悪役令嬢にならないための指南書

ムササビ

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Lesson.3 学園生活の始まりが、悪役令嬢の始まり

25.波乱の一日はまだ続く

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ディナルドの忠告を受けたジョンを振り払って、アイリはやはりヘンリクスに近づこうとする。
入学式の会場である講堂では、平然とヘンリクスの隣に座ろうとしていた。

「そこはリーリウムの席だ。」

「みなさま、リーリウム様に脅されてしまって、おかわいそう!」

ディナルドが語気を強めてアイリに注意をするが、まったく話が通じない。
そもそも王族や公爵家の上位貴族が座る席とアイリのような下位貴族が座る席は明確に分けられているのだ。
しかし、どうやらアイリの中では、リーリウムにヘンリクスやディナルドが脅されているという設定になっているようだった。

ディナルドは後ろの方にいたジョンを睨みつけ、「早く連れていけ」と無言で伝える。
ジョンは慌ててヘンリクスたちの元へ駆けつけた。

「おはよう、ジョン。
アイリ嬢はご自分の席がわからないようだから、連れて行ってくれるかい?」

ヘンリクスが柔和な口調で伝えるが、その瞳は怒りに満ち溢れている。
リーリウムのことを貶したアイリが許せなかったのだ。

「は、はい!」

ジョンは、半ば強引に手を引っ張って、アイリをヘンリクスから引っぺがした。

(あの子がヒロインなら、早くリーリウムやプリムラから遠ざけなくては……。)

研究棟にいる在校生代表として入学式に出席していたフレエシアは、そんな想いを抱きながらその様子をハラハラと見守っていた。
隣にいる生徒会長のアンドレアスも、目を丸くしてアイリやヘンリクスを見つめている。
ヴィオラから聞いてはいたが、想像以上の令嬢だったからだ。


講堂での入学式が終わり、学年ごとに各教室で行われたオリエンテーションのときにも、
隙あらばヘンリクスに話しかけてくるアイリに、見かねたリーリウムやディナルドが忠告をするということが繰り返された。

そのたびに「ひどい!」「いじわる!」「殿下がかわいそう!」「ディナルド様、リーリウム様の命令なんて聞くことはないのですよ?」などと連呼をするものだから、
リーリウムは自分が本当に悪役になったような、複雑な気持ちになっていった。

それは、周囲にも影響を及ぼした。
小さな頃からリーリウムたちと面識のあった高位貴族たちはヘンリクスやリーリウムたちに同情的だったが、
下位貴族の子どもたちは、アイリの態度はともかく、リーリウムが気の強いいじわるな令嬢に見えてきていた。

「リーリウム様は、噂に聞いていた方とは違うようだ。」

教室の後方からヒソヒソとそんな声が聞こえてくるようだった。

(これでは、わたくしが“悪役令嬢”のようだわ……)

「リーリウム嬢、彼女のことは放っておいた方がいい。」

ルドヴィクが心配そうに伝える。

「リーリウム、気にしないで。」

ヘンリクスも慰めてくれる。
そして、周りにいる顔見知りの上位貴族の令嬢たちのほとんどが、リーリウムのことを心配そうに見守ってくれているのを感じる。

(わたくしにはヘンリクス様もいるし、わかってくれる方たちもいるわ。)

「ありがとうございます。」

リーリウムは、自分は大丈夫だということと感謝の気持ちを、ヘンリクスとルドヴィクには言葉で、令嬢たちにも微笑みで伝える。

そうこうしているうちに、異変を感じた教授がヘンリクスたちに平伏する勢いで謝罪をして、アイリを教室の後ろの席へ連れていった。


オリエンテーションを終えてリーリウムたちが教室から出ると、
フレエシアとすでにオリエンテーションを終えていたプリムラが待っていた。
リーリウムの疲れ切った表情に心が痛む、フレエシア。

そこにまた、アイリが現れた。
護衛騎士たちがヘンリクスをガードするが、その前にフレエシアが立ちはだかった。

「君、なんなの?
無礼にもほどがあるよ!
仮にも男爵家の令嬢でしょ?
恥ずかしくないの?
うちの妹たちに関わるのは、金輪際やめてもらうし、
今日のことは公爵家として、君の家へ正式に抗議させてもらうから!」

珍しくフレエシアがまくしたてる。
人生で初めて心から怒りの感情を表に出していた。

ディナルドがフレエシアの肩に手を置き、心を静めさせる。

「ひどいですわ!
公爵家のご令嬢たちは地位を利用して、弱いものいじめをされるのですね!?」

アイリはそう言うと、シクシクと泣きはじめる。
リーリウムだけでなく、フレエシアまで悪役に仕立て上げているのだ。

「アイリ、ひとまずあっちで泣き止もうか?」

ジョンはさすがにまずいと思ったらしく、おずおずとアイリの手を取り連れて行こうとする。

「ジョン、君たちはユニカ高等学院を代表して編入してきたのだろう?
学院長先生を失望させることがないように願っているよ。」

ヘンリクスは心底がっかりしているという表情をあえて作ってみせ、ジョンとアイリを見送った。

「お前がキレてどうするんだよ……。」

アイリとジョンが去った後、フレエシアをあきれ顔で窘めるディナルド。

「だって、ムカついたんだもん。」

それに対して、幼い子のように不貞腐れるフレエシア。

「お姉さま、ありがとうございます。」

リーリウムがギュッとフレエシアに抱きつく。
小刻みに震えるリーリウムを、優しく抱きしめるフレエシア。
リーリウムの体温を感じていると、怒りが中和されていく。

リーリウムは、アイリを怒鳴りつけるフレエシアを見て、溜飲が下がる思いだった。
自分も怒りを感じていたことに、その時初めて気づいたのだ。
初めは親切心を持って接していたアイリに、徐々に怒りの感情が生まれていった。
それはまるで、本当に自分が“悪役令嬢”になったかのようで恐ろしかった。

自分の黒い感情に戸惑い、泣いてしまいそうなのを一生懸命我慢する。
他の貴族たちの目もあるのだから、未来の王太子妃が人前で泣くわけにはいかない。

フレエシアはそっとリーリウムを引き離し、ヘンリクスの元へ連れて行く。

「殿下、リーリウムをお願いいたします。
わたくしはアンドレアス様と共に平民学院からの編入生への対策について話し合いをしてまいります。」

「わかった。」

フレエシアとアンドレアスに一声かけると、ヘンリクスはリーリウムと手をつなぎ、彼女を気遣いながら馬車へと向かって行った。
プリムラやルドヴィクたちも、今にも泣きだしそうなリーリウムを見ながら心配そうに馬車へ向かう。

「俺たちもあとでそっちに行くから。」

ディナルドもフレエシアにそう伝えると、ヘンリクスの後ろをついていく。
今日はディナルドも想定していない展開で、ヘンリクスやリーリウムを守り切れなかった。
さらにフレエシアに悲しい思いをさせてしまったことで、ディナルドは誰よりも悔しい思いをしていたのだ。

学園の前に待機していた馬車に王子たちとリーリウム、プリムラを乗せると、ディナルドはその護衛の任を馬車で待機していた城の騎士に託す。
馬車を見送ると、学園の護衛騎士三人は、フレエシアとアンドレアスが話し合いをしている生徒会室へと向かったのだった。
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