悪役従者

奏穏朔良

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49(アデル視点)

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アデル・エドワーズはアデル・ルフェーブルの時から男に支配され続ける人生だった。

最初に理不尽を知ったのは3歳の時。
兄についた家庭教師の出した問題を私が解いてしまった時だった。

だって分かってしまったのだ。そんな簡単な数字のお遊びの答えなんて。

だって分からなかったのだ。兄がこんな簡単な問題すら解けない理由なんて。

しかし、それを『公爵家の次期当主に泥を塗った』と頬を引っぱたかれて、私は初めて知ったのだ。

この世界は、女が男より勝るものがひとつでもあるだけで罪となるのだと。

大声をはりあげて捲し立てるその様が醜くて嫌いだった。
こちらに何も言わせないくせにまるで論破してやったと言わんばかりにふんぞり返って鼻を鳴らすその様が我が父親ながら酷く醜い。

私、アデル・ルフェーブルはずっと男が嫌いだった。

他にも些細なきっかけが鉛のように胸に溜まり続ける。

本当は外を駆け回りたかった。
刺繍針より剣を持ちたかった。
恋愛小説より政治学の本が読みたかった。

でもそれらは全て『女だから』という理由で許されない。

ずっと真綿で首を絞められているようだった。

そんな息苦しい作られた箱庭貴族社会で初めて息をつけたのが、10歳の時。
ルフェーブルの別邸に送られた時だった。

兄の邪魔をしないように、と患ってもいない病気になっているらしい私は療養という名目で片田舎の別邸へと送られたのだ。
最初は不満に思っていたが、次第にこちらの方が自分の性にはあっていると気がついた。

公爵子女として最低限の教育は課せられたが、都内の本邸よりも緩く、別邸の使用人達は良くも悪くも私に対して無関心で放任。

適当に古くシンプルな服を着て、別邸を抜け出すことも増えていき、それに伴って私には平民の友人が増えていった。

最初は遠巻きにされていた。それもそうだ。私にとっては古くシンプルな服でも平民にとってはまだまだ新しい綺麗な服なのだから。
恐らく大人たちも私が貴族の娘だと気がついていただろう。

しかし、平民の子どもに混じって遊びたがり、家に帰りたがらない子どもを哀れに思い、ただ知らないフリをしてくれた。
優しい人達だった。

そんな時、親友と呼べる程仲の良くなった女の子がいた。

向日葵のような笑顔が可愛い自慢の友人だった。

別邸から本邸に戻される時2人で顔をベショベショにして泣くくらい、大切な友人だった。

たとえもう、二度と会えないとしても。

本当に大切な、大切な親友なのだ。


(……どうして……)

ルフェーブルからエドワーズに名前が代わり、早10数年。
息子が流行病で死んだ年。

その死を嘆く間も無く、私は親友と再会した。

第1夫人と、第2夫人として。

(……どうして、だって、貴女にこんな貴族社会生き地獄所は似合わないでしょ……なのに、どうして……)

自分の夫であるエドワーズ公爵が、市井に行っては好みの女性に手を出していたと知った時にはもう、弾けるように咲いていたはずの向日葵は、萎びて下を向いていた。

何故そんなことをしたのか、と嘆いた私に、エドワーズ公爵は心底不思議そうに自分貴族に見染められたという栄誉を与えられ、親友は幸せのはずなのに何故それを責めるのかと問うたのだ。

私が、初めて自分が力のない女であることを憎いと思った瞬間だった。

何が栄誉か。何が幸せだ。

貴族の皮を被った獣に襲われた彼女がどれほど心に傷を負ったことか。

男と言うだけで何故ここまで傲慢になれるの。
女と言うだけで何故全てを奪われなければならないの。

全てが憎く、消し去ってしまいたい程の恨みになった時、親友が大切にしていたイヤリングを私に託した。

第1夫人である私が何もしなくても、平民であるが故に彼女へ嫌がらせのような態度をとる馬鹿が使用人たちの中にもいる。
嫌がらせで破壊されたり、盗まれたりしては危険すぎる『古の魔法具』なのだと、彼女は一族しか知らない魔法具の詳細を私に打ち明けてくれたのだ。

元々私の実父は古の魔法具を好み集めていた。
最低限の扱い方は分かるし、嫁入りの際に1つ持ってきたものもある。

そういえば父の魔法具の伝手で、神殿の古の魔法具を1人の見習いが発動させたと聞いた。

まるで神の思し召しかと思った。

私たちを救済する世界への計画。その手立てが今揃っている。

全ては完璧だと、思っていたのに。

(……結局、私には何も出来なかったのね。)

結果は散々。
何ができたわけでもなく、何になれたわけでもなく、ただ犯罪者として断罪され歴史の一片にすらなれず死んでいく。

散々な結末じゃないか。

(……せめて、あの子たちだけでも無罪にしないと。)

あの向日葵のようだった親友と、その血を色濃く継いだ優しい子どもの2人だけは、必ず。

(確か、この件を暴いたのは第7王子のはず……あの第7王子には神殿出身者の従者がいたわね。)

神殿の動きからして、恐らくその従者が古の魔法具を発動できる唯一の人間。

(そうよ、どうせ国家反逆罪に問われて死ぬなら最期に派手に暴れてやりましょう。私の連座でエドワーズ公爵が殺されようがルフェーブル家が没落しようが知ったことじゃないわ!)

幸い、嫁入りの時の古の魔法具は袖下に隠し持っている。

第7王子がこの調査に関わっているのならあの従者だって城内にいるはず。

そして私が真犯人として自供するまで殺す訳には行かないはずだ。

(どうせ、あの従者は第7王子を操って出世の為に事件の解明してるだけでしょう。それなら意地でも私を死なせたくないはず。)

軟禁された部屋の窓を叩き割って飛び降りるその間僅か数秒。

監視していた騎士たちの手も間に合わないほどのその数秒。地面に衝突する前に私の身を抱えたその少年の姿を捉えた瞬間、

「……ええ、貴方ならそうすると思ったわ。」

私は全ての賭けに勝ったのだ。

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