上 下
42 / 66
[不穏な勉強会編]

42話 譲らない2人、通らない妥協案

しおりを挟む

その後も数日間、図書館での3人の勉強会は続いた。ハヤトは毎回、レイを監視するように、オリビアの隣に座った。時々わざと席を外し、本棚の隙間から様子を見た。それでもレイは特に何もせず、真面目にしていた。

オリビアが質問に答えると、レイは目を輝かせて聞き入る。彼に説明が上手く伝わると、自分も笑顔になった。

少しずつ、勉強以外の話もするようになった。オリビアは雑談が苦手なためもっぱら聞き役だが、レイが意外にもお喋りで、明るい性格だった事から、その時間が苦痛では無かった。

彼は思った事をすぐ口に出す。オリビアには引っかかる部分もあったが、基本的にはいい子だった。話も面白い。オリビアはハヤトに言われた事を忘れてはいなかったものの、最低限のマナーとしてその場の雰囲気を大事にした。

一方、敵意を剥き出しにするハヤトへはあまり話しかけないレイ。ハヤトも、レイの話には相槌を打たない。オリビアは、2人の間を必死に取り持った。

「ふふ…ハヤト、レイくんの物真似、上手ね。物理のミラー先生にそっくり」

「全然」

ハヤトは腕を組んで、壁の時計を見ている。

「そ、そんな事ないわよ?レイくん、似てるわ」

「でしょう?あの気持ち悪い引き笑い、結構練習したんですよ」

「あは…気持ち悪くはないけどね」

苦笑いでやんわりと否定していると、よそを向いていたハヤトが口を開いた。

「レイくん、もう分からない所は無いのかい?無駄話をするなら、今日は終わろうか。オリビアも自分の勉強があるんだ」

「あ、すみません、ハヤト先輩…5分しか休憩してないんですけど、先輩が仰るなら再開しますね」

「ハヤト、5分くらい、いいじゃない。私も自分の勉強、出来てるから…」

「いいんです、オリビア先輩。僕が悪いんです。勉強とはいえハヤト先輩の彼女を、誘ってしまっているんですから」

レイは眉を下げて、悲しそうに微笑んだ。

「レイくん、私たちは」

「そうだ。わきまえてくれないか」

ハヤトはオリビアに話す暇を与えない。

「…すみませんでした」

「ねぇ、ハヤトってば!後輩にそういう態度、良くないと思…」

「オリビアは黙ってて」

「!」

初めてハヤトに冷たく命令され、オリビアは口をつぐんだ。そんな2人をレイはじっと見つめて、立ち上がった。

「ごめんなさい。今日は帰りますね」

気を遣ったのか、レイは荷物をまとめてそそくさと帰っていった。2人きりになってもオリビアは何も言えず、ハヤトが嬉しそうに手を繋いできても、離す事が出来なかった。

***

同じ学年の人たちがハヤトを持ち上げる一方で、どことなく恐れる理由がようやく分かった。ハヤトの怒った目は、相手を心底震え上がらせる。レイも彼が怖いはずなのに、何故か勉強会をやめようとはしない。

(レイくん、もうそろそろ、飽きてくれないかしら。ハヤトが機嫌悪いと私が大変なのよ…)

オリビアが勉強会を憂鬱に思い始めていたある日、放課後にハヤトが教師から呼び出された。優秀な彼はたまに用事を頼まれる事があった。教壇へ行き、何か話している。

(まずい。これで私だけ勉強会へ行ったら、何も無くても絶対にハヤトは怒り狂う。今日は、忘れたフリしてすっぽかしてしまおう)

魔法学の教科書をカバンに入れて帰ろうとした時、教室の入口に最近よく知っている髪色の生徒が立っていた。瞳と同じ青みがかった灰色の髪を、今日は後ろで1つに結んでいる。

(うっ、来ちゃった…) 

「オリビア先輩!迎えに来ましたよ」

笑顔で自分を待つレイの所へ、仕方なく駆け寄る。チラリとハヤトを確認してから、スライドドアに手をついて、廊下側に立つレイに小声で話す。

「レイくん…ごめんなさい、今日はハヤトが来られなくて…」

「え?僕別に、オリビア先輩がいればそれでいいんですが」

「そうじゃなくて、2人だとちょっと彼がいい気しないみたいで」

「あぁ…そんなつもりないって、言ってるのに。オリビア先輩、さてはあの人の言いなりですね?」

レイは、全て分かっていますよ、とでも言いたげに、目を光らせた。

「そんな事は無いけど…」

「昨日も強く言われてて、先輩がかわいそうでしたよ。いつもそうなんですか?僕がガツンと言ってあげましょうか」

「違うわ、確かに昨日はびっくりしたけど、いつもじゃないの。とりあえず今日の勉強会はお休みという事で…」

言いかけると、レイの表情はみるみる暗くなった。

「うーん…オリビア先輩がいないと、学年末テストが不安なんですよね…僕も表彰、されてみたい。初めて候補になったから、チャンスを逃したくないんですよ」

「あ…」

──そう言われると、断りづらい。 どうしよう。

ハヤトの事さえ無ければ、オリビアも自分を慕ってくれる可愛い後輩と楽しく勉強出来ていたはずだった。本当は、無下にしたくない。
そこでオリビアは、ひらめいた。

「そ、そうだ!図書館じゃなくて、宿舎の中にある図書室の方でやらない?あそこなら人も多いし、ハヤトも納得してくれるかも」

そもそもオリビアが人気の無い図書館を好む理由は、勉強している姿を見られたくないからであった。宿舎の図書室なら、生徒たちで賑わっているはずだ。2人きりでなければ彼も許してくれるはず、と彼女は考えた。
 
(何で私がハヤトの許しを貰わないといけないのかは分からないけど…)

「どっちでもいいですよ」

「ええ、じゃあ、行きま────」

教室から一歩踏み出そうとした時、オリビアの前にいるレイに影が出来た。背の高い誰かが自分の後ろに立っている。

「ひっ……」

振り返って息を飲む。先生との話が終わったのか、いつの間にかハヤトがこちらに来ていた。

「オリビア、行かないで」

無表情のハヤトに腕を掴まれる。

「まっ、待って。今日はあなた、用事があるんでしょう?だから私たち、ちゃんと人が多い方の図書室に行こうって決めたのよ。だから…」

「ダメだ」

「ダメって…どうしてあなたが決めるの?」

「嫌だから。2人きりになんて絶対にさせない」

肘の下辺りを強く引っ張られる。振りほどけない。クラスメイトが何人かこちらを見ているが、ハヤトはお構い無しだ。

「ハヤト…痛い」
 
「ハヤト先輩」

レイは一歩前に出てきて、ハヤトの手首を掴んだ。

「嫌がってるじゃないですか。離してあげて下さい」

「お前は帰れ」

ハヤトに低い声で凄まれても、動じない。

「そんなに好きなら、オリビア先輩のしたいようにさせてあげたらいいじゃないですか?困っているのが分からないんですか?」

「………!!」

「レイくん!大丈夫よ!」

(お願いだから、ハヤトを刺激しないで!!)

──ハヤトを呼び出した3年生たちを、魔法で返り討ちにした。

友達から聞いた彼の噂話を、思い出す。オリビアは青ざめながらレイを制止した。

しかし、ハヤトの力は緩まった。一瞬の隙にレイはハヤトの手を引き剥がし、そのままオリビアの手をとり、図書館へ向けて走り出す。

「えっ!?レイくん?」

今度はレイに引っ張られ、オリビアは慌てて足を止めようとするが、彼もなかなかに強い。

「待ってレイくん、も、もうやめない?ね、私、ハヤトと喧嘩してまでやりたいと思ってないし、なんだか、頭が…」

「僕はやりたいんです」

「本当に申し訳ないんだけど、ハヤトが怖くて集中出来ないから、帰ってもいいかしら?」

後ろを振り返ると、追いかけては来ないが、目をカッと見開いて仁王立ちしているハヤトと目を合わせてしまった。

(ほら!!)

「そういうの、良くないですよ。ここで言う事聞いちゃったら、この先ずっと言いなりです」

レイの正論に、オリビアは何も言い返せなかった。

結局いつもの図書館に着く。オリビアは決意した。レイが少しでも好意を匂わせる事をしてきたら、勉強会を終わらせる。ハヤトには、それで分かって貰おう。

そう思っていたが、レイは「大丈夫でしたか?」と言っただけで、今日も最後まで何も言わなかった。問題は、明日それをハヤトが信じてくれるか、である。

(レイくんにそんなつもりは無さそうで、ハヤトとは付き合ってもいないのに、どうしてここまで悩まないといけないの…?)

オリビアは無遅刻無欠席の学校を、初めて休みたくなった。そして翌日、本当に欠席していれば良かったと思う事になる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...