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[不穏な勉強会編]

47話 100点じゃなくても

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レイの告白を聞いた瞬間、胸がどきりと音を立てた。わずかだが感じ始めていた願望が、今、現実のものとなった。

「元気出して、オリビア先輩。もう悩まなくていいんですよ。僕、もしまたハヤト先輩につきまとわれても、守ってあげます。いくらあの人が強くても、怖くないです」

「レイ……くん」

──確かにレイくんは、ハヤトの物凄い怒りを目の前にしても、ひるまなかった。本気で私を心配してくれていたからだと思う。
しかもこの人は、彼みたいな事はしない。ハヤトとの関係がはっきりと分かるまで、私を困らせるような事は言わなかった。

「僕、勉強会、楽しかったです。これからも、ずっと一緒にこの図書館で、憧れの先輩と高め合いたいです。それに、1位同士で付き合うって、最高にかっこいいと思いませんか?」

オリビアは、レイの顔を瞬きもせず、穴の空くほど見つめた。

    彼との勉強会の日々は、穏やかで、自分の描く理想といってもいいくらいの安らぎを感じた。レイが可愛い後輩から、頼もしい恋人へと変わる事を望む自分がいない訳でも無かった。

──でも、レイくんに嫌な事をそのまま嫌だと言える?大人びた自分でなくても、理想の自分ではいられなくなっても、彼は本当に受け止めてくれる?

自分へ最後の問題を出す。

    憎しみや嫉妬にまみれた、恥ずかしい、一番醜い姿の私を好きだと言ってくれた人は、誰だっけ。

    この人気の無い図書館に1人で通い続けた私の隣に座ってくれて、本当に嬉しかった人は?


    この先もここで一緒に勉強したい人は、誰?


分かりきっていても1番選びたくなかった答えを、今までずっと空欄にしていた答案用紙に書き込む。その解答は、正解では無いかもしれない。しかし、それ以外の答えはもう見つからない。

「ありがとう……でも、ごめんなさい…あなたとは付き合えない。1位も、取れない」

オリビアが彼の目を見てはっきりそう伝えると、レイは目を見開き、動揺を隠すように髪を耳にかけた。

「えっ…どうしてですか?」

「私、あんな状態の彼に勝っても、嬉しくない。最優秀賞にふさわしいのは、ハヤトよ。絶対に、やる気を出させてみせる」

「…真面目だなぁ…勝っちゃえばいいじゃないですか。それがハヤト先輩が選んだ結果なんですから」

「ここでチャンスに飛び付いて勝利を掴むような私だったら、きっと彼は応援してくれていなかった。だから私も正々堂々と挑まなきゃ、彼に申し訳が立たないじゃない」

「じゃあ、テストはそれでいいですから、僕と付き合うのはダメですか?」

「ごめんなさい、出来ない」

先程よりもきっぱりと言い切ったオリビアの返事に、レイは声を荒げた。

「どうして!まさかハヤト先輩の方がいいって言うんですか!?」

「ハヤトに順位を抜かされてから、ずっと私は彼を憎んでた。バカにされてる気がして、勝手に妬んで。悔しくて仕方なかった。尊敬してるって言ってくれたけど、半信半疑だったわ。だけど、申し訳ないけど…あなたと話して気が付いた。彼は一度も私の事を見下したりしていなかった。もちろん、普通科の事もね」

オリビアの視線に、レイはきまずそうに目を伏せた。

「うっ……で、でも、待ってくださいよ。それでも僕の方が、まともです!オリビア先輩を尊敬してるし、無理強いもしない。というか他の学科の事もバカにはしていない!だって、オリビア先輩が普通科の人でも構わないって言ってるんですよ?」

「…………」

レイの声が次第に大きくなっていく。ハヤトよりも自分の方がいい男なのだと、信じて疑わない。

「オリビア先輩、流されちゃってません?あの人が落ち込んでるからって、同情してるんじゃないですか?」

オリビアは、レイを優しく見つめて、首を振った。

「いいえ、よく考えたわ。何時間も、何ヶ月も」

──あの人はね、はっきり言わないのよ。私のためにしてくれている事を。だから、気が付くのが遅くなってしまった。

薬草泥棒の犯人と疑われた自分がこれ以上傷付かないようにと、知らない内に周りに言ってくれていた事も。来る者拒まずという噂があったのに、私に告白してからはその影を一切見せない所も。

魔法の練習も、いつも最後まで見ていてくれた。勉強も、自分はする必要が無いのに、机にかじりつくのは好きじゃないと言っていたのに、何時間でも付き合ってくれた。あんなに強引だったのに、レイの事を口にした途端、身を引こうとしてくれた。

「え!?本当にちゃんと考えました!?オリビア先輩、ご自分で言ってたじゃないですか。ハヤト先輩は強引だって。強引な所が嫌だって…!あの人が先輩を無理矢理引っ張ったり、怒って黙らせたりしてたの、僕も見てましたし!僕はそんな事しないって言ってるじゃないですか!」 

焦ったように眉を下げたレイに、たたみかけられる。

「そうね。あの人の悪い所ね。でも、私が彼より強くなれば、解決するわ」

──だから、そうなれるように、これからも応援して貰うから。

彼は立ち上がり、机に両手をつく。何が何でもオリビアを説き伏せようと、半ば怒鳴りつけるように言った。

「目を覚ましてください!あいつみたいに、自信過剰で、思い込みも激しくて、自分勝手な男が、僕より好きだって言うんですか!?」

オリビアには少しのためらいも無かった。

「ええ」

「……………………………」

館内は静まり返った。レイは力が抜けたように座り、天井を仰ぐ。

「……そうですか」

「………ごめんなさい……」

しばらく黙っていたレイは、口を開いた。

「……分かりました。まぁ、いいんじゃないですか?オリビア先輩、思ってた人と違ったし」

「え」

椅子にもたれかかり、脚を組む。オリビアに冷たい視線を向けて、笑い出した。

「オリビア先輩は、もっと、こう……優等生らしく落ち着いてる感じの人だと思ってたんですよ。でも、全然違う。何やるにもいっぱいいっぱいだし、なんか…教え方も下手くそですし。はは、本当に先生目指してるんですか?」

「……………」

レイの誹謗の矛先は、ついにオリビアに向けられた。

「一緒に勉強してみて分かったんですけど、オリビア先輩、勉強が出来るっていうよりかは、丸暗記が得意なんですね。教科書とか参考書の文章を全部覚えてるだけで、応用力がまるでない。だから、僕に教える時も、いちいち教科書を開かなきゃいけないんですよね。ハヤト先輩に届かない訳だ」

「……!」

「まぁ、それでもね?点数取れてるならいいかって思ってたんですよ。僕、才色兼備の人と付き合うのが夢だったので。でも、見た目もギリセーフの範囲ってだけで、別にどうしてもオリビア先輩がいいって訳じゃないし」

「…そんな事、言わなくたって…」

「しかも1位取る気も無いなら、こっちから願い下げですよ。思わせぶりな態度取りやがって」

「そう思わせてしまったのなら申し訳ないけど、楽しかった時間もあったのは嘘じゃないのよ。学年末テストが不安で、勉強を教わりたいっていうあなたのこころざしに、個人的な感情は抜きにしても私は応えたくて…」

「はぁ?」

口を釣りあげて返すレイトに、さらに動悸が激しくなる。

「本気で言ってるんですか?テストなんか、余裕に決まってるでしょ?先輩の理解不能な解説聞くの、何のために耐えたと思ってるんですか」

オリビアは、言い返せ無かった。どれも自分で分かっていた事だった。自分たちのやっていた事は、勉強会ごっこに過ぎなかった。容姿に自信がある訳でも無い。彼の言う事全てに、心の中で同意してしまう。

俯いているオリビアを見ても、レイの口は止まらなかった。

「改めて言ってあげますよ?先輩たち、お似合いです。勉強は出来ても、人の考えてる事が分からない、バ─────」

「待って。もう充分よ。よく分かったから……あなたを選ばなくて正解って事が」

オリビアの精一杯の反論に、レイはイライラと首を振った。

「はいはい。もういいですって。じゃあ、勉強会はおしまいですね。今までありがとうございました。あいつへの鼓舞、せいぜい頑張ってください」

彼は最後に、机を思い切り叩いて立ち上がった。オリビアがビクッと肩を震わせるのを見て、鼻で笑う。

「じゃあ、さよなら。オリビア先輩」

そうして、不機嫌に去っていった。

「……」

オリビアはしばらく呆気にとられていたが、やがて勉強道具を片付けて、図書館を飛び出した。未だにうなだれているであろう、自信過剰で、思い込みの激しく、自分勝手な男に、あなたの勝ちだと伝えにいくために。


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