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おまけ 天才魔法使いの恋愛遍歴
②かりそめの褒め言葉よりも
しおりを挟む僕はすぐに転校の準備をした。
両親は仕事が忙しく、自分の事はほとんど1人で出来るようになっていたから、一人暮らしをするために家を用意していたのだが…プロピネスには宿舎が完備されていた。慌ただしく準備したせいで、転校先の事は何も知らなかった。
ちなみに家の場所は、あえてゴブリンのいる森の近くを選んだ。以前より出没する場所として知っていた所が、たまたま学校の近くだった。同級生に攻撃して以来強くなり過ぎていた魔力を制御するため、いつでも狩りに行けるようにしたかった。万が一の時のための回復魔法薬を作る作業所として、この家を使う事に決めた。
なんとか手続きも済み、いよいよプロピネスに足を踏み入れる。学科が色々とあるらしいが、ここの校長の勧めで特別進学科になった。
突然の転校だったから知らなかったが、その日はなんと校内イベントの当日だった。
***
「町内を巻き込んだイベントにしたかったの。生徒たちが生き生きと空を飛ぶ姿を、学校の施設だけに留めておくのはもったいないと思って」
「それでこの大会を創設されたのですね。お若いのに素晴らしいお考えと行動力です」
「ふふふ…ハヤト君って高校生には見えないわね」
ヒールの高い靴を履いているというのに、芝生の上をものともせず歩くこの女性は、この学校で魔法学を指導しているというマリア先生だ。彼女に案内して貰いながら、大会の説明を受けた。ホウキレース大会はその名の通り、学年の生徒全員でホウキに乗り、町を一回りするという大きなイベントらしい。マラソン大会みたいなものなんだろう。
「あなたも相当な腕だと聞いているけれど、うちにも凄い生徒がいるのよ。今日のレース、楽しみにしているわね」
前の学校に魔法の使える生徒はいなかったから分からなかったが、前の校長やここの先生たちの様子から察するに、僕は相当な力を持つらしい。それでもここは魔法学を専門的に学べる事で有名な学校だから、さすがに1位は無理だろうと思った。出来るなら僕も誰かと切磋琢磨してみたい。
しかし、それは期待外れに終わった。普通に飛んでみただけなのに、歓声が起きた。僕は皆よりもずっと先を飛んでいた。どうやら僕の飛行レベルは、ここでも格段に優れているらしい。マリア先生が言っていた「凄い生徒」が誰なのかさえ分からない。
ガッカリしながらも淡々とゴールを目指していると、後ろから風を切る音が聞こえてきた。誰かが僕に追いつこうとしている。もしかしたら先生が言っていた生徒かもしれない。
よし、勝負だ、と僕はスピードを上げた。誰かは僕に追いつけない。が、諦める様子も無い。しばらく飛んだのち、相手がどんな奴なのか確認したくなって、スピードを落として横に並んだ。
僕は驚いた。てっきり男だと思っていたが、女子生徒だった。黒い髪をなびかせて、必死に僕を追ってきていたのは大人しそうな女の子だった。彼女は僕を見ると、悔しそうに顔をゆがめて、空中で止まってしまった。なんてもったいない。
僕はそのまま1着でゴールし、ゆっくりと降り立った。嘘だろ?皆本気で飛んでいたのか?魔法学の名門校じゃないのか?田舎の片隅からやってきた僕なんかに負けていいのか。
地面に足を付けると、先生たちが一斉に駆け寄ってきた。その中には、マリア先生もいた。先生は興奮しているようだった。
「凄いじゃない!ハヤト君。今まで見た事無いスピードよ。飛行技術だけじゃなくて、ホウキに乗る姿勢も洗練されていて品があるわ」
そうか?とも思ったが、笑顔の先生方をしらけさせるのも良くないと思い、素直に礼を言った。
「ありがとうございます」
後からゴールした知らない生徒たちにも褒められた。「天才」だとか「特別」だとはやし立てる彼らにも愛想良く対応したが、正直嬉しいものでは無かった。心の奥底までは見えないと、もう充分分かっていた。
それよりも気になったのが、僕に1人立ち向かってくれたあの女子生徒だった。彼女のクラスメイトだという人がたまたまいたので、連れて行って貰った。ぽつんと立って息を切らし、うつむいている。あのスピード差でも諦めないでついてこようとするなんて、相当根性のある子だ。
僕は挨拶した。なぜか物凄く機嫌が悪い。どうして並走したのか、と聞かれた。どうしてと言われても…。あのまま競走し続けていても僕の勝ちは見えていたし、本気を出してもいなかった僕に張り合おうとする無謀な挑戦者が誰なのかと思ったから…正直に答えたら、思い切り睨まれてしまった。
名前は、オリビア・ポットというみたいだ。オリビアは、握手さえしてくれない。何でこんなに怒っているのだろう。周りに立つクラスメイトに聞いてみたら、彼女は学年一の成績を誇る天才なのだそうだ。飛行術も得意で、今までオリビアを抜く者はいなかったらしい。
なるほど、それで僕に負けたのが許せなかったのか。だけど少しがっかりした。この学校でも、僕と対等に渡り合える人はいないらしい。
「ああ、学年一なんだね。あれで」
思わずこぼしてしまった。
オリビアは顔を赤くし、怒っている。その程度で僕に勝てると思っていたのかと思うと面白くなって、笑ってしまった。世界は広いんだよ、お嬢さん。
それにしても、女の子でここまで悔しがる子は見た事が無かった。凄い、どうやるの、もっと見せて、じゃないのか?いや、女の子だけじゃない。男であっても、この力の差を見た上で僕に勝ちたがる奴なんか、今までいなかった。
僕は思った。頼むから前の学校の奴らのように、姑息な嫌がらせで憂さ晴らししないでくれよ、と。しかし、今思えば初めから素直に感情を表に出すオリビアを、僕は出会った時から信じていたのかもしれない。
彼女はきっと、そんな事はしない。
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