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執着の逆転

10話 模範的な道徳心

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 ハヤトが怖い。ここまではっきりと拒絶しているのに、彼は毎日私の所へやってくる。ハヤトは人気者だからいくらでも遊び相手がいるはずなのに、嫌がる私の元へ現れては再戦を迫った。友達のいなくなった私に断る口実はなくなり、彼もそれが分かっているのか、引き下がらなくなった。私は授業が終わると全力疾走で自室へ逃げるように帰った。

 休みの日も、宿舎の一人部屋から出られなくなってしまった。彼にドアをノックされる事が増えたからだ。食事や他の用事も全て彼に見つからないように、気を張りつめる日々。私はだんだんとやつれていった。それでも学校を休まないのは、まだかろうじてある成績維持への執着からだった。

 今日の魔法学もまたグループワークと言われ、私は息が出来なくなりそうになる。嫌だ、嫌だ、嫌だ!!震える手でくじを引くが、開く前にハヤトに引っ張られる。

「また一緒だね。嬉しいよ」

 きっと私の手の中にある紙には、ハヤトが見せる紙と同じ数字が書いてあるのだろう。力強く私の腕を引くハヤトに、私は何も言えない。しかもグループじゃなくてペアだった。もう他のメンバーとの雑談に逃げる事も出来ない。

 教室の端の席に無理矢理座らされ、怯えて縮こまる私を無視して課題に取り組み始めるハヤト。

「今日はディベートするんだよね。テーマは……『魔法学と倫理観』か。賛成派と反対派に分かれて、魔法をどこまで自分のために使っていいのか議論するんだな。よし、僕は反対派に回るよ。オリビアは賛成派をお願いね」
「…………」

 ペラペラと取り仕切り、勝手に反対派を選ぶ。ハヤトは私の目を見ながら、ゆっくりと反対意見を述べた。そしてその内容は、私のこれまでの疑惑を確信へ導くものだった。

「僕はね、いかなる場合でも自分勝手な理由で魔法の力を使ってはいけないと思うんだ。魔法は人を助ける為のものだ。例えば、病気を治したり、人を笑顔にしたり……この力は社会に役立てるべきだよ。もちろん、個人的にちょっとした利便性を求めて使うのは有りだけどね。それがどこまで、っていうのもあるけど」
「……」

 私は机の一点を見つめて、嬉々として語るハヤトの低い声を黙って聞いた。

「どんなに力があっても、自分の思い通りに事を運ぶために、他者を操作する魔法なんてもってのほかだよね。例えば、誰かと一緒にいたいからってくじの中身をいじったり、自分に注意を向けさせるために周囲から孤立させたり、それでもこっちを見てくれないから今度は大切な物を壊してみたり……どう?オリビア」

 ハヤトは目を爛々と輝かせて、私の顔を覗き込む。私の反応を、楽しむように。

「……そう思うのなら、しないで」
「何の事?例え話だよ。さ、君の賛成意見を聞かせて欲しいな。ディベートしよう」

 ハヤトは固まる私の手に自分の手を重ねた。
 もう、無理かもしれない……限界だ。

「ハヤト、もうやめて。あなたの才能は凄いわ。本心よ。ちゃんと自分の負けを認めているから……お願い。私につきまとわないで」

 私は震える声で彼に告げるが、ハヤトはそれに答えるように私の手を上から握りしめた。

「もうそれだけの理由じゃないって君も分かってるだろ。僕だって、これ以上君に無視されるのは耐えられないよ」
「わ、分かった。無視しないから、友達にかけた魔法を解いてくれる?」
「どうして?君は僕の事しか考えられないって言ったじゃないか。友達なんかいらないだろ」
「言ったけど、そういう事じゃない……!」
「とにかく、早く賛成意見を出してよ。自分勝手な理由で魔法を使う事の正当性を証明してくれよ。優等生のオリビアなら出来るだろう?」

 授業どころではなかった。先生の合図が出るまで何も言う事が出来ず、私たちの評価は最低ランクのDになった。それもどうでも良かった。

 ハヤトによって私の日常がどんどんおかしくなっていく。このままだと、どうにかなりそうだ。言っても分かってくれないハヤトにどう対処したらよいのか、分からない。魔法学が終わると、ハヤトは人混みの中へ消えていく。クラスメイトたちの前では今まで通り、優秀で誰にでも優しい、学校の新たなヒーローだった。



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