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Lesson.4 ヒロイン封じと学園改革
71.ウェスペル家の休日4
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フレエシアは身支度を整えると、邸宅を出て馬車で学園へ向かった。
休日なので、正門は施錠されている。
そのため、学園の裏側、研究棟の近くにある小さな通用門へとまわった。
守衛に研究棟所属である身分証を見せ、門を開けてもらう。
すると、ちょうど前をカイル・ハモンドが歩いていた。
「カイル!」
「フレエシア様。おはようございます。」
カイルは研究者にしては男らしい顔立ちで背も高く、弟のジョンとも妹のマリーとも顔も雰囲気も似ていないが、ハシバミ色の髪の毛だけはそっくりだった。
高位貴族との付き合いもあるからか、研究棟所属の他の男性たちとは違い、いつもこざっぱりとした格好をしている。
そして、何度「年下だから呼び捨てにしてほしい」と言っても、高位貴族の令嬢である彼女を「フレエシア様」と呼ぶ、少し頑固な性格だ。
「あ、それ、マリー嬢のチョコレート?
私も今朝もらったよ。」
カイルが大切そうに持っている箱を指さしてフレエシアが話し始めると、カイルはフレエシアの方へ向き直り、大きく頭を下げた。
「今回は弟が迷惑をかけてしまい、申し訳ありません。
それに、妹はプリムラ様にずいぶんと救われたそうです。
ありがとうございます。」
「いいよいいよ。
結果的にはジョンも正気に戻ったんだし、私たちも大切な弟君にスパイみたいなことをさせてしまって、ごめんね。
マリー嬢もね、プリムラが仲良くしたかっただけだよ。」
「ジョンが役に立ちそうなら、どれだけでもこき使ってください。
ハモンド家はフレエシア様たちのためならば、何でも協力させていただきますので。」
「重いし、真面目過ぎるよ。カイル……。
まあ、何かあったらお願いします。」
フレエシアもカイルを真似して深々と頭を下げる。
二人は同時に頭をあげ、目が合うと微笑み合う。
「フレエシア様も研究ですか?」
「うん。
先日、リーリウムと殿下が依頼したマギア教授の研究の進捗状況が知りたくて。
それに、許可をいただけるなら、お手伝いしたいなと思って来てみたんだ。
カイルは何?
また新薬の研究しにきたの?」
「いえ、今日は調剤をしに。
明日必要なのに、ちょうど家のストックが切れてしまっていたのです。」
「そうなんだ。
薬草商も今日は休みだもんね。」
「はい。」
そんなことを話しているうちに、カイルの研究室の前に到着していた。
「それじゃあ、またね。」
フレエシアがそう言うと、カイルはまた深々と頭を下げた。
カイルと別れたフレエシアは、自分の研究室には寄らずにマギア教授の部屋へ向かう。
ドアをコンコンとノックすると「ふぁ~い」と、何とも間の抜けた返事が合った。
「先生、また徹夜したでしょ?」
フレエシアは朝の挨拶もせずに、ずかずかとマギア教授の部屋へと侵入していく。
「フレエシアちゃんも似たようなものでしょ。
目の下にクマができてるよ?」
マギア教授は、フレエシアのことを唯一“ちゃん”づけで呼ぶ。
最初はくすぐったかったフレエシアも、さすがにもう慣れた。
フレエシアが研究室に入ったのは、十三歳の時。
入学して数カ月で研究室入りしたのは、今も破られていない最年少記録だ。
しかし、それはフレエシアが優秀だっただけではなく、公爵令嬢だったことも影響していた。
すでに腐敗していた学園の上層部のご機嫌取りに利用されていたことは、本人も含め、周知の事実だった。
そのため、学園の上級生や研究棟の先輩の中にはフレエシアを白い目で見る者も少なくなかったのだ。
そんな中で、フレエシアを最もかわいがってくれたのがマギア教授で、マシューのような若い研究者たちとの間を取り持ってくれた。
それに、フレエシアの話を聞き、研究の方向性を導き出してくれた恩人でもある。
そのため、フレエシアはひそかにもう一人の父のように尊敬していた。
「先生はクマどころか、顔色がすごいことになってるよ……。
あ、そうだ、これ食べる?
びっくりするくらい元気になるよ!」
フレエシアはおやつに食べようと持ってきていたマリーのチョコレートを一かけら、マギア教授の口の中へ放り込む。
「うん? チョコレート? 初めて食べる風味だな?
あれ? ちょっと待てよ? これは……」
ぼそぼそを話し始めたマギア教授は、アイリの手紙を持って魔法石を触った。
すると、魔法石が紫色に変化した。
「え? 何事?
紫っておだやかじゃないね……」
紫は闇属性の色だ。
「フレエシアちゃん、このチョコレートすごいよ!
どこで売ってるの?」
「いや、売ってはないと思う。
プリムラのお友だちが作ってくれたやつだから。
それより、何が起こったのか説明してよ。先生。」
「多分、このチョコレートには魔力を増幅する効果があるんだよ。
それで、僕でもこの手紙に宿った魔法の属性を魔法石に送ることができたってわけ。
このチョコレート、何が入ってるの?」
箱の中には、あともう一つしかチョコレートが残っていない。
「分析しよう!」
「わー! ちょっと待って!
分析しなくても、材料が分かる人がここにいるから!」
マギア教授が最後のチョコレートを持って行こうとしていたのを、フレエシアは慌てて阻止する。
二人はチョコレートが一つだけ入った箱を大切に抱えて、カイルのいる研究室へと向かった。
休日なので、正門は施錠されている。
そのため、学園の裏側、研究棟の近くにある小さな通用門へとまわった。
守衛に研究棟所属である身分証を見せ、門を開けてもらう。
すると、ちょうど前をカイル・ハモンドが歩いていた。
「カイル!」
「フレエシア様。おはようございます。」
カイルは研究者にしては男らしい顔立ちで背も高く、弟のジョンとも妹のマリーとも顔も雰囲気も似ていないが、ハシバミ色の髪の毛だけはそっくりだった。
高位貴族との付き合いもあるからか、研究棟所属の他の男性たちとは違い、いつもこざっぱりとした格好をしている。
そして、何度「年下だから呼び捨てにしてほしい」と言っても、高位貴族の令嬢である彼女を「フレエシア様」と呼ぶ、少し頑固な性格だ。
「あ、それ、マリー嬢のチョコレート?
私も今朝もらったよ。」
カイルが大切そうに持っている箱を指さしてフレエシアが話し始めると、カイルはフレエシアの方へ向き直り、大きく頭を下げた。
「今回は弟が迷惑をかけてしまい、申し訳ありません。
それに、妹はプリムラ様にずいぶんと救われたそうです。
ありがとうございます。」
「いいよいいよ。
結果的にはジョンも正気に戻ったんだし、私たちも大切な弟君にスパイみたいなことをさせてしまって、ごめんね。
マリー嬢もね、プリムラが仲良くしたかっただけだよ。」
「ジョンが役に立ちそうなら、どれだけでもこき使ってください。
ハモンド家はフレエシア様たちのためならば、何でも協力させていただきますので。」
「重いし、真面目過ぎるよ。カイル……。
まあ、何かあったらお願いします。」
フレエシアもカイルを真似して深々と頭を下げる。
二人は同時に頭をあげ、目が合うと微笑み合う。
「フレエシア様も研究ですか?」
「うん。
先日、リーリウムと殿下が依頼したマギア教授の研究の進捗状況が知りたくて。
それに、許可をいただけるなら、お手伝いしたいなと思って来てみたんだ。
カイルは何?
また新薬の研究しにきたの?」
「いえ、今日は調剤をしに。
明日必要なのに、ちょうど家のストックが切れてしまっていたのです。」
「そうなんだ。
薬草商も今日は休みだもんね。」
「はい。」
そんなことを話しているうちに、カイルの研究室の前に到着していた。
「それじゃあ、またね。」
フレエシアがそう言うと、カイルはまた深々と頭を下げた。
カイルと別れたフレエシアは、自分の研究室には寄らずにマギア教授の部屋へ向かう。
ドアをコンコンとノックすると「ふぁ~い」と、何とも間の抜けた返事が合った。
「先生、また徹夜したでしょ?」
フレエシアは朝の挨拶もせずに、ずかずかとマギア教授の部屋へと侵入していく。
「フレエシアちゃんも似たようなものでしょ。
目の下にクマができてるよ?」
マギア教授は、フレエシアのことを唯一“ちゃん”づけで呼ぶ。
最初はくすぐったかったフレエシアも、さすがにもう慣れた。
フレエシアが研究室に入ったのは、十三歳の時。
入学して数カ月で研究室入りしたのは、今も破られていない最年少記録だ。
しかし、それはフレエシアが優秀だっただけではなく、公爵令嬢だったことも影響していた。
すでに腐敗していた学園の上層部のご機嫌取りに利用されていたことは、本人も含め、周知の事実だった。
そのため、学園の上級生や研究棟の先輩の中にはフレエシアを白い目で見る者も少なくなかったのだ。
そんな中で、フレエシアを最もかわいがってくれたのがマギア教授で、マシューのような若い研究者たちとの間を取り持ってくれた。
それに、フレエシアの話を聞き、研究の方向性を導き出してくれた恩人でもある。
そのため、フレエシアはひそかにもう一人の父のように尊敬していた。
「先生はクマどころか、顔色がすごいことになってるよ……。
あ、そうだ、これ食べる?
びっくりするくらい元気になるよ!」
フレエシアはおやつに食べようと持ってきていたマリーのチョコレートを一かけら、マギア教授の口の中へ放り込む。
「うん? チョコレート? 初めて食べる風味だな?
あれ? ちょっと待てよ? これは……」
ぼそぼそを話し始めたマギア教授は、アイリの手紙を持って魔法石を触った。
すると、魔法石が紫色に変化した。
「え? 何事?
紫っておだやかじゃないね……」
紫は闇属性の色だ。
「フレエシアちゃん、このチョコレートすごいよ!
どこで売ってるの?」
「いや、売ってはないと思う。
プリムラのお友だちが作ってくれたやつだから。
それより、何が起こったのか説明してよ。先生。」
「多分、このチョコレートには魔力を増幅する効果があるんだよ。
それで、僕でもこの手紙に宿った魔法の属性を魔法石に送ることができたってわけ。
このチョコレート、何が入ってるの?」
箱の中には、あともう一つしかチョコレートが残っていない。
「分析しよう!」
「わー! ちょっと待って!
分析しなくても、材料が分かる人がここにいるから!」
マギア教授が最後のチョコレートを持って行こうとしていたのを、フレエシアは慌てて阻止する。
二人はチョコレートが一つだけ入った箱を大切に抱えて、カイルのいる研究室へと向かった。
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