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ファーストエピソード
1.才能の片鱗
しおりを挟む「それでは……第1回戦!レディ!!ゴーーーッッッ」
大観衆の声援が飛び交う中、ごォん、とゴングが鳴らされ試合が始まる。
ヴァンとソーは互いに身構え、その中心に張り詰めた空気。
ヴァンもしっかりソーを見据え、その実力を見定めていた。
「……ただモンじゃあなさそうだな」
「当然。君を倒す為のシミュレーションも完璧さ」
さっきから何を言ってるんだコイツは、とヴァンがため息を一つ。
それもそのはずだが、この2人は全くの赤の他人であるため当然ヴァンの闘うところなど見たこともあるはずがない。ゆえにプランだのシミュレーションだのとのたまうこの男が、一体何を考えているのかわからなかった。
「へっ、脳内で敵倒して強くなれりゃあ苦労はねえんだよ」
構えを解かないままに、ジリ、ジリと間合いを詰めていく。しかしソーは微動だにしない。
奇妙な構えだな、とヴァンは感じていた。
右手は頭の横、左手はこちらに突き出すようにして自然に構える。どちらの手も開手しているので、そこからどういう攻撃に転じてくるかが読めない。
「どうしたねクロノウ君、攻めてこないのかい」
くいくい、と手のひらで誘ってくるが、それが何かを狙っての挑発であることは明白。ヴァンもそうわかっている。
「安い挑発だぜ……けどな、そこまで舐められて黙ってられるほど俺は大人じゃねえんだよ!ハァッ!」
シュッッ、と素早い身のこなしでソーの懐に飛び込み、えぐり込むようなボディブローを叩き込もうとモーションに入る。
瞬間。
ソーの開手したまま突き出していた左手が、ヴァンの顎を捻るようにして叩いたのだ。
「ごハッ?!」
地面に引っ張られるかのように、ヴァンの身体が叩きつけられる。
自分の勢いと、ソー自身の勢いが掛け合わさると同時に、顎にクリーンヒットしたことでヴァンの脳は揺れに揺れ、視界が歪む。立ち上がろうとするも、たまらず膝をついた。
「ぐっ……俺が間合いを詰めたのと同時に飛び込んできて、カウンターを入れて来やがったか……ってえ……」
ソーのしてやったり顔が、ヴァンの苛立ちをいっそう引き立てる。
依然としてソーの構えは変わらず、膝をついて隙だらけのヴァンに追撃すらもしてくる気配がない。
「言っただろう?シミュレーションも完璧だと」
「へ…出会い頭に一発くれたくらいでいい気になってんじゃねえ…!」
歯を食いしばってなんとか立ち上がったヴァンは、もう一度構える。
しかし、その脚は、先ほどの脳を揺らす攻撃で少し震えていた。
(コイツは、受けの格闘家…俺の攻撃を受け流してカウンターを決めたり俺の勢いを利用して攻撃に転じるタイプ……)
(だからと言って、たった一度、攻撃をカウンターされたからと言って…)
「消極的になる事はねえ!!」
ダンッッッ!
ヴァンの右足が、武舞台の地を蹴った。その勢いが、ヴァンをソーの懐へ一気に加速させる。
「うおおおおッッ!!」
1発、2発、3発……次々と繰り出される怒涛の連撃。
人間業とは思えぬ、蹴り技も織り交ぜた連撃、その動きは回転するように高速で流れていく。
「受け流せねえほどの連撃をてめえにお見舞いしてやらあ!!」
「…フッ」
猛獣の如く凄まじい攻撃を繰り出し続けるヴァンを、ソーは不敵な笑みを浮かべながら受け、身をかわし、凌ぐ。ヴァンが蜂のように刺すならば、ソーは蝶のように舞う。
「言ったろう!!君を倒すプランは固まっていると!」
受けから一転。ヴァンの胸を、まるで狙い済まされた一閃の槍のような貫手で貫き、その動きを止める。止めるどころか、ヴァンはまたしても勢いを利用され後ろに勢いよく倒れ込んだ。
これにはさすがのヴァンもこたえたのか、苦痛の表情が隠しきれない。
「ぐ……おお…!」
それでもソーは決して追撃をして来ず、構えも解くことなく倒れているヴァンをしっかり見据えている。
「相手を倒すのに、君のように大袈裟な力は必要ない。必要なのは、極められた技だけ…そして、相手を知ることなんだよ」
自信を完全につけたらしいソーは、口元の笑みがこぼれている。
しかし彼には油断は無い。
観客席でそれを観戦しているリヴァイは、次第に苛立っていた。
その理由は明白で、ヴァンが稽古もせずチンピラやごろつき相手に調子に乗っていた結果としてこんな無様な試合をしている。
兄としては心境は荒れに荒れていた。
「何やってるヴァン…!いいようにやられて、そんな相手、冷静になれば大した事ないだろ…!」
いつになく熱くなっている。それも、この会場の熱気に当てられてか、珍しいことだ。
まわりの観客たちはソーを応援しているのか、その勢いは開始時とは比べ物にならぬほどであった。
「あらまあ…ヴァンったら、あんなに自信満々だったのに負けそうだわ」
母のローラも思わず不安が漏れる。
「くっ…落ち着いていけヴァン…!」
兄の拳が、固く握られた。
「ンのヤロー……ッ」
ヴァンの攻撃を的確に受けきり、確実に攻撃に転じるそのスキルも大したものだが、ヴァンが不審に思っていたのはそこではなかった。
どうやらこの男のこの動きを見るに、ヴァンの戦闘を1度か2度、見たことがあるかのような、そんな雰囲気を感じ取っていたのだ。
「テメー、前に俺と会ったことあるか?……俺の記憶にはねえけどよ」
するとソーは、フッ、と鼻で笑い、なんと構えを解いた。
本来であれば隙だらけのチャンスだが、これまでの事を考えるとまた裏がある、そう感じヴァンの体は動けずにいる。
「君の…闘いっぷりはね、実は1回見たことがあってねえ」
「!…なにぃ?」
「見事なものだった……街中での乱闘、多勢に無勢の状況でも1歩も引かずに圧勝するその実力…センス」
「君が街でチンピラ達と遊んでいるのをたまたま見かけ、そして見入ってしまったんだよ……まあ、まさかその男が1回戦の相手とは思いもよらなかったけどね……」
あの時か、とヴァンは唖然とする。
感じていた気配、昨日のことだ。結果として物陰から出てきたのはティムだったが、まさかもう1人潜んでいたやつがいたとは思いもよらなかった。
おそらくこの男、この大会に出るために数日前からリオスに滞在していたのだろう。そして、偶然夜の街でヴァンが暴れているのを見てしまった。
「なるほどねえ、……だから対策の練りようもあったってわけかい」
「ボクは強いやつを見るとそいつをどう倒してやろうかと頭の中でシミュレーションする癖があってね…君も例外じゃあなかったってわけさ!」
一息つくと、ソーは再び身構えてヴァンを見据える。それはあの構え。しっかり地に足をつけ、ヴァンに狙いを定めた。
「……一度見たくらいで」
「俺を攻略する?」
「舐めるんじゃねえ…俺は、俺はな」
「オレはヴァン・クロノウだッッッ!!」
その気合いが、その咆哮が。一気に飛び込んだヴァンをさらに加速させ、ソーの元へと一直線。大した構えも取らずに突っ切る。
若干、その気合いに押され、ソーは無意識に半歩下がる。
しかしそんなことはお構い無しにヴァンは一気に至近距離まで詰めると、しっかりと握られた拳をソーに向け放った。
「…ッ!だがッ!」
気圧され気味のソーであったが、そこは冷静に対応し向かってくる拳を手のひらで受け流そうと差出す。
が、しかし。
「ッ!こっ、このパワー!!」
バシィン!と空気が弾けるような快音が周囲に鳴り響くと、気づけばソーの左手は後方に弾き飛ばされガードは解けていた。
その時、ソーは敗北を確信した。
その一撃が、その拳が、全てを諦めさせるほどの圧倒的なものであったこと。そして彼の左手は、なまじそれを受けてしまったが為に、いや、受け流しきれなかったが為に、手のひらから肘まで骨が砕け、肩は外れたのだ。
「喰らえぇ!!」
ズダァァアン!!
そのままの勢いで放たれた2発目のヴァンの拳が、正確にソーの右胸を捉えて穿った。抉りこまれる左拳。まるで“淡い光”が拳を包んでいるかのように、輝いていた。
「吹っ飛べぇえ!!」
思い切り腕を振り抜いて拳を突き出すと、ソーの身体は後方に吹き飛び、さながらゴムまりのように1度跳ね、そして転がりながら武舞台の壁まで到達した。
ピクリとも動かない。それは観客たちも同じで、さっきまでソーの勝利を確信し騒ぎ熱狂していた者達は、シンと静まり返っていた。
急ぎ審判がソーのもとへ走り、安否を確認する。
「………大丈夫、息はある!担架だ!急いで医務室へ!」
担架で慎重に運び出されると、次第に場内がざわつき始めた。
死んだのか?あいつ、とんでもねえパワーだな。死亡者が出たってことは、大会は中止かよ?
そんなざわめきが、あちこちから聞こえてくる。
しばらくして、ィイー…ン…という機械音がスピーカーから流れ、マイクが入る。
「ゴホン!ええー、只今の試合により負傷を負ったタイケ・ソー選手ですが、命に別状無いとの情報が入りました!よって、勝者、ヴァン!クロノウ選手!!」
おおお!!と場内が一気に沸き立つ。空気がビリビリ言うのを肌で感じながら、ヴァンは一息ついた。
この歓声が、自分へ向けられたものなのか、それともソーが生きていた事に対してなのか?それはわからなかったが、ヴァンは清々しい気分で武舞台から退場していった………
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