3 / 39
無駄なあがき
2話 引き下がれなくて
しおりを挟むハヤトの振る舞いからは必死さが感じられない。反対に私は、いつも精一杯だった。何かに掴まっていないと落ちてしまう、ギリギリの所にいるような。私はハヤトをライバルと言い張ったが、正直なところ根本的な差があるということにうすうす気付いてきていた。それにも関わらず、私の病的なまでの彼への執着は続いた。
周囲からは、「ハヤトの事が好きなの?」と言われる事もあった。確かにそう思われるのも頷けるぐらい、私は彼に付きまとっていた。魔法学の選択授業では彼の隣の席を必ず確保し、ノートの取り方や授業への取り組みを監視して、ほんの少しでも間違えれば意気揚々と指摘してみせた。でも、上手くいかない時もあった。連日ハヤトを超えるべく夜遅くまで魔法の特訓や猛勉強をするせいで、授業中に居眠りをしてしまう事が増えた。本末転倒だ。ハヤトのミスを笑いたいのに、反対に揺り起こされ、鼻で笑われる。
断られても毎日のようにレースを挑み、テストの点数で勝手に争い、彼の粗を探す。彼が少し迷惑そうにしているのも分かっていたが、もうこのまま負け続けている事に耐えられなかった。天才の名を返して欲しかった。実のところ私の成績は才能によるものでも何でもなく、隠れて努力して掴み取っていたという事は周囲にバレ始めて来ているから、もうその称号は返って来ないと分かっていながら。偽物の天才は何かに取り憑かれたように、本物の天才に挑み続けた。
「……あのさ、オリビア。もうやめない?うんざりしているのが分からないのかい?こんな事続けても君も辛いだけだろう?」
放課後、久しぶりにホウキのレースをした後、私のゴールを待っていたハヤトに言われてしまう。悲しかった。こんなに頑張っているのに、以前よりペースが落ちてしまった。最初は応援してくれていたクラスメイトたちの間でも、もう潮時だという空気が流れていた。分かっている。とっくに嫌になる程理解しているのに、どうしても認める事が出来なかった。
「僕はもっとやりたい事が他にあるんだ。君も他の事に興味持った方がいいと思うよ」
「仕方無いじゃない!だって……あなたの事しか考えられないんだもの!」
私は泣きそうになりながら、中庭中に響き渡る声で叫んだ。だって、ハヤトが転校してくる前までは、私こそが天才と呼ばれる地位についていたのだ。負け知らずで、尊敬の眼差しを向けられる日々。またあの時のように、大勢からの注目と拍手を自分だけのものにしたいというのは、自然な事でしょう?それに、いつも孤独で隠れるように必死に猛勉強していた私と違って、ハヤトには誰かと遊ぶ余裕もあって、穏やかな性格から色んな人に好かれて。それがまた悔しかった。
だから、今は他の事になんて目を向けている暇は無い。そんな思いをぶつけたつもりが、ハヤトは突如固まり、じっと私を見た。
「……それは愛の告白かい?でもごめんね。僕はもう少しにこにこしている子が好きなんだ。君の黒髪は綺麗だけどね」
「こっ、告白!?そんな訳ないでしょう!私だってお断りよ!!」
私は驚いたが、ハヤトに一歩近付いて、指をつきつけた。
「ふふっ、本当にそうかな?それじゃあどうして、そんなに僕につきまとうんだよ」
「当然、あなたから1位の座を取り戻すためよ。ねぇ、今度の魔法対決試合、私の対戦相手になってよ」
「え?まだやるの?しかもあれって男女別だろ?」
「先生に言えばきっと許可してくれるわ。どうなの!」
私の威圧に、ハヤトはやれやれと肩をすくめた。
「分かったよ……それで決着付けよう。僕が勝ったら諦めてくれるね?」
「ええ」
ハヤトが出す条件を飲んで、思いきり威嚇する一方で、私は内心安堵していた。もう体はボロボロだったからだ。引っ込みがつかなくなっていたけれど、勝っても負けてもこれが最後だ。私はようやく、この辛い日々に終止符を打つ事が出来る。
***
私はこの日に向けてさらに自分を追い込んだ。試合とはいっても授業の一環として月一で行われるささやかなもので、一般科目でいうところの小テストみたいなものだ。普段は男女別にランダムで対戦相手を決めるが、私は先生に頼みこんでハヤトを指名した。優秀な生徒同士の戦いがどんな結果になるのかと先生は面白がって承諾してくれた。
一本勝負のこの試合は、いつもなら魔法の練習場に散らばった生徒が流れ作業のように魔力をぶつけ合い、勝敗に誰が盛り上がる事もなく次々と入れ替わっていくが、私とハヤトの試合は誰もが参観を希望し、円になるように人だかりが出来てしまった。私のプライドを賭けた勝負にクラスメイトたちは興味津々だったらしい。男子は純粋に勝負の行方を見守っているが、女子たちは皆ハヤトを応援している。
ハヤトはいつものように余裕綽々の表情で私を見据え、杖をくるくると回した。観衆に手を振り、女の子たちの黄色い声援を引き出す。その態度に私は怒りを隠せない。キッと睨むと、ハヤトはポケットに手を入れて笑った。
「どうしたの?嫉妬かな?」
「いいえ。戦いに集中してない事に心の底から腹が立っているのよ」
「強がっちゃって。そんな事言っても僕の気は引けないよ」
「何を言ってるの?私は本気でやるから、あなたも遠慮なくね」
「はいはい。そのつもりだよ」
ハヤトは私より自分を応援する子たちの方が気になるようだ。本当に感じが悪い。私にとっては一世一代の大勝負だというのに、この人はパフォーマンスばかり気にしている。相当に余裕があるのだろう。だけど、私には勝てる見込みがあった。寝る間も惜しんで特訓してきたのだ。体調は万全ではないけど、この数日で魔力も増えた気がする。その余裕ぶった鼻を明かしてやる。好きなだけ油断すればいい。
私は戦いのシミュレーションをした。試合開始の合図が下りたら、間髪入れずに足元を狙う。その次に、へらへらとした憎たらしい顔目掛けて魔法弾を放つ。彼が防いだその隙に、私は上空へ飛ぶ。空から彼の逃げ道を奪い、杖を地面に叩き落とすよう細い雷を落とす。完璧よ。何回練習したと思ってるの?ついでにハヤトのあの態度も計算済み。見てなさい……
しかし、私はいきなり出鼻を挫かれる事となる。
32
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
憐れな妻は龍の夫から逃れられない
向水白音
恋愛
龍の夫ヤトと人間の妻アズサ。夫婦は新年の儀を行うべく、二人きりで山の中の館にいた。新婚夫婦が寝室で二人きり、何も起きないわけなく……。独占欲つよつよヤンデレ気味な夫が妻を愛でる作品です。そこに愛はあります。ムーンライトノベルズにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
義兄の執愛
真木
恋愛
陽花は姉の結婚と引き換えに、義兄に囲われることになる。
教え込むように執拗に抱き、甘く愛をささやく義兄に、陽花の心は砕けていき……。
悪の華のような義兄×中性的な義妹の歪んだ愛。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる