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ファーストエピソード
11.修行は続くよどこまでも
しおりを挟む廃病院の中へと不法?侵入を果たしたヴァンは、その館内を隅から隅まで歩き回った。
病院が根城として選ばれたのは、おそらくベッドや医薬品などの設備、備品が充実していたからだろう。今では医薬品は無くなってしまっているが、それでもベッドはある。そして最たる理由として、ここらあたりでどう見ても一番状態のいいまま形が残っている、という事。
しかしそれにつけても奇妙なのは、人の生活感は所々に見受けられるものの肝心の人がいない。奇襲を警戒しているのに、その気配すらも感じない。
「……逆に怪しいなオイ。こんだけ誰かがいるような痕跡はあるのに、誰もいねぇなんてよ」
とりあえずどんどん上に進むことにし、階段を探す。
が、どうやら階段への道は瓦礫で塞がれているようで、上の階に行くことはできなかった。いや、出来るのだが、ここにこれだけの瓦礫がそのままあるということはこの上にはきっと誰もいないんだろう。
そう判断し、この廃病院を出ることにする。
「なーんか腑に落ちねぇけど…犯罪者や世界滅亡信者どもの集まってるところって聞いてたのに、ここまで出会いはゼロとはなァ」
世界滅亡信者。つまりは神の怒りを鎮め、世界が滅亡するのを防ごうという世界中に存在する教団だ。やっていることに文句は無かったが、その内容があまりに非人道なものである。
ようは神の怒りを鎮めるために生贄を捧げるのだ。
………ん?生贄?捧げる?
「ふーむ…あんま気は進まねえがもう少し探索してみるか…」
ヴァンは気がついた。そう、迷ってこんなところまで来てしまった迷い人を連れ込み、そして生贄として捧げる。そんな事をするには絶好の、いや的確でこれ以上はないと言っても過言ではない。
そう、ここには手術室がある。
あまり気は進まなかったのでさっきはあえて調べなかったが、やはり避けては通れないだろう。
「全くもって気がすすまねぇぜ…死体とかでできたらどうすんだ」
ぶつぶつ文句を言いながら仕方なく重い気持ちを押しのけて手術室へ。
扉を開けると、やはり、というか想像した通りのことがここで行われているようだった。鼻をつく異臭。手術道具がそこらに無造作に転がっている。
何よりも目につくのは、祭壇のようなものが作られていることだった。
「…まあそうだよな。しかし本当に変だな…人っ子ひとりいやしねぇ」
ここまで探索してなお誰にも会わない、というのはやはりおかしい。ここを根城にしている奴らは今はどこかへ出払ってしまっているのだろうか。
正直手詰まりだった。ここまでくれば勝手に向こうから襲ってくるものだと考えていたからだ。こうなると別の方法で
「誰だ貴様!!」
ようやくお出ましである。いったい今の今まで何をどこでやっていたのかはわからないが、とにかくようやく人と出会うことができた。
「ふー、やっとみつけたぜぇ…ここまで歩き回らせやがって……覚悟しとけよこのヤロー」
ぼきぼきと骨を鳴らしながら近づいて行くヴァンに、その男は恐れているようだった。
どうやらこの男はたいしたやつではないらしく、持っている荷物もバラバラな事からおそらく街で引ったくりとか窃盗とかそういう事をして食いつないでいるのだろう。
「く、くそっ!来るな!」
「なんでテメーの言うことを俺が聞かなくちゃならねぇんだ、さあブン殴ってやるからかかってこい!」
そう言ってさらに距離を詰めると、男は壁についている警報を鳴らした。
瞬間。館内に響き渡る、けたたましい警告音。その大音量は耳をつんざく。思わずヴァンも耳を塞いでいた。
「おおお…うるせぇなーてめえ~!」
「だ、誰か来てくれぇーー!!」
その隙に男は一目散に駆け出していった。しかし、それは好都合。探しても探しても見つけられなかった経験値…もとい人間を、向こうから連れてきてくれるのだ。
「たくさん連れてこいよー!全員でもいいぞー!」
結果として、駆けつけた人数はざっと見渡しても五十人は間違いなかった。それも今なお増えているところを見るに、百人まで増えるのも時間の問題だろう。
ヴァンは取り急ぎエントランスへと走った。無論このままここでやりあってもいいが、それだと狭い廊下では向かって来る敵の数に限りがある。そう考え彼は走った。
もちろんその後を追いかけて来る。そして全て的確に読み通り、その状況は作り出された。
ヴァンを取り囲む犯罪者と世界滅亡信者たち。
「これこれ、これを待ってたんだぜ!さあどっからでもいい、かかってこい!」
やけにノリノリなヴァンを見て彼らは若干困惑しているようだったが、何人かのイカれたやつが飛び出していったことで事態は急速に発展し始めた。
まず向かってきた六、七人ほどを簡単に叩き伏せると、その後から便乗してやってきた後方組二十人ほどを次から次に目まぐるしいスピードで蹴散らして行く。
もともとこういう喧嘩流の闘いの方が性に合っているヴァンとしても、これまでやってきた修行とは打って変わり嬉々としていた。
その様子を見ていた相手方の何人かの間でも、だんだんと不穏な雰囲気が漂い始める。それもそうだが、こんなところに単身武器も持たず乗り込んできて、百人近い人数に囲まれても怯えることなくその状況を楽しんでいると言うのだから、それは誰がどう見ても変質者、といった感じだった。
何よりその強さである。仮にも普通に生きていけないほどの犯罪者たちをあれよあれよと言う間に三十人は叩きのめしてしまったのだ。不審度はマックスだった。
「おいおいこれじゃあ修行になんねーぞ!もっと来い!オラ!」
完全に体育会系へと変貌を遂げた今のヴァンに、敵はいなかった。
そんな中、その煽りに一人の男が名乗りを上げる。
「おお?なんだか強そうなのが出てきたな…アンタが親玉ってわけかい」
「親玉、か。僕はここで一番強いと言うだけさ。別にこいつらの上に立っているつもりは…」
その男の否定的な態度とは裏腹に、まわりの取り巻きたちはやっちまってください親分!兄貴、そんな野郎ブッ飛ばしちまってくださいよ!など、随分と上に立つものとして認められているようだった。
「……そいつらはそうは思ってねぇみたいだな。つまりてめぇをブッ倒せば、ここも完全攻略というわけだなァ」
「不本意ながら、な。しかしそう簡単にいくとは思えないな。ただ腕が立つくらいでは僕には勝てない」
その男はどう見てもヴァンより年下か、よくて同い年、といった感じの若々しさだが、確かに凄みはある。そこいらの連中とは一線を画しているのは目に見えていた。
「まあ御託はいいぜ…むしろてめえがたいしたことのない奴だったらその方がガッカリするってもんよ」
それもそのはず、ヴァンはバーンエネルギーを身につけるためにここに来たというのに、今までエネルギーすら使わず無双しているのだから、なんの修行にもならない。
いや、強いて言えば基礎体力の向上とかそういうところには繋がるかもしれないが。
「ふーん…気持ち悪いね君、闘うのが好きとでも言うのかい」
「好きっつーか…まあ、好戦的な性格ってのは自覚あるがよ。だがまあ、今は闘って闘って闘わなくちゃならねぇ理由があってなァ。ま、てめえには関係ねえ話だぜ、気にすんな」
「へーえ…本当になんだか気味が悪いな。けど僕は天才だよ。闘うってのならそれで構わないけれど、君はきっと痛い目を見ることになる」
「はっ、だからよォ…御託はいいっつってんだろ?」
その直後。周囲にズダァン、と爆発にも似た轟音が鳴り響いた。音の発生源は、ヴァンの拳であった。
一瞬で間合いを詰めたヴァンは、さらにとんでもないスピードでその男の顔面へ向け右拳を叩きつけた。そのあまりに速すぎる動きに、それまでワーワーと騒いでいた周りの者たちも唖然としている。
それもそのはず、普通こんな息巻いて出て来たのだから、この程度の攻撃は避けるなり受けきるなり、いずれにせよ少しは闘い甲斐があると思っていた。むしろ、そう思いたかった。
だが、男は派手に後方にブッ飛んだあとにピクリとも動かなくなってしまった。
それでもおそらく、武道大会の頃のヴァンならば苦戦を強いられる相手ではあったはずだった。それが今やたったの一撃である。三人で行っていた修行が、どれほどとんでもないものなのかこの時点でようやく理解した。
「おいおい…さすがに強くなりすぎたか?もう俺、人間って言えるのかこれは……」
正直バンバスとティムとの修行をして来た中で、二人を除けば初めての実戦になったわけだがまさかこれほど進歩しているなどとは、普通の人間の神経ならば考えるよしもない。
「しかし参ったぜ…これじゃ修行にならねぇ、とりあえずここを出て…」
「待ってくだせぇ!兄貴!」
は?今なんて言ったんだてめえ、とヴァンは近寄って来たその男の顔を睨みつけた。
「兄貴!もう兄貴は俺たちのボスです…ここいらでは一番強い男がボスになるんでさあ!」
「いや、犯罪者どものボスって。俺はマフィアでも、ジャパニーズヤクザでもねえ!どっか行けこのボケ」
しかし目を輝かせながらヴァンをなんとか引き留めようとする彼らを、殴り飛ばして強行突破しようとも思えなかった。この時点では敵意のない人たちを、いくら犯罪者と言えども力ずくで…と言うのは気がすすまないからだ。
「とりあえずお前らうるせえ!俺がボスだってんならよ、俺の言うことは聞くんだよなもちろん!」
その言葉に彼らは迷いもせずに モチロンッス兄貴!あんたについて行くぜ!ボス!命令をくれェ!などなど。ヴァンの考えを無視して勝手なことを言い連ねている。
「あ~~~ウザい、ウザい!助けてくれティム!バンバス!!」
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