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第1章 異世界転移編
第9話 衝突
しおりを挟むもう日が落ちて結構な時間が経っただろう。
部屋の外が不気味な位、静かだ。
今日奇襲されるとしたら、俺は何か抵抗する術を持っているのか?
この世界に来て覚えた戦闘手段は二つ。
一つは魔法。
だが、これは論外だ。
確かに魔法の仕組みについては今日の授業で理解したが、それだけで、実際に使用の講習は受けていない。その上、俺には魔素が全くない。付け焼き刃でどうにかできるレベルとは到底言えない。
二つ目は剣術。
しかし、残念ながらこれも話にならない。
騎士団長のオッサンと練習をしたが、赤子の様に扱われた。そして、そもそも今、剣など持っていない。
また、二条院を初め、戦闘系の天職を持っていれば、初めて扱う技術でもある程度使いこなす事が出来るだろう。隆雅達がいい例である。
――しかし、俺は研究者だ。この状況をどうにか出来る程の技術は、持ち合わせていない。
よって、戦う術は何一つない。
なら、俺は襲いかかってくる敵に何も出来ないまま連れ去られるのか?
……いや、あるにはある。
俺が使える加護【増殖】が――
しかし、一度も使った事はない。
使い方についてはどういう仕組みか分からないが、頭の中に浮かび上がる。
これは、命ある物には使えないらしい。創造物……例えばこの椅子なんかはどうだ?
目の前にある椅子に手を向けた。
すると椅子は、頭に浮かび上がったのと全く同じように二つに増えた。
増えた椅子と、元の椅子を見比べてみると瓜二つだ。近寄り、実際に手に触れてみても違いが全く分からない。完全なコピーと言えるだろう。
続けて、その増えた二つの椅子に再び増殖をかけた。
すると、二つの椅子はさらに四つに増えた。
効果についても、使い方同様分かってはいたが、実際使ってみた感想としては、手品のような力、と言ったところだ。出来ると凄いが、戦闘上使い道はあまりない……そんな印象である。
なんせ、この力一つじゃ今の俺にはどうする事も出来ない。
今ざっと思いついた使い方をするにしても、相手の攻撃に対して対応する形で行う為に必ず後手に回る事になる。
不味い。
今日襲われた時の対応のしようがない。
この広い城を利用して逃げるか?
いや。城について詳しく知っているのはこの国の奴らだ。俺が逃げた所で必ず見つけられるだろう。
だとすると、どうするべきだ?
――考えろ。
あいつらは俺をこっそりとこの国から消したい。国民の目があるために大事にはしたくない。
そうか。あいつらは俺に睡眠薬をわざわざ飲ませようとしたんだ。襲ってきた時に俺が起きてさえすれば、あいつらも俺が叫んで助けを呼ぶ事に考えが至るだろう。そうすれば、中断せざるを得なくなる。
何も考えるような事ではなかった。
ただ起きておく――それだけで身の安全が保証されたのも同然、という訳だ。
勝ちを確信して増えた椅子の一つに深々と腰をかけた。
◇
――まずいな。
あれから3時間は経ったか?
俺は少し前から急激な眠気に侵されている。流石に睡眠薬の効果を甘く見すぎていた。
眠気は時間が経つ事にどんどん強くなってきている為、これよりさらに酷い状況になるだろう。
これは意思とかでどうにかなる問題ではない……
今にも……意識が……
〈?side〉
「準備は出来たか?」
これから行われる作戦における先導となる部隊のリーダーを務める男が、他のメンバーに準備の確認を取っていた。
「心配しなくとも大丈夫だ。目標は既に眠っている時間らしいからな」
リーダーの男が自分の仲間を安心させるようにそのようなことを言っている。
お前達が失敗した時の後始末をするオレらからしてみると、面倒極まりない話な訳だがな。
こんな小さな部屋に10人もいる事もあり、窮屈で仕方がない。
あの無能そうな連中の中のたかが一人相手に、先導部隊五人、魔道士五人を集める必要があると思っているのか? あの国王は。
「よし。そろそろ時間だ。先導部隊行くぞ!」
リーダーの男がそう言うと、仲間4人を連れて部屋から出ていった。
打ち合わせ通りなら、この部屋を出たあとアイツらは城の外に出て、目標の部屋の窓付近にまで跳んで中に入り、目標を確保。その後、運び出す事になっている。
窓の近くにまで跳ぶというのは暗殺者をやっているアイツらなら出来るんだろうが、窓から入るという意味では飛行魔法が扱える俺の方が向いていただろう。
なら何故、指示を出した国王はオレら魔道士を使わず、あえてこの城の中に残らせたのか。
それは、もし目標に睡眠薬が効いておらず、逃げた場合、迅速に対応出来るのが魔道士であるオレらだけだから……らしい。
窓からわざわざ先導部隊に入らせたのも逃げ道を城側に向ける為らしく、城の中に逃げた相手を的確に捉え、攻撃するというのがオレらの仕事である。
だが、睡眠薬を作ったのが誰かあの国王は知っているはずだ。
それが、このオレ魔道士長ライト=デスペンダーだということを――
「魔道士長。そろそろ……」
副魔道士長が、言い辛そうに俺へ話しかけた。
こいつは俺の話を素直に聞き、空気を読める優秀な部下だ……ババァであるがな。
……そうか。もうそんな時間か。
先導部隊が行って、暫く時間が経ってから俺達も目標の部屋に行くことになっている。これも国王の指示で万が一が起きないためらしい。
「分かった。オマエらもついてこい!」
オレはそう言うと部屋から出て、目標の部屋へと真っ直ぐ向かった。
部屋の前に辿り着くと部下の一人が部屋の鍵を開け始めた。
部屋には鍵をかけることが出来るが、基本的に全ての勇者の部屋共通の鍵がある故にそんな物は無力だ。
乾いた鍵の開く音――部下が無事に開けたという合図を確認して、いよいよ突入となる。
中へ入ると同時に部下の一人が部屋の電気をつけた。
「なっ……!」
思わず声を出してしまった――
部屋の扉を開けると、そこには戸惑って動けない様子の先導部隊五人と、笑いながらそいつらを見ている目標が立っていた。
〈日影side〉
俺は今、椅子に座り、目を瞑っている。
窓から侵入してくるにしても、何らかの方法でこの部屋の様子が分かるとしても、俺が眠った振りをしていないと、睡眠薬が効いていないと考えて強行突破し、即座に拘束される可能性がある。
そうなれば、俺がどうしようと状況は変わらない。
なので、俺がするべきことは寝たふりをすることだ。
電気をつけ、目を瞑り、気づかないうちに寝ていたという状況を演出する。
ん? この音は……窓の開く音か……
部屋に入ってくる気配は1、2……分からない。
しかし、入ってきた奴の一人が俺を連れ去ろうとしていることは分かる。恐らくこいつらは暗い場所でもある程度見えるように訓練しているんだろう。
目を開く。本来ならほとんど何も見えないだろう。だが、長く目を閉じた暗闇の世界にいたこともあり、星の輝きだけで周りがある程度見える。
そこには全身黒の服装……映画などで見る暗殺者の格好と言ったらいいだろうか? そんな格好をしている者が五人もいた。
「お前! 何故……くっ! それは!」
反応が大きすぎる気がするな。
そいつらの様子を見る限り、余程俺が起きている事に驚いているらしい……
いや、違うか。
驚いているのはこれか。
自分の左腕を改めて確認した。
骨は潰れ、へらべったい奇妙な形に変形しており、色は青紫に変色していた。
「お前!それは何をやったんだ!」
暗殺者のような奴の一人が俺に怒鳴るように尋ねてきた。
こっちが聞きたい。お前達は何をやったんだ。ここはビルの3階くらいの高さだぞ……
「自分で潰したんだよ。 お前らがくだらない事をしたせいでな」
「痛みを感じないのか!」
さっきとは別の奴が口を開いた。
「痛いに決まっているだろう? 今、こうしてお前達と話している事が不思議な位痛い」
そうだ。痛い。一周まわって笑ってしまいそうになる程に痛い。痛さで意識を失う程に痛い。痛い。
だが、殺されそうになっている状況でそんな物に構っている暇はない。
「お前達が何故ここに来たのか。俺に何をしたのか。何をしようとしているのか。全てを理解している。お前らも俺を殺す事は許されていないんだろう?
今、俺に危害を加えようとすると大声を出す。そしてそれは、俺の仲間をを呼ぶ事に繋がるぞ?」
勿論嘘である。
俺が助けを求めた所で誰も助けは来ない。
いや、月光とその友達がいるのか。
こいつらが驚いているのを見る限り、こいつらと出会っている事は無いのだろう。
すると、部屋の外で見張っているのか?
なんせ、考えていた通り、こいつらは戸惑い、手出しできずにいる。
こいつらが俺の手の様子に気付いたことで、予想通りこいつらが暗闇でも見えていることが分かった。
そのため、自分たちがいながら暗闇に乗じて逃げられる、という事態は考えていないようだ。故に俺を逃さないように見張るということがこいつらの選択になるだろう。
これなら明日まで生き延びる事が――
「なっ……!」
急に部屋の電気がついた。
声のした入口の方を向くと、召喚された時に見た金髪黒ローブの魔道士に、講習をしていた女と他に三人の魔道士がこちらを驚いたように見ていた。
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