悪役従者

奏穏朔良

文字の大きさ
上 下
31 / 51

31

しおりを挟む
ロイを乗せた馬車がたどり着いたのは神殿の裏手にある地下への入口だった。
幽閉する気を隠すつもりもないのか、一応殺人罪の犯人に懺悔させるという建前があるのに、教えを説く気もないその態度にロイは内心ため息をつく。

地下にあるのは神殿にとって不都合な人間を幽閉するための牢屋だ。

在り来りだが、光の届かぬ不浄の空間に閉じ込められるというのは意外と心を削るもの。
結局中に入れられた人間は発狂して死ぬか、神官に必死でゴマをすって神殿にとって都合のいい人間へと変わるかの2択だ。

(まあ、僕はそのどちらにもなるつもりはありませんが。)

入口が1つしかない地下だろうが、何重にも鍵の掛けられた牢だろうが、僕には関係ない。出ようと思えばいくらでも出る方法はある。

僕からすればあまりにもぬるい縛り方のロープを無理やり引っ張り、地下へと連れていかれれば、案の定中は腐った匂いや、糞尿の匂いが充満していた。一体何人がここで死んでいったのやら。

「ほら入れ!」

と、僕を足蹴にした神官が足を押さえ呻き、蹲った。
ちなみに僕は微動だにしていない。

「体幹鍛えた方がいいですよ。軸がブレるからそんなへなちょこな蹴りになるんです。」
「うるせぇよ!!なんだよお前の足は!鉄でも入ってんのか!?」

足を押さえたまま喚く神官は、若干目に涙が溜まっていた。

「くそ……!そんなふうに余裕ぶってれるのも今だけだからな!お前がいかに悪巧みをしようと……!」

(悪巧みしてるのはそっちでは?)

「裏で力をつけようと……!」

(裏で力をつけるとは??)

「世界を掌握などさせないからな!!」

(何故世界を掌握する必要が???)

なんだか話が噛み合わないな、とこてりと首を傾げれば「とぼけようが無駄だ!」と声を荒げた神官。

「お前が裏社会を牛耳り世界を掌握し、リュミエール神教の全てを潰そうとしていることはわかっている!」

(なんでそうなってんの????)

会話が進めば進むほど『?』が増えていく。
そもそもナテュール様が「世界征服したい」と言わない限り、僕が世界を掌握するメリットがないし、裏社会との関わりもたまに情報を買うくらいで、どっぷりと浸かりきっているわけではない。

そもそもリュミエール神を唯一神として崇めるのは王国を含む大陸の1部の文化であり、大陸の端では多神教の内の1柱に過ぎなかったり、リュミエールという神の名前ですら別物だったりする。海を越えればアニミズムや別の唯一神を崇める宗教など、その在り方は様々だ。

まあ、なので、リュミエール神の全てを潰す、という主張であれば、世界など征服しなくてもあくまでこの王国とその周辺諸国を制圧すれば終わる話だ。

それを踏まえれば、彼らの主張がいかに非現実的で、尚且つ彼らが現実そのものを見れていないのかがわかるだろう。世界の全てが、リュミエール教を信じていると本気で思っている。

(やはり、ナテュール様に害なす前に神殿勢力は潰しておくべきだな。)

信仰を制限するつもりは無い。だが、金と権力だけを欲しがるような神殿は純粋な信仰において必要ない。

(よし、後ろ盾になっている貴族諸共葬り去るか。)

元々ただで済ますつもりはなかったが、一切の隙もなく殲滅させよう。
後ろ盾になった貴族も、王が神殿と対立しているとわかった上で加担している以上、王への反乱と見なされてもおかしくは無い。加担した証拠とそのあたりを徹底的に突いて、一家取り潰しにまで持っていこう。

「ふ、ふん!お前なんか用が済めば、あっさり殺されて豚の餌だからな!」

「ああ、まだ居たんですか。ほら、牢に入ってあげるんですからさっさと帰ってはどうです??」

「お前本当に自分の立場わかってんのか!?さっきから生意気すぎんだろ!?」

面倒だなぁ、という顔を隠しもせずに、ほら、入りましたよーと、建付けの悪い牢の戸をくぐる。
それに、苦々しい顔をしながらも、「お前の運命もここまでだったようだな!!」と捨て台詞を吐き捨てながら鍵をかけた。

差し込みタイプの鍵が戸の上下に2つ。鍵の形状は神官が取り出した時点で頭に入っている。

(……馬鹿だなぁ、相変わらず。こんなしょぼい鍵、簡単にピッキングできるってのに……)

牢にひとまず捕らえられたことで、余裕が出来たのか、散々しかめていた顔は再び自信を取り戻し、わーわー騒ぎ始めたその神官の言葉を右から左へと聞き流す。

ひとしきり騒いで満足したのか、僕を蹴っ飛ばそうとした足を引きづりながら、満面の笑みで地下牢から出ていった。何らかの計画がもう成功する気でいるのだろう。

地下牢の土壁に耳を当て、足音が遠のいたことを確認してから、僕は手首を拘束する縄をはらりと落とす。
そして体のあちこちに仕込んである暗器の内、髪の毛の中に隠してあるヘアピンを取り出した。もちろんヘアピンっぽい、というだけで、これも立派な暗器。ピッキングはもちろん、普通より鋭くなっている上部の先端に毒を塗ればすれ違いざまの暗殺も可能だ。

折り畳まれた部分を起こし、真っ直ぐな棒へと直し、上の鍵穴へと突っ込む。鍵の形状は覚えているので、どこに突起を当てればいいかはすぐに分かる。なので突っ込んで数秒でカチンっと金属が回る音がして、上の鍵が開いた。
同じ要領で下の鍵も開けていく。

あっさりと開いた戸を押し開けて、ヘアピンを再び曲げて髪に戻す。ちなみに地肌に当たる部分は尖らせていないので、刺さる心配は無い。

「さて、まずはどこを調べようか。」

これでもナテュール様の従者でS級の暗殺者アサシンだ。
さっさと事を片付けるとしよう。



****

ファンタジー大賞投票して下さりありがとうございました!
最高順位186位と、予想よりも多くの方に投票頂けて正直驚いています。テンプレもののファンタジーではなかったので伸びても200~300位かなぁと思ってました。
皆様のおかげです!本当にありがとうございました!2023年10月1日
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...