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おまけ
操縦のきかない友
しおりを挟む約束は果たされた。彼は実にうまくやってくれた。僕は以前と変わらずみんなに慕われ、この学校の頂点に立ち続けている。
シュロットはあの場にいた人たちに翌日"真実"を話した。頭を掻きながら、へらへらと。この頃僕がオリビアと少し揉めていた背景からヤケになって他の子と踊ってしまった事。オリビアの思い込みと嫉妬心が加速していた事。自分がそれを勘違いしてしまった事。無事に和解したものの、オリビアは体調を崩してしばらく休学するという事。
彼の、腫れの引かない痛ましい頬と引きずる片足に誰も触れず、何も指摘しない。出来なかっただろう。僕がシュロットの後ろに立ち、杖を持って見守っていたから。
僕への誤解を解くシュロットの話に、概ね満足した。だけど彼は最後に、うっとりとした表情でこう付け加えた。
「あいつらの事が心配で、パーティーの時は出しゃばっちまった。二人の問題に首を突っ込んで、わ、悪い事したよ。お、俺、ハヤトの……親友なんだ」
***
数日が経った。昼の休憩時間、僕は仲の良い数人と中庭のベンチに腰掛ける。会話は一見、和やかに見える。でも僕らの間には目に見えない緊張感が漂っていた。友人たちは僕がひと言発する度にその言葉に注目し、同意を示す。話題を変えるとすぐに従い、笑えば一緒に笑う。彼らとの間には一線が引かれている。ある程度雑談を楽しんだのち、少しだけ疲れた素振りを見せると全員すぐに察し、自然に会話を切り上げて立ち去ってくれた。
一人になり、風になびく芝生に足を投げ出し、ベンチの背もたれに両腕を掛け、憩いの時間に身を預ける。今日は食堂の方が混みあっていたから、ここが静かなのはありがたい。
必要以上に近付かない、でも決して僕から離れない。この絶妙なバランスが、僕の思う友達との一番心地良い距離感だ。これ以上の関係になると、コントロールが出来なくなるから。
何もかも上手くいった。ここにオリビアがいれば最高だけど、彼女は今二人の家で僕の帰りを待っているんだ、多少の寂しさは我慢しなければならない。自分でやった事だ。これで良かったのかと思わない訳でもないが、仕方無い。彼女にも責任がある。運命はここに転んだ。戻れない過去の選択肢を振り返ったところでどうにかなるものでもないから、今の状況を楽しむ事が大事だ。完璧ではないが求めていた環境が手に入り、残りの学生生活がようやく快適に進み始める、そのはずだった。
「と、隣、いいか?」
後ろから声を掛けられ、見るとシュロットが立っていた。君か……いい訳ないだろ?僕は鼻を鳴らして再び前を向くが、許可されたと受け取ったのか、勝手に隣に座ってきた。
「俺、さっきまで補習しててさ、これから昼飯なんだ。ハ、ハヤトはコーヒー好きか?一緒に飲もう」
シュロットの手には漆黒の液体が入ったカップが二つ握られている。頼んでもいないのに、買ってきたらしい。ベンチの安定する場所を探してそれを置き、膝の上に包みを広げて、食べにくそうにホットドッグを口に運び始めた。
「あ、美味いなこれ。ハヤトも一口いる?」
「いらないよ……」
ガサガサと騒がしいシュロットが煩わしくて突き放すが、気にする様子もなく食事を続ける。
「ハヤトっていつも友達と食べてるイメージだったけど、意外だな。親近感沸くよ。俺もどっちかと言うと一人が好きなんだ」
「じゃ、一人で過ごしたら」
「う、うん。ちょっとしたら行くよ。ハヤトに友達って言って貰ったのが嬉しくてさ。君、俺の好きなアニメの主人公に似てるんだよ。知ってる?孤高の天才騎士が世界を救う、タイトルは……」
「興味無いから」
ケチャップをこぼしながらホットドッグを頬張る姿を視界に入れたくなくて、目を瞑り空を仰ぐ。
「じゃあさ、君って何が好きなの?色々知りたい。好きな食べ物は?趣味は?俺と合う所あるかなぁ。そういえばハヤトって何で丸刈りなの?俺そんな短くした事ないけど、真似してみようかな」
「あのさぁ」
僕の顔を覗き込み、甲高い声で矢継ぎ早に話すシュロットの言葉を遮り、僕は溜め息をついて言った。
「もう説明は全員にしたんだろ?用は済んだんだから、もう関わらないでくれないか」
「でも、俺のこと友達って」
彼の言葉に、思わず笑ってしまう。
「君に友情を感じていると思うかい?二度と僕に話しかけないで……」
「でも俺が離れたらハヤト、疑われるんじゃないの?」
そう言われて僕は初めてシュロットと目を合わせた。頬の腫れは多少引いているが、まだ完治とは言えない。それでも口の周りにケチャップを付けて、無邪気に笑っている。
「僕を脅そうっていうのか?」
睨みつけて聞くと、彼はまさか、と首を振った。
「そういう事じゃないって。俺はただハヤトの役に立ちたいだけなんだよ。別に悪かないだろ!?何でもするから。あ、課題もやってあげるって約束したもんな。友達なんだから、遠慮せず頼ってくれ」
どうやらシュロットになんらかの策略がある訳ではないらしい。でも、うるさいな……こんなに馴れ馴れしい人は初めてだ。
耐え切れずに立ち上がって校舎へ戻ろうとすると、彼も慌ててホットドッグを口に押し込んだ。僕を追いかけようとして膝に乗せていた昼食のごみを芝生の上に落とし、慌てて拾う。
「どうして無視するんだ!面倒な事とか俺に任せればいいじゃないかよ」
ビニールの袋を腕に下げて、僕の隣を早足で歩く。彼の非現実的な提案がおかしくて、笑いがこみあがる。
「普通科の君に特別進学科の課題が出来るのかい」
特別進学科────通称"トップクラス"の授業は普通科のそれとは桁違いの難しさだ。出来もしない事を、よく堂々と口に出来るな。
「む、難しいとは思うけど。一生懸命やるから」
「僕は君に頼る程困っていない。それにそもそも、僕の彼女に近付いておいて、よく友達面が出来るね」
「だから反省して、君たちを応援する事にしたんだよ。本当は俺、前から君に憧れてて、話してみたいって思ってたから……。彼女、元気?今日もあの小屋にいるの?」
「いるけど」
「お、俺も、たまには遊びに行ってもいい?」
「はぁ……ダメに決まってるだろ。いい加減にしてくれないか、また殴られたいの?」
ぎろりと睨みつけると、シュロットは僕から目を逸らして照れくさそうに笑った。
「ああ、ごめんよ。俺、すぐ調子に乗るな。でも、君にだったら殴られてもいいよ。それで君がスッキリするんなら」
シュロットはなぜか頬を赤らめて嬉しそうにしている。イライラして杖を取り出してみせるも、それを見てスッと目を閉じた。
「いいよ。なにか俺に魔法かけるんだろ?でも出来れば、痛くしないでくれ」
「…………」
彼の、僕に身を預ける態度にやる気を削がれて杖を下ろす。今度は校舎近くの別のベンチに浅く座って背もたれに寄りかかった。
「あれ、どうしたの?疲れた?」
シュロットはベンチの後ろに回り込んできて、無遠慮に僕の肩を揉んだ。性急に距離を縮めようとする行動に苛立ちが募る。肩に触れられる感覚が気持ち悪くて、強く振り払った。
「やめてくれよ……!」
「お願いだよ、ハヤトのためなら何でもするから。君が少しでも頼ってくれると嬉しいんだよ。褒められて嬉しかったし、君の友達だって周りに言いたいんだ。ねえ、頼むから、もう少しだけでも一緒にいたらダメ?」
これだけ拒絶しているのにシュロットは食い下がってくる。情けない男だ。本当は魔法で、一瞬で僕の記憶を消しても良かった。しかし、さっきの言葉にも一理ある。シュロットとの接触を完全に断ってしまうと、さすがに僕の立場も危うくなってしまうかもしれない。よくも余計な事を言ってくれた。僕の事を「親友」なんて説明したばかりに、彼の話につじつまを合わせないといけなくなるとは………
「ああ…………分かったよ」
「えっ?」
僕はとうとう不本意ながらも、シュロットを受け入れる事にした。
「分かったから……………そのコーヒーちょうだい」
「あ……うん!ブラックで良かった?」
「なんでもいいっ」
パッと顔を綻ばせるシュロットから、氷が溶けて少し水の膜が張ったコーヒーを奪って喉に流し込む。最悪の気分だ。今まで大抵の人は思い通りに動いたというのに、この男には通用しない。誰よりも簡単に操れると思っていたのに。
「ハヤトって、怖そうに見えて優しいよなぁ……ずっと誤解していたよ。これからも一緒に飯食ってもいい?」
「嫌だ」
「お願い。君のためにもなるんだよ。俺たちが一緒にいればあの話の信憑性も上がるし、彼女ともずっと一緒にいられると思う……」
「分かったよ…………週一ね。いや、月に一回だな……」
「いいの!?嬉しい」
ストレスと疲労が相まって、僕の忍耐力も限界に近づいていた。シュロットと友達になるつもりなんてなかったのに、彼のしつこさに押されて結局受け入れてしまった自分が信じられない。昼休憩の半分は一人で過ごしたかったが、この貴重な時間もほとんど削られてしまった。僕は時計を見やると、ホウキを取り出して立ち上がった。
「あと15分か……じゃあさ、シュロット。友情の証に空でも飛ぼうよ」
学校の敷地の向こう側にぼんやりと見える小高い丘を指差して、彼に笑いかける。
「えっ、君と飛ぶの!?俺、そんなに上手く飛べないけど」
「いいよ。見晴らしのいい場所で少しゆっくりしよう」
シュロットは僕の今日初めての笑みに目を輝かせて、慌てて立ち上がった。僕の飲み干したコーヒーのカップを自身の袋に入れ、もたもたと飛ぶ準備をする中、先に宙に浮かぶ。少し飛び始めると、ぎこちないホウキさばきでシュロットも後ろに続く。それを確認して、僕は──────────思い切りスピードを上げた。
「ハッ、ハヤト!?ちょっと待ってよ!速いって!!」
焦る声を無視して、丘とは逆方向に向きを変えた。
最初の数秒で、すでにシュロットの間抜けな声は聞こえなくなっていた。無事に撒けたようだ。校舎があっという間に見えなくなる。下に見える街もみるみる内に流れていく。山を越え、やがて砂浜が見えてきた。海だ。ふわりと速度を緩めて、誰もいない岩場に腰を下ろす。波の音に耳をすませて、深呼吸した。でも、あの媚びるような甲高い声が今にも聞こえてくる気がして、頭を抱える。
こんなに調子を乱されたのは初めてだ。変に献身的なシュロットに腹が立つ。彼はこれからも僕につきまとうだろう。以前のオリビアとはまた違ったしつこさだ。今後の事を考え、憂鬱な気分になる。
疲れた。このまま午後の授業は休んでしまおうか。せっかくだからオリビアも呼んで来ようかな……………
僕は初めて自分の選択を心から後悔した。あの日彼を利用するのに「友達」なんていう言葉、使うんじゃなかった。
終わり
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またまた嬉しいお言葉の数々、ありがとうございます!!おかげさまでとても元気に書けています♪この先色々ありますが、someさんの地雷が無い事を祈っております(((;°▽°))
更新してくださってほんっとうにありがとうございます!!!!!めちゃくちゃ楽しみです❗️この作品のおかげで今日も一日頑張れそうです😭
こちらこそsomeさんのお言葉に向こう1年分ぐらいの物凄い元気を頂いております。私もsomeさんのおかげで楽しく書けています♡嬉しすぎるメッセージ本当にありがとうございます‼️
おもしろくて一気読みしました!
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tefuさん!ありがとうございます!!!一気読みして頂けたとのこと、何よりも嬉しいお言葉です、本当に感激です‼️
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