悪役従者

奏穏朔良

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29(ナテュール視点)

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アダン・ニコラ教官に連れられ、たどり着いた理事長室。その扉をノックし、

「ナテュールです。失礼します。」

と声をかけてから開けると、何故か死んだはずのイザック・ベルナールとかいう生徒が理事長室のソファに座っていた。

「……は??」

まるで地の底から鳴るような低い声が喉から飛び出る。
するとそれに、イザック・ベルナールが肩を揺らし、ソファの上で身を縮めた。

「……え、えーっとね、ナテュール君。これには深いわけが……」
「深い訳?俺の従者が連れていかれたのはご存知ですよね?さっさとそいつの生存を公表すればロイが拘束される理由はないはずですが?」

ラファエル・リシャール理事長の言葉に、ハンッと鼻を鳴らせば、再び肩を揺らすイザック・ベルナール。よくロイに突っかかるのを見たがいつものあの勢いはどうしたのか。

「そのロイ君本人の希望なんだよ。イザック・ベルナールの生存が知られるとまた殺される可能性がある、とね。」

そう告げたのは理事長ではなくアダン・ニコラ教官で、その言葉に俺は眉尻を上げた。

「ロイが?お言葉ですけど、あいつはただの1生徒のために拘束されるような可愛らしい性格はしてません。命の危機があるのが俺本人なら別ですが。」

そこまで言って、俺は改めて理事長に向き直る。

「ロイが神殿にわざと拘束された理由は何ですか。」

俺の問いかけに、理事長は少し息を飲んだように見えた。
そして、「……君は、彼を大切に思っているんだね。」とその小ジワの刻まれた目を緩め、優しく笑った。

「明確な目的は私にもわからない。ただ、『腹の中を漁るには手っ取り早い』とそう言っていたよ。」

理事長の言葉に、俺は顎に手を当てその言葉の意味を考える。ロイは俺の従者になるという目標を達成できているから、今更新しい情報を引っさげて、王や貴族と交渉する必要は無い。
今のところ神殿の狙いに俺は含まれていないようだし、尚更ロイが腹を探る必要はないはずだ。

それなのに、神殿にわざわざ拘束された、となると

(……後々俺に危害を加える可能性があった?)

神殿は今の王になってからその権威をどんどんと失墜させている。
追い詰められれば追い詰められるだけ、どんな手に出るか分からないのが、神殿に所属する上層部の神官だ。

しかし、それを危惧したとなると、

「……もしかしてロイのやつ、本格的に神殿潰そうとしてるんじゃ……」

そう、ロイが俺を大好きすぎるばかりに「よぉし!ナテュール様に害なす前にちょうどいいから一掃しちゃうぞぉ~☆」くらいの動機で動いてもおかしくは無い。

ロイが俺を大好き過ぎるばかりに……!と思考を飛ばしていれば、オリバーがやけに深刻そうな顔で腕を組んで黙り込んでいる事に気がついた。

「……オリバー?何か気づいたのか?」
「えっ、あ、えっと、ただの疑問からの憶測なんスけど……」

と、オリバーは己の頬を掻く。

「ロイって元々神殿の上層部の弱み握ってたじゃないですか。ほら、王への交渉に神殿の弱みを~って前に(※4話)言ってたし……それこそ神殿を出る時も脅してると思うし、何で今更ロイの排除をしようと思ったのかなって思いまして……」

オリバーの言葉に、ぱちりと目を瞬いた。それは俺だけではなく、他の面々もそうで、考えつかなかったその疑念に、顎に指を添えたまま「……確かに……」と頷く。

「そう考えると不自然だな。なぜ今になって神殿が無理を通してまでロイを排除したがるのか……」

俺の言葉にオリバーがさらに頷き「それで、これは憶測なんですけど、」と言葉を続けた。

「もしかしたら、神殿が無理をしてもいいと思えるくらいの後ろ盾がついたのかなーって思って……」

自信が無い故か後半にかけてボソボソと声を小さくするオリバーに、ルーカスが「後ろ盾?」と、その言葉を反芻する。

「例えば、権力の強い親神殿派貴族とか、ポーションの利益を手に入れたい豪商とか、……それこそ王族の誰かとか。」

気まずそうに目を逸らしたオリバーに、「……確かに、ありえない話じゃないな。」と同意を示せば、驚いたようにパッと顔を上げた。

「俺を気遣う必要は無い。王宮というのはそういうところだ。家族だろうが親戚だろうが、あるのは権力と富への執着、策略、陰謀、愛憎。神殿との対立が深まっている以上、甘い言葉で惑わせて利益をせしめんとする奴がいてもおかしくは無い。」

「相変わらず恐ろしい場所だよねぇ。子供にこんなこと言わせちゃうんだから。」

俺の言葉に大袈裟に肩を竦めてみせるアダン・ニコラ教官。それに俺は「なんせ俺は忌み嫌われた第7王子なので。それはもう汚い部分をわんさかと。」と、口角を吊り上げた。

そんな俺の反応が予想外だったのか、苦笑を漏らしたアダン・ニコラ教官は「思っていたより、逞しいことだねぇ。」と言葉を零す。

「とはいえ、ロイが危険なことには変わりはない。神殿がロイの動きよりも先にロイを殺そうと動く可能性だってある。」

俺の言葉にルーカスとオリバーは深く頷いた。

「そうなるとボク達も動いた方が良さそうだね。」
「俺は最近突然羽振りがよくなった商人を探してみます。」
「じゃあボクは貴族の探りを入れてみるよ。」
「……じゃあ、俺は宮内を……」

「こらこらこら、何を子供だけで調査しようとしてるんだい。」

俺たち3人がすぐさま行動を確認し合うと、手を鳴らしてアダン・ニコラ教官が視線を自分に向けさせた。

「何のために大人がここにいると思ってるんだい?」
「もし、本当に大きな権力が神殿の後ろに立っているとすれば、君たちも危険になる。今しばらくは大人に任せておいてはくれないか?」

アダン・ニコラ教官の言葉に続き、理事長までが、まるで幼い子を言い聞かすようにやんわりとした声で俺たちに『調査するな』と酷く遠回しに伝えてくる。

そんな大人たちに眉を寄せた俺が、口を開くよりも先にとある声が理事長室に響き渡った。

それは、オリバーでも、ルーカスでもない、もう1人。

「あ、あの!俺も、俺も調査に参加させてくれませんか!?」

今回の事件の被害者、イサック・ベルナールだった。
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