給え。いつでも機動できる様に万全な準備をしておく様にとな。」
「承知しました。閣下。閣下は、これからどうなされるおつもりですか?休みは取られた方がー。パンドラの泉も随分なくなってきている頃ではないですか?」
「…ああ。体力は明日に向けてとっておかねばなるまいな…。」
閣下はクラーケンの様な脚をうねらせ、もと来た道を歩き始めた。2人は、死体を後に廃墟の地を後にしたのだった。
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