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思い通りに出来るなら(ハヤト視点)
1話 崩れゆく使命感
しおりを挟む「────このように、魔法に関する法律が未だ整っていない現在、この国の秩序は個々の良心に依存して保たれています。僕たちは魔法を学ぶ学生として人々の先頭を切り、正しい倫理観を持って使用していかなければなりません。
特に僕は子供の頃からその力を人一倍強く実感してきた者の一人として、この能力を適切に扱い、積極的に社会貢献活動を続けていく事で、模範となる存在でいたいと考えています。そうする事によって、周囲に良い影響を与え、社会全体の発展に繋がると信じています──────────ハヤト・ヤーノルド」
微塵も心に無い事を壇上で熱く語る。頭を深々と下げてみせると教師たちは立ち上がり、我がプロピネス総合高校にとってこれほど頼もしいことはないと、感嘆の声を上げる。大勢の生徒たちも、僕に向かって大きな拍手を向けた。誰もが僕を褒め称え、僕の言葉を信じ込んでいる。
これでも最初は本心だった。前の学校では、この力は自分ではなく人のために使いたいと思っていた。でも今は、そんな謙虚な優等生はどこにも存在しない。僕は心の内を見破らせまいと一人一人の目を捉えて、穏やかな笑顔を作ってみせた。
***
「ハヤト、悪い。指切っちまって……ちょっと治してくれないか?」
「ああ、いいよ」
授業の合間に軽く傷をつけた指を見せにきた友人に杖を振ると、ひんやりとした光のもやが指を包んで傷を塞いでいく。
「サンキュ!いつも助かるよ」
笑顔になる友人の後ろから、また別のクラスメイトが顔を出す。
「ごめん、私もお願いがあるんだけど……数学のノート失くしちゃって。物を探す魔法ってある?」
「出来るよ。この教室にあるかな?」
教室の中央に立って杖をかざすと、部屋の隅に積み重なった通学カバンの間からふわりとノートが浮かんでくる。
「あっ、こんな所にあったの……ありがと!ハヤト君の魔法ほんとに凄いね」
彼女も嬉しそうにノートを抱き締め、僕に礼を言って去っていった。
近年ではありふれているらしいこの力を、生徒数の少ない転校前の学校で僕以外に扱える者はいなかった。先生からはこれを「社会に役立てるように」と指導され、僕も本気でそうありたいと思っていた。だから、友人たちのちょっとした頼み事なら喜んで応えた。簡単な魔法で解決出来る、日常のささいな困りごとだ。高い場所にある本を取ってあげたり、割れた窓ガラスを修復したり、空を飛んでみたいという人をホウキの後ろに乗せたり。ありがとうと言われると嬉しいし、人気者になれた気がした。運良く勉強の方も得意で、成績は常にトップ。僕にはいつだって余裕があった。クラスメイトたちの喜ぶ顔が見たくて、将来はたくさんの人を笑顔にさせる仕事に就きたい────そんな希望溢れる夢まであった。
だけどたまに、この能力が恐ろしくなる時もあった。どう頑張ってコントロールしようとしても強すぎる魔力の放出を抑える事が出来ない瞬間があり、しばしば予想外の結果を招いたからだ。先生に図書室の本を整理するよう頼まれた時、全ての本が棚から飛び出して部屋中に散らばってしまったり、体育館の掃除を一瞬で終わらせようとすると、魔法が暴走して床全体が水浸しになった。これを防ぐにはもっと思い切り魔法を使えば良いという事は分かっていたが、日々の学校生活でそれ程の魔力が必要になる事などほとんどなく、ちまちまとした人助けにばかり使っていた。だからそんな時僕はいつも、誰もいない場所で適当に杖を振り、いつもの魔力量に戻るまでひたすら発散し続けた。
同級生を助け、教師を助け、時には暮らしている田舎町の地域社会に貢献する。これは僕の使命だ。間違いなく、やりがいを感じていた。しかし一方で、だんだんとその要求が過剰になっていっている気もしていた。些細な頼みごとが中心だったが最終的には僕の力を当たり前のように利用し、自分たちの都合を押し付けてくるようになった。全ての要求に応えるわけにはいかないと、僕も徐々に線を引くようになっていった。
「彼女が浮気してるかもしれないんだ。あいつの行動を魔法で見張ってくれよ」
「それは……やったらいけないと思う」
友人の一人が頼んできたとき、僕は初めて断った。彼はすぐに「そっか……。そうだな」と引き下がったが、彼の拳が一瞬、軽く握られた。
またある教師は僕をこっそりと呼び出し、自分の待遇が良くなるように僕に不正を働くよう指示した。
「ヤーノルド。今日は大事な職員会議なんだよ。先生の給料が決まる……ね。そこで…先生の評価を上げるのをちょっとばかり、手伝って欲しいんだよ……お前の成績も上げておくぞ」
「……それが社会にどう役立つのですか」
いつも文句ひとず言わずに引き受けていた僕の問いかけに、先生は言葉に詰まって顔をしかめた。
「…………やっぱり、いい。聞かなかった事にしてくれ。でもお前はもう少し、物分かりのいい生徒だと思っていたよ。残念だ」
先生は深いため息をつき、無言で立ち去った。その背中からは、僕への不満が滲み出ていた。
色んな人がこんな態度になっていった。僕が願いを叶えるのが当たり前で、断れば残念だと吐き捨てる。魔法の力も使えば当然体力が減るから、引っ張りだこの毎日で自分の為に使う事などほとんどなかった。そのモヤモヤさえ吹き飛ばしていた感謝の言葉も、少しずつ減っていった。力の使い方に迷いが生まれる。自分が必要とされているのか、利用されているだけなのか疑問に思い始めたある日、決定的な事が起こった。
***
その日、アレックスとダンが廊下で声を荒げていた。二人は小さなことでよく衝突していた。今回の喧嘩の原因も些細なことだと思うが、僕が近くにいるのを見つけると事態は一変した。
「ハヤト、ちょっと聞いてくれよ。 こいつさぁ、ほんとバカなんだよ。冗談も通じないでいちいち怒るんだ。お前の魔法で少しビビらせてやれよ」
アレックスが僕に向かって言った。彼の目は真剣そのもので、半ば命令口調だった。
僕は戸惑った。これまでの魔法は皆を助けるため、そして喜んでもらうために使ってきた。友達の一方を脅すために使うなんて、考えたこともない。
「それはダメだよ、アレックス。僕の魔法はそういう風に使うものじゃない」
ダンは大切な友達なんだろう?しかし、アレックスは聞く耳を持たなかった。
「なんだよ?ちょっとぐらい痛い目見ないと分からないんだよこいつは!だから別にいいだろ!」
彼の言葉には、明らかな強要が含まれていた。どちらかの肩を持つ事は出来ないと首を振ると、今度はダンも主張を始めた。
「ハヤト、俺の方がお前と仲が良いだろ?アレックスを懲らしめてやってよ。こいつこそすぐ調子に乗るクズだ」
二人は僕の力を利用して自分たちの問題を解決しようとしている。僕を武器として使おうとする友達を見て、胸がざわつく。
「出来ないよ。先生に攻撃の魔法は使うなって言われてるんだ」
「そんな事言うなって。ちょっとでいいから」
ダンも僕の考えを無視して、自分たちの都合で魔法を軽率に使わせようとする。
「僕を喧嘩の道具にしても解決しないだろ。話し合いでなんとかするんだ」
「それが難しいからお前に頼んでるんだって」
「断る」
嫌気が差してきっぱり断ると、二人は急に静かになった。分かってくれたと思いその場を立ち去ろうとすると、背中にアレックスの冷笑を含んだ声が飛んできた。
「腰抜け」
その言葉に、僕はピタリと足を止めた。
「腰抜け……?」
ゆっくりと振り返ると、アレックスだけでなくダンもニヤニヤと笑い、挑発的な顔で僕を見ていた。
「だってそうだろ?お前、この前のスポーツ大会でもそうだったじゃないか。決勝だったのにお前に断られたせいで負けちまった。お前のせいで優勝のチャンスを逃したんだよ」
さっきまでアレックスと激しく言い争っていたダンも、僕への罵倒に頷きながら加勢する。
「確かにこいつ、肝心な所で役に立たないよな。雑用魔法使いのくせに。使えない奴」
二人の言葉が頭の中で反響する。腰抜け、使えない、雑用魔法使い。心無い言葉だけど、ストンと腑に落ちる。ああ、そうか。僕はこの力を人助けのために使っていたつもりだったが、そう思っていたのは僕だけのようだ。みんなにいいように使われるだけの、便利屋だった訳だ。
突然分からなくなる。先生はどうして攻撃の魔法を使うなと言ったんだ?なぜダメなんだ?みんなが困るからか?僕が困るのは誰も気にしないのに?
「本当は前からお前の事気に入らなかったんだよ。いっつも澄ました顔して、いい子ぶりやがって。何かっこつけてるんだ?」
「アレックス、酷い事言うなよ。しないんじゃなくて、出来ないんだろ。俺らの使いっ走りで精一杯なんだよ。見た事ないだろ?こいつがあっと驚く魔法使ってるところ」
「確かに!おいハヤト、悔しかったらなんかすげぇ魔法見せてみろよ!!」
アレックスとダンは石を投げ続ける。分かった。いいよ。僕の心の器から、とうとう煮えたぎる思いが溢れ出した。
「……良かったね。仲直り出来たじゃないか。ついでに仲良く消えてくれないか?」
僕は二人に笑いかけ、杖を取り出した。人を攻撃してはならない、そんな信念が僕の中にあると思い込んでいたが、どうやら単に今まできっかけが無かっただけのようだ。
「おい、お前……なんだよ、消えるって……」
ダンが一瞬ひるんだ顔をしたが、それを遮るように杖を振った。僕の杖から真っ直ぐ伸びる光の線は瞬く間に二人を弾き飛ばし、廊下の壁に激突させた。僕が初めて自分のために力を使った瞬間だ。面白い程の威力に、ずっと閉じ込めていた本当の気持ちが爆発する。
「い……何すんだよ!!ハヤ……」
痛がる彼らの前に僕は立った。杖を下ろさない僕に、二人は息をのむ。
胸の奥に今まで感じたことのない高揚感が渦巻いていた。顔を歪めるアレックスとダン。その怯えた目が僕を見上げている。その瞬間、僕の中で何かが弾けた。
「あはは、確かに君たち、冴えない魔法しか見た事なかったもんね。ビビらせて欲しいんだろ?言う通りにしてやるよ」
手が震えるのを感じた。それは怒りや恐れではなく、興奮と満足感だった。彼らを傷つけることが、こんなにも簡単で、そして心地よいことだとは思わなかった。周囲の感謝の言葉を貰った時以上に、喜びに満たされる。
二人は声を出せずに震えていた。恐怖に支配されている表情を見て、自然と笑みがこぼれる。
もっと彼らを痛めつけたいという衝動が抑えきれない。二人は座りこんだまま後ずさりしようとしたが、背後に壁を作り逃げられなくした。彼らの絶望的な目を見て、僕の中の暗い欲望がますます膨れ上がっていく。
「お願いだ……悪かった、何でも言う事聞くから、もうやめてくれ……」
ダンが泣きながら訴えたが、その言葉は僕の耳には届かなかった。愉快で仕方無い。胸がすっとする思いだ。僕の言う事を聞くという事は、僕の下の存在になるんだな?
もう僕は誰の依頼も聞かない。好きなように魔法を使う。周囲に気を遣って、下手に力を抑えこんだりしない。僕はさらに魔力を込めて、彼らにもう一度攻撃を加えようとした。しかしその時、突然強い手が僕の肩を掴んだ。振り返ると、そこには険しい顔をした先生が立っていた。
「ヤーノルド、何をしているんだ!?」
先生の怒鳴り声が響き渡り僕はハッと我に返ったが、既に遅かった。
二人とも喧嘩の事など忘れ、騒がしく今回の事件の証言をした。話し合いの末、僕の行動は危険極まりないとされ、退学という結論に至った。元々唯一魔法が使える生徒として扱いに困っていたらしい。これまでの僕の貢献はなかったものになっている。決定はそれは速やかで、反論の余地はなかった。こうして、僕はあっという間に学校を追い出された。
こんなにも学校中に尽くしてきたのに、一瞬で全てを失った。でも、後悔は無い。この学校が僕の居場所じゃなかったというだけの事だ。最後に大事な事に気が付けて良かった。自分が本当に求めている事は何かという事だ。それは、周囲の笑顔なんかではない。
アレックスたちの恐れに凍り付いた顔が、脳裏に焼き付いていた。
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