588 / 762
第16章・ステラガーデン編
とある国②
しおりを挟む 私は、一人、馬車にゴトゴトと揺られていました。窓の向こうには、青と緑が広がっています。
あのあと、先輩方とも相談して――聖女様が喜ばれるであろうことを、秘密裏に行うことが決まりました。何だか、少しどきどきします。何か贈り物を用意するときには、こういう気持ちになるのかも知れません。先輩方も協力してくださるとのこと、私はお暇をいただき、こうして長閑な田舎にやって来ているのでした。
「あの、少しお聞きしたいのですが……」
「あらま、見ない顔だねぇ。こんなところにお使いかい?」
「いえ。人を探しているのです」
「あらぁ、しっかりしてるわねぇ。ウチの息子にも見習ってほしいわぁ」
馬車を見送ったあと、道行く方々に声をかけました。こんなこと、侍女としての教育を受けていなければ、絶対にできなかったと思います。恥ずかしいだとか何だとかで、もじもじしていただけでしょう。まして、一人で旅行をするなど、考えられないことでした。その介あってか、夕方前には、目的の場所に無事たどり着くことができたのでした。
「……」
木造りの玄関の前に立ちました。
アポイントは取っていませんでした……。あまりにも無計画だったでしょうか?
トントン、トントン
「ごめんください」
……。
……。
駄目、でしょうか……。もう一度――
「はい、どちらさま?」
「あ……」
そこにおられたのは、エリス様に良く似たお人でした。
「お初にお目にかかります。私、聖女エリス様の侍女を務めさせていただいております、ルゥ・リーズベルと申します」
それから――エリス様のお母様とお父様と、いろんな話をしました。普段の聖女様の御様子、昔の聖女様の御様子、寂しいけれど誇りに思っておられること、私自身のこと……。
夕食を御馳走になったあと、あれよあれよという間に、お泊めさせていただくことになりました。
「まさか、あの子のお友達が訪ねて来てくれるなんてね……。初めてのことよ。本当に嬉しいわ」
「そ、そんな。友達などと、畏れ多いです……」
「ルゥちゃん。エリスのこと、苦手かしら?」
「! そんなことありませんっ! その逆で……本当に、本当にお慕いしております……!」
「そうなのね。だったら……どうか、あの子のお友達になってあげてほしいの。立場のことは、あると思うわ。けれど、心の中では友達と思っていてくれるなら……すごく嬉しいわ。エリスは、きっと、友達がいないでしょうから……」
「は、はい……。分かりました、お母様」
「ごめんなさいね。少し湿っぽくなってしまったかしら」
「いえ……あ、お片付け、お手伝いいたします」
「いいのよ、そんなの。さ、あなたは自分の家と思って、ゆっくり休んでいなさい」
翌朝。私は、たくさんのお野菜と、エリス様への預かり物と、あたたかい言葉をいただき、エリス様の御実家を出たのでした。
――――
数日後の夕方のことです。
エリス様は、書類仕事をなされていました。
「エリス様」
「ルゥ? どうしましたか?」
「そろそろお夕食の時間でございます。一度、手を休められてはいかがでしょうか」
「そう……。もう、そんな時間なのね。分かりました。食堂に行きましょう」
席に一人座られたエリス様の前に、お料理をお出ししました。
「……?」
いつもとメニューが違うことに、少し驚かれている御様子でした。ですが、食事についてエリス様が文句を言われることは、これまで一度もありませんでした。
エリス様が、スープに口を付けられました。
「……」
そのときでした。
「……うぁ……、ぁ……、うぁあああぁああ! うぁあああぁああんっ!」
「せ、聖女様っ!」
どうしよう……。お母様に教わったようにお作りしたのに……何か、間違ってしまったんだ。エリス様を悲しませてしまった……。エリス様を喜ばせたかったのに……。私は……私は、何をやっているのでしょう……。
「聖女様……ごめ、ごめんなさ……ぁ、ぁあ……うわぁああぁ! ぁあああっ!」
「ちが……違うのぉ! わた、わたし、うぁあぁああ! ぁああぁああっ!」
二人して、わんわん泣いてしまいました。
泣いて、泣いて……ようやく落ち着いた頃、私はこれまでの経緯を包み隠さずお話しました。
「そう、だったのね……。ありがとう、ルゥ」
「エリス様……」
「でも、あなたがこうして、そばにいてくれる。それだけでも、わたしにとっては、とても有り難いことなの。それは、どうか分かっていてね……?」
「はい……、はい……っ」
この件をきっかけにして……エリス様は、侍女の中で私に対してだけ敬語を使うことをやめられました。それだけ、心を寄せていただけていること。それは、凡人の私が唯一自慢できることでした。
あの日夢見た、聖女様のすぐ近く。
そこに今、私はいるのでした――。
あのあと、先輩方とも相談して――聖女様が喜ばれるであろうことを、秘密裏に行うことが決まりました。何だか、少しどきどきします。何か贈り物を用意するときには、こういう気持ちになるのかも知れません。先輩方も協力してくださるとのこと、私はお暇をいただき、こうして長閑な田舎にやって来ているのでした。
「あの、少しお聞きしたいのですが……」
「あらま、見ない顔だねぇ。こんなところにお使いかい?」
「いえ。人を探しているのです」
「あらぁ、しっかりしてるわねぇ。ウチの息子にも見習ってほしいわぁ」
馬車を見送ったあと、道行く方々に声をかけました。こんなこと、侍女としての教育を受けていなければ、絶対にできなかったと思います。恥ずかしいだとか何だとかで、もじもじしていただけでしょう。まして、一人で旅行をするなど、考えられないことでした。その介あってか、夕方前には、目的の場所に無事たどり着くことができたのでした。
「……」
木造りの玄関の前に立ちました。
アポイントは取っていませんでした……。あまりにも無計画だったでしょうか?
トントン、トントン
「ごめんください」
……。
……。
駄目、でしょうか……。もう一度――
「はい、どちらさま?」
「あ……」
そこにおられたのは、エリス様に良く似たお人でした。
「お初にお目にかかります。私、聖女エリス様の侍女を務めさせていただいております、ルゥ・リーズベルと申します」
それから――エリス様のお母様とお父様と、いろんな話をしました。普段の聖女様の御様子、昔の聖女様の御様子、寂しいけれど誇りに思っておられること、私自身のこと……。
夕食を御馳走になったあと、あれよあれよという間に、お泊めさせていただくことになりました。
「まさか、あの子のお友達が訪ねて来てくれるなんてね……。初めてのことよ。本当に嬉しいわ」
「そ、そんな。友達などと、畏れ多いです……」
「ルゥちゃん。エリスのこと、苦手かしら?」
「! そんなことありませんっ! その逆で……本当に、本当にお慕いしております……!」
「そうなのね。だったら……どうか、あの子のお友達になってあげてほしいの。立場のことは、あると思うわ。けれど、心の中では友達と思っていてくれるなら……すごく嬉しいわ。エリスは、きっと、友達がいないでしょうから……」
「は、はい……。分かりました、お母様」
「ごめんなさいね。少し湿っぽくなってしまったかしら」
「いえ……あ、お片付け、お手伝いいたします」
「いいのよ、そんなの。さ、あなたは自分の家と思って、ゆっくり休んでいなさい」
翌朝。私は、たくさんのお野菜と、エリス様への預かり物と、あたたかい言葉をいただき、エリス様の御実家を出たのでした。
――――
数日後の夕方のことです。
エリス様は、書類仕事をなされていました。
「エリス様」
「ルゥ? どうしましたか?」
「そろそろお夕食の時間でございます。一度、手を休められてはいかがでしょうか」
「そう……。もう、そんな時間なのね。分かりました。食堂に行きましょう」
席に一人座られたエリス様の前に、お料理をお出ししました。
「……?」
いつもとメニューが違うことに、少し驚かれている御様子でした。ですが、食事についてエリス様が文句を言われることは、これまで一度もありませんでした。
エリス様が、スープに口を付けられました。
「……」
そのときでした。
「……うぁ……、ぁ……、うぁあああぁああ! うぁあああぁああんっ!」
「せ、聖女様っ!」
どうしよう……。お母様に教わったようにお作りしたのに……何か、間違ってしまったんだ。エリス様を悲しませてしまった……。エリス様を喜ばせたかったのに……。私は……私は、何をやっているのでしょう……。
「聖女様……ごめ、ごめんなさ……ぁ、ぁあ……うわぁああぁ! ぁあああっ!」
「ちが……違うのぉ! わた、わたし、うぁあぁああ! ぁああぁああっ!」
二人して、わんわん泣いてしまいました。
泣いて、泣いて……ようやく落ち着いた頃、私はこれまでの経緯を包み隠さずお話しました。
「そう、だったのね……。ありがとう、ルゥ」
「エリス様……」
「でも、あなたがこうして、そばにいてくれる。それだけでも、わたしにとっては、とても有り難いことなの。それは、どうか分かっていてね……?」
「はい……、はい……っ」
この件をきっかけにして……エリス様は、侍女の中で私に対してだけ敬語を使うことをやめられました。それだけ、心を寄せていただけていること。それは、凡人の私が唯一自慢できることでした。
あの日夢見た、聖女様のすぐ近く。
そこに今、私はいるのでした――。
0
お気に入りに追加
117
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
AI執事、今日もやらかす ~ポンコツだけど憎めない人工知能との奇妙な共同生活~
鷹栖 透
SF
AI執事アルフレッドは完璧なプレゼン資料を用意するが、主人公の花子は資料を捨て、自らの言葉でプレゼンに挑む。完璧を求めるAIと、不完全さの中にこそ真の創造性を見出す人間の対比を通して、人間の可能性とAIとの関係性を問う感動の物語。崖っぷちのデザイナー花子と、人間を理解しようと奮闘するAI執事アルフレッドの成長は、あなたに温かい涙と、未来への希望をもたらすだろう。
シーフードミックス
黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。
以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。
ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。
内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる