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(どうしてこんなことに……!)

 エイデンは落ち着きなく部屋中をぐるぐると歩き回っていた。胸がざわついて、どうにもじっとしていられないのだ。

 今日、ルーン伯爵家の面々がロードリー伯爵家へとやってくる。エイデンとサンドラの婚約のことについて話し合いがしたいとのことだ。

 父に手紙を送ってもらったらなんとかなるかと思ったが、そんな甘い話ではないらしい。
 もちろん、話し合いがそう悪くない方向に向かう可能性もある。しかし、先日のサンドラの様子を考えると、昔のように丸め込むことは難しいだろう。
 少し前までは、サンドラはエイデンの言うことならなんでも聞き入れてくれる優しい女の子だったのに……。

 そこで、コンコンとドアがノックされる音が響き、すぐに扉が開けられる。そこに立っていたのは母のエイミーだった。

「母上……」
「エイデン、もうすぐサンドラが来る時間よ。ちゃんと出迎えてあげなさい」
「……はい」

 エイデンは暗い顔で頷く。
 すると、そんなエイデンの顔を覗き込んだ母はくすくすと小さく笑った。

「そんな心配しなくても大丈夫よ。あなたたちは小さな頃から仲良しだったでしょ? サンドラもきっと結婚が近づいてマリッジブルーになってるのね」
「そうだといいんですが……」

 どちらかというとブルーではなく、ハイになっているような気がした。あれもマチルダ・ナトルの影響なのだろうか。
 エイデンはバラの花束を抱えて、両親とともにルーン伯爵家の来訪を待った。
 そして、馬車の音が聞こえてきたタイミングで外に出て、ルーン伯爵家の面々を出迎えた。

「お久しぶりです、ルーン伯爵。今日はうちのバカ息子のせいでご足労をおかけして申し訳ない」
「いえいえ、構いませんよ。こちらもお話ししたいことがあったので」
「ステラ、今日はごめんなさいね。エイデンが意地になっておかしなことを言ってしまったみたいで……この子も悪気があったわけじゃないのよ。サンドラが急に綺麗になって驚いたみたいで」
「そうなの……」

 お互いの両親が先に話しているが、いつもよりサンドラの両親の態度が素っ気ない気がした。
 嫌な予感を覚えつつエイデンがサンドラを見ると、彼女は従兄弟のユーリスの隣で優雅に微笑んでいる。

「サ、サンドラ」
「ご機嫌よう」

 サンドラは先日と同じく派手な装いだった。髪は後ろで結い上げられてはいるが、複雑に編み込まれていて、綺麗な髪飾りもついている。ドレスも今までの淡い色の物とは違う赤のドレスで、もちろん化粧はばっちりだ。
 エイデンの顔が引きつる。
 綺麗だが、似合っているが、こんなサンドラは好きじゃない。
 しかし、サンドラは前よりも朗らかな表情をしていて、それがいっそうエイデンの鼻につく。

「……先日はすまなかった。これ……」

 苛立ちを押し殺して、抱えていた花束をサンドラに差し出す。
 サンドラは一瞬迷うような素振りを見せてから、花束を受け取った。そして、にっこりと笑って言う。

「あら、もうすぐ婚約者でもなんでもなくなる女に花をくれるなんて、随分優しいのね。私の気持ちは変わってないけど、花は貰っておくわ。花に罪はないもの」

 サンドラの言葉に、その場の空気が凍りついた。エイデンの両親は驚いたように言葉を失っていたが、サンドラの両親は先ほどと同じく冷ややかな表情をしたままだった。
 そこに、若い男の朗らかな声が響く。

「まあまあ。立ち話もなんですから、中で座って話しましょうよ。大切な話ですからね」

 ユーリスがそう言って、サンドラの腰に手を回す。いくら義兄になる存在といえどその馴れ馴れしさにエイデンは不快感を覚えたが、サンドラは拒むことなくユーリスの腕を受け入れていた。むしろ、どこか気恥ずかしそうに頬を赤く染めている。

(……サンドラ?)

 エイデンが唖然としているうちに、皆屋敷の中へと入っていった。
 馬車に残る従者に花束を預けたサンドラも、ゆったりとした足取りでエイデンの横を通り過ぎていく。その隣には、やはりぴたりとユーリスが寄り添っていた。
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