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第三章 魔法マーケットフェスティバル
12話 暗転
しおりを挟むそのテントは全体が緑で覆われていて、中が良く見えない。入るのに一瞬ためらうような物々しさを感じる風貌だ。しかし、伸びっぱなしの植物が雑然と絡み合っているように見えたものの、オリビアたちが近づくと入口を形作って中の空間へ招いた。
「あら?入ると広くなってる。これも魔法ね、凄い!あ、やっぱりここ、薬草売ってる。見た事無いのばっかり…あ!これは教科書に載ってたわ!確か名前は……グレス。その効果は確か、強力な鈍足魔法」
「惜しい、鈍足魔法の"解除"。本来の速さに戻す効果のある薬草だね。ほら、手をかざすと少し青く発光するだろう?こういう反応する草は、既にかかっている魔法の効果をフラットにするって覚えるといいよ」
「……そうだったわね」
ハヤトの素早い訂正に、オリビアは自信満々に立てていた人差し指を弱々しく引っ込めた。授業では参考程度に紹介されていた重要度の低い薬草だったため知識を披露する絶好のチャンスのはずが、今日も今日とて返り討ちに遭ってしまう。彼の前では例え知っていても勢いに任せた発言はしないでおこうと心に決めた。
敗北感を振り払うように周りを見渡すと、壁際の棚や机の上に所狭しと様々な薬草が並んでいる。これ程の量を見るのは初めてだ。自分たちの他にも多くの客で混み合い、皆同様に各国から選りすぐった物珍しい薬草の話に花を咲かせている。
「へぇ、これなんか森の奥の方まで行かないと採れないやつじゃないか。すぐ無くなるから結構大変なんだよな。あぁ、確かにこれぐらいするよな…」
ハヤトは大きな瓶に入った植物のエキスを見て、値札と見比べながら感心したようにブツブツと呟いた。
「何?それ。そういえばハヤトって調合もよくするわよね 。使った事あるの?」
「あっ、いや、これは……」
「あら、ここに調合サンプルがあるじゃない。これで何の魔法薬が作れるのかしら」
オリビアが近くの小さな机の上に置いてあるガラス瓶を覗き込んだ時、エプロンを着た白髪混じりの体格のいい男が彼女に声をかけた。
「お嬢ちゃん、それは売れないよ。若いもんがこんな物に頼りなさんな」
「えっ?み、見てるだけです」
オリビアは慌ててハヤトに振り返って「これ、なんなの?」と小声で聞くも、ハヤトは目を合わせない。
「ねぇ、ハヤト?あ、あの、これって…」
何も答えてくれないハヤトの代わりに彼に聞こうとオリビアが尋ねると同時に、男は笑いながら続けた。
「大人になったらまた来な。まぁでも、うちの店普段は北の方でやってるから、気になるんなら歓迎するよ。それはそれは夜が盛り上がるぞ!」
「……………………」
ニヤニヤとする男にオリビアが固まってしまうと、ハヤトが焦ったように彼女の腰に腕を回した。
「そ、そろそろ出ようか」
「お、なんだ、そこの坊主も照れてんのか!?俺もそんな時期があったなぁ、初々しいカップルにはまだ縁が無いんだろうが、お前も頃合見つけて彼女と楽しめよ、うちの魔法薬は絶品だぞ」
ハヤトは男を無視して出口に向かって歩き出しながら、目線を前に向けたまま、オリビアに言った。
「オリビア…………いつもごめんね」
「何が!?いえ、やっぱり、言わなくていい」
オリビアは、全てを悟った。
***
出店されているテントを一通り回った後、2人は公園最奥のホールへと足を運んだ。ステージがよく見える中央列後方の席を選び、少し空いていたそこに並んで腰を下ろす。
「もっと前行かなくていいの?」
「いいの。だって、ちょっと怖いもの。魔物ショーなんて」
オリビアは深くイスに座ると、大きく息をついた。初めの興奮のままに会場内を歩き回って溜まった疲れが今頃になってどっと押し寄せてくる。
「座ってて。飲み物でも買ってくるよ」
「あっ…ありがとう」
ハヤトが立ち上がろうとした時、彼の横から声がした。
「やぁ、凄いな。お兄さん程の魔力を持つ者なんてなかなかいないよ。何か特別な修行でも?」
「え…いえ、特に何も」
声のする方を見ると、すぐ横にニコニコと笑いかけてくる男が立っていた。
「そうか。私はね、人の魔力が視えるんだが、ここを通っただけでひしひしと感じたよ。見たところ学生かな?君の将来が楽しみだよ」
「はぁ…どうも」とハヤトはやや興奮気味の見知らぬ男に少し圧倒されながら頷いた後、オリビアに目をやった。オリビアは少し体を起こし、ハヤトの向こう側に座る男へと尋ねた。
「魔力が視えるんですか?」
「そうそう。君の彼氏かい?優秀な魔法使いが隣にいて君も鼻が高い……」
「私は?私の魔力も視えますか?」
オリビアが食い気味に聞くと、男はまじまじと見つめながら答えた。
「君?うーん…悪くは無いと思うけど、ごくごく一般的な魔力量だな。でも気にする事はない、普通はそんなものだ。彼の魔力が特別高いってだけなんだから。おっと、それじゃ失礼するよ」
「そ……そうですか……」
見るからに目に元気のなくなったオリビアを横目に、男は自分の席を選びに歩いていった。
「大丈夫?オリビア」
オリビアが彼氏の魔力が高くて鼻が高くなるような彼女でない事は、もうハヤトにも分かっているのであろう、顔を覗き込み心配そうに声をかけた。
「聞かなければ良かった……」
オリビアは自分の手の平を見つめ、ぽつりと呟いた。思わぬ所でまたハヤトとの力の差を実感させられてしまい、肩を落とす。
(こういう場所に来ているのだから、そりゃあハヤトが注目されるのも当然よね。でも私、またハヤトに素直に凄いって言えなかった)
──普通に映画とか、魔法に関係無い場所に誘えば良かったかも……
そんな思いを巡らせながら、少しの時間が流れた頃だった。突然首元に冷たい何かが当たり、ビクッと体を震わせた。
「きゃっ!?え、いつの間に…」
首元を押さえるオリビアの前に、ハヤトが氷の入ったソーダを差し出す。
「オリビア、話し掛けても聞こえて無いみたいだから。さっきの事は気にするなよ。あの人にはそう見えたってだけかもしれないし。オリビアも今日は僕のライバルじゃなくて、恋人でいてくれよ」
「ハヤト……そうね。ごめんなさい」
オリビアはソーダを一口飲み、かすかに笑みを浮かべた。
「あと、これも」
「?」
ハヤトはもうひとつ、何かの包みをオリビアの前に差し出しながら言った。
「?何かしら……わぁ、可愛い!魔法のお菓子ね」
中には、蕾の形をしたチョコレートが入っていた。手に取るとその蕾はふわりと花開き、淡いピンク色へと色を変えた。
「美味しい……ありがとう。ハヤトも……口開けて」
「えっ」
オリビアは心臓を激しく鳴らしながら、それがバレないように平然とした顔を作り、ハヤトの口元へチョコを持っていった。
「美味しい?」
「うん……甘い。オリビアは急にこういう事してくるから驚くよ」
ハヤトの頬が緩んでいく。
「誰も見ていなければ……多少はね」
「もっと学校でもして欲しいんだけど」
「それは絶対お断りよ」
私はハヤトみたいに人前でイチャつくのは嫌いなの、と言おうとした所で、開演のブザーがホールに鳴り響いた。辺りが暗くなっていき、手元のソーダやチョコレートも見えなくなる。暗闇の中でハヤトの小さな声が聞こえた。
「楽しいね」
「……ええ。私も」
出掛ける前はあれ程恥ずかしかったというのに、この格好にもすっかり慣れた。人の多さに多少の肌の露出も気にならなかった。それだけでなく、オリビアはなんだかんだこの時間を楽しんでいたのだ。オリビアはデートのきっかけを作ってくれたヴィランヌたちを思い浮かべた。
(学校で会ったらお礼言わないとね…)
チョコレートの甘さの余韻を口の中で感じていた時、ステージに一筋の光が当たり、大音量でマイクからの会場を盛り上げる声が響く。会場から拍手と歓声が上がった。
かくして魔物ショーは始まった。比較的よくいるとされているゴブリンをはじめとした獰猛な魔法生物たちが次々と飛び出し、それらを魔法使いたちが制御して圧巻のステージへと仕立て上げる。空を飛ぶドラゴンまで現れ、オリビアは初めて見る魔物に目を見張り、体を強ばらせながら小さく拍手した。
「凄いけど、これ…大丈夫なの?客席まで来そう」
「バリアでも張られてるんじゃないか?」
ハヤトの言う通り、魔物はどれだけ暴れても客席に被害が及ぶ事は無かった。ドラゴンがこちらに向かって炎を吐いても、熱さを感じない。魔法使いらは魔物に過激な事をさせては客席を大いに興奮させた。
「は、迫力あるわね……」
しかし、オリビアがハヤトの腕にそろそろとしがみついた時だった。突如、まばゆい閃光が客席に走る。眩しさに目を瞑ると、ホール中がビリビリと震える程のうなり声が上がった。
「危ない!」
「えっ、何……きゃああ!!」
ハヤトの声に目を開けたオリビアたちの頭上を、ドラゴンが低く飛び回る。爆風に髪が乱れ、持ち物も飛ばされそうになる。
「これも演出…!?」
ステージを見ると、魔法使いは必死に杖を振り回している。しかし、魔物たちが先程までのように言う事を聞いている様子は無い。
ギリギリまで制御しようとしていた魔法使いたちは、ついに手に負えないと判断したのか、声を荒げた。
「緊急事態です!皆様お逃げ下さい!!」
その言葉を合図に、これは演出でも何でも無いと理解した客席は一気に混乱に陥った。一斉に逃げ惑う人々と、狙いを定めだす暗示の解けた魔物。前方の席の客が何人かゴブリンによって襲われているのが見える。観客はパニックを起こしたように悲鳴を上げて出口に駆け込んだ。
オリビアも焦ってハヤトを見ると、彼は懐から杖を取り出していた。
「オリビアは先に逃げて!」
「えっ!」
そして、客の流れに逆らい、溢れ出す魔物の元へと向かっていく。
「ハヤト待って!私もやるわ!」
しかし、ハヤトは素早く戦いの場へと進み、すでに見えなくなっていた。オリビアも追いかけたいが、次々と流れ込んでくる人に阻まれて進めない。照明は未だに点かず、真っ暗だった。
(どうしよう…!!私も魔女の端くれとして、少しでもお客さんたちを守りたいのに)
ハヤトと同じように杖を向ける魔法使いも何人かいるが、不幸な事に一般人が多かった。数では圧倒されているように見える。
オリビアがなんとか流れの切れ目で前に進もうと一歩前に出た時、暗闇から腕が伸びてきて、強い力で後ろへ引かれた。
「オリビア、こっちだ!!」
「えっ!?誰!?待って!私も戦か……」
聞き覚えのある声に、有無を言わさず出口の方へと引っ張られていく。力強く掴んでくる手を振り払う事が出来ず、オリビアは困惑したまま、ホールから飛び出した。
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