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思い通りに出来るなら(ハヤト視点)
2話 対等な関係
しおりを挟む前の学校と違って、ここプロピネス総合高校には魔法学という教科がある。魔法に関する知識や技術を競う大会まであるようだ。初日でいきなりホウキのレース大会に参加させられる事になったが、僕は嬉しかった。全員が魔法を使えるなら、僕より凄い生徒なんて大勢いるはずだ。良くも悪くもこれまでのような特別扱いはなくなるだろう。新しい人生の幕開けだ。今度こそ上手くやりたい。対等な関係の友達を作って、楽しく過ごすんだ。あの時の爽快感は、一旦忘れる事にしよう。
だがレースが始まり、ホウキに乗って空を駆け抜けるうちに、僕の期待は崩れ去った。前に、誰もいない。そして僕についてこれる人もいない。コースを間違えているのかと不安になる程だ。風を切る音と共に感じたのは、自分の魔力が予想以上に強大であることだった。
そのままゴールに一番乗りした瞬間、教師たちの間で歓声が上がった。「天才現る!」と騒がれ、後からゴールした生徒たちも一斉に僕を称賛する。僕はこれまでと同じ特別扱いを受けてしまうことに戸惑った。
困惑の中祝福を受けていると、その輪の向こうから、一人の女子生徒が息をきらせながらこちらを見ているのに気付いた。肩までの長さのある黒髪をなびかせる彼女からは物腰の柔らかそうな印象を受けたが、僕への視線は他の人とは明らかに違う意味を持っていた。悔しさと闘志が宿る嫉妬の瞳だ。
「あ、あの人?彼女はオリビアだよ」
僕の視線に気付いた一人の同級生が、説明をしてくれた。
「彼女、ほんとにすごいんだ。レースでも速かっただろ?負け知らずの天才魔女だ。あのオリビア・ポットを抑えて優勝するなんてお前、相当凄いんだな」
僕は同級生の言葉が信じられず、本気で驚いた。彼女にも圧倒的な差をつけてゴールしたからだ。あの子が脅威になることはレース中一度もなかった。天才と呼ばれる存在ならば、彼女が一位を取ってくれたほうが良かった。そうすれば僕は、目立たずに済んだのに。
そんなわずかな苛立ちから、ついぽろっと言ってしまった。それが僕と彼女の運命を決定づける、全ての始まりの合図になってしまうとは知らずに。
「天才?あれで?」
小さくこぼしたつもりがオリビアはハッと顔を上げ、唇を引き結んだ。
***
魔法学の勉強はとても楽しく、毎日が新しい発見の連続だった。前の学校では比べる相手がいなかったから分からなかったが、すでに使える魔法も多く、その度に自分の魔力が高いことを痛感した。新しく学んだこともすぐに覚えられたため、さらなる自信もついていった。
大会でいきなり目立ってしまった事に焦りを感じていたが、思ったより順調に滑り出せた。優劣はあるものの周囲の人も自分と同様に魔法を使えるため、僕の立場はあくまで優秀な学生というだけのものであり、前の学校のように僕の力に頼り切りになる人はいなかった。対等な関係。利用者と提供者ではなく、純粋な友達だ。女の子たちから好意的な目を向けられる事も多くなり、みんなと一緒に過ごす時間はとても充実していた。
こんな風に僕は新たな環境に早々に馴染み、楽しく過ごす事が出来た。ある一点を、除いては。
***
放課後の教室で友人たちと話していた時、教室のドアが勢いよく開かれた。
「ハヤト!帰る支度済んだら中庭に来て」
オリビアの鋭い声が教室に響き渡った。僕の周りにいた友人たちが一斉にこちらを見る。まさかと思ったけど、あの子、あの日から毎日来るな。
「また勝負?いいけど、何も変わらないと思うよ」
オリビアは僕の返事を無視して教室を出て行った。拒否はさせないという事だ。行かないとしつこいだろう。彼女の背中を見送りながら、僕は苦笑いを浮かべた。彼女の執念深さには呆れるばかりだった。
「ごめん、みんな。今日も町には行けそうにないよ」
「またレースか?転校してきたばっかりなのに目を付けられて、毎日大変だな」
友人の一人が僕を気遣う。
「まぁね。しばらくは付き合うよ。その内分かってくれるはずだ」
僕は肩をすくめて言い、中庭に向かった。
彼女との勝負はもう何度目だろうか。オリビアにはあの日の大会で優勝して以来、毎日のように再戦を申し込まれている。いつも僕を睨みつけてくるオリビアが苦手だ。勇ましく挑んでくる割には僕の予言通り、結果が変わる事はなかった。
中庭で二人だけのレースが始まると、スタートの時点で彼女を大きく引き離す。必死でホウキの柄を握りしめ辛そうに顔を歪める彼女にわざと涼しい顔を向け、容赦なく置いて行った。僕はとっくに自分の力を受け入れていたけど、彼女はそうじゃないらしい。僕が来るまで天才と呼ばれていたのかもしれないが、早く現実を知って欲しかった。
それにも関わらず、オリビアは聞き捨てならない言葉を口にした。なんと、僕はライバルらしい。この実力差で?つい笑ってしまうと、また顔を真っ赤にして憤る。どうも僕の発言のひとつひとつが気に食わないみたいだ。そんなに怒るくらいなら、せめてもう少しまともに張り合えるようになってから来てくれればいいのに。
オリビアが笑っている所を見た事が無い。友達と一緒にいる場面を見かけない。いつも一人で魔法学の教科書を抱え、静かに歩いている。きっと彼女は孤独なのだろう。だから勉強以外の楽しさを知らない。友達と過ごす楽しさを知れば、順位にばかりこだわる気持ちも薄れるはずだ。普通に接してくれるなら、僕だってオリビアとも仲良くやっていきたい。そう思い彼女の事も遊びに誘ってみるが、返事はいつもノーだった。どうにもつまらない人だ。真面目に上を目指すのはいい事だけど、僕を巻き込むのはやめてくれないだろうか。レースが終わると僕はいつも、再び特訓を始める哀れなオリビアを心の中で蔑みながら中庭を後にした。
***
ホウキレースでは敵わないと気付いたのか、今度はテストの点数を聞かれるようになった。結果が出る頃になると、点数の書かれた用紙を握り締めて僕の教室へ顔を出す。数学でも物理でも、成績がつくものなら何でも僕と勝負しようとした。彼女をなだめようと、他の子にもやっているように飴やチョコなどのお菓子を差し出すが、ことごとく拒否される。どんなに友好的に接してみても、オリビアは僕への態度を変えなかった。ああ、面倒くさい……そんなにツンケンしてないで、みんなで一緒に遊ぼうよ。
僕に闘争心は無かった。出来る事なら早く僕を負かして欲しい。でも、順位表の数字は変わらない。どんどん実績を増やしていく僕に焦ったのか、その内にオリビアは、僕の足を引っ張るようになってきた。選択科目の魔法学では同じクラスで一緒に学ぶ事になっているが、彼女は実技よりも筆記の方が得意なようで、ノートの取り方や細かい部分で僕の一挙手一投足に厳しく目を光らせた。
ある日も魔法学の教室に入ると、オリビアは僕の隣の席をわざわざ選んで座った。僕の授業態度を試すかのように、先生と僕のノートを交互に見てくる。
「ハヤト、先生の話と全然違う事書いてるじゃない。ちゃんと話聞いてるの?」
案の定彼女は、先生の指示通りではなく自分なりの調合方法を書き記す僕に目ざとく気付き、自身もペンを走らせながらすかさず指摘してくる。確かに先生の説明する薬草とは異なる成分を使っている植物でまとめたが、それは自分が実際使う状況下で効力を最大限に発揮させるためのアレンジだった。
「これは僕がいつもやっている作り方なんだ。魔法薬作るの、好きでね。効果は変わらないし、別にどっちでもいいはずだよ。実技の時に証明するつもりだけど」
「自己流なんて通用しないわ」
僕がどう授業に向き合うかなんて、彼女に関係あるのか?これではまるで監視だ。僕に指摘する事が出来て嬉しそうにするオリビアを見ながら、ため息をついた。それ以上反論しない僕に気を良くしたのか、さらに薬品のエネルギー計算でも、猛攻を仕掛けてきた。
「また変な計算式になってる。どうしてあなたは教科書通りにやらないの?見ているとイライラしてくるわ」
「これは効率を考えて省略できる部分があったから……イライラするなら、僕の事見なければいいだろう」
「そうね、テストでは減点されるわね。私が勝てるからいいけれど」
「いいよ。僕はテストのために勉強してるんじゃないから」
正式なやり方に固執するオリビアに、僕は静かに言い返した。それでも彼女は納得せず、その後も監視を続けた。
本当に迷惑な人だ。彼女の目は常に僕を追い続け、少しでも気に入らない点を見つけると必ず突っかかる。いっそ無視しようかと思った時、急に静かになった。ちらりと見てみると、オリビアは僕に顔を向け頬杖をついたまま、目を閉じていた。
なんて人だろう。あれだけ僕に厳しくしておいて、自分は居眠りか。驚きながらも、その姿をしばらく眺めていた。彼女の黒髪が光を受けて柔らかく輝く。優しそうな顔をしているのに、こんなにも負けず嫌いだと誰が分かるだろう。よく見ると目の下に、クマも出来ている。
ふと彼女のノートに目をやると、それが上半分までびっしりと埋め尽くされているのに気付いた。その横には使い古された羽根ペンも置かれている。
灰色で、羽根もボロボロになっているペンを見れば、すぐに分かる。じきに彼女は限界を迎えるだろう。彼女が努力している事は分かる。だけど同情は出来ない。僕への当たり方は異常だ。僕を困らせてまで欲しいのか?この学校の、この学年での一位の座というだけの小さな栄光が。
仕方無い……起こしてあげよう。
「ん……」
「そんなに無理しなくてもいいのに」
肩を軽く揺すると、オリビアは先生に気付かれる前に目を覚ました。全く……何がしたいんだ、この子は。自分が寝ていた事に驚く彼女を、僕は鼻で笑った。
***
オリビアは嫌にならないのか?毎日毎日僕の所に来て、レースを申し込み、点数を聞き、常に比べたがる。彼女は異常だ。僕は疲れ果てていた。オリビアの執拗さには、正直うんざりしていた。
「オリビアの事、前は天才だと思っていたけど、ハヤトを見ていたら本物ってこういう人の事を言うんだなって思ったよ」
周りの人たちはこんな風に僕とオリビアを比較した。きっとそうだろう。僕はともかく、彼女はどう見ても努力型だ。それなのに一度「天才」という称号を手にしてしまったがために、その言葉に縛られている。名誉を守ろうと、必死にもがいている。
「あのさ、オリビア。もうやめない?うんざりしているのが分からないのかい?こんな事続けても君も辛いだけだろう」
ついにはっきりと言葉にした。オリビアは何か言い返したそうに口を開きかけたが、悲しそうに俯いた。そのまま頷いてくれ。これで最後にすると言って欲しい。
僕はみんなと仲良くしたい。人の依頼に応えたり、競争に明け暮れる日々じゃなくて、他の人と同じように平穏な生活を送りたい。僕の魔法の力なんか気にせず、一人の人間として接して欲しい。それなのにオリビアは前の学校の奴らと同じだ。僕では無く僕の力にばかり目を向ける。
「僕はもっとやりたい事が他にあるんだ。君も他の事に興味持った方がいいと思うよ」
オリビアも疲れ切った顔をしている。やつれているようにも見える。その執念深さが、悲しく彼女を掻き立てる。お互いのためにも、もう関わらない方が良さそうだ。
しかしそう思った時突然オリビアは中庭の真ん中で、ホウキを強く握って、僕に叫んだ。
「仕方無いじゃない!だって……あなたの事しか考えられないんだもの!!」
……え?
オリビアは顔を赤くしてホウキを震わせている。ついまじまじと彼女の顔を見つめる。オリビアって、僕の事好きだったの?
彼女の突然の言葉に動揺して、思わず心が跳ねる。なるほど、だからここまで僕に執着していたのか。僕と戦いたいというのは一緒にいる口実だった訳だな。
「……それは愛の告白かい?でもごめんね。僕はもう少しにこにこしている子が好きなんだ。君の黒髪は綺麗だけどね」
でも僕は一瞬で冷静さを取り戻し、彼女の告白を断った。これだけ迷惑をかけておいて、自分の気持ちを押し付けるなんて、身勝手だよ。そんなやり方で僕の気を引けると思ったのだろうか。
「こっ、告白!?そんな訳ないでしょう!私だってお断りよ!!」
オリビアは即座に自分の言葉を否定した。さっきのは勢い余って口が滑ったのだろうか?顔を赤らめ、慌てて成績の話をし出す。さらにオリビアは、今度の魔法対決試合で僕と戦いたいとまで言い出した。取り繕うにも無理がある。彼女の下手な愛情表現には呆れるが、承諾した。ただし、これで最後だ。彼女の目的が分かった以上、気を持たせないためにも、決着をつけなければならない。最初から分かり切っていた決着だ。
***
決戦の日はすぐに訪れた。オリビアは最大限に闘志を燃やして、輪の中心で僕を睨みつけている。そんな彼女を煽りたくて、わざと周りで見ている人に愛想を振りまいた。
「ハヤト君、頑張ってーーっ!!」
「手加減してやれよ!!」
ざっと見渡した限りでは、僕の方が味方は多そうだ。僕はオリビアと違って普段から周囲に優しく接する事にしている。女の子だけという訳じゃなくて、男にも。成績には自信があるが、彼女のようにそれを鼻にかけるような真似はしなかった。この学校では敵を作りたくなかった。それでも結局こうして、逆恨みする者はいたけど。オリビアに見せつけてあげたかった。同じ優等生でも、普段の態度でこんなにも人望に差が出てくるという事を。
案の定オリビアは反応してくれた。顔に怒りの表情を貼り付け、僕を睨みつけている。からかうと、さらに顔を歪ませた。笑っている子が好きだと教えたのに、あまのじゃくな子だ。僕に本気でやれと言っている。
もちろん、そうするさ。
審判をやっている魔法学の教師が上げていた手を下ろしたと同時に、僕は杖を振った。そんなに痛くはないはずだ。けど、魔力をこめた光線を確実に当てる。オリビアは僕の先制攻撃にひるんだ。
このまま杖をはじき、一瞬で片を付けても良かった。だけど委縮したオリビアを見て、僕の脳裏にある記憶が浮かんだ。
僕の力を目の当たりにし、これまでの自らの行動を初めて振り返り、後悔する男たち────アレックスらの記憶だ。僕に恐れおののくオリビアに彼らの姿を重ねると、自分の中に眠っていた感情が再び湧き上がるのを感じた。
すぐに決着をつけるのをやめて、続けて攻撃を繰り出した。受け身を取るしかなくなるオリビアにも同情せずに後方へ吹き飛ばすと、それまで試合を楽しんでいた周囲の空気は一変した。
「えっ……?女の子相手にそこまでやる?」
僕がオリビアを女性として扱い、紳士に戦うと思っていたらしい一部の戸惑う声がする。その言葉に普通なら攻撃の手を緩めると思うが、なぜか僕は見せつけるようにさらに激しく彼女を痛めつけた。一生懸命バリアを張ろうとするが、魔法が完成する前に腕や足に魔法の弾を命中させる。
「うぅ……!ああっ………!!」
勝ち気だったオリビアの瞳が負けを悟ったように光を失っていく。先生もそれに気付き、降参を促した。オリビア、頷かないでくれよ。そう思う僕の希望通りに、オリビアは立ち上がった。そんなわずかなプライドも叩き割るために、彼女のちんけな攻撃を避け、距離を詰め、心を砕いた。わざと急所を避けて、手加減していると伝える。
「もうオリビアは限界だ!!やめろって!!」
一人の男子生徒が叫んだ。が、僕は無視する。この子が望んだ事だ。すでに決まっていた勝敗から目を背け続けた報いだ。みんなの前で、分からせてあげる。
この時、僕は不思議な事に、心の底から楽しかった。力の差を思い知らせてやりたいという気持ちもあるが、それ以上に自分の好きなように魔法が使える喜びを感じていた。オリビアが涙を流しながら痛みに苦しむ姿に、感じた事のない程の興奮を覚える。いや、今回で二度目だ。
閉じ込めていた感情が爆発する。練習試合でここまで打ちのめす事は無いと自覚しながらも、僕はオリビアへの攻撃の手を緩めない。そうだ、あの時は先生に止められた。でも今は、授業中だ。相手は無抵抗の一般人なんかじゃない。僕に勝負しろとしつこく迫った負けず嫌いの魔女だ。何をしようと、僕を止める事は出来ない。
周囲がどよめく中、僕は過去のフラストレーションを全てオリビアにぶつけた。八つ当たりもあったが、彼女になら何をしても良いと思った。魔法で磔にし、両手両足の自由を奪って、最後に大事な杖を手から落とす。オリビアの綺麗な黒髪がぐちゃぐちゃになって、涙で顔に貼り付いている。その情けない顔をみんなに見せてやれよと、杖を使って無理矢理上を向かせた。
「ごめん、オリビア。本気を出すまでもなかったよ。もう分かっただろう?君が誰を相手にしているか」
「……うぅ……」
「ちゃんと言ってごらん?降参しますって」
本気で止めにきた先生をも無視して、僕はオリビアの顎に食い込ませた杖に力を込めた。
「……」
「僕さぁ、ずっと我慢してたんだよ。大した実力もない人にライバル呼ばわりされて、毎日挑まれて。敵わない相手をライバル視してすみませんって言いなよ。ほら」
もう誰の声も聞こえない。いつも活気に溢れた静かな魔法練習場が静寂に包まれる。語気を荒げて謝罪を強要すると、オリビアはとうとう嗚咽をもらし始めた。
「うっ…ううっ……ごめんなさい、認めます……私はあなたに、敵いません……」
ようやく、負けを認めた。初めて僕に屈服した。
「もう僕につきまとわないって約束してくれるね?」
「はい……もう、ハヤトには近付かない……」
オリビアの目に偽りが無い事を確認して、僕は杖を下ろし、彼女の体を解放した。オリビアの体は支えを失って地面に倒れ込む。慌てて助け起こそうとする先生に後を託し、僕は自分の応援者に向かって勝利の拳を突き上げた。
「………………」
黙り込む僕の友人たち。さっきまであんなに騒いでいたのにね。
「どうしたの?勝ったんだ。祝ってくれよ、僕を応援してたんだろう?」
彼らは僕とオリビアを交互に眺めていた。拍手を忘れているみんなに向かってにっこりと微笑むと、彼らは目を合わせて頷きあった。
「お前……やっぱり凄いな!さすが天才魔法使いだ!」
「か、かっこよかったよハヤト君!!」
賞賛の声が次々に降り注ぐ。みんなの歓声が上がると、僕は嬉しくなった。みんなが僕にひれ伏しているような感覚だ。オリビアはかつてのナンバーワンだったんだ。その彼女をこうして倒した事で、おのずと僕の地位が確立する。僕の力を利用するための笑顔じゃない、僕にわずかな恐怖を感じて、目を付けられないための作り笑いだ。この瞬間、僕と友達の関係は対等でなくなってしまったというのに、悪くない気分だ。
僕を囲む仲間たちの向こう側で、先生に背中をさすられて一人むせび泣くオリビアが目に入る。誰も彼女の健闘を称えない。スポットライトが当たる僕と、その影でうずくまる敗者。やりすぎたとは微塵も思わなかった。それどころか彼女の姿に、体の底からゾクゾクとした何かが込みあがる。とてつもない満足感と…………興奮だ。
オリビアを通じて、伝えたい。みんなも分かってくれたかな?僕は平穏を望んでいるんだ。心配する事は無い。僕に何もしない限り、僕も今まで通り優しいクラスメイトでいるから。
オリビアが試合という絶好の機会を与えてくれて良かった。これでようやく、僕は全てのしがらみから解放される。
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