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第二章 彼女の悩み

9話 平穏なランチタイム

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昼食のパンをほおばりながら、オリビアはどっと疲れた顔で遠くを見ていた。テーブルには、ここの食堂オススメのランチが2人分並ぶ。特に女子生徒には人気のサラダもあった。オリビアの正面の席で、彼女が唯一心を開ける友人のサラはケラケラと楽しそうにしている。

「今日はどうしたのオリビア!あんたが遅刻するなんて」

サラが笑う度に、金髪のポニーテールが揺れる。いつもはグループでつるんでいる自分の友達と一緒に食べるが、今日は様子のおかしいオリビアを誘った。

「ちょっとね……色々あったのよ……」

「休みかと思ったのに。気まずそうに入ってくるオリビア、見物だったわぁ」

「うぅ……恥ずかしかった……」

からかうように笑うサラにいたたまれず、無意識でパンを握りしめた。焼きたてのパンがほとんど潰れてしまっている。

今朝、オリビアは初めての遅刻を経験してしまった。ハヤトの企みによって欠席届けは出されていたというのに、普通科クラスの授業中に現れた彼女に、先生も生徒も驚いた。理由を問われても、まさかつい先ほどまでハヤトに弄ばれていたとは言えない。冷や汗を流しながら言い訳を並べるオリビアを、サラは笑いをこらえて見ていたのだった。

「まぁ、想像つくけど。ハヤトくんでしょ?」

「ち!違うわよ!」

焦った様子で否定するオリビアを見て、ますますニヤける。サラには全てお見通しらしい。

「いやいや。オリビアが調子悪い時は、大抵ハヤトくん絡みだもの。本当に分かりやすいわね」

「う……言わないでね?実はあの変態のせいで、限界まで体力削られたのよ……」

観念したオリビアが恨めしげに言うと、サラはやっぱりね、と吹き出した。サラには度々、こうしてハヤトの愚痴をこぼしている。

「本当にベタ惚れされてるのね。でも、珍しいじゃない。今日はランチ、彼と一緒じゃないの?」

「えぇ…ほら、忙しいみたいで…正直、ホッとしているのよ」

「あぁ、実行委員長なんだっけ?今度の式典の」

普段は片時もオリビアから離れないハヤト。 彼は毎回、食後にオリビアの肩を抱いてコーヒーを飲もうとする。それが周囲の生徒たちに見られてしまうことがオリビアにはたまらなく恥ずかしかった。
だが、式典が近付くにつれて委員会の仕事が増えてきた。色々と準備があるのか、ハヤトは多忙を極めていた。 昼食の時間さえまともに取れないらしい。おかげで、今日のオリビアは心置きなくランチタイムを楽しめている。固く潰れたパンを、それでも嬉しそうにちぎって口へ運んだ。

「あの忙しさでよくサボろうと思えたわね。光栄なことなのに…」

その優秀さから魔法学会に注目されているハヤトは、学校の顔として式典を成功させて欲しいと、校長に頼まれている。学会と繋がりの深いプロピネス総合学校として、恥をかくわけにはいかないのだろう。オリビアは、自分にその声がかからないことを少しばかり悔しく思いつつも、ハヤトから解放されるわずかな時間を素直に喜ぶことにした。

「大変ね、ハヤトくん。それにしても、楽しみだよね、式典」

サラの言葉に、オリビアの目が輝き始める。

「ええ!学会の方のお話が聞けるもの!魔導具を使った身体強化魔法の効果と持続時間の計測結果の発表でしょ、それから、最近開発された魔法新薬の……」

勢いよく語り出したオリビアを、サラが目を丸くしながら止めた。

「ちょ、ちょっと待って。何?なんの話?」

「え?式典の話でしょう?」

「は!?まさかオリビア、あの堅っ苦しい学会のお偉いさんたちの話が楽しみだって言うの…!?」

「ええ、そうよ?」

当然でしょ?と不思議そうに答えるオリビアに、サラは開いた口が塞がらない。

「信じられない……あんなクソつまんない話楽しみにしてるの、あんただけよきっと……」

オリビアの澄んだ瞳を、心底理解できないという表情で見つめて、首を振った。

「だから…そうじゃなくて!お楽しみは、その後のダンスでしょ!!みんな、それだけが目当てで式典に行くようなものなのに」

「え、ダンス……?そんなの、あったっけ」

「う……嘘でしょ………」

サラは頭を抱えながら深いため息をついた。オリビアを見て、ハッとする。

「待って…思い出した。オリビア、あんた前回の式典……なにかの本持ちこんで、食事テーブルでひたすら読書してた…!!」

「あっ……そういえば……そうだったかも……」

オリビアは遠い目をしながら、記憶を辿る。あれは本ではなく、その内側に隠した教科書だ。あの頃は周りに勉強している事を隠していた。

「そうそう!あんた、みんなが必死にダンスの相手探ししてる中、1人だけ………!あー、ケッサク」

そう言うなり爆笑し始めたサラに、オリビアは恥ずかしそうにうつむいた。確かに2年前の式典では、誰とも話さず、誰とも踊らず、皆が食べ終わった後の皿に囲まれながら魔法学の復習をしていた記憶がある。

「だって……人に見られながらダンスなんて絶対に無理よ」

「そんなこと、誰も気にしないわよ。今年はハヤトくんと踊ったらいいじゃない」

「うーん…あの人、当日も忙しいだろうし…私も別に踊りたいと思ってないから……。あ、じゃあ、サラと踊りたい!別に男女で踊るって決まりも無いでしょう?サラとなら、楽しく過ごせそう。私、パーティー自体苦手だし、一緒にいましょうよ!」

オリビアははしゃぐように言った───そうだ、友達となら、緊張しないで済む。

しかし、サラは即答した。

「え?無理」

「なんで!?」

「あたし、式典に命かけてるから。イケメン探すのよ。この学校に男何人いると思ってるの?なんでわざわざ、あんたと踊らなきゃならないのよ」

「サッ、サラぁ………!!」 

「彼氏がいながらダンスを嫌がるなんて…贅沢者めっ」

サラが呆れたように呟きながら、サラダを口へ運ぶ。フォークで野菜を突き刺したまま恨めしげに自分を見るオリビアに、笑いながら声をかけた。

「オリビアも覚悟して頑張りなさい!今年の式典は、ちゃんとドレス着て来るのよ。間違っても、制服で来ないように!」



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