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第四章 非公認のカップル

15話 相性の良さ

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「いいの?嬉しい。さすがハヤト君、話が早い」

 ハヤトに握られた手を見て、ヴィランヌは嬉しそうに肩を跳ねさせた。なあんだ、やっぱりストレス溜まってたんじゃない、と勝ち誇った笑顔で体を寄せる。

 先ほどまであれ程の人で溢れかえっていたフェスティバルの会場は、ホールでの魔物騒ぎが耳に入ったのか、すっかり人けがなくなっていた。当然オリビアや、一緒にいたと聞かされた男も視界には映らない。

「そうだよ、僕と君が合うんならね」

 ハヤトは辺りを見渡すのをやめて、ニヤニヤとヴィランヌの髪を指に巻き付けた。つややかにカールする自慢の髪が彼に弄ばれて形を変えていく様を、ヴィランヌは流し目で確認する。

「もちろん!ハヤト君、女の子慣れしてるわよね。それなのにあなたの彼女は勉強ばっかり。……どうせあっちの方も経験無いんでしょ、あの子のせいで」

「……オリビアは嫌がるんだよ」

 肩をすくめるハヤトに、ヴィランヌの口は大きく横に広がっていく。しめたとばかりに鼻を鳴らし、彼に同情をしてみせた。

「ハヤト君ほんとかわいそう。ねぇ、ここで愚痴聞くのもなんだし、宿舎に帰ろうよ!私の部屋行かない?そう、さっきのゴブリンが怖くて、もうこんな所にいたくないのよ」

 そして彼に一歩近づき、耳元で囁いた。

「私はあの子と違って、結構積極的よ。アイスよりも甘い、お礼……何でもしてあげる」

 色気たっぷりに、吐息を混ぜてゆっくりと声を聞かせ、ハヤトを煽る。しかしハヤトは顔色ひとつ変えず、ヴィランヌの肩を掴んで引き剝がした。反対の手をポケットに入れて、何かを探す。

「いや、ここでいいよ」

「えっ…?なに、もしかしていきなり野外?ハヤト君、大胆ね。さすがに私もまだ経験ないけど、ちょっと興味あるかも……」

 ハヤトの言葉の意図を汲み、赤ら顔で体をくねらせる。そんな彼女に、ハヤトはポケットの中に手ごたえを感じて引っ張り出した物を見せつけた。

「違うけど、似たようなものかな。オリビアには断られたんだけど……君は出来る?これ付けてこの公園歩いてよ」

「…………」

「ほら、どうなの?嫌かい?」

 ヴィランヌは今度こそ絶句した。ハヤトが白昼堂々と手にぶら下げていたのは、高校生がそうそう持ち歩く代物ではなかったからだ。

「これ……アレじゃん。お、大人のおもちゃ。一回先輩と試した事はあるけど……っていうか、びっくりした。え?オリビアに言ったの?」

「うん。これ付けて貰って初デートしたかったのに、ありえないって言われたんだよ。酷いと思わない?」

 ハヤトは眉間にシワを寄せ口を開きっぱなしにするヴィランヌに、真剣な顔で同意を求めた。フェスティバルへの出掛けにオリビアに提案して怒らせた、ピンク色のローターを青空の下に恥ずかし気も無く晒す。

「…………え、やだぁー。ハヤト君かなりえっちなんだね!変態さんじゃん。これは確かにあの子には無理そう」

 最初こそ驚いていたヴィランヌだが、次第に顔のこわばりは解け、笑顔になった。口に手を当て、ハヤトの胸を軽く押す。

「でもダメね!そこで嫌がるようじゃハヤト君の彼女は務まらないわ!いいよっ!何でもするって言ったじゃん」

「そうか」

「ハヤト君てば、オリビアに出来ない事私に頼むなんて……やっぱり私の方が好きなんじゃない?私ね、みんなに言われたの。あの時のダンスでも、私たちの方がお似合いだったって……」

 ヴィランヌははにかみ、ハヤトの腕に抱きついた。すでに勝利を確信していた。今までもそうしてきたからだ。相手に染まる事の出来る自分に自信があった。彼女への不満を引き出しその理想を満たす事で、意中の人に相手がいても自分のものにしてきた。ハヤトに対抗心を燃やしてばかりのあの子は、彼の自尊心を傷つけているはずだ。そんな人には自分を守らせれば良いと。デートもしないような消極的なオリビアに不満がありそうだから、性に積極的な所を見せれば簡単に落とせると。

 体をもじもじとさせながら誰もいない所を探そうと一歩踏み出した。が、ハヤトは動かなかった。首を振り、空を見上げる。

「ああ、やっぱり。ごめん、君とは行けない」

「え……?どうしてよ?いいって言ったじゃないの。あの子は嫌がるからいつも我慢させられてるんでしょ?」

 思わぬ発言に、ヴィランヌは動揺を隠せない。腕に巻き付けた手の力を強めてハヤトに迫った。

「だからいいんだよ」

「は?」

 ハヤトは顔を空へ向けたまま、目だけをヴィランヌの方へ動かした。

「嫌がるのを無理にさせるのが楽しいんじゃないか……」

 不敵な笑みをこぼす。ハヤトの初めて見る表情に、ヴィランヌは目を見開き、口をつぐむ。

「真っ赤になって怒って、嫌がって、僕を罵って……それをねじ伏せて泣かせるのが好きなんだよ。部屋がいいって言うから、わざと校舎裏に連れて行ったりね。だから何でも言う事を聞いてくれる人なんて、僕には合わない。君さ、僕の事何か勘違いしてない?僕は我慢なんかしないよ」

「……なにそれ!私だって本当はびっくりしたけど、ハヤト君が喜ぶと思って受け入れたのに……」

「受け入れられない人を受け入れさせるのが最高なんだ」

 あまりに堂々と自らの性癖を晒すハヤトに、ヴィランヌの頬が引きつった。

「じゃあ私、どうすればいいのよ?今から嫌だって言ってもダメなんでしょ?ハヤト君に合わせられないじゃん」

「分かってくれた?じゃあ、いい加減に離れてくれないかな」

 ハヤトは語気を強めて言い、腕に回されたヴィランヌの手を引き剥がした。

「っ……あっそう。でもどうすんの?オリビアはあなたとの力の差ににうんざりして浮気してるかもしれないって言ったじゃない」

「僕は彼女を信じてる」

「自分から離れる訳ないって?凄い自し……」

「オリビアが僕を超える事をだ」

「…………なに?」

 ハヤトはきっぱり言うと、ヴィランヌに向き直り、真剣に答えた。

「オリビアは僕の力に嫉妬している。なぜだか君も知っての通り、付き合ってからもずっと勉強に明け暮れていた。デートさえしてくれない程に。でも、僕は彼女の努力はいつか実を結ぶと信じてるんだよ。その結果が今日でるか、明日出るかは分からないけど、その日を楽しみにしているんだ。だから君が何を目撃したのかは分からないけど、オリビアが今更そんな事で諦めるなんて、思えないんだ。ヴィランヌの気持ちは嬉しいけど、ごめん。君は人に合わせるんじゃなくて……自分に合う人を探したらいいと思うよ」

「……」

「それにもし、オリビアが本当に諦めてしまう程僕の力にうんざりしてるなら、分かるはずだろ……僕から逃げられる訳ないって」

 ヴィランヌに見せつけるように杖の先に小さな火花を散らすと、彼女は少したじろいだ。しかし次の瞬間、美しい顔を歪ませて笑い始める。

「ふん。いくら力のあるハヤト君でも、今日はどうかしらね。だってあの人、あなたの事相当嫌いそうだったもの。オリビアにもしその気が無くても、今頃何をされているかしらね。そんなにあの子が好きなら、さっさと探しに行ったら良かったのに。ああ、かわいそ」

 ハヤトはその言葉を聞いた途端、思わずヴィランヌの手首を強く掴んだ。

「……なんだって?誰だい、あの人って」

 余裕のニヤけ顔がなくなったハヤトに、ヴィランヌは胸を張って挑戦的に言った。

「まだ分からないんだ!あいつも気の毒よね、ここまでやっても相手にされてないんだから。でも今回は、あなたの負け。もう諦めてあげちゃいなさいよ、あいつ……ワルフに」

「ワルフ……?」

 彼の名前が飛び出ても、すぐには理解出来なかった。ワルフと言えば、やはり先日のパーティーでの出来事が思い出される。自分がヴィランヌと踊らされている間にオリビアを支えた男。ワルフの、自分たちを目撃して泣いていたらしいオリビアを慰めた後、一人にするなと殴りかかってきてまで彼女の事を思いやる姿に、この関係を認めてくれていたと思っていたからだ。

──あのワルフが、この有事にオリビアを連れ出した?

 信じたい気持ちと、当然だという気持ちが入り混じった。だとしたらあの熱い拳は何だったのだろう。もう二度と泣かせるなと言っていた。ハヤトはあの瞬間、わずかに友情さえ感じていた。だからこそやり返したりはせず、その痛みを受け入れた。

 黙り込んだハヤトにヴィランヌは呆れ顔で笑う。今までの媚びた態度をやめて、冷たい笑顔を向けて全てを話し始めた。

「もういいや、全部言っちゃお。そもそもあの時のパーティーの時点で、ワルフには知恵を貰っていたのよ。私がハヤト君と踊っている間に、自分がオリビアを口説く…って。分かる?あの時は失敗したけど。今日のデートも、私たちがお膳立てしてあげたのよ?何から何まで。オリビアのセクシーなワンピースも、この魔法マーケットフェスティバルに行くように仕向けたのも、魔物たちが突然暴れ出したのも、全部………ワルフの」

「オリビア!!」

 ハヤトはヴィランヌが言い切る前に全てを理解し、ホウキに飛び乗った。ここへ来た時に美しいと感じた、未だに解けない空を彩る花や風船の魔法が、今は捜索の邪魔にしかならない。手で振り払うと簡単に消え、ぽっかり空いたデコレーションの穴から見下ろして彼女の居場所を探す。

 浮かれていた。オリビアが恥じらいながら誘ってくれた、初めてのデートだったから。彼女が選ぶはずのない派手な服装を見て本当は違和感を感じていたはずなのに、無視してしまっていた。杖があるからと安心していた。ワルフの悪意にも気付けなかった。後悔と怒りが、魔力となってホウキにみなぎる。ヴィランヌはそんなハヤトの元へ舞い上がった。

「ふふ……ワルフ、お勉強は出来ないけど悪知恵は働く人みたいよ?他にも、何か企んでるみたい。もうあいつをかばう理由も無いから教えてあげる。この公園にはね、使われていない古い小屋がある。ワルフはそこにオリビアを連れて行くって言ってた。何をするつもりかしらね?あ、間に合わなかったら私の所に帰ってきてね。私はいつでも受け入れるわ。いえ、今度は受け入れないから、ちゃんと追いかけてくる事ね」

「小屋……」

 早く、早くと楽しそうに急かすヴィランヌに怒りを見せる余裕も無い。ハヤトは上空からオリビアの居場所を探す。この広い公園には森林も多い。フェスティバルの会場に使われた、太陽の光が降り注ぐ明るい広場とは正反対の、薄暗い木々の集まりの方へ目をこらした。






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