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第二章 いらぬ心配
7話 素直な気持ち
しおりを挟む──デートだとか恋人らしい事をする前に私に必要なものはまず、その態度の改善。
ロビーに他の生徒は見かけなかったものの、潰れかけのカップケーキを彼の口へ持っていくなんて甘い事はさすがに出来なかったが、ハヤトは喜んだ。
「どうしたの、どうしたの」と不思議がりながらもにこにこと腰を抱いて歩こうとする彼から逃げる事も我慢して、いつもの図書館へたどり着いた。毎日のように通うこの隠れ家のような古ぼけた場所の、お気に入りの読書テーブルには今日も誰も座っていない。
普段ならハヤトを放って教科書を開き、ひたすらノートをまとめるだけで時間が過ぎていくが、今日オリビアはテーブルの上で肘をつきながら、目の前に積み上がった適当な本に向かって杖を振りつつハヤトに尋ねた。
「ハヤト、どうして物の大きさを変える魔法ってこんなに難しいの?私がやると一定の大きさにはなるけど、一回り小さくさせたい、なんて微調整が出来ないの」
「オリビア、本当に今日は素直だね。いつもはどんなに分からなくても順調なフリするのに」
隣に座るハヤトはオリビアの態度に首をかしげながら、杖を懐から取り出して振った。ターゲットにされた辞書が、大小様々なサイズに変化していく。
「これはさ、元の大きさを正確に捉える事が大事なんだよ。何センチになれ、じゃなくて…何センチ小さくする、って念じるんだ。空間認識能力も問われるね」
「そうなんだ…先生の見よう見まねじゃ出来ない訳だ。さすがね。やっぱりハヤトは、凄いわ…」
ハヤトに教えられながら練習をする。彼の丁寧なアドバイスを受ける度にオリビアは賞賛の言葉を発するが、その笑顔はどこか悲しげだった。本に狙いを定めているはずが、その視線は時折り宙を泳ぐ。
「………」
いつの間にか彼をデートに誘うという最大の目標も忘れるオリビア。口元をキュッと引き締めて何を言うでもなくひたすら練習を続けていると、いよいよハヤトは口を開いた。
「あのさ、オリビア。もしかして元気無い?」
「……そんな事ないわよ」
ハヤトと目を合わせないまま答える。
「僕さ、分かるんだよ。何度も見てきたから」
「………?」
「君が僕を素直に褒める時は、自信を失くしてる時だって」
オリビアは手を止めて、初めて彼の顔を見た。優しい顔でこちらを見ている。全てを見透かしているような瞳だった。
「差し入れも嬉しかったよ。だけど、オリビアが本心でそうしたいと思ってくれてるならいいんだけど、違うだろう?ちゃんと言ってごらん、本当の気持ちをさ」
ハヤトに優しく促され、オリビアは肩の力を抜き、ふっと笑みをこぼした。
「………ふふ…バレちゃった。ごめんね。私……やっぱり、悔しい。ハヤトを尊敬しているのは本当なんだけどね。それでも、あなたが凄ければ凄い程…複雑な気持ちになる。本当はお菓子用意してただ待つんじゃなくて…自分が魔物退治で活躍してみたい」
「うん。そうだろう」
オリビアが本音を話してもハヤトは驚かず、大きく頷いた。
「でも、私が行っても役に立てない。そのぐらいの差があるのも分かっているのに、いつまでもあなたとの勝負にこだわって、面倒な女よね。そう思って、たまにはこうして一歩引いてみようと思ったんだけど…ダメだった。私にあなたを立てる事は出来ないみたい」
一気に思いの丈を話した後で、オリビアはハッとした。
(あっ……どうしよう。お菓子の差し入れが本当は気が進まなかったなんて、あまりにも可愛げが無いんじゃない?さすがにハヤトもショック受けたかも…)
しかし、恐る恐る彼の様子を伺うと、ハヤトはぽかんとした顔でこちらを凝視していた。
「今さらどうしたの?それ全部、オリビアの好きな所なんだけど…」
「え?」
予想外の反応に、オリビアは戸惑いの声を上げた。ハヤトは呆れた様子でこちらへ向けて手を伸ばし、オリビアの肩まで伸びた黒髪を撫で付けた。
「忘れちゃった?何度も伝えたはずなんだけど。負けず嫌いで、力の差があっても諦めなくて、僕をいつまでもライバルとして見てくれるオリビアが好きなんじゃないか。僕を立ててくれるんじゃなくて、僕の前に立とうとする君が」
「そ、そうだっけ」
「そうだよ。いつもの君でいいんだよ。したいようにしてくれよ」
先日のショッピングで聞いてしまったヴィランヌたちからの陰口に自分を見失いそうになっていたが、ハヤトの言葉で思い出す。そうだ、こんな自分を認めてくれた人だから、彼を好きになったんだ───。大きな手の平の温かさが、ポンポンと触れられた頭から伝わってくる。
「ありがとう…自分じゃ分からないけど、ハヤトがそう言ってくれるなら、私…これからもライバルでいたい」
「ああ。僕を超えるんだろ?」
ぐっと引き寄せられ、至近距離で見つめ合う。
「うん……ハヤト、可愛くない私を好きでいてくれて、ありがとう」
──誰もいないし、いっか。
目を瞑ると、ハヤトの唇が触れ、軽く音を立てた。そのままじっとして、彼に身を委ねる。長いキスのあと、オリビアは笑顔になり、ゆっくりと口を開いた。
ありのままでいいと言ってくれたハヤトに、今なら言えると勇気を振り絞る。胸のつっかえは、取れた。可愛い彼女じゃないけれど、ハヤトは受け止めてくれる。ライバルのままでも恋人同士でいられるんだと思える。ありったけの感謝の気持ちを込めて、言葉を考えた。
「あのね……ここからはね、ちゃんと私の本当の気持ちよ」
今まで我慢させ過ぎてしまったけれど、杖もペンも一旦置く時が来た。
──ちゃんと誘おう、初めてのデートに。魔法マーケットフェスティバルへ。
「ハヤト、魔ほ……………………あれ?ちょっと待って」
せっかく勇気を出したというのに、足元に急な違和感を覚え、オリビアは話をやめた。テーブルに手をついて下をのぞくと、両方の足首とイスの脚をそれぞれ縛り付けるように、ツタのような緑色の何かが自分に巻き付いている。
「ん、なに?何か言ったかい」
ハヤトは聞いていなかった。自分を右手で抱き寄せたまま、左手に杖を握っているのが見える。杖の先からはわずかに光のもやが揺らめいていた。
「え?何これ?魔法使った?私に?」
「うん。頑張り屋さんのオリビアのために、今から特訓でもしようかと思って。スパルタでね」
ハヤトはニヤニヤと笑って立ち上がり、オリビアの背後に回って肩に手を乗せた。
「どういう事……」
嫌な予感がする。オリビアは尋ねたが、本当は聞かなくても分かっている。その証拠に、彼女の顔からは血の気が引いていた。
「僕から本気で逃げてみて。嫌だろ?誰かに見られるのは」
ハヤトがそう言って笑った時、床から不自然に伸びているツタが、絶対に離すまいと足首により強く絡みついた。
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