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番外編

息抜きは 甘く可笑しく へべれけに①

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 鋭い音と共に、窓に両腕を広げたぐらいの大きさの穴が開いた。ライゾンの魔法が失敗したのだ。

 オリビアの悲鳴は吹き込んできた冷たい風の音にかき消された。テーブルに広げていたノートは勢いよく床に吹き飛ばされ、中に挟んでいたメニュー案の用紙も無残に散らばる。

「あちゃー」
「調合鍋の火を消して!」

 のんきな声を出すライゾンにオリビアは慌てて指示を飛ばし、杖を手にした。咄嗟のハプニングで使う魔法は苦手だが、頼れる者はいない。懸命に手の動きを思い出して、風で荒ぶる自身の黒髪を抑えながらも必死で魔法を繰り出した。外に飛び散っていったガラス片が輝きながら戻り、元の形へと集まっていく。そうして穴が無事に塞がれるのを見届けると、肩で息をついた。

「ライゾン、これ以上私の仕事を増やさないでくれるかしら……」

 風に飛ばされて床に落ちたノートを拾い、倒れた魔法薬のボトルを起こしながら、オリビアは押し殺した声で問いただす。ライゾンはそれを手伝いもせず、曖昧に笑いながら肩をすくめた。

「いやぁ、ごめんごめん。お前がいて良かったよ」

(はぁ。一向に進まない……)

 先程から、彼らの尻ぬぐいばかりだ。オリビアは深くため息をついた。

 文化祭まで、あと三週間。魔法学クラスの目玉企画「ポーション・カフェ」を成功させるため、オリビアを中心としたメニュー作り担当チームは放課後の調合室に集まり、居残りで試作品作りに励んでいた。もっとも、意欲的に取り組むのはオリビアただ一人で、他のメンバーは居残り作業に文句を言いながら、いかに早く帰れるかばかり考えている。机に突っ伏す者、試作品を舐めては顔をしかめる者、壁にもたれかかって薬品棚をぼんやりと眺める者────オリビアが懸命に出す指示には、生返事しか返ってこない。取り組んだところで魔法の失敗続きの彼らに、オリビアの仕事は増える一方だった。

 何事もなかったかのように修復された大きな窓に夕陽が差し込み、調合台を茜色に染める。オリビアは気を取り直して周囲の男子生徒たちの考案したメニュー案を指差した。立ちっぱなしで足がじんじんと痺れ始めていたが、それを気にしている余裕は無い。

「じゃあ……続き、やりましょう。さっきも言ったけど、ライゾンの筋力増加効果付きソーダ。その青色は綺麗なんだけど、面白みがないわ。二色にするか、せめて泡だけでも虹色にするとか。それから、あなたの案も。その配合だと香りが強すぎる。癒しの効果を高めるコーヒーなのに、飲む前から疲れてしまうわ」

 調合室に響くオリビアの声とは対照的に、男子生徒たちはどこかけだるそうに作業を続けていた。オリビアを疲弊させた張本人のライゾンも、まるで被害者かのように疲れた表情を見せ、頬杖をついたままぼそりと呟いた。

「……もういいだろ?たかが文化祭の出し物だ。そんな難しいの出来ねえって。適当にその辺の本に書いてあるやつ作って、終わりにしようぜ」
「ダメよ。もう少し真面目に取り組んでくれないかしら?時間がないのよ!こんな調子じゃ間に合わないわ」
「そっちだって、張り切りすぎやしないか?本物の店開くんじゃないんだぞ」
「そうだけど……せっかくならお客さんに楽しんでもらいましょうよ。オリジナルのメニューであっと驚かせるの。ね、あと二品だけだから」

 オリビアの前向きで真剣な言葉が、やる気のないメンバーたちを追い詰めていく。男子生徒らの表情はさらにげんなりとして、互いに目を合わせたのち、とうとうライゾンが皆を代表するように声を荒げた。

「なにも今日全部決める必要ないだろ!?もう三品も作ったんだし、続きはまた今度にしようって」 
「いいえ。メニューが決まらないと宣伝係の仕事が遅れるわ」

 一歩も引かず、きっぱりと言い返すオリビア。その毅然とした態度にライゾンは指の関節を鳴らし、首を捻りながら窓の外へ目をやった。

「はぁ……何でここにハヤトがいないんだ!?あいつがいたら、こんなの一瞬で終わるだろ」

 突然出てきた名前に、オリビアの耳がピクリと反応した。目を伏せ、少し間を置いて返事をする。

「……だからあの人は演出担当に回されたんじゃない。彼がいると他の人の活躍の場がなくなるからって」

 ──先生が言っていた。魔法薬の調合が得意なハヤトがいると彼に任せきりになるから、と。私がこの係に立候補した時は、何も言わなかったのに。

 オリビアはなるべく声に感情がこもらないように言ったが、ボトルへ薬品を移す手が思わず強くなり、液体が机に跳ねた。無言のまま布を取り、力任せに拭き取る。その様子に目もくれず、ライゾンは縋るような口調で彼女に懇願した。

「いいんだよ、俺は活躍しなくても。頼むオリビア、ハヤトを呼んでくれ。俺たちにゃ無理だ……」
「呼ぶ必要は無いわ!ハヤトがいなくたって、私たちだけで完成できるから!」

 ハヤトなら、その才能と包容力で優しく自分たちを引っ張ってくれる────ライゾンはそう言いたいのだろう。悔しさと苛立ちから、オリビアの声も次第に大きくなっていった。彼女のあまりの厳しさについていくことが出来ず、ライゾンもさらにふてくされた声で応じる。

「あーあ!なんで女子お前だけなんだよ。どうせならもっと優しい子と一緒にやりたかったんだけど」
「悪かったわね。他の子はみんな接客がいいって。可愛い衣装が着たいんですって」

 皮肉にも負けない切り返しに、男子生徒たちはさらに無気力になり、調合用の鍋から目をそらしてしまう。代わりに彼らの視線は、棚に並ぶ魔法薬の瓶へと移っていった。

「お、何この薬、気になるな。おいマートン、お前飲めよ」
「何でだよっ!お前こそこの『小動物に変身する』薬飲めって」

 調合室の空気が次第に緩んでいく。男子生徒たちは、オリビアの指示を完全に無視し始め、散漫な態度を隠そうともしなくなっていた。冗談半分に魔法薬の押し付け合いが始まり、笑い合う彼らに、オリビアはすぐに口を挟んだ。

「ねぇ、棚のもの勝手に漁るのは無しよ。許可貰った薬品だけって……」

 しかし、彼らはその言葉を無視し、瓶のラベルを読み上げながら悪ふざけを続ける。オリビアが彼らを巻き込むのを諦め、一人でメニュー作りに取り掛かろうとしたその時だった。ライゾンが古い棚から濃い藍色のボトルを手に取った。下側がぽってりと膨らみ、上に向かって細くなる形をしているそれを下から支え、慎重に持ち上げた。

「おい、これ面白そうだぞ。『アルコールポーション』だって。酒の疑似体験するための魔法薬なんだと」

 彼の言葉に、他の男子生徒たちの目が輝き始めた。興味津々の視線がボトルに集まる中、手際よく実験用カップに液体を注ぎ、全員に配り始める。

「休憩、休憩。そうだ、これをメニューにしたら、みんなあっと驚くんじゃないか?」

 その言葉に、オリビアは眉をひそめた。

「え、でも……」

 カップの中の液体は、ボトルの色からは想像できない程に透明だった。明らかに悪ノリだと思ったが、彼らが完全にメニュー作りへの興味を失っていたと思っていた彼女にはっきりと拒否する事が出来ない。ためらうオリビアに、男子生徒は軽い調子で答える。

「いいって。メニューに悩んでんだろ?まずはみんなで試飲してみようぜ」

 周囲の空気に押され、オリビアは仕方なくカップを手に取った。透明の液体をじっと見つめ、それがどのようにメニューに活かせるかを思案する。わずかに甘い香りがする。試す価値があるか。頭を巡らせていると、次第にアイディアが浮かび上がってきた。

 ──お酒の雰囲気だけ楽しめるジュース、確かにいいかも。よく聞く「酒の失敗」が起こらないよう、悪酔いしない程度に量を調整するとして、インパクトがあって、話題性もある……

「分かったわよ。味見ね……」

 恐る恐るカップを掲げたオリビアに、男子生徒たちは一斉に「乾杯!」と声を揃えた。

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