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思い通りに出来るなら(ハヤト視点)
最終話 自分だけのために
しおりを挟む僕につきまとってきていた頃が懐かしい。魔法対決試合の日の惨めな姿が遠くなっていくから、時間をかけて頭の中で鮮明にしていく。早くあの顔がまた見たい。そう思うと、僕の体は疼いた。艶やかな黒髪を乱し、涙を顔に貼りつけて負けを認め、地面に手をつきうめく姿。思い出すだけで鼓動が早くなる。
魔法はすぐに効果を発揮した。大好きなお友達に突然避けられ始めて、困惑するオリビア。僕は途方に暮れる彼女を遠目に見てほくそ笑む。君は一人ぼっちの方がお似合いだよ。落ち込む彼女が可哀想で、可愛らしい。
とぼとぼと歩くオリビアに、また勝負を提案する。魔法に負けるようなちっぽけな友情なんか忘れて、僕と二人きりで戦おう。だけど彼女はまだ意地を張って逃げる。ここまでしたのに、一緒にいてくれない。もしかすると、僕が冷たい人間だと思っているのかもしれない。そんなことない。君にだって優しくしてみせるよ。
ちょうど今魔法学の教室には魔道具の制作物が並べられている。授業が始まる前、誰もいない間にオリビアが丹精込めて作った完成間近のそれを手に取って眺めている内に、間違って落としてしまった。でも、あれ?ごとりと鈍い音がするだけで割れはしない。よく見ると道具の周りに青くて薄い膜が張られてある。なるほど、バリアだ。さすがオリビア。この立派な作品は魔法によって守られているんだ。これなら多少粗末に扱っても壊れないな。彼女を超えるよっぽどの魔力と……悪意を持った人でもいない限り。
「え……何これ……」
教室に入ってくるなりオリビアは粉々になった自身の作品に愕然としていた。それをひそひそと笑うかつての友人たち。オリビアの耳にも届いたようで、ちらっと彼女たちを見ていた。
「うわ、かわいそ……あそこから直してたらもう間に合わないじゃん」
心配そうに見守るクラスメイトたちの前に、僕は出た。優しく声を掛けて、周囲の視線をひとしきり集めてから、大げさな動きで杖を振る。僕の強力な魔法のおかげで、作品は元通りになった。直後に拍手が聞こえてくる。
「凄い!ハヤト君、天才!!」
「オリビア良かったな!」
僕はホッと一安心するみんなが席に着こうと背を向けた時に、そっとオリビアに耳打ちした。近くに行くと、彼女の背の低さを感じる。
「良かったね、全部元通りだ。君の友達は酷いね……これからも困った事があったら、何でも言ってね。僕だけは君の味方だから」
僕はオリビアが頬を赤らめて僕に頷くのを期待していた。しかし、オリビアは極めて冷静に、心のこもっていない声で僕に告げた。
「どうもありがとう。そうね、本当にあの子たちがやったのならね」
「ははは。どうだろうね」
友達がやったに決まっているじゃないか。君を突然嫌い、遊びに誘わなくなり、今だって傷つく君を笑っていたんだよ。こんなにも分かりやすく答えが出ているのに、オリビアの顔は青ざめたままだった。クラスメイトは簡単に騙せるのに、君は鋭いね。さすが、僕のオリビア…………
オリビアの笑顔が見たかった。友達がいなくなって、そばにいるのが僕だけになったら心を開いてくれるかと思ったのに、この時から彼女は僕に明確な拒絶をし始めた。放課後もせっかく暇にしてあげたのに、急いで帰るようになる。これはある種の挑戦状だ。こうなったら我慢比べだ。僕は休日もオリビアのいる宿舎の部屋へ足を運んだ。もう説得などするつもりもない。見つけ次第彼女を中庭に連れて、無理にでも勝負させる。オリビアの顔色が日に日に悪くなっていく。僕のせいだ。でも僕がこうなったのは、君のせいだ。
君と戦わなくなってから、だいぶ時間が過ぎてしまった。もう待てない。もっと追い詰めないと。グループワークでも無視するというのなら、ペアワークならどうだ。僕と一対一だ。これなら僕に向き合うしか無いだろう。テーマは「魔法学と倫理観」。ぴったりだろう?僕が用意したんだ。
僕が怖いのか、オリビアはふるふると震えている。可愛いね。教室の一番端に座らせ、みんなの視線の壁になる形でその隣に座る。
さあ、そろそろ種明かしをしよう。もう君も気が付いているだろう?答え合わせの時間だ。自分のこれまでの行動を否定してみせる。自分勝手に魔力を使ってはいけないよね、分かっててやっているんだよと伝えるために。全てを話して彼女の目を覗き込むと、オリビアは口を開いた。
「ハヤト、もうやめて。あなたの才能は凄いわ。本心よ。ちゃんと自分の負けを認めているから……お願い。私につきまとわないで」
どうして?君が僕を惹きつけたんじゃないか。僕をその気にさせといて、ひらりとその身をひるがえす。逃げ続けるつもりだったのに、僕が追いかけなくちゃいけなくなった。
悔しいが僕もすっかり君の虜だ。君の笑顔が見たい。君の涙を独り占めしたい。僕以外を見るなんて許さない。君を手に入れるためなら、僕は躊躇なくこの力を使うよ。
倫理観なんて、どうでもいい。僕の変化を見抜く者はいなかった。いや、気付いた人から消していく。困ったら杖を振ればいい。この力の前にみんながひれ伏す。とても気持ちが良い。僕の周りには僕を崇拝する者しかいない。
***
オリビアへの距離を縮める。彼女にもそれを存分に見せつけた。誰かと話そうものなら、相手の気持ちを変えた。オリビアが見えないように、クラスメイトたちを動かす。彼女を孤独に追いやり、僕にしか意識を向けられないようにする。
贈り物もした。オリビアはいつもボロボロに使い込まれた羽根ペンを持ち歩いていたから、新調してあげようと思い立つ。彼女の所属する「普通科」のクラスカラーになっている、黄色い羽根のペンを部屋の前に置く。これでまた無駄な努力をして僕を追いかけてくれよ。でも、せっかくのプレゼントだというのに、これも無視された。
オリビアも頑固だ。これだけ好意を見せ、あらゆる逃げ道を奪っているのに、なかなか心を開いてくれない。この期に及んでまだ素直になれないみたいだ。いい度胸をしているじゃないか。この僕をライバル視していたぐらいだから、当然だな。
でも、もう終わりにしよう。長らく続いた鬼ごっこもおしまいだ。
このごろ魔力は暴走していない。好きなように使うようになってから、驚く程に調子が良い。だから、出来そうな気がした。自分以外の事なんてどうでも良い。ありったけの力を使って、学校全体に魔法をかける。
言う事を聞かないオリビアを、絶望の底に突き落としたかった。授業内容を全て変え、オリビアだけがそれに気付くようにする。案の定彼女は取り乱し、先生にすがりついた。無駄だよ、全て僕の手中にある。誰も君の話には耳を傾けない。
ほら、これで邪魔者はいなくなった。ゆっくりと戦おう。杖を向け合って、君の愛を受け止めてあげる。彼女が一人残された教室の入り口に、僕は立つ。ドアを滑らせ、手を差し出す。
「オリビア……………行こう」
二人きりの世界に。
***
僕は空からゆっくりと、逃げ惑うオリビアを観察した。校舎の窓にちらちらと映る彼女は、滑稽で、可愛らしい。思い通りに動く人形のようだ。必死になって、僕から逃げようとしている。自室に辿り着く直前に、ホウキの上から魔法をかけ、鍵を掛ける。もうそこには帰さないよ。それをしっかりと確認させてから、中庭に来て貰う事にした。廊下を操り、艶やかな黒髪を乱してなすすべなく運ばれるオリビア。僕の名前を叫んでいる。
中庭の芝生に転がり出て、痛そうにうずくまる彼女の前に立つ。やっと捕まえた……
杖を握らせると、オリビアは観念して立ち上がった。すっかり僕に怯えるオリビアだが、容赦しない。あの時の試合のように、攻撃した。あんまり酷くやるとかわいそうだから、あくまでプライドが折れる程度の力加減だ。
「うっ…………!!」
あっけなくオリビアは倒れた。僕が勝った。ボロボロになって地面に転がるオリビアに、再びの興奮を覚える。可愛い。可愛い。これがまた見たかったんだ。服を掴むと、オリビアはきゅっと目を瞑った。降参の合図だ。
僕の興奮は頂点に達した。もう無理だ。我慢出来ない。誘っているようにしか見えない。顔を近付けると、直前で目を開けたオリビアは驚いて横を向いた。もうそんな煩わしい事するなよ。観念するんだ、君の負けだよ。頬を強く掴んで自分へ向けさせて、思い切り唇に吸い付いた。
「やぁっ!やめ……」
暴れれば暴れる程、服が乱れていく。柔らかい感触と制服からのぞく鎖骨が、僕の理性を奪う。
「んっ、や、んむ」
オリビアの熱い吐息が漏れる。こんなに可愛く鳴くなんて……前は突き放してごめんね。もう離さないからね。
無我夢中でむさぼり、時間をかけて唇を離すと、彼女の顔は恐怖で満ちていた。ガタガタと震え、不安そうに僕を見上げている。そんな彼女を安心させるため、愛を打ち明けた。オリビアにも、僕への愛を思い出して欲しい。嬉しいだろ?僕たちは両想いなんだよ。誤解を解くのにずいぶん時間がかかってしまった。
魔法の力が弱まり、邪魔をしに来た先生をあしらい、僕はオリビアをホウキに乗せて自分の家に向かった。宿舎なんて開けた場所じゃない。森の奥深くの、二人で暮らすにはぴったりな、僕の隠れ家だ。転校当初はただの手違いで用意してしまった小屋だったけど、こんなところで役に立つとは。周辺には魔物がうろつく危険な場所だけど、これも脱走を防ぐ効果がありそうだ。
今度こそ二人だけだ。ベッドに連れ込み、手始めに僕は笑いながら彼女を操った。泣きながら自分で自分の体を弄る彼女に、胸が高鳴る。ああ、オリビア……悔しいか?魔法に屈する君はなんて可愛いんだろう。
愛してるよ。僕は彼女と繋がり、強く抱きしめる。最初に会った時はひたすらに目障りだったのに、今はこんなにも僕の心を乱す。僕に負けて僕の下で喘ぐ君が、過去の僕を癒していく。君のおかげで、僕は自分の力を実感出来る。もう我慢しなくていいんだ。君が僕を救ってくれた。これこそが正しく、楽しい魔法の使い方だ。オリビアは僕の全てを受け止めてくれた。
オリビアには天罰が下ったと伝えたが、そんなものはこじつけだ。オリビアには何の恨みも無い。ただ僕が、君に転校前の奴らを重ね、君の涙に魅入られてしまっただけだ。
オリビア、好きだ。君は僕のものだよ。これからたくさん愛して…………泣かせてあげる。
優秀な僕は学校では慕われ、逆らう人もいない。今度こそ、今度こそ本物の平穏を手に入れた。たった今可愛い彼女も出来た。僕の学校生活は、もっと楽しくなりそうだ。
終わり
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