上 下
60 / 66
おまけ 天才魔法使いの恋愛遍歴

⑨悪者で構わない

しおりを挟む

扉の向こうは別世界みたいだ。にぎやかな街のクリスマスソングも聞こえなければ、道路を走る車の音さえ届かない。普段通りの静寂さがそこにある。

僕は特別本が好きな訳ではない。イベント騒ぎが嫌いという事もない。それなのに、この場所へ来るとホッとする。

ちょっと前に降り始めた雪の冷たさとは反対に、ここは暖かかった。という事は、誰かがいるのだろう。でも、読書テーブルは入口からは見えない。

「ほんとここ、人いないわね。埃っぽいし。授業で必要な時にしか来た事ないわ」

アメリはコートを脱ぎながら辺りを見渡した。

「あ、ああ」

「宿舎の方にも新しい図書室が出来たから、ここはその内無くなるかもね。種類はここの方が多いけど」

「それだと困るよ。こっちにしか来ないんだから」

口が勝手に動く。

「え?ハヤト君ここ好きなの?」

「あ、いや。そう言っている人がいたから」

人が多い所だと、勉強を頑張っているのがバレてしまうからな。

「へぇ、お友達?物好きな人もいるのね。じゃ、探そっか」

「えっ、オ……その人を?」

「は?本だけど。クッキーのレシピ探しに来たんでしょ?」

「……ああ、そうだったね」

しまった。冷や汗が流れる。

「何よ、ハヤト君もしかして天然?かわいー」

「違うんだ。ごめんね」

吹き出すアメリ。僕の頭を撫でようとしたのを、思わず避けてしまう。

「あ、照れてるー。誰も見てないんだから、いいじゃん」

僕にくっつき始めるアメリに、絡ませられた腕を優しく解きながら言った。

「ね、ねぇ、クッキー楽しみにしてるんだよ。早く本探そうよ。僕は向こう、見てくるから」

「分かったわよ。ふふっ、また後でね」

なんとか二手に分かれる事に成功した僕は、レシピ本を探すフリをして、本棚の間を抜けた先へ行って、立ち止まった。

「やっぱり………」

自分にも聞こえないぐらいの声でつぶやく。そこにはいつもと同じように、窓際の席に座り、1人で机にかじりついて勉強するオリビアの姿があった。大きなツリーの横で、寂しそうに黙々と羽根ペンを走らせている。いや、寂しそうに見えるのは、僕の勝手な思い込みだろうか。

そのまま数分、彼女を眺めてしまった。なんだか懐かしさを感じる。ここで過ごした日々を思い出す。そろそろ疲れて紅茶が飲みたくなる時間なんじゃないか。

「ハヤト君?何かあった?」

後ろからアメリが不思議そうに声を掛けてきた。

「あっ、ごめん。ちょっと気になる本があったから見てたんだ」

慌てて元の場所へ戻る。

「もう、脱線しないでよね。それより、レシピ本見つけたんだけどね」

アメリが、本を開いてこちらに見せた。

「見てよ、これ。思ったより難しそうなの。材料だけじゃなくて、はかりとか、オーブンもいるんだったわ。お菓子作りって大変ね……」

「ど、道具持ってないの?」

「うん。ハヤト君、火の魔法使える?」

「いや…使えるけど、クッキー焼く火力じゃないと思う…」

魔法で焼いたら炭になるぞ。

「そっかぁ。どうしよう」

参ったな。材料を買う前に確認すれば良かった。

僕は買い物袋の中身を見た。もう買ってしまったものは仕方ない。本をパラパラとめくって、今あるものでなんとか何か作れるものはないか模索していると、アメリは本から顔を離して適当に本棚を眺め始めた。

「アメリ?」

「……どうしよう、もう夜になっちゃったし…」

チラチラと僕を見てくるアメリに、また僕は気付いてしまった。

きっと、作る気が失せたのだ。材料を僕に買わせた手前自分からは言えないが、僕に言って欲しいのだろう。作るのはやめていいよ、と。またこれか。アメリの、こちらに言わせるやり方は卑怯だ。僕は限界を感じてしまった。

「分かった。もういいよ。お菓子作りはやめよう」

本を閉じる。

「えっ、いいの?ハヤト君、優し…」

「面倒臭くなったんだろ?」

「そんな事無いよ!もう今日は遅いから、しょうがなく…」

「そうだな。だから、帰ってくれ」

「え!?何でそうなるの?別にお菓子作りしなくても、まだ一緒にいようよ!あ、クッキーが食べられないのが嫌なの?だったら、買えばいいじゃない。ほら、有名店が近くにあるでしょ?今からでも並べば…」

「僕が買うんだろ?」

「え?」

「僕はいらないよ。もうプレゼントも買ったし、いいだろ。デートはおしまいだ」

アメリは顔を赤くして怒った。

「何よ!クッキーひとつ買えないの!?」

「買えるよ。でも、僕は君と食べたくない」

「酷い……最低!ケチ!!もう嫌いっ!!」

そう言い残し、僕から買い物袋を奪い取り、怒って図書館から出ていった。

「…ケチ、か」

ため息のような力の無い笑いが出る。

遅かれ早かれこうなっていた事だろう。一緒にいれば好きになれるかと思っていたけど、もう無理みたいだ。今日1日、いや、付き合い始めからずっと、僕は何ひとつ楽しめなかった。アメリが、僕が悪いと思っているならそれでも構わない。こう言っちゃなんだが正直ラッキーだ。僕の事が嫌いになったなら、もう僕も好きにしていいよな。

うるさくてごめん、オリビア。静かに会話しているつもりだったけど、さすがに今のやり取りは聞こえていたはずだ。そう思って、僕はオリビアの前に姿を現した。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

溺愛婚〜スパダリな彼との甘い夫婦生活〜

鳴宮鶉子
恋愛
頭脳明晰で才徳兼備な眉目秀麗な彼から告白されスピード結婚します。彼を狙ってた子達から嫌がらせされても助けてくれる彼が好き

野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

処理中です...