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なんか外食だって

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 文月たちが降り立ったのは正門の前の大広場だ。広場の両側に巨大な彫刻から噴出す大きな噴水があり水音を響かせ賑やかさを後押しする。外周にはお昼に向けてだろうか、屋台がずらりとならんでおり呼び込みの声がそこかしこからあがっていた。大勢の人たちが行き交い、時に立ち止まり屋台を覗き、知り合いを見つけて笑いあい、生活していた。
 あぁ、ここでも人は生きているんだ。
 文月は異世界にもちゃんとここなりの生活があるんだと思った。
 僕もこの世界で生きてゆけるんだろうか?
 女になったのに生きてゆけるんだろうか?
 お城の人たちから見限られたら生きてゆけるんだろうか?
 文月はタルドレムの腕を自分の胸に抱え込むようにして抱きしめる。
 ぽんぽんとタルドレムは文月の腕を叩いた。
 文月はタルドレムを見上げた。
 吸い込まれるような黒い瞳が不安に揺れていた。

「安心しろ、俺がそばにいる」
「ホント?離したらやだよ?」
「ああ、離さないから安心しろ」
「絶対だよ?信用するからね?」
「まかせろ、一人にしない」
「一人にしたら泣くからね?」
「大丈夫だ、ずっと一緒にいよう」
「……うん」

 文月は力を抜いて腕を開放する。ゆるんだ手は腕をすべり落ちそのままタルドレムの手を握った。きゅっと力を込めるとタルドレムも握り返してくれた。もう一度きゅっと握るとタルドレムもぎゅっと返してきた。さらにきゅっとしてもぎゅっとしてくれた。
 きゅっ、ぎゅっ、きゅっ、ぎゅー。
 二人の目線が合わさりくすりと同時に笑った。

「よしっ」
「合格か?」
「うんっ合格」
「そうか、よかった」
「さあ、どこに連れて行ってくれるんですか王子様?」
「ではこちらへどうぞ、我が姫」

 二人でくすくす笑いながら歩く。
 タルドレムは文月の手をしっかり握り広場の中心へ向かって歩き出す。
 文月はタルドレムに手をしっかり握られながら異世界の住人達の中へ歩き出した。

「髪飾りにお花はいかがお嬢さん」
「よぉ!お連れさんにイヤリングなんてどうだい!」
「そろそろお昼!品切れになる前に買っていきなよ!うまいよぉ!」
「素晴らしい剣だね兄さん、俺に磨かせてくれないか」
「ちょっとお姉さん、あんたにぴったりの靴があるよ」
「はいよっおまけしておくねー」
「よっ兄貴!次の討伐までまだ日があらぁ!今のうちだぜ飲んでいけよ!」
「この串焼きあと3本で売り切れなんだ、買ってくれるんなら2本の値段でいいよ」
「熱いよ!あっつあつだよ!あったまるよ!」
「まあ飲んでおきなよ、飲んでおきなよ。飲み物がないと喉に詰まるよ」
「さあどうよ!安くしとくよ!うまそうだろ!」
「一山買ってくれたら1個おまけでつけるよ!」
「はい!いらっしゃい!いらっしゃいませ!」
「やっどうも!ありがとございます!」
「毎度ー!毎度ー!」
「さあさあ!さあさあ!」

 様々な売り子の声がいたるところから上がっている。文月たちにかける声もあれば目の前のお客とやり取りする声もある。タルドレムは慣れた様子で呼び子をあしらい人波を抜けてゆく。色々な食べ物の匂いが広場に広がり風が吹くたびに違う匂いがした。
 タルドレムは広場の中心に立つと文月を後ろから抱くようにしてゆっくりと振り向かせた。
 離れてもその存在感が圧倒的な聳え立つ城門。
 タルドレムが文月の後ろから城門を指差す。
 雑踏の中でも文月に聞こえるようにタルドレムが少し頭を下げ顔を並べる。
 多くの食べ物の匂いの中にいても分かるタルドレムの匂い。文月は自分からちょっと後ろに下がりタルドレムに背中を預けた。耳元でタルドレムが話す。

「知ってのとおりあれがラスクニア城の正門だ。そして正門の前にあるこの噴水大広場、ここから放射線状に5本の道が伸びている。城壁に沿った道沿いには公の機関や、まあ堅苦しい仕事関係の建物が並んでいる。正門を背にして」

 タルドレムは文月を抱えたままくるりと後ろを向いた。

「右側。こちらの区画に職人街や工房が、そして大通りに面した右側に商店が多い。左側は大通りに面している建物には同じように商店が入っているが、さらに左の区画は飲食店が多いな。そして残りの区画は……まぁいわゆる夜の街だな。住人たちはさらにその外側をとりかこむようにして居を構えている。だから朝は正門に向かう人波が、夕方には正門から遠ざかる人波が起きるな。もうすぐお昼時だからこの大広場には昼食をとる客を見込んで屋台がでているんだ。だから食べ物を売っている屋台が多いだろう。どうだ、何か食べてみるか?」
「うーん、タルドレムのおすすめってある?」
「そうだな……あそこに黄色い鉢巻をまいているオヤジの屋台が見えるか?あそこの鳥串はうまいな。それとここからだと噴水で見えないが、うまい肉の煮込みを売っている屋台がある。それから俺は食べたことがないがあそこの屋台、分かるか?いつも女性客が列を作っているから多分甘いものだろう。それとそこから数えて、……5、6件目の屋台が果物を扱っているが今だとベリーネが食べごろのはずだ。あとはトーケと言って薄く焼いた生地に希望の野菜や肉を包んでくれて売ってくれる屋台がある。希望を言えば辛さの調節もしてくれるぞ。それから……ん?」

 文月はタルドレムを見てくすくす笑っていた。

「どうした?」

 タルドレムも口元を緩め嬉しそうに聞いてきた。

「タルドレムがよく喋るからさ、僕まで楽しくなったよ。タルドレムが好きな素敵な街なんだね」
「そうか、それは良かった。フミツキも気に入ってくれたら嬉しいんだが」
「うん、タルドレムがたの」「おっと」

 タルドレムが文月の唇に指を当てて黙らせる。

「ルド」
「?」
「俺の名前は、ルド、だ」

 そう言ってタルドレムはにやっと笑う。自分の髪色と似た青いバンダナを巻いているせいでその笑顔はずいぶんとお茶目に見えた。

「あはは、分かった。ルドだね」
「そうだ。理由は分かるよな?」
「もちろん。うふふふ、ルドかー」
「いいだろー」
「うん、いいなー、僕も何か名乗ろうかな」
「フミツキはまだ顔も名前も知られてないだろう」
「そっか、残念」

 残念と言いながらも文月は楽しそうにタルドレムを覗き込みルドと口にしてみた。タルドレムも珍しく少し照れた様子でなんだよと返した。

「ちなみに貴族の三男坊で遊び人という設定だ」
「あはははっ遊び人なんだ」
「そうだ、遊んでるんだぞ」
「うふふふっじゃぁ僕は遊び人に引っかかったの?」
「その通り、お金ならもってるぜ」
「あはははっいやらしー!」
「悪いことしようぜ」
「あはははっ苦しいよ、じゃぁあの街もくわしいの?」

 文月はタルドレムが夜の街と言った方を指差す。

「あそこは俺の街だ」

 わざと悪そうにニヤリと口をゆがめるタルドレムに文月は腹筋が痛くなるくらい笑った。大笑いした後もタルドレムの腕にしがみつきおでこを押し付けてくすくす笑う。

「あー、お腹が痛くなったよ。ふふふ」
「笑ってのどが乾いただろう、何か飲むか」
「そうだね……、そうだグランの実のジュースってあるかな?」
「勿論あるぞ、よく知ってたな。こっちだ」
「うん、昨日リグロルに飲ませてもらったんだ」

 タルドレムは文月をとある屋台の前に連れてきた。

「グランを一つと、クコを一つくれ」
「あいよ。はい、グランはお嬢さんかい?はい、クコどうぞ。はい、ちょうどね、ありがとー。はい、カップはこっちに返してね」

 タルドレムはポケットから出した小銭を数枚店員に渡し木のカップを二つ受け取る。片方を文月に渡した。

「ありがと」
「ああ、気にするな」

 二人一緒に口をつける。

「ぷはー」
「もう飲んだのか?早いな」
「うん、意外と喉が渇いていたみたい。タルっんと、ルドのは何?」
「クコだ。興味があるならちょっと飲んでみるか?」
「うん、もらっていい?」
「構わないぞ」
「ありがとう」

 タルドレムのカップを受け取り文月は口をつける。一口飲むと文月の眉が寄り、舌が出た。

「うあ゛ー」

 奇妙な声を上げながら慌ててタルドレムにカップを返す。空になった自分のカップを急いで傾けて最後の一滴をすする。

「なにごれぇー」
「初めてだと少し飲みづらいかもな」
「あ゛ー、じだにのごるー」
「ははははは、体に良いんだぞ」

 可愛い顔を必死にゆがめ手足をパタパタさせる文月を面白そうに眺めながらタルドレムは平気な顔でクコを飲み干した。タルドレムは文月のカップも受け取って店に返す。

「もー、言ってよー!」
「面白かったろ?」
「たっ、ルドだけね!もう、名前叫ぶよっ」
「それは勘弁してくれ」

 タルドレムが手を差し出すと文月も自然にその手を握る。
 二人は手を繋ぎ、時々目をあわせ、笑い合いじゃれ合いながらまた雑踏へ入って行った。

「いい感じですっ、すごくいい感じです!」

 少し離れた屋台の陰に立っていた銀髪の女性が小躍りしそうなくらい嬉しそうな口調でつぶやいたがそれは誰にも聞かれることは無かった。

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 正門を背中側にして二人は大通りを進んでゆく。

「あれが焼き菓子を頼まれていたドリン亭だ」

 タルドレムが大通りの左側の店を指差す。見ればオープンテラスのお店があった。お客の出入りは多く、それだけで人気店なのだとうかがえた。

「買ってく?」
「後にしよう、荷物になるからな。片手もふさがっているし」
「え?あっ」

 今更気がついた文月は頬を染めて手を離そうとする。
 タルドレムは文月が意識しないように上手く支えていたので手を離せば文月は当然ふらつく。
 離そうとしてふらつき、握られて立ち直り、再び離れようとして結局タルドレム側によろめいて受け止められた。

「気にするな」
「あぅ……気になるよ……、ルドはどうして気にならないのさ」
「何が気になるんだ?」
「えっと、ほら……ぉと、こ、と手を繋ぐなんて……」
「ん?誰が男だ?」
「ぐっ……ぼ……く……」

 タルドレムは少し困ったような顔をして微笑んだ。

「ふむ……、まぁ気にするな。フミツキはまだ一人で上手に歩けないから俺が支えているだけだ。歩けるようになったら離せばいい」
「……うん、そう……だね。ありがとう」
「……うむ、さて、そろそろ何か食べるか。そこの角を曲がって二本裏なんだが、上手い料理を出してくれる店があるんだ」
「ルドのお気に入り?」
「そうだな。料理は気に入っている」
「ねぇ、思ったんだけど、ルドは結構頻繁に街に出てくるの?」
「そうでもないぞ」
「けど詳しいよね?」
「それなりにな」
「ふーん……いいの?」
「何がだ?」
「ほら、その、ほら、ルドの立場的にそんなにうろちょろしていいのかなーって」
「あー、まぁ……な」

 珍しくタルドレムが言いよどんだ。そんなタルドレムを見て文月はくすっと笑う。

「分かった。追求しないよ。三男坊の遊び人だもんね」
「うむ、そうしてくれ。今ちょっと冷や汗をかいた」

 タルドレムの少々とはいえたじろぐ姿を見て文月はおかしくなった。
 文月に弱点を知られたはずのタルドレムも心底困ってはいなかった。言いくるめることは当然出来ただろうが文月に対して取り繕うような事はしたくなかったのだ。
 弱みを知り、知られてちょっと距離が近づいた二人はタルドレムお勧めのお店の扉を開けた。
 お昼時ということもあって店内に空いたテーブルは無かったがタイミングよく二人席が空いたのでそこに着く。
 石と木でくみ上げられた店内は古いが温かみがあった。満員の店内は手狭だったがそれも印象が良かった。
 大勢の食事の音と話し声、笑い声も店の装飾の一つだった。

「はいいらっしゃいごめんよすぐに片付けるからね!」

 恰幅のいいおばさんが手際よく前の客の皿をトレーに積み上げテーブルをふきあげる。

「肉料理は一皿300ギルのと500ギルのと800ギルのだよ。飲み物は別よ」
「500を二人分。飲み物はストラト二つ」
「はいよ。ちょっと待っとくれ」

 慣れた様子でタルドレムが注文するとおばさんは皿を積み上げたトレーを片手でバランスよく運んで行った。

「賑やかな店だね」
「そうだな。この時間帯は特にだな。こういう店は好きか?」
「うん、好印象だよ」
「そうか、よかった。もしかして広い店のほうが好みかもしれないと思って少し気にしてたんだ」

 店の扉が開いてまた客が一人入ってきた。
 その人物を見て誰もが一瞬ぎょっとした表情を見せた。
 大きい男だった。
 身長は2m近くあるだろう。それに加えて盛り上がった筋肉が服を押し上げているのが分かった。何より目を引いたのはその男が目元まで隠れるような兜を被っていたからだ。こちらから見えるのは固く結んだ口元だけ。
 本人にそのつもりはないのだろうが、店内の空気の圧力が上がった錯覚すらする身体の持ち主だった。
 全員が思った。只者じゃない。
 男は店内を見回し空いた席が見当たらないと判断したのか腕を組み動かなくなった。
 出入り口の前、仁王立ち。
 店内は一瞬静かになるが男が何をするでもなく立ったままなのを確認すると各々の会話に戻っていき、場は再び会話と食器の音に満たされた。

「ちょっと兄さんそこじゃ誰も出入りできないよこっちに来ておくれ!」

 先ほどのおばさんが物怖じすることなく男に呼びかける。
 男は素直に呼びかけに応じカウンターの一番端に厨房から出された臨時の椅子に腰掛けた。本人も自分の大きさを気にしているのか肩をすくめて席に着いたが、その太い腕は隣の客をぐいっと押していた。

「お待ちどう1200ギルだよ」
「ああ、ありがとう」

 結構なボリュームの肉料理と飲み物が2つ、どん、どん、と文月たちのテーブルに置かれた。タルドレムがお金を渡す。

「熱いうちに食べとくれ」

 にっこり笑ってお金をエプロンのポケットに突っ込み、おばさんは追加注文のテーブルに移動した。

「さて、食べるか」
「うん、いただきます」

 お行儀良く文月は合掌してからナイフとフォークを持つ。タルドレムはそんな文月に何を思ったのか真面目な眼差しで見つめていた。
 文月とタルドレムが出された料理を一口食べ、お互いにそのおいしさを口にしようとした時、店の扉が乱暴に開けられた。
 入ってきたのは三人組。
 一目で分かった。全員酔っている。

「おぉ!うまいって聞いてたのに座れねぇじゃねぇかよぉ!」
「おいてめぇらどけよぉ!」
「なんなら俺が食わしてやろうか!」

 店の入り口に一番近いテーブルの客に早速絡み始めた。

「ちょっとあんたら!騒ぎを起こすんなら出て行ってもらうよ!」

 カウンターの向こうから身を乗り出して、おばさんが本気の怒鳴り声を出す。

「ひっひぃ~!こえぇよぉこえー!」
「ほらみろ!おめぇのお行儀がわりぃから怒られただろう!」
「てめぇだよてめぇ!」

 げらげら笑う三人組は一応、他の客に絡むことなく立っていたがでかい声の会話は、女の尻がとか胸とか、昨日の女はどうだったとか下世話な話ばかりだった。

「すまないなフミツキ。あまりあのテは来ないんだが、時期が悪かった」
「うん、まぁ、ルドのせいじゃないし」

 文月は嫌だなぁと思いながらもタルドレムとの食事に戻ろうとした。

「おい見ろよ!上玉がいるぜ!」
「ひょーっ!ねぇちゃん俺のはでかいぜ!」
「おい兄ちゃん!代金払ってやるからそいつよこしな!」

 気がつけば店内の女性客は文月一人で三人組は文月に目をつけたのだった。
 タルドレムが静かにナイフをフォークを置く。動作は優雅だったがその裏に燃え滾る怒りがあるのを文月は感じた。
 ゆっくりタルドレムが立ち上がる。

「おうおう!兄ちゃんやる気かよ!」
「いいねぇいいねぇ!女の前で泣き面かかせてやるぜ!」
「てめぇも剣を持って、ぶっ!」

 三人目の男が更に挑発しようとした瞬間、顔面を鷲づかみにされた。
 掴んでいるのは先ほどの兜の大男だった。
 店の一番奥に座っていたにもかかわらず入り口付近までの移動は物音一つ立てず、気づいたものもいなかった。大型の肉食獣が無音で獲物に近づき一瞬で牙をたてたような印象だった。

「なんだてぐっ!」
「おらぁぐぼぉ!」

 左手で顔面を掴んだまま、右手で一人の顔面をぶち抜き、もう一人を浮かぶほど蹴り上げた。
 瞬く間に二人が昏倒する。

「がああぁあぁああぁ!!!」

 顔面をつかまれた男がそのままゆっくりと持ち上げられる。男は叫び声を上げながら自分を掴んでいる腕にしがみつくだけだ。首が抜けそうになり反撃する事すら思いつかないようだ。

「行儀悪いな」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!すいません!すいません!すいません!すいまぁー!……」

 水泳選手と叫びながら顔面を掴まれていた男も失神した。
 兜の男は気絶した三人の男を軽々と担ぐとそのまま扉を開ける。

「いい男だねぇ!あんたまた来ておくれ!」

 おばさんがその大きな背中に声をかけると店内の客からもわぁっと喝采の声があがった。
 兜の男はその声に特に応えず悠々と出て行く。全員の注目を集めるその背中は頼りになる背中だった。

「ふむ……」

 立ち上がったタルドレムが複雑な表情をしながら座りなおした。

「はぁ……びっくりした」
「すまない。不愉快な思いをさせてしまったな」
「ううん、大丈夫だよ」

 大丈夫と言っているが文月の手は細かく震えており料理が上手く刺せない。何とかフォークに肉を刺したが結局文月は口に運ぶことはしなかった。
 くそっ!運の廻りが悪すぎる!
 文月の動揺を見てタルドレムは歯噛みした。
 自国の街を民を、ありのまま見てもらおうと思い、ガラの悪い店や地域には近寄らないようにしていたのにまさか最初から絡まれるとは運が悪すぎる。
 全ての人間が善人なんてありえない。人は生きていく上で他人に言えない様な行為や身内には知られたくない事実など持つだろう。綺麗ごとだけでは生きていけない。そんな事はこの歳になり施政にも拘れば嫌でも理解する。いずれはフミツキにも国の汚点に分類されるような事実も知ってもらわねばと思ってはいたが何も最初からコレは無いだろう。
 文月の怯えや萎縮を取り除くにはどうしたら良いだろうとタルドレムは必死に考える。一瞬このまま城に戻ろうかとも思ったが、それでは悪印象を持ったまま安全圏に逃げ込むことになる。そして第一印象は時間が経てばたつほど強固になり、記憶に残るだろう。それだけは何としても避けなければならない。
 タルドレムは続行を決意した。

「食欲がなくなってしまったな」

 文月が飲み物だけちびちび飲んでいるのを見てタルドレムも食べるのをやめた。

「あはは、うん、ちょっとね……」

 争いごととは無縁の生活と環境で生きてきた文月にいきなり下劣な意思との接触は刺激が強すぎた。なによりあの男達の視線は自分を性欲の対象として見ていたのを肌で感じてしまった。
 ぞっとした。
 過去に自分も魅力的な女性をあのような視線で見てしまっていたのだろうか。
 好きなタイプの男性は?という質問に多くの女性が優しい人と答えていたのがすごく納得できる。あの三人組を見た後だと優しくないましてや乱暴な男なんて願い下げだ。
 男ってみんなあんなんだったっけ……。
 ふと視線を上げるとこちらを心配そうに、しかしまっすぐと見つめているタルドレムと目が合った。
 そういえばタルドレムも男だったな……。
 表情こそ苦笑を浮かべているがその裏に文月を本当に心配しているのが見えた。
 この人は僕をどう見ているんだろう?

「フミツキ、少し歩こうか」
「あ……うん。ご馳走様……」

 半分ほど残してしまった料理をもったいないと思いながらも文月はタルドレムに促されて席を立った。

「またきておくれ!」

 元気なおばさんの声に振り返り、文月は会釈をしてからタルドレムと店を出た。
 日はまだ高く街は広かった。

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 文月たちがいなくなった店内で今の美少女はだれだと客たちが尋ねあうが当然知るものはいない。
 一人が女将さん知らないかいと尋ねたが当然初顔だ。

「しかし可愛い子だったねぇあたしの若い頃にそっくりだよ!」

 驚愕のうめき声を上げた客をおばさんがトレーでひっぱたいた。
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