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思い通りに出来るなら(ハヤト視点)

3話 予想外の反応

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 あれからオリビアはようやく大人しくなった。魔法学の授業でも、もう隣で監視されたりしない。僕がいくら授業で好きに振舞おうが、小言を言われる事も無い。今度こそ、穏やかな生活を手に入れた。

 僕が活躍すると、みんなが「さすがだ」と称賛の声を上げる。そんなものはいらないと思っていたけど、なかなかいい気分だ。オリビアが欲しくてたまらなかったであろう、尊敬の眼差しを浴びて優越感に浸る。

     放課後は友達と遊びに町へ繰り出す。誰も僕に頼み事をしない。僕の事を悪く言う人もいない。にこにこと媚びるような笑顔を向けて、機嫌を損なわないようにしてくれるのが嬉しい。

 だけど平穏な日常が続くうちに、ふと退屈を感じ始めている自分に気付いた。オリビアのあの顔が忘れられない。大勢の前で大粒の涙を流しながら僕に謝る姿は愉快で、爽快で、そして興奮する。思い出すだけで大空を飛びたくなる。あの時のオリビアの表情は本当に良かった。彼女の過剰なつきまといに辟易していた日々だったが、もうあれが見られないと思うと物足りない気もしてくる。

 ただ、僕の事で頭がいっぱいの子だ。勝負だなんだとかこつけて僕と一緒にいたがるオリビアの事だから、その内また、懲りずに僕のところへやってくるに違いない。今は反省でもしているのだろう。いずれはその努力を重ね、再び僕に挑む日が来るはずだ。そしてその時が来たら、僕はまた思い切り勝ってみせる。彼女が悔しそうに涙を流す姿を想像すると、笑みがこぼれる。
 
 いい関係じゃないか。君と僕の、いつまでも終わらない追いかけっこをしよう。僕をライバルだと思いたいのならそれでもいい。手が届くと錯覚して、諦めきれなくなるギリギリの所まで手加減して、ライバルを演じ続けるよ。だからもっと、その顔を見せて欲しい。あの涙こそが、僕の絶対的な力を証明するんだ。

 そう思っていたが、それから何日経っても、オリビアは僕の所へ来なかった。レースを持ち掛けられないし、テストの点数も聞かれない。それどころか魔法学では、僕と目も合わさない。

 どうしたんだろう?まさか、本気で諦めたのか?ちょっと冷たくしすぎたか?あまりのショックに、立ち直れなくなったのだろうか。昼食の時間に食堂で探しても、見当たらない。食欲も沸かずに、未だに一人で泣いているのだろうか。

 しかしそれは僕の思い違いだった。ある日廊下ですれ違った彼女を見て僕は目を疑った。いつも一人ぼっちだったオリビアの周りに何人も人がいる。いつも寂しそうに歩いていたオリビアはその中心で、笑っていた。

 
 ***

「え……?」

 立ち止まる僕を見もせず、数人で廊下を占領している。誰かが言った冗談に、控えめながら朗らかな笑顔で返す。今のは本当にオリビアか?

「どうしたの?ハヤト君。早く帰ろ」
「いや……うん、行こう」

 言いながら、友達に囲まれて去っていくオリビアを目で追う。魔法学の教科書を持っていない。代わりに手にしているのは、一人で到底食べきれなさそうな量のお菓子の入った袋だ。

「ハヤト君って、本当に魔法が上手くてかっこいいよね!また教えてー」
「え?ああ……うん、今度ね」

 公園でコーヒーを片手に女の子たちと喋っていても生返事してしまう。いつも仏頂面だったオリビアのあまりにも衝撃的な姿を、思い返していた。どうしてあんなに元気なんだろう。いや、見間違いかもしれない。

 次の日、僕は友達からの誘いを断った。最近よく遊びに行っていたから、きっと声が掛けづらくなっていたんだ。だけどその日も、その次の日も、いつまで経ってもオリビアは来なかった。僕は廊下や魔法学の教室で彼女を見かけるたびに、その変わり様に驚きを隠せなかった。彼女はまるで別人のように明るく、友達と楽しそうに話している。目の下のクマも消え、無理している様子も無い。

 オリビアの変化が信じられなかった僕は、彼女を目で追うようになった。彼女は授業を笑顔で受けるようになっていた。頭に叩き込むために必死で食らいつくのではなく、魔法そのものを楽しむように。実習の授業で失敗しても、周囲の人にえへへと照れ笑いを浮かべるだけで、悔しさに歯を食いしばったりはしない。授業が終わった後僕は、自分がひとつもノートを取っていない事に気付いた。

 どうしたんだ?僕を諦めただけならまだ分かる。でも、なぜあんなに楽しそうなんだ?まるで僕の事を忘れてしまったかのようだ。オリビアの反応を見ようとわざと授業をはりきっても、僕ではなく友達の隣の席で、教科書のどこかを指してクスクス笑い合っている。
 
 毎日の放課後の予定を空けてみた。もしかすると、僕に彼女が出来たと思われているのかもしれない。女の子が周りにいるから、遠慮しているのだろう。でも、一人になっていくら待っても来ない。自分から行くのは癪だが、オリビアのいる普通科のクラスへ行ってみる。が、そこにもいなかった。

 おかしい。満点のテスト用紙と、毛先を整えたホウキを携えて、いつだって君を迎え撃つ。だから早く来て欲しい。早く、オリビアに勝ちたい。

 それなのにいくら待つ姿勢を見せても現れない彼女にしびれを切らし、僕はついに直接声を掛ける事にした。こうなったら、迎えにいってあげるしかない。

 ***

 魔法学のクラスでの実習中、バレないようにオリビアの教科書を制服の内側に隠す。全員が去った放課後に再び机の中に戻してしばらく待つと、案の定オリビアは忘れ物に気付き、慌てたように戻ってきた。カラカラとドアをスライドさせて、中にいる僕に驚く。

「あっ……」
「やぁ、オリビア」
「ハヤト……」

 久しぶりにオリビアと目が合い、わずかに胸が弾む。もう怒っていないよと伝えたくて、優しく笑いかけたが目を逸らされる。

「今日はホウキレースしないの?」
「……もうしないから、安心して。今まで悪かったわね、しつこくして」

 オリビアはやはり僕に罪悪感を感じて反省していたみたいだ。それなら話が早い。

「ふーん……今日暇だから、やってもいいよ」

 僕はオリビアのために彼女の分のホウキも用意していた。また戦えるんだと喜ぶだろう。オリビアはパッと顔をほころばせてホウキに飛びつき、中庭へ駆け出す───────はずだった。

「いい。私も用事があるから」

 オリビアは、もう僕とは張り合わないと言い出した。

「へ……へぇ、あれだけの事でもう諦めるんだ。案外根性無しだったって事?」

 思ってもみなかった返事に、動揺を隠すためにわざと挑発する。しかしそれでもオリビアはホウキを掴まない。僕との勝敗にこだわるのをやめたと言う。彼女の強い意志に僕は言葉が出てこなかった。

「何よ、あなたでしょう、もうつきまとうなって言ったのは」
「そうなんだけどさ。本当に来なくなるとは思わなくて」

 ましてや君が友達を作って、僕といる時より楽しそうにしている姿を見せつけてくるとは。

「他に楽しい事を見つけたの。あなたが教えてくれた事よ。私は変わるの」

 何を言ってるんだ?僕が教えた?そんな事覚えていない。君は僕の事で頭がいっぱいで、僕の活躍を見ては悔しさに歯ぎしりをしているのだろう。

 オリビアは初めて出来た友達とやらに意識を取られている。目を覚まして欲しい。君はレースがしたいはずだ。やると言うまでここから出したくなくて、教室を出ようとするオリビアの前につい立ちふさがる。

「オリビア」
「……何」
 
 行かないでよ。

「僕さ、寂しくなっちゃったんだよ」
「は……?」
「だからもう一回、僕に挑んでくれる?また君の涙が見たいんだ。ね、勝負しようよ」

 君もそれを望んでいるんだから。僕もいいよって言ってるじゃないか。どんなにホウキを握らせようとしても抵抗する意地っ張りなオリビアに苛立ちが沸いてきた時、彼女を呼ぶ声が聞こえ、彼女もそれに反応して僕を押して教室を出た。

「私は勝てない勝負で意地になるより、友達を支え合って地道に努力する方を選ぶわ!」

 僕を置いて友達の元へ走っていくオリビアの背中を見つめ、僕は茫然と立ち尽くした。最近出来た友達がそんなに大事かい?僕との勝負よりも……

 僕は2本のホウキを、床に叩きつけた。



 ***



 学年一、いや、学校一の魔法の腕前とも噂されるようになった僕の前に、オリビア以外の挑戦者が現れるようになった。でも僕は相手にしなかった。君らじゃない。君たちは僕に負けてもぐちゃぐちゃに泣いたりしないだろう。僕にライバル心を抱くのはオリビアだけでいい。それ以外は、ただの邪魔者だ。他はただ僕を褒め称えてくれればいい。上級生に呼び出されたりもしたけど、一切の手加減もせず返り討ちにして追い返す。誰もオリビア程の根性は無いから、その一回で十分だった。

 本当に来て欲しい人が来てくれない。僕はそのストレスを、徐々に周囲の人にぶつけるようになっていった。気に入らない事を言った人には、陰で制裁を与える。最近のオリビアを、可愛くなったと言い出した男とか。

 友達の笑顔がより一層作られたものになっていく。柔らかい物腰は崩さなくても態度に出ているのか、イライラしている僕からどんどん人が離れていく。反対にオリビアの周りでは笑顔が絶えなくなった。嬉しそうな彼女の笑顔が気に入らない。そしてそれを周りの男たちと同じように────────可愛いと思ってしまう自分にも。君は僕より、孤独であるべきだ。
 
 話しかけても逃げられるなら、逃げられない状況を作ってみよう。例えばそう、授業中とか。魔法学は人数が多いとはいえ、一緒にいられる唯一の機会だ。実習が少ないこの学校のために、僕は先生にグループワークを提案する。教科書のにらめっこだけじゃなくて、何人かに分けて魔法のシミュレーションをさせるんです。クジなら僕が用意しますから…………

 教師を動かすのは簡単だった。ダメなら杖を振ればいいだけの事。どうせここの学校の先生たちも、自分たちの評価の事しか考えていないのだから。先生方は、僕が自分たちよりも魔力が上なんじゃないかと言っていた。きっと、その通りだろう。僕の提案には大賛成という訳だ。

「えっ!ハヤトと一緒なの……?」

 手元の紙の数字を何度も確認するオリビア。おいでよ。一緒に勉強しよう。僕を見て絶句する彼女が面白い。一生懸命僕を避けて作業を進めようとするが、そうはさせない。僕は何度も話しかけて、彼女の闘争心をくすぐる言葉を掛ける。しばらくやっていれば怒り出して、僕に杖を向けるだろう。でも、オリビアは僕を称えた。僕の煽りを軽やかに受け流して、グループワークを終えた。

 どうしてこっちを見ないんだろう。僕の事しか考えていないはずなのに、思い通りに動かないオリビアに、次第に躍起になる。

「また今日もグループワークかよ!?ダルいんだけど」

 巻き込まれるクラスメイトたちには悪いが、僕のために我慢してもらおう。僕は何度も授業内容を変えた。しまいには教師にいちいち打診する事もやめ、簡単に杖を振って済ませる。自分だけのために魔法を使うのが楽しくもあった。魔法の使い道が自分勝手であればあるほど、過去の自分の心を救った。だが上手くはいかない。いくら授業の中にオリビアを閉じ込めても彼女が僕の挑発に乗る事は無く、僕以外のクラスメイトと楽しく話し出す始末だ。

 いつオリビアがその気になってもいいように誰ともつるまなくなった最近の僕に比例するように、オリビアには日に日に友達が増えていく。僕には絶対に見せてくれない笑顔に、持っている杖を折りそうになる。どうして僕にばっかり冷たい態度を取るんだ。

「今日もハヤトは忙しいの?また例の負けず嫌いに付き合っているのか?」
「ああ、そうなんだ。参るよね」
「試合であんなに痛い目見たのに、まだやるんだ。でも最近元気じゃないか?ふっきれたようにも見えるけど。この間も町で誰かといる所を見たような──────」
「…………なに?」
「あっ、いや。何でもない。勝負頑張れよ。またな」

 放課後も友達に嘘をついてまで、僕は時間を作る。オリビアのクラスに行ってみると、ちょうど一人でいるところだった。机に向かって立ったまま、ボロボロの羽根ペンを使ってノートにボードの文字を書き写している。

「やぁ、オリビア。勉強頑張ってるね。ところでこのクラスは魔法学のテスト返ってきた?何点だった?」
「っ!!お、教える気は無いわ」

 オリビアは僕を見ると焦ったようにノートを閉じ、帰る支度を始めた。僕はそれをさせまいと、彼女の羽根ペンを握る。

「どうしてだい?前は必ず勝負してたじゃないか。またやろうよ」
「いいえ。私が戦うのは過去の自分よ」
「だったらホウキレースは?聞いたよ、最近調子良いみたいじゃないか。タイム測ってあげる」
「しない」
「魔法対決は?嫌なら一緒に練習しよう」
「嫌!それ返してよ」
「オリビアがやるって言うまで返さないよ」

 僕が羽根ペンを背中に隠すと、オリビアは僕を睨みつけながらしばし沈黙した。

「……ねぇ、しつこいわよ!私から解放されてせいせいしたんじゃないの!?友達と遊んだらどうなの!?」
「先約があるって全部断ったよ。オリビアがレースしたがっていると思って」
「もうしたくないって言ってるじゃない!」
「強がらなくていいんだよ。やせ我慢しなくていいから、また勝負しようよ」
「私を負かして嘲笑いたいだけでしょう!?もう私はあなたと戦わない!」

 どうしてここまで意地を張るんだ。仕方なく迎えに行って、彼女の飛びつきそうな言葉を掛けて、僕への気持ちを思い出させたいのに。平行線のまま見つめ合う僕たちに割り込むように、オリビアを呼ぶ声が聞こえた。

「オリビアー、どうしたの?早く買い物行こうよぉ。噴水の所にみんないるって」

 遠くから聞こえる、早く行こうよと急かす声は、友達だろうか。今日も約束しているのか。オリビアは笑顔になり、僕と話している途中だというのに、僕から羽根ペンを奪って行こうとした。

 行かせないよ。彼女の細い手首を捕まえると、オリビアはびくっと肩を震わせた。

「みんなって誰?オリビアって、他の人にはよく笑うようになったよね……いいなぁ」
「っ!ねぇ、離してよ…………」

 ぞくりとした。オリビアの僕を怖がる顔は、笑顔よりも魅力的だ。僕の心のいちばん邪悪な部分をくすぐる。全てを掌握した気持ちにさせてくれる。このまま腕を引き寄せようかと思った時、近くの窓から中庭が見えた。そこにはいつもオリビアの周りにいる数人が立っていた。きっとこの子が来るのを待っているのだろう。

 友達、友達、友達…………

 怒りが沸いてくる。友達の何がいいんだ。くだらない世間話なんかより、僕と燃えるような勝負をしていた方が絶対に有意義だろう?

 オリビアが笑顔を向ける友達が憎い。友達にしか笑顔を見せないオリビアが憎い。オリビアにそんなもの、いらない。

「……ハヤト?」
「1、2、3……ん?あ、約束してるんじゃしょうがないね。行っておいでよ」

 全員オリビアと同じ、普通科カラーのネームプレートをつけている。顔も確認出来た。手首を解放してバイバイと手を振ると、オリビアは僕を探るように見つめながら、教室から出ていった。

 僕は決心した。もう彼女からの誘いを大人しく待つだけの日々はおしまいだ。君がそのつもりなら、僕も本気で捕まえにいくよ。僕から逃げられると思ってるのかい?もう一度、僕の事しか考えられなくしようじゃないか。

 なぜ僕はここまでするんだ?そうか、きっと僕はオリビアが、好きになったんだ。
 

 
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