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セカンドエピソード ~魔界戦争~

100.乾坤一擲

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「フフフ……なるほどな、どんなに小さな障害でも侮るなかれ……という事か、なあ人間よ」

この絶望的とも思える状況で、彼の王は不敵に笑って見せた。なんとも形容し難い緊張感が場を支配する。

まだ、何かを隠し持っているというのか。

まだ、ここから逆転して見せるというのか。

たった一人で、ここまでよくぞ闘い抜いたと称賛にも値するこの男は、まだ全てを出し尽くしていないと言うのか。

「このジーグリード……戦に勝ち、果ては妖魔を、そして原魔を滅ぼし……三魔界の頂点に君臨するまでは、この身、朽ちさせるわけには行かないのでな!」

ジーグリードの取った行動に、誰もが驚愕した事だろう。

至ってシンプルな事ではある。

右腕を、凍りついた左腕に振り下ろした、ただそれだけのこと。

それだけの事が、凍りついたままに左腕を切断したのだ。肘から下、あるべき四肢の一つだが、トカゲのしっぽ切りを彷彿とさせるその行動に目の前で対峙していたバンバスさえも感嘆した。

「な……なんて奴だ……」

「さあ……ッ!ここからが本番よ!貴様らに恐怖と死をくれてやろう……この右腕の代償だ、文句はあるまい!!」

動揺したバンバスには、ジーグリードのスピードについていけるだけの余裕は残されていなかった。全力で振り抜かれた右腕、その拳に体が悲鳴を上げる。

次の瞬間には、天を仰ぎ見ていた。

今宵何度目の敗北だろうか。だが、れっきとしたこの実力差、エネルギーを解放し尽くしてもなお及ばぬこの壁の前に、加齢と共に生まれた諦めの感情が顔を出す。

もう、充分やったのではないか?

と。

「さあ、ゼインファード……お前を護る兵はもはや残っておらんぞ?ここから先は王と王の闘い……ようやくこの長き戦乱に幕を下ろせるというわけだ」

さしものゼインファードの顔も曇っていた。それは決して、自らの命が危ぶまれているからではない。ここまで傷つき倒れていった兵、そして地球人。その全てを思ってのこと。

だがもう、後には退けない。

そう考え、一歩踏み出したその時である。









「……なんの真似だ、小僧。もうお前には用はない……立ち去れ」

「お……俺はまだ負けちゃいない!!俺はまだ……こうしてお前の前に立っているんだから」

最後の砦、と言うにはあまりにも乏しい力だということ。それは彼自身が最も理解しているところだった。

それでも体が勝手に動く。

もはや理屈ではない。そう感じていた。

「ククク……愚かな下等生物、人間よ、もはや哀れとも思えてきたぞ。逃げること、それもまた一つの勇気よ。それさえ選べず、ただ無駄死にするだけの行動だとなぜ気付かない」

「無駄死にじゃない、それだけは言える。そして、俺は逃げない事の勇気を知った。ここに来て……色んなものを見た。逃げる事が勇気じゃない場面もある事を知った」

逃げる事、闘わないこと。

それが正義で、正しくて、立派な事。そう教えこまれて育ったこの十数年。

母からのその教えは恥ずべきものではない。むしろその通りで、闘わなくて済むのならそれが一番なのだろうと今でも思う。

しかし、ここ、この場面。今現在においてそれは適用されない。

ーーー散々助けられておいて……いざ立場が変わった途端に逃げる?

ーーーそれが正義?

ーーーそんな事は……有り得ない!

真紅の揺らめきが再び彼に纏った。自然界において存在しえないほど鮮明な赤。不自然とも言えるそれは、不思議な感覚を見るものに与えた。

「ほう、まだ戦意が衰えぬとはな。このジーグリードを追い詰めた力、今度は手加減はせん……全力を賭す!!」

ふらり、と真紅の輝きが眼前から途絶える。

次の瞬間、それは目の前まで迫っていた。

「ぬぅッ!!」

「うおおおおおッッッ!!」

はるか先まで伸びる真紅の波動。それはたった一発のパンチから放出されたものだった。

それがどれだけの威力かは、もはや説明するまでもないだろう。

片腕のジーグリードも、これには衝撃を受ける。

「ぐううッ!!小僧……貴様は!!」

翼も無い以上、衝撃を逃がすことも容易くない。右腕でガードはしているものの、その威力のほとんどを受けることと相成った。

「まだだ!!」









ゼインファードは、人間の子供と鳥魔界王との闘いを一歩引いた所から見ていた。

かくも恐ろしい光景ではある。百戦錬磨のジーグリードが、人間の子供に押されているのだから。

しかし、そこに確かな可能性を感じ取っていた。ヴァックスの力、その根源。そして、その底無しのパワーに。

「……もしかすると、本当にジーグリードを倒すのは……あのボーズかもしんねえな!」

ゼインファードが楽しそうに笑う。

「さて、俺の最後の作戦だ……これが潰えりゃ、全部終わりと言ったっていい。いやまあ、妖魔を潰す覚悟で俺が闘ってもいいんだが」

それじゃ勝ったとも言えないしな、と苦笑をひとつ。

「この妖魔の全てを。賭けて見ようじゃねえか、あのボーズ……ヴァックス・クロノウにな」









「うおおお!!!!」

体を思うままに、考えなしに叩きつけ続ける。休む間を与えず、反撃の隙すら与えない。それを与えてしまえば勝ち目が無いことは明白だからだ。

初めのインパクトで押し切れている今、このまま押し抜けなければまた前と同じ事になる。

正体不明のこのパワーが、いつ切れるかわからないのだから。

「ちい……やかましいぞ!!」

ジーグリードの右腕がぶんと振るわれる。途端に周囲の風が刃となりてヴァックスに襲い掛かった。

が、今のヴァックスにとってそれはさして脅威ではない。

それを蹴りで一蹴し、すぐに反撃に打って出る。これ以上はさせないと言わんばかりに、その身を詰めていく。

「コアを!!コアさえ打ち抜けば!!」

「やれるか?!貴様にそれがッ!!」

信じられない者も大勢いるだろう、と言うよりもそれが大多数だろう。

たった十数年しか生きていない人間の子供。それがジーグリードという、何百、何千と鳥魔界に君臨した王と互角に渡り合っているのだ。

無論、ジーグリードは全力を出し切れている訳もない。翼は折られ、片腕を無くし、いったい全力の何パーセントを出し切れているのか、それはわからない。

だが仮にも鳥魔界王。それと互角の闘い。

この闘いが、文字通りの最終決戦となること。誰もがそう感じていた。

この男で倒せぬならば、と。

始まりは、ただの勘違いのはずだった。その父親をアテにしていた妖魔達。ただの人違い。それが事の始まりである。

彼は葛藤に苛まれた。力の無さ、クロノウの名の重み、そして闘う事の辛さ。

そう、それらを乗り越え、そして今ここに立っている。どう身につけたか、どこから湧き立つものか、それすらわからぬ謎のパワーだが、しかしその力で。

「敗けられない!!」

自然と声に出る。その言葉の意味するところ、それがこの戦争に向けられたものか、それとも一騎打ちに向けられたものか、果ては自分自身に向けられたものなのか。

それはわからない、だが今の彼は、言えるだけの資格もパワーも持ち合わせている。

悩んだのだから。

苦しんだのだから。

その上で、ここに立っているのだから。

「うおおおりゃあ!!!!」

飛び上がっての回し蹴りが炸裂した。ついにジーグリードのガードを跳ね除け、ヒットさせたのだ。

「ぐッッッ……!!!おのれ……」

さすがにその巨躯をよろめかせているジーグリードに、一気に勝負をかけるべく全身に力を込める。

このパワーが何なのか、それはわからないが、しかし何となく体は理解していた。

そうすればこのパワーはさらに増幅する。細胞が知っていた。

「うううおおおおおおッッッ!!!!」

「こ……こいつ!さらにパワーを押し上げるというのか!!」

ここで自分が敗けたなら、妖魔も地球も全てが終わる。

そう考えた時、自然と力が湧いてきた。

「ええい!させん!!」

ジーグリードの右腕が差し出される。すると、たちまち猛風が向かい風となってヴァックスに襲った。

立っているのがやっとの程の、気を抜けば吹き飛ばされそうなその突風に、猛攻はストップをかけられる。

「くく……うう……この!!」

どれだけ力を込めようと、体が浮きそうになるのに逆らえない。

「フハハ!!所詮は人間、呆気のないものよ!!」

もし飛ばされたなら、どれだけ上空に上げられるか?それはわからない。だが無事では済まないだろう。そう考え、なんとか地に留まろうと踏ん張るが体がどんどん反っていく。

「吹き飛ぶがいい……遥か天まで!こうまでこのジーグリードを追い詰めた貴様の事、我が記憶の片隅に置いておこう……さらばだ!!!!」









「ヴァックス・クロノウ!!」

その声に、彼は振り向いた。次の瞬間にはその体は宙に舞っていたが、しかし声を上げたその人物を視認することは出来た。

ゼインファード、その人だった。

「よく聞け!俺が今この戦場にいる妖魔どもから魔力を限界まで搾取した!!その全てをお前に託す!!全部残らず受け取りなァ!!」

ゼインファードが腕を天にかざすと、すぐに光の矢のようなものがヴァックスを貫き包み込む。

不思議な感覚だった。

乾いた地面に降り注ぐ雨のように、一つ一つに染み込んでいくような、まるでそんな感覚。

そしてすぐに理解した。

「行くぞ……もう負けない」

不思議と酷く冷静だった。

圧倒的な力、それを手に入れても尚。

天高く舞い上がり、そして叩きつけられると想定していたが、しかしどうだろう、今彼はゆっくりと地に足をつけて降り立つ。

「ハッハッハ!やっぱりそうかよ、あのボーズ。あいつは弱くなんかねえよ……類希な才能、天に愛されてるぜ、十分すぎる程にな!」

「ど、どういうことなんだ……」

「おっと、ティム君お目覚めか。いや、あいつはこの俺に似てるんだよ。要は器さ」

まあ見てみようぜ、とゼインファードが指差す。

その先には先刻までの紅蓮のオーラではなく、魔力を伴ってか紫に近いオーラを纏うヴァックスが居た。

「……もう好きにはさせない、二度と」

「強気に出るじゃないか、小僧……!!」

「最後の攻撃だジーグリード……俺の中に今ある全部を一撃に打ち込む、覚悟しろ」

「フン、やってみせい!!」

全身にパワーを行き渡らせていく。この力をゼインファードは妖魔の全てと言った。全く重い期待ではあると思うが、しかしそれを重荷とは感じない。

今ならやれる。

今のヴァックス・クロノウならば。

「だァァァァァァァァァァーーーッッッ!!!!」









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