悪役従者

奏穏朔良

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潜入は当然ながら僕一人で行う。
王家の陰から人を借りないのか、とラファエル理事長達に提案された時は驚いたが、それよりも僕が王家の陰に所属していると思われていたことに驚いた。

なぜそんな勘違いが??

まあ、人の多く居た神殿よりは侵入しやすい。
1人でも何とかなるだろう。王家の陰が実在したにしてもその人たちが本当に信頼できるかを判断している時間もないし。

証拠が隠滅されないよう、ここからは時間の勝負。ルーカス様から内部の間取りを教えて頂いた後すぐに僕は公爵邸へとむかった。

公爵邸を囲う塀を越え、召集により人気のない庭に降り経てばあとはもう簡単だ。

(……まずは公爵夫人の自室から……)

使用人入口からするりと中に入れば、長い廊下と沢山の扉が並んでいる。
そこを通り抜け、使用人棟から本館へと音を立てずに走る。
ルーカス様から多少内部構造を聞いていたとはいえ、流石公爵邸。相当な広さと部屋の数だ。

迷いそうになりながらも、ルーカス様の言葉を頼りに奥へと進んでいく。

(……ここか。)

廊下の先に、一際豪奢な装飾の施された扉があった。

派手と言えばまだ聞こえはいいかもしれないがここまで宝石やら金属細工を施してあると何だか目に痛くなる。

常々侍女が出入りすることもありこういった屋敷の大きな部屋は鍵がついていないことが多い。
そのためあっさり侵入を果たした僕は、一先ず目に付いたものを調べて回る。

基本的にアクセサリーや化粧品はちゃんと保管場所があるため、ドレッサーには最低限の化粧品とアクセサリー数点、ブラシなどしか置いていなかった。

小さなテーブルには花瓶しか乗っておらず、他に有るとすれば天蓋付きのベッドとソファー位しかない。

(……物自体は少ないな……典型的な公爵夫人の部屋、という感じだ。)

貴族は元々部屋にあまり物を置かない。
必要があれば侍女や従者に持ってきてもらえばいいからだ。

(公爵本人ならまだしも、嫁いできた立場の夫人が隠し部屋を増築するのは難しい……とはいえ、古の魔法具なんて貴重な物を人に預けるとも考えにくい……)

ベッドやソファーの下では清掃に入った侍女に見つかる可能性があるし、枕やマットレスの下も同じだ。

(……そうなると、ドレッサーの引き出しのどこかに隠しスペースがある……?)

一度元に戻したドレッサーの引き出しをもう一度開けていく。
今度は内容物ではなく、それぞれの板を念入りに確認すれば、一つ、奥行きが少し短い引き出しがあった。

「……これだ。」

板の下に僅かな隙間があり、そこに指を引っかければ簡単に板が取れる。
その板を慎重に取り外し、奥にある赤い布に包まれた『何か』を取り出した。

(……これはイヤリング……?石の部分に古代文字で魔法陣が埋め込まれている……間違いない、これが古の魔法具だ。)

布と同じ、赤い雫型の石のイヤリング。その石を支える金の細工は、流石魔法使いのいた頃の技術と言うべきか、今の技術では再現できない繊細さだ。

(しかし、この魔法陣……神殿の資料でも見たことがないな……これだけではなんの目的なのかわからない。)

引き出しにはこれ以外に隠されたものはない。恐らく使い方に関しては口伝なのだろう。
もしくは、効能しかしらず、使い方自体は本人たちもわかっていないのか。

(一先ず、これを持ち帰ろう。)

ナテュール様曰く、王家には古の魔法具に関する資料があるようだし、神殿から押収した資料の中に同じ魔法陣があるかもしれない。

魔法具を服の下に隠してあるポーチへとしまい、公爵夫人の部屋を抜け出す。

帰り様に屋敷内全ての部屋を覗き見てから、最初の侵入ルートとは別の出口から本館を脱した。

(……あれは……)

適当な場所で塀を飛び越えようと思っていれば、目に入った建物に、思わず足を止める。

(……ルーカス様のお母様の住まわれる離れか。意外といい離れを……いや、だからこそ夫人は気に入らないのか。)

日当たりのいい、中庭の一部に建てられた離れ。使用人棟ほど大きくは無いが、1人の女性が住むには大きすぎるくらいだ。

恐らくルーカス様の母親も一時的に拘束されているだろうが、ルーカス様がこちら側の人間なので解放も早いだろう。

(……そういえば、ルーカス様には交友関係を邪魔するような脅しをしておいて、母親には何もしなかったのか?)

夫人からして一番邪魔なのは自分という人間がいながら関係を持ったルーカス様の母親だろうに。

「……これは、一筋縄ではいかないかもしれませんね……」


****


「これは……見たことないな。」

僕が持ち帰った古の魔法具を前に、ナテュール様が小さく唸る。
効能が一切不明のため、念の為布地をクッション代わりに敷いた木箱に入れ、直接触らないように配慮してある。
王家の資料を特別に閲覧が許されたラファエル理事長も、紙と睨み合いながら「確かに、その耳飾りの記載はどこにも見当たらないね……」と眉間に皺を寄せた。

「……古い時代の遺物ですので、断言は出来ませんが、ここまで資料が残ってないとなると故意に消された可能性も高いですね。」
「エドワーズ公爵夫人か?」
「いえ、もっと昔の人々かと。」

昔?とナテュール様が小首を傾げる。
それに僕は頷きながら「あくまで憶測ですが、」と言葉を続けた。

「情報を消そうとする程、危険な効能だった、とか。」

そう告げた瞬間、部屋がしんと静まり返る。
少し間を開けて、ナテュール様が「確かに、」と口を開いた。

「ありえない話では無いと思う。……だがそうなると、何故エドワーズ公爵夫人がその効果を知っていたか、という話になる。」
「元々公爵夫人の生家に口伝が残っていたのでしょうか?」
「無くはないと思うが……だが、嫁として家から出ていく人間に、代々口伝が残るような古の魔法具を渡すか?」

効能が危険であるのなら、そう簡単に手放せるものでは無いだろう。
ナテュール様の疑問は最もで、その場にいる全員で唸るようにして考え込む。

「……一先ず、ルーカス君に聞いてみるのはどうかい?今はエドワーズ家の人間として別室待機になっているけど、話を聞くくらいは別に大丈夫だと思うし。」

そう提案したニコラ教官の言葉にナテュール様は「そうですね……」と肯定しつつも顔は渋いままだ。
ナテュール様はルーカス様が公爵家で肩身の狭い思いをしていることを知っている。夫人の情報……ましてや隠し持っていた古の魔法具のことなど、知っているはずは無い。

しかし現状、情報が行き詰まっているのも確かだった。
ほんの些細な情報でも今は欲しい。

ナテュール様もそれはわかっているので、少し複雑そうな表情を残しながらも

「ルーカスの所へ行こう。」

と、木箱をそっと持ち上げた。
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