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なんか魔物だって

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 廊下は文月の部屋よりも寒かった。ひやりとしているが清潔感あふれる空気が頬をなでてゆく。磨かれた石の廊下はその上に長い絨毯が敷いてあった。柱ごとにたいまつのような物が突き出しており明るく見通しはいい。
 角を何度か曲がり、階段を2つ下りてさらに廊下を曲がった時点で文月は帰り道を覚えるのを諦めた。振り向けばリグロルが付いてきていたので帰りは一緒に帰ってもらおうと思ったのだ。
 更に何度か階段や廊下を経由した後、三階くらいまで吹き抜けている大きなロビーに出た。メイドが数人待機しており、歩いているタルドレムに外套を掛け弓と矢筒を渡し一礼し離れた。
 タルドレムが文月を支えながらゆっくりと大きな扉へ向かう。説明されなくても分かる。あの馬鹿でかい扉が外への扉だろう。
 扉の両側に控えていた二人の兵士と思われる人物達が、二人掛りで扉を押し開けた。
 城内よりもさらに冷えた空気が、ごおっと入り込んできて文月の長い髪を後ろに引き上げる。
 扉の隙間から飛び込んできた風は、隙間が大きくなるにつれ穏やかになり、タルドレムと文月が並んで通れるくらいにまで開かれると文月の髪をもてあそぶことをやめた。
 慎重にタルドレムは文月をサポートし外へと誘導する。
 異世界での初めての屋外。その一歩を文月はゆっくりと踏み出した。
 びっくりするような風景ではなかった。
 刈り込まれた芝生が広がり色々な種類の木々が植わっていて、それらはちゃんと剪定されていた。花を咲かせている木もある。花壇も作られており花は色別に集められ派手さは無いが綺麗に咲いていた。
 外はまるで手入れの行き届いた公園のようである。

「城門まではこれで移動しよう」

 タルドレムが目の前やってきた馬車のようなものを指した。
 あぁここは前庭なんですね、そうですね。
 門まで馬車で移動とかどこの城だよラスクニア城だよ。
 馬車に乗り込みながら文月はちらりと馬を見た。
 文月が知っている馬より脚が多かった気がした。気のせいじゃないんだろうな。
 リグロルとタルドレムのメイドたちは後ろの馬車に乗り込んだのでこの馬車にはタルドレムと二人きりである。
 タルドレムが御者に声をかけると馬車は動き出す。
 ガタガタと意外に揺れる。
 窓に手をかけ庭を眺めながら文月は今更ながら広いなぁと思う。
 きょろきょろと外を見回す文月の仕草が可愛らしくてタルドレムは声をかけようかかけまいか迷う。
 が、すぐに馬車からは降りるのだ。文月のこんな姿を見られるのは自分の特権だと思い微笑ましい気持ちで文月を眺めていた。
 しばらくすると前方からガラガラと大きな音が響き、跳ね橋が向こう側へ倒れてゆくのが見えた。
 がったんがったんと跳ね橋の上を渡りきったところでタルドレムは馬車を止める。
 先に自分が降りて文月に手を差し伸べた。

「大丈夫だ、ゆっくりおいで」

 別にびびっているわけではないが文月はタルドレムの手をとりそおっと馬車から降りる。
 片手でタルドレムの手を取り片手でスカートをちょっと持ち上げてすそを踏まないようにした。
 スカートめんどくさー。
 のどかな田園風景が広がっていた。
 振り返ればラスクニア城の後ろには山が聳えていた。山は切り立っており天然の城壁にもなっているのだろう。
 その険しい山の中腹辺りに鳥が飛んでおり、ゆっくり動いている雲が時折その姿を隠したりしていた。

「がっははは!よう王子!女連れで弓が引けんのかい!」

 跳ね橋を10人程の男たちが渡ってきた。
 いずれも同じ弓矢に剣、制服を身に着けており、軍か警備の人たちだろうなと文月は予想をつける。

「無礼な口は無し。俺の后候補ですよ」
「がっははは!あんたがそうか!俺は三番隊、隊長のペギルトスだ!よろしくな!」

 先頭を歩いてきた屈強な男が自己紹介した。見るからに歴戦の兵士といった印象を受ける。髪は短く刈り込んでおり他の兵士達よりも大きな弓を持っていた。

「俺の弓の教師でさ。幼い頃から仕込まれたもんだから今でも頭が上がらないんだ。口が悪いけど勘弁してやって」
「がっははは!俺はいつでも礼儀正しいだろうが!なぁ?」

 ペギルトスは振り返って隊員達に同意を促すが全員笑いながら首を横に振った。

「がっははは!まあそういうこった!」

 どういうこった。

「あはは。初めまして文月です。よろしくお願いします」

 とりあえず文月は頭を下げて自己紹介する。
 文月の可憐さに隊員達からほぉ…とため息が漏れる。12人に見られて、もじっとする仕草が隊員達の庇護欲をさらにくすぐる。

「がっははは!弓引きが射抜かれるなんて笑い話にもならねぇ!おいやるぞ!」

 隊長の一声に全員がきっちり気持ちを切り替えすぐさま陣形をとった。
 ペギルトスが矢をつがえて止め、タルドレムの方に顔だけ向けた。

「がっははは!そうだ王子!一番弓を引かせてやるぜ!」
「いや、いいよ」
「がっははは!姫さんの前だ!いいとこ見せてやんな!」

 見ると隊員達も弓を下に向け王子に出番を譲るつもりのようだ。

「がっははは!姫さんも王子に何か言ってやんな!こういうときの一言は効くぜ!」

 何がどう効くのか分からないがペギルトスのでかい声に押されて文月はタルドレムに声をかける。

「えーっと……頑張って?」

 文月が胸の前でグーをつくりぐっと握りこむと隊員達から、わっと声が上がる。
 タルドレムは苦笑しながら弓を持つ。すぐにリグロルがやってきて文月の手をとり後ろに下がらせた。

「流石にまだ届かないよ」
「がっははは!まだまだだな!見てな!」

 そう言ってペギルトスは弓をつがえて山の方に向けた。
 矢が飛ぶであろう方向を文月も自然と見る。
 先ほど山の中腹を飛んでいた鳥達が近づいてきており、どうやらペギルトスはその鳥達を狙っているようだ。
 え?鳥?
 文月が先程鳥だと思っていたものはなにやら鳥とは言いがたいシルエットをしていた。
 まるで太い蛇に翼が生えたような姿をしている。

「あれがワイバーン?」
「そうです。今回は中型よりも少し小さめですね」

 文月の疑問に隣のリグロルが答えてくれた。
 ペギルトスは弓を引き絞る。腕と胸の筋肉が盛り上がり弦がびきびきと音を立てる。
 しかし獲物の形状が辛うじて認識できるようなこの遠距離で弓という武器がどれほど有効なのか。文月がそんな事を思ったとき。
 ドン!
 重低音の発射音を響かせペギルトスが矢を放った。文月はその音にびくっと体を震わせ思わずリグロルにつかまる。
 間があり一匹のワイバーンが落ちるのが見えた。遠くなので落下速度も遅く感じる。
 ギャーという断末魔が更に遅れて小さく聞こえた。
 弓じゃなくて対空兵器だよ、と文月は感心するより呆れた。
 ペギルトスの一撃でこちらを敵と認識したらしく残りの5匹のワイバーンが雄叫びを上げながら向かってきた。

「がっははは!こうだ!さあ撃て!」
「まだ遠いって」

 ペギルトスが打ち落とした距離から半分ほどの距離になったときにようやくタルドレムが弓を構えた。
 その姿は……あらま意外とたくましい。
 ビュン!
 こちらは常識的な音を響かせて弓矢を飛ばした。
 タルドレムの矢もワイバーンに当たった。が、当たった個体はガクンと一瞬落ちたがまだ辛うじて飛んでくる。

「がっははは!よし!王子の獲物以外は打ち落とせ!撃てえ!」

 ペギルトスの号令と同時に隊員達が矢を放ちワイバーンの群れに突き刺さる。
 叫びながら落ちてゆく4匹のワイバーン。
 一瞬で残りはタルドレムがしとめ損ねた1匹になった。

「俺、格好悪くない?」
「がっははは!格好悪いな!」

 文月はタルドレムがからかわれているみたいで面白くなくなった。
 もともと誰かの失敗や不出来を笑いものに出来るような性格ではないのだ。
 これがタルドレム以外の人が対象になっていてもやっぱり不愉快になっただろう。
 先ほど自分の感情をきちんと受け止めてくれた人物がネタにされているのだ。
 文月の顔が不機嫌になる。

「僕も撃つ。かして」

 そう言って文月は返事も待たずに弓をリグロルの背中から外す。
 リグロルは止めることはせず、矢筒から矢を取り出し文月に渡した。

「んー!」

 文月は一生懸命弓を引く。女になって筋力が極端に落ちたらしく弦がすごく硬く感じる。
 その姿に気がついた隊員達から失笑が漏れた。
 そもそも弓の引き方も矢のつがえ方も狙いの定め方も構えも何も知らない文月にまともに出来るわけが無い。
 リグロルが文月の背中に回り小声ですばやく的確にアドバイスをする。

「んっ!」

 文月は思い切り弦を引き矢を放したが可愛らしい掛け声に合わせた様に、矢は数メートル先にポトンと落ちた。
 隊員達からは暖かい声援や励ましの声が上がる。
 文月の不機嫌度がさらに増した。

「フミツキ様。今の筋力では無理です。魔力を込めてください」
「どうやって?」
「糸を思い浮かべてください」
「糸?布を縫うときとかに使う糸?」
「そうです。魔力を糸だと思って矢に巻きつけてください。こうクルクルと」

 そう言ってリグロルは指をくるくると回す。
 文月は言われるまま矢を持ち糸を持っている事を想像して巻きつける動作をしてみる。

「魔力が出ていません。お歌いになるのは強力すぎるので小声で何かをおっしゃりながら巻きつけてください」

 呪文みたいなものかな、と思いながらも文月はテーブルを砂にした事を思い出しながら小さく声を出した。

「ぁー……」

 そのまま糸を矢に巻きつける動作をする。

「これでいい?」
「結構です。もう一度弓を引きましょう」

 言われるまま文月は弓に矢をつがえて引く。

「んっ!」

 先ほどとまったく同じ様に矢が放たれた。
 隊員達から残念そうな声が上がる。
 矢はやはり同じように数メートル先に力なくぽとりと落ちた。

 ドゥン!

 矢が落ちたところを中心に地面が陥没、いや消滅した。
 かなりの深さの穴だ。
 少なくとも文月の立っているところからは底が見えない。
 文月は、またやっちゃったと思い顔が引きつる。
 隊員達も顔面蒼白になり動きと思考が止まる。

「お見事です」

 リグロルだけがものすごくいい笑顔で文月の両手を取る。
 人目につかない場所だったら文月を抱き上げて高い高いくらいはしそうな勢いである。
 きゃっほー。

「さあ、もう一度です。その矢をタルドレム王子にお渡ししましょう」

 リグロルは急かすくらいの勢いで文月に新しい矢を渡す。もうにっこにこ。

「ぁー……」

 いいのかなーと思いながらも先ほどと同じように文月は砂になったテーブルを思い出し見えない糸を矢に巻きつけた。

「できました……」
「ではタルドレム王子にお渡ししてきます」

 そう言ってリグロルは文月から矢を受け取ろうとした。

「あ、自分で渡すよ」

 文月はリグロルに支えられながらタルドレムに近づき矢を手渡す。

「あの……頑張って」

 先ほどと同じ言葉の応援だったが、タルドレムの心には遥かに強く響く。

「ああ」

 誇らしげに笑いタルドレムは空中の魔物に目をやる。
 リグロルは文月を支え数歩離れた。
 タルドレムが弓を引き絞る。ワイバーンが耳障りな威嚇声を上げながら周囲を旋回する。
 ビュン!
 矢が放たれる。文月の魔力が込められた矢がワイバーンに当たった瞬間、重低音と共にワイバーンに穴が開いた。穴から空が見える。
 断末魔をあげることすら許されず、体の中心部分が消失したワイバーンはしなびた風船のようにぐだぐだになって地上へ落ちていった。

「がっははは!とんでもねぇ姫さんだな!」

 ペギルトスの声をきっかけに隊員達から、うおぉと歓声が上がった。

「ニムテクから話は聞いていたけど実際見るとすごいね」
「流石はフミツキ様です」
「あは……あは……」

 周囲は手放しで喜んでいるが文月はどうしても気になってしまうことがあった。
 そんな文月の思案顔に気がついたリグロルが声をかける。

「フミツキ様、何かお気になることでもございますか?」
「あ…うん」
「魔力の使いすぎ……では、ございませんね」

 文月は黙って指をさす。

「あれ、どうやって埋めよう……」

 自分が開けてしまった大穴を気にしていた。

「がっははは!俺の隊で後始末はしておいてやるぜ!おい!半分は穴埋め、半分はワイバーンを剥ぎに行くぞ!」
「えっ?良いんですか?」
「がっははは!気にするな!面白いもんを見せてもらった代金だ!なぁ?」

 えー、という不満声が隊員達から上がったが、上げただけで行動はすばやかった。
 すぐに穴をふさぐ班とワイバーンの後始末の班に分かれて動き出した。

「剥ぐってなに?」
「魔物の体内には時々魔石が含まれていることがあるんだ。それを回収しに行くのさ」
「ふーん……僕も行ってみて良いかな?」
「構わないけど……あまり面白い光景ではないよ」
「そうなの?」
「首を切り落としたり、頭蓋骨割ったりするからね」
「うえぇ……」

 ゲームのように死体は勝手に消えて宝箱が出現するというような事はないらしい。文月にグロ耐性は無い。ここはお姫様特権で辞退してもいいかも。

「やっぱりいいや……穴埋め手伝うよ」
「できること無いと思うよ」
「うぐっ……」

 タルドレムの言うとおりである。そもそもドレスを着ているのに土木作業とか無理な話だ。

「それではフミツキ様一旦お部屋に戻りましょう」
「あー……うん……」

 この場にいても出来ることはない。
 文月が穴埋め班に近づきお詫びの言葉を述べると全員がいやいやいやと言いながらでれでれな表情をし作業スピードが上がった。
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