悪役従者

奏穏朔良

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各地に置かれるギルド支部。
首都のギルド本部に1番近い街プロシュのギルドマスターであるジョルジュ・ベルナールは突然の4男の訃報に打ちひしがれていた。

学園から届いた訃報には詳細な説明をするため、そして遺体の確認をして欲しいため学園にまで来て欲しいという旨が書かれており、隅には小さくギルド用の暗号コードが書かれていた。

『神殿の動きに注意されるべし』と。

(……神殿がまた、動き出したのか……噂じゃプリースト姓神殿出身の子供が犯人だという……)

もしかしたら、自分がかつて起こした行動のせいで、末の子供は見せしめのように殺されたのでは無いのだろうか。

とある年、日照り続きの気候で作物が不作となり貧困が悪化した時があった。
その時に高すぎる奉納金に苦しむ民のため、代表して神殿に値下げを頼み込んだのだ。

しかし結果は散々なもので、奉納金は下がらず、俺は重傷を負った際、回復ポーションを貰うことも出来ず前線を退くこととなった。

(今の国王に代わり、神殿は権力を失いつつあるが、今も尚神殿は民から搾取をし続けている。)

神殿でしか作ることの出来ない回復ポーション。
怪我にも病にも効くそれは、神殿にとっても最強の切り札であり、それがあるからこそ、常に強気でいる。

「……ああ、イザック……すまない……!」

学園からの手紙に懺悔するように額を当てれば、ぐしゃりと紙に皺がよる。

己のしたことが間違った行為とは思わない。
ギルドに所属する冒険者達は貧困層が多く、現に凶作の冬は何人もが死んでいった。
そうならないように、冒険者に寄り添い、民を守るのがギルドマスターの使命だと。その使命に恥じないための行動だったと今でも堂々と言えるだろう。

それでも、もっとイザックに対してなにかしてやれたんじゃないだろうか。

学園内なら安心だと慢心するよではなく、イザック自身が自分の身を守れるようにもっと厳しく鍛えてやれば……

いやいっそ学園などに行かせなければ……

そう思わずにはいられなかった。

「よぉ!お邪魔するぜ!」

その時、突然執務室の扉が開かれた。
明かりもつけずにいた部屋に扉から光が入り込み、その眩しさに思わず目を細める。

ドカドカと歩み寄ってくる人影をよく見れば、冒険者の中でも一際有名な人物だった。

「剣豪エスポワール……珍しいな、君がこんな首都に近い街のギルドに顔を出すなんて。……すまないが、今は君を相手にする気分じゃないんだ。」

言外に帰ってくれと伝えれば、ガハガハと大口を開けて笑うエスポワール。

「そんな連れねぇこというなよなぁ。ほら、土産だぞ。」

そう言ってエスポワールが差し出した手に乗っていたのは飾りの着いた小さなガラス玉の様なものだった。
若い子が好むアクセサリーのようにも見えるそれに、内心首を傾げる。
明らかに剣豪エスポワールの趣味でも無ければ、俺のような子供4人もいるおっさんに渡すようなお土産でもない。
それによく見ればイヤリングやピアスでもなければネックレスのようにチェーンが着いている訳でもない。ますます何のためのものかわからず首を傾げた。

「元々が置型の精巧な細工を施された魔法具でな。仮に見られても魔法具だと気づかれぬよう、アクセサリーのように加工し直したそうだ。」
「魔法具!?ということはこのガラス玉は魔力回路の核か!?」

核をむき出しで運ぶなど壊れるリスクを考えれば普通ならできない。
しかし、エスポワールはそのリスクを負ってでも、この魔法具を俺に届けたかったということになる。

「俺の教え子がお前にこれを渡せってよ。このS級様をパシリに使おうなんざとんでもねぇクソガキだ!」

なんて、ガハガハ大口で笑うエスポワール。

「な、なんでこんなものを……そもそも教え子って……いや、まずこれは何の魔法具なんだ。明らかに庶民が手を出せるようなものじゃないだろう。」
「ああ、音声伝達魔法具だ。対になっている魔法具を持つ人間と離れていても話せる魔法具さ。」

あっけらかんと言うエスポワールに俺は思わず

「そんな魔法具……!王侯貴族ぐらいじゃないと買えないような高級品じゃないか!」

と叫び、エスポワールの手から距離を取るように椅子から飛び退く。万が一にも壊したものなら一生借金地獄だ。

「まぁな。とは言っても買ってやったのは息子だろうけどなぁ。」

なんて笑うエスポワールに、眉を寄せる。
エスポワールはその実力から冒険者の男には人気だが諸々が粗雑過ぎて女性からの人気はイマイチだった。

いつの間に子供が。増してや王侯貴族が買うような高級品を父親の教え子に買い与えるなど、意味がわからない。

「これの対になる魔法具を持っている教え子は確かに王族の血を引いちゃいるが、扱いは良くなくてな。こんな高級品買えるほどの予算は持っとらん。本人は正確な価値なんぞ知らずに使ってんだろうけどな!」

と、再び大口を開けて豪快に笑うエスポワールは手に持つ高級品を押し付けるように渡そうとしてくる。
それに地味に抵抗しながら

「ならなんでお前の息子が買えるんだ!?いくは父親のお前がS級と言ったってお前の場合飲み屋と喧嘩で破壊した店の備品の弁償でほぼ報酬金が消えてるだろ!」

決して受け取らないぞとエスポワールの手を押し返す。

「あぁ!俺の息子もS級なんだよ。まあ、実際血が繋がってるわけじゃねぇけどちょこちょこ面倒見てやってな。息子みてぇに思ってんだよ。ほら、あいつさ。『漆黒の暗殺者アサシン』って呼ばれてるガキさ。」

「は……?」

エスポワールのとんでもない発言に間抜けた声が口から零れる。
僅かに呆けたその隙に、エスポワールは俺の手に高級品をねじ込むようにして渡してきた。

漆黒の暗殺者アサシンといえば、平民の憧れのような存在だ。
黒いローブで素顔を見せず、脅威の速度でFからSへと昇格した正体不明の子供。

その漆黒の暗殺者アサシンが、まさか王家の血を引く誰かの従者に収まったというのか。

「その『漆黒の暗殺者アサシン』が仕えてるクソガキと繋がる。どうやらドでけぇ面倒事に、テメェもテメェの息子も巻き込まれちまったみてぇだ。」

「……!」

その言葉に、俺はエスポワールの胸ぐらに掴みかかる。エスポワールの体を乱暴に揺らし

「息子は……!イザックはやはり巻き込まれたのか!?神殿は一体何をしようとしている!?」

と、声を荒げれば、「落ち着けよジョルジュ。」とエスポワールは揺られながらも笑ったままそう告げた。

「まずお前がすべきことはその魔法具でクソガキと話すこと。そして納得した上で学園に行くことだ。」

エスポワールはそう言うや否や太い指先で装飾の一部をカチリと押し込む。

「よぉ、クソガキ。ちゃんとパシられてやったぜ?」
『……遅い。老いて速度でも落ちました?エスポワールせ・ん・せ・い。』

音声伝達魔法具から返ってきた声は、エスポワールがクソガキというだけあり、まだ年若い、声変わり前のような少年の声だった。
やけに不満タラタラな先生という呼び方に、恐らくエスポワールが無理やり先生呼ばせているのだろう。
そういえば、一時期宮廷内の王子に家庭教師として選ばれたなんて噂が出回ったことがあるが、教え子なんて呼んでいたがまさかな、と俺は過ぎった考えを打ち消すように軽く頭を振った。

「ほんとクソガキだな。まあ、いい。無事ジョルジュ・ベルナールに会えたぞ。ここにいる。」

と、エスポワールは俺に顎をしゃくる。

『ご挨拶がおくれました。』

エスポワールへの態度とはうってかわり、丁寧な物言いは確かに高貴なお人のようだ。

『僕は第7王子ナテュール。』

そして続いたその自己紹介に、思わず叫びかけた口を自らの手で慌てて塞いだ。

(第7王子だって!?何が『王家の血を引いてはいるが』だ!がっつり王族の人間じゃないか!)

エスポワールに恨みがましい目を向けるが、当の本人は知らん顔で伸びかけの髭をいじっている。

『貴方を学園に呼ぶにあたり、確実に来ていただくため、このような手段をとらさていただきました。とある人物・・の発案で。』

あまりにも含みのあるその言い方に、俺は思わず眉を寄せた。

「発言を、お許し頂けますでしょうか。」
『ええ。どうぞ。』
「何故、私が確実に学園に行かねば困るのですか。」

ナテュール殿下の人物像は市井には広まっていない。
エスポワールには信頼があるにしても、このナテュール殿下を信用にするには情報が少なすぎる。

賢いのか愚かなのか。
息子の死に関わっているのか、いないのか。
それを見極めねば。

『……そのとある人物が、作戦に貴方が必要だと判断したからです。数ある冒険者を動かすことが出来る、ギルドマスターであり、かつてエスポワーにも劣らないと言わしめた元S級である、貴方の。』

そんなナテュール殿下の物言いに彼は愚かな側だったか、と眉を寄せる。

「まさか、私の過去の栄光に縋るおつもりならおやめ下さい。私の栄光など知らぬ冒険者の方が今は多いほどです。増してや、作戦に必要だからと言われ、息子が殺された学園にどうして平気な顔をして行けと?」

押し込めた苛立ちがジワジワと溢れ出し、語尾を強めれば、

『平気な顔をして欲しい訳ではありません。そうですね、いっそ悲壮感たっぷり……いや殴り込みにくるくらいの勢いでもいいですね。』

なんてナテュール殿下は鼻で笑うように告げた。

「……は?」

それに素っ頓狂な声を上げるもナテュール殿下は

『では、その発案をした人物に通信を変わりますね。』

なんてこちらの困惑を無視して話を進めていく。

「……一体なんのつもりでしょう。私は所詮、過去の亡霊にすぎないというのに。」

片手で顔を覆い、思わず嘆くように盛れた声に音声伝達魔法具から

『……違うよ、父さんは今も英雄なんだ。』

と、先程のナテュール殿下の声とは違う、しかし聞き覚えのある声が返ってきた。

「……は……ま、まさか、その声は……!?」

ありえない、という感情と、喜び。そしてまさか騙そうとしているのかという疑念が混じり合い、声にならない感情が胸の中を蠢く。

『うん、父さん……俺生きてるよ。』

だが、それはどう聞いたって焦がれた息子の声だった。


『俺は、父さんの息子イザック・ベルナールは生きている。だから父さんに参加して欲しいんだ。』
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