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[才能の乱用編]
21話 憧れの人の失恋
しおりを挟む──先生に、報告してやる。さすがにあれは許せない。
振り返っても彼は来ていない。オリビアはホッとして走るスピードを緩め、宿舎から静まり返った校舎へと移動した。
ブラウスの前ボタンが開いているのに気付き、慌てて留める。幸運にも誰ともすれ違わず、冷や汗を拭った。
こんな時優等生がまず思いつくのは、頼れる大人への相談である。オリビアは、教師へハヤトの暴走を相談しようと考えていた。
(ハヤトは、停学処分にでもなればいいんだわ。1回、頭を冷やしたらいいのよ!)
怒りに任せて職員室の前まで来た。誰に言おう?信頼出来る先生がいい。
「そうだ、マリア先生…!」
マリア先生なら、きっと自分の味方になってくれるはずだ。いつも自分を可愛がってくれる先生。仕事も出来、落ち着いた大人の女性。魅力的な彼女の事だから、きっと恋愛経験も豊富だろう。そう思い、オリビアの足は自然とここへ向かった。もう日も暮れているため誰もいない可能性もあったが、幸い高窓から明かりが見えた。
ドアをノックしようとしたその時、中から話し声が聞こえた。
(誰だろう…忙しいかしら)
この声は、マリアと、誰か別の女性教師だ。他には誰もいないのか、ひそひそとプライベートな話をしているようだ。
ノックのタイミングを伺おうと耳をすませると、泣き声が聞こえてくる。それをもう一方が慰めているような会話だ。
(マリア先生、教師の間でも頼られているのね。さすが、私の憧れの人…)
誰かが仕事の悩みでもマリア先生に話しているんだ。それなら、順番待ちをしないと。オリビアが当然のように思っていると、はっきりと会話内容が聞こえてきた。
「………辛いわね…」
「ええ。でも私も悪いのよ。生徒に恋なんてしちゃいけないって、分かってるんだけど……」
「確かに彼は、とても大人びていて素敵な子ね。飛び抜けて優秀だし…だけど、立場が違いすぎたわね、マリア」
(えっ……!?)
オリビアは口元に手を当てた。今、マリアと言った?泣いているのはまさか、マリア先生?しかも、生徒に恋?嘘でしょう?
やってはいけない事だと分かっていても、つい耳をそばだててしまう。
「思わず、彼に告白してしまったわ。言うつもりは無かったのに…でも、振られたの。当然よね。でも私の事は悪く言わなかった。ショックだけど、きっぱり言って貰えて良かったわ。優しい子よ…好きな人がいるんですって、ハヤト君」
(えっ………ハヤト!?)
つい先程自分に迫ってきた男の顔が瞬時に浮かび、ドクンと心臓が大きく動く。
マリアは、生徒に恋心を抱いてしまった自分を責めているようだった。それを必死に慰めるもう1人の女性教師。マリアの落ち込む姿があまりに想像出来ず、オリビアはいたたまれなくなり、その場を離れた。
(マリア先生がハヤトに振られていた?そんな、あのマリア先生が、ハヤトに恋していたなんて。なんで?)
オリビアは彼女とハヤトの接点を探した───ああ、確か、彼が転校してくる時の手続きに関わったって、言ってたっけ。
(1年生の時…ホウキレースが終わった後、私じゃなくて彼の所に行った理由が分かったような気がする…)
彼女にハヤトの報告は、出来る訳が無かった。
***
とぼとぼと宿舎に戻り、自室でベッドの上に倒れ込む。
ハヤトが、マリア先生を振った。
自分がなりたくて仕方がない人。知的で才能があって、何でもソツなくこなせる、デキる女のマリア先生を。彼女は教師ではあるものの、若くて見た目も良いため、男子生徒たちからの人気も高かった。それを、ハヤトは。
何だか、複雑な気分だ。
「あの人はなんてもったいない事をしているのかしら」
今のマリア先生に、ハヤトの事を話すのは気が引ける。だから、自分は彼にされた事を報告出来なかった。
──本当に?
他にも、女性教師はいる。そこに助けを求める事も出来た。本気で嫌だと主張すれば、ハヤトを停学か、退学処分にする事も出来たはずだ。自分は、どうしてそれをしなかったんだろう。
「……いいえ、気が動転して出来なかっただけよ」
オリビアは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
今日も復習は出来なかった。
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