悪役従者

奏穏朔良

文字の大きさ
上 下
38 / 50

38(ナテュール視点)

しおりを挟む
そんなこんなで、ナテュールは王命の記された『勅命の書』を片手に神殿を睨みつけていた。

当初の計画通り、ギルドへの協力を仰り、『不当に捕縛された漆黒の暗殺者アサシン』を解放するため、冒険者たちも立ち上がった。

最初は強気だった神官も勅命の書と、神殿をぐるりと取り囲む冒険者の数に顔を青くして「う、上を呼んできます!」とバタバタ走り戻って行った。

「こ、これはこれは王子様。一体なんの御用で?」

と、笑ってはいるものの隠しきれない焦りを滲ませる神官長。その隣には小太りな男がダラダラと汗を流しながら立っている。

「不当に捕縛された『要人』の解放を求める。」

そう勅命の書を相手に見えるように広げて突きつければ、あからさまに口を引き攣らせた神官長達。

「何かの間違いでは?私どもは罪を犯した元神官見習いの孤児を捕らえただけです。」

そう言って神官長は太い指を顎に添えた。
そんな神官長に同意するように「そうですよ!」と隣の小太りな神官も声を上げる。

「それに、いくらロイが貴方の従者といえど所詮は孤児。『要人』にはなり得ませんよ!」

と、論破したと思っているのか得意げに胸を張る神官に、これみよがしにため息をつく。

「ちゃんと読んで貰えます?それとも、神官って字も読めないんですか?」

なんて煽れば神官長達はあからさまに顔を歪ませた。
俺のその言葉に冒険者のクスクスという嘲笑が広がり次第にゲラゲラと大きい笑い声になる。

それに徐々に神官長達は顔を赤くして小刻みに震え出した。
そして小太りな神官がひったくるように俺から勅命の書を奪いとる。普通に不敬罪なんだが。

「……は!?」
「字が読めたようで何よりだよ。」

その文に目を通した瞬間、一気に青ざめた神官に、神官長が訝しげに眉を寄せる。

「し、し、神官長、様、これ、これまずいですよ……!」

とガタガタ震え出す神官に、神官長は「貸せ。」とその書状を乱暴にひったくった。

そして、同じように目を通すと次第にその顔から色が抜けていく。

「あ、ありえない……」

神官長は声だけではなく、書状を持つ手も小刻みに震えさせている。

「ロイがS級冒険者『漆黒の暗殺者アサシン』で……旧アンスィヤン帝国王家の生き残り……!?」

その言葉に、『漆黒の暗殺者アサシン』の事しか知らなかった冒険者たちの間にも動揺とざわめきが広がる。

そう、ラファエル理事長が勅命の書と共に持ち帰った『想定外のこと』。それは、ロイの血筋の話だった。

恐らく、ロイ本人も知らないだろうと国王は言っていたらしい。
かつての我が国との同盟国のひとつである旧アンスィヤン帝国。

その国が滅ぼされたのはちょうど13年前のことだ。
我が国もその影響で8年ほど前まで国境沿いで諍いが耐えなかった。

「え、何それ知らない。怖い。」

と、ふいに聞きなれた声が隣から聞こえてきて、慌てて横を見れば、口に手を当てて「えぇ……今更僕の血筋とかなんでわかったんだろ……」とあまり俺には見せない素が出たままのロイが立っていた。

「ロイ!」
「あ、ナテュール様。駆けつけるのが遅くなって申し訳ございません。」 

血まみれのシャツのまま、従者として相応しい優雅なお辞儀を見せるロイに、

「お前……!地下牢からどうやって逃げ出した!」

小太りの神官が震える指をロイに突きつけて叫ぶ。

「あ、ナテュール様。今のこれ自供です。」
「……そうだな。……うん、お前はそういうやつだよ。 」

なんか普通に抜け出してるし、特に怪我も精神的に参っている様子もなければ、あまりにもいつも通りすぎて、肩の力が抜けてきた。

とはいえ気を抜いている場合じゃない。
やるべき事をするため、こほんとひとつ咳払いをし、姿勢を正す。

「つまりお前らは国の防衛の要であるS級冒険者及び、旧アンスィヤン帝国の王族を不当に捕縛した!これは国への冒涜である!よって、貴様ら神官全員捕縛する!」

「なっ……!?」

俺の宣言とともに、冒険者達が何時でも踏み込めるように一斉に構えた。
まだ構えただけだと言うのに、小太りの神官は腰を抜かし、地べたに座り込んで太い手足をジタバタ動かしている。

「お、王族と言えど既に滅んだ国!身分も無いと同じでしょう!それに、何故ロイが王家の血を引いていると言い切れるのです!?」

と、神官長が青い顔のまま声をはりあげた。

「古の魔法具。」
「っ!」

俺の言葉に神官長が音を詰まらせる。
その顔色は最早青から白へと変わっていた。

「旧アンスィヤン帝国の王家は古来より魔法使いの血を強く引いてきた。そのため、無条件に古の魔法具を起動できる唯一の一族だった。」

その言葉に「あ、そういえば王に古の魔法具を使ったこと報告してましたね。ナテュール様の従者になれたことが嬉しくて忘れておりました。」と、当事者であるロイがポンと手を叩く。
それに内心忘れるなよと突っ込みたくなるが話が進まないのでなんとか言葉を飲み込んだ。

「そしてお前たちの持っている古の魔法具『契約の楔』。あれはかつての魔法使いが旧アンスィヤン帝国の王家のために造った特別製。同じ魔法具でもあれだけは旧アンスィヤン帝国の王族にしか起動できないようになっている。」

古の魔法具あれそんな名前だったんですねぇ、なんてどこまでも他人事のように聞いているロイに、いい加減にしろと肘で軽く小突けば「ファンサありがとうございますッッ!!!」という謎の掛け声とともに地面に撃沈した。相変わらず愉快な性格をしている。

「そ、そんな記録どこにも……!」

しかし嬉しそうにしているロイとは正反対に顔を歪ませている神官長。
そんな彼の主張に「残念だが、」と口角を上げてやる。

「王家には詳細な記録が残っているんだ。最大の友好国であり同盟国だった我が国の王家にはね。」

そう、旧アンスィヤン帝国は我が国よりも遥かに古い歴史を持つ国。我が国は建国時から同盟を結び、それ以来ずっと外交を続けてきたのだ。旧アンスィヤン帝国に関する資料ももちろん王家には保管されている。滅亡した際に隠し運ばれてきた資料も。

本来であれば13年前帝国が革命戦争時、我が国も政府側として参戦するはずだった。
しかし、我が国はその更に2年前。15年前に俺の母の祖国との戦争がようやく終わった年だったため国民は疲弊しきっていた。
そのため、旧アンスィヤン帝国側から援助を断られたのだという。
支援金だけでも、という提案をしたが「国民のために使ってやってくれ。」と金ひとつも受け取って貰えなかったそうだ。

結果、激しい戦闘へと変わる前にアンスィヤン王家はあっさりと降伏し、全員革命の礎として処刑された。

その後王家の宝がどういう流れで神殿にたどり着いたのかはわからない。
しかし王はアンスィヤン王家の生き残りがいた事を、ロイが伝えた神殿の情報弱味の報告で初めて気がついたのだという。

「王はロイが望まないだろうとその血を伏せていたが、この度彼を正式にこの国の貴賓として迎えると決定した。つまりお前らは王の客に手を出した、そういうことなんだよ。」

鼻で笑ってそいつらを見やれば「そ、そんな……!」と絶望に顔を歪めカタカタ震えている。こいつらの後ろに誰がついたのかはまだわからないが、最高権力者の王が出てくれば、もうこいつらになす術などない。

「ロイ。」
「承知しました。」

名前を呼んだだけで俺の意図を理解したロイは、目で追えない速度でいつの間にか2人を縄でギチギチに縛り上げていた。
それはもう頑丈に首から胴から手首までしっかり且つ複雑に縛られている。

近くにいた冒険者たちは「うぉー!これが漆黒の暗殺者アサシン!速すぎる!」と間近で見れたそれに大興奮だ。
ロイはそれに目を細めて怪しさ満点のニヤリとした笑みを浮かべているが、これは多分羞恥心で苦笑してるな。漆黒の暗殺者アサシンと直接呼ばれて気まずいのだろう。

「あ、ナテュール様。」

ふいにロイが何かを取りだした。

「どうした?」

と首を傾げ問えば、御手をと言われそのまま素直に手を出した。
すると何かしらの魔法具と思しきものが手のひらに乗せられる。

「後ろ盾となった貴族と神殿の今回の反逆罪に関する証拠全て・・です。」
「……は???」

やっぱこいつこっちが何もしなくても勝手に帰ってきたかもしれない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。 最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。 でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。 記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ! 貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。 でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!! このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない! 何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない! だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。 それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!! それでも、今日も関係修復頑張ります!! 5/9から小説になろうでも掲載中

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

処理中です...