悪役令嬢にならないための指南書

Lesson.6 自分たちで紡ぐ物語

138．フレエシアの覚悟2

「オレと結婚してください」

真面目な顔を崩すことなくそう言って、ディナルドはまるでフレエシアの人柄のように爽やかなグリーンダイヤモンドが煌めく指輪を差し出す。
ディナルドの後ろでは、ヴィオラが満足げに微笑みを称えていた。
反対に唖然とした表情のまま止まっているフレエシア。

「わたくし、もう誰とも結婚をしないから、あなたたちが結婚してくれるととても助かるんですの」

「え？　それはディナルドが次期当主になるということですか？」

「違うわよ。次期当主はわたくしがなるわ。お父様とお母様、もちろん陛下にも相談して決めたことなの。
ディナルドはユーネル侯爵になって、魔法騎士団の初代団長となるのよ。あなたは、この結婚を受ければユーネル侯爵夫人ということになりますわね」

ユーネル侯爵はルーナノワ公爵が持っていた爵位の一つで、もともとディナルドが叙爵をする予定だったもの。今回の婚約の話は、もちろんディナルドの父親であるルーナノワ公爵も承知の上で話が進んでいる。知らなかったのは、張本人であるフレエシアのみということになる。

「それで、この結婚には私の大きな覚悟がいると……。どのような条件なのでしょうか？」

徐々に冷静になってきたフレエシアは、この結婚話がただ好きな男と結婚できるというだけのことではないのだと気づいた。

「あなたたちの間に生まれた第一子を、わたくしに育てさせてほしいの。その子がわたくしの次の公爵となるわ。男の子でも、女の子でもね」

よその家門へと嫁いだフレエシアが子どもを産んだ場合、男の子が生まれる可能性もある。その場合は男の子でも秘密の名前“ユニカ”を継がせて、次期当主として育てるつもりだと言うのだ。もちろん、女の子だった場合も同様だ。
ヴィオラは以前から自分が政略結婚を強制され、本当に愛するパートナーを見つけているフレエシアが結婚できないことに理不尽さを感じていた。ただ、現実問題として、後継ぎ問題というのは解決しておかなければいけなかった。そこで、苦肉の策としてフレエシアが生む予定の第一子を養子にするという策を取ることにした。フレエシアが決めなくてはいけないのは、まだ見ぬ我が子を姉に渡すという覚悟だったのだ。

「私に子どもができない場合もあります。そうしたら、どうするのですか？」

「その時はその時で考えますわ」

その場合の手段も、もちろん考えてある。だけど、それをフレエシアへ伝えるつもりはない。公爵家の存続と、責任感の強い妹の幸せ、今はとにかくそれを両立させたかった。

「考えますわって……。でも、ご配慮いただき、ありがとうございます」

フレエシアはへらっと笑ってそう言うと、片膝をついたまま指輪を持つディナルドの方を向き、そっとその手を握る。よく見ると、ディナルドはめずらしく貴族の令息らしい華やかな衣装を身に着け、髪の毛や肌の艶も磨き上げられていた。ごつごつとした大きな手はいつも通りだが、その先にある爪はきれいに整えられている。ルーナノワ家の中でもこの日を待ち望んでいたであろうことが感じられた。

「ここに、はめてくれる？」

フレエシアが左手の薬指を差し出すと、やっと笑顔になったディナルドが指輪を華奢な指へと慎重にはめる。

「おめでとう、二人とも」

ヴィオラの祝福に、二人は照れ笑いを浮かべるのだった。