悪役従者

奏穏朔良

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24(ナテュール視点)

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ピクニックとやらの気分を味わってみたくて、中庭のベンチでランチボックスを広げていたら、面倒な侯爵子息が絡んできて空からロイが降ってきた。

何を言っているかわからない?
俺もよくわからない。

本でしか見たことないピクニックをしてみたいと思ったのがいけなかったのだろうか。
ルーカス曰く、本来は地面にシートを引いて座るらしいが流石にそこまでは出来ないので、ちゃんと設営のベンチを使っているのに。

「これはこれは、フルニエ侯爵子息ではありませんか。王子であるナテュール様への無礼、許されることではありませんよ。」

(……いやむしろなんでお前は現状を完璧に把握してるんだよ……)

王族に対しての無礼な振る舞いがあったのは確かだ。ロイが来る前に吐き捨てられた言葉は聞くに絶えないものだった。
だが王族と言えど忌み嫌われた第7王子。
フルニエ侯爵子息が吐いた母の祖国を侮辱する言葉も、俺自身への罵倒も、不敬として罰する力は無い。

「は、はぁ!?ただの従者の、しかも平民のくせに侯爵子息である俺に口答えするな!王子って言ったって第7の忌み嫌われた王子のくせに!」

そう、フルニエ侯爵子息が喚いた瞬間、ロイが僅かに重心を落とした。

「待てロイ!」

咄嗟に叫んだその時、既にロイの姿は目の前になく、フルニエ侯爵子息の背後からその太い首に暗器を添えていた。
ヒッと喉を引きつらせて青ざめるフルニエ侯爵子息の後ろで、ロイはにっこりと笑ったまま、

「……殺しはしませんよ。生まれてきたことを後悔させるだけです。」

と、淡々と言葉を吐いた。

「いやダメだろ!?」

早く離れろ!と指示を出せば、笑顔のままチッと舌を打ち暗器を首から離したロイ。
フルニエ侯爵子息は腰が抜けたのか青い顔のままヘロヘロと地面に座り込んだ。
周りの取り巻きの子息達が「大丈夫ですか!?」と駆け寄るも、その取り巻きたちも顔色が悪い。

「そもそもお前今日は傍に控えなくていいって言っただろ!?どこから出てきた!? 」

と、平然とした顔で暗器をベストの内側にしまうロイに、そう詰めよる。
しかしロイは気にした様子もなく、

「平民棟の食堂です。この無礼者が見えましたので、走ってきました。」

やはりいつもの笑顔を貼り付けたまま、そう答えた。

「……平民棟の食堂からここ見えるのか……?」
「はい、見えますよ。」
「いや、多分ロイさんだけ。」

あっけらかんと答えるロイに対してルーカスがゆるゆると首を振る。
だよな、俺もそう思う。

試しに平民棟がある方へと視線を向けるが見えるのは中庭の整備された木々と貴族棟の壁、あと棟の隙間から見える空くらいなものだ。

「き、貴様!俺を誰だと思っているんだ!侯爵だぞ!父上に言いつけてやるからな!」
「おや、王族に不敬を働き処分されかけた、などと自ら報告できるなんて大変正直者なのですね。感心いたします。」
「なっ……!?き、貴様ぁ……!!」

ニコニコと言葉の毒を吐くロイ。今までの嫌味は勘違いだったが、これは確実にわかって毒づいている。
だってこいつ、俺の事大好きすぎるから……

「こんな躾のなってない平民の従者しか付けて貰えないような忌み子が!蛮族の血を引いて生きるくらいならさっさと死ねば……」
「殺す。」
「アーーーーッ頼むフルニエ侯爵子息!今だけはその口を閉じてくれ!!」

ベストにしまったはずの暗器を再び出そうとするロイの腕を掴み抑え込む。
本気を出せば俺の手なんて簡単に振り解けるのだろうが、ロイにはできない。だって俺の事が大好きすぎるからな。

「侮辱するのは良いが、ロイは俺の事が大好きすぎるんだ!本当に殺されるぞ!!」

と、親切心で警告したのに、フルニエ侯爵子息だけではなく、周りの取り巻きの子息達も何故か「え……何こいつら……怖……」と引いていた。
何故だ。

「ハイハイハイ。なぁにしてるのロイ君。学園内での暴力沙汰は御法度だよ。」
「あなたはアダン・ニコラ教官!」

手を叩きながら中庭に入ってきた人物に、フルニエ侯爵子息は「た、助けろ!こいつが俺を殺そうとしてくるんだ!」と地面に座り込んだまま、喚き散らす。

「あのねぇ、私教官だよ?その口の利き方はどうなのさ。」
「う、うるさい!俺は侯爵子息だぞ!!」
「はあぁ~なぁんか面倒な所に来ちゃったなぁ。」

肩を竦めて見せるアダン・ニコラ教官に、余計に腹が立ったのか青かった顔を真っ赤に染めたフルニエ侯爵子息。

「止めないでください、ニコラ教官。こいつ、ナテュール様を侮辱したのです。」
「いやいや、止めるに決まってるでしょ。ここ学び舎。学園なの。殺傷沙汰は御法度なのよ。」
「……ユニコーンの鬣……」
「コラコラコラ!今そのカード切るの!?嘘でしょ!?」

ほら没収!と流れるような手つきで出しかけていたロイの暗器を取り上げたアダン・ニコラ教官。ロイも教官が来た時点でそこまで抵抗する意思がなかったのか、取り返そうともせずに、手持ち無沙汰になった手を挙げ肩を竦めてみせた。

暗器が無くなったことにより一息ついたのもつかの間。

「暗器はひとつとは限らない!フンッ!!」
「アーーーーーッ待って待って待って!本当に不味いから!!君そんな愉快な性格してたっけ!!?」
「す、すみません!こいつが俺の事を大好きすぎるばかりに!!」

どうやら袖口に仕込んでいたらしい小型ナイフを真っ直ぐフルニエ侯爵子息へと投げつけ、慌ててアダン・ニコラ教官が取り上げた暗器で叩き落とした。
投げつけられたフルニエ侯爵子息自身は、速すぎるそれに理解が及んでいなかったようだが、落とされたナイフを見て、自分が殺されかけたことを理解したらしい。

「き、き、き、貴様!ち、父上に言いつけてやるからな!お、覚えてろよ!!」

なんて、震える足をドスドス鳴らし、たまによろけながら、取り巻きに支えられるようにして中庭から逃げ去るフルニエ侯爵子息に、安堵したように息を吐いたのはアダン・ニコラ教官だった。

「全く……何度も言うようだけど学園内での殺傷沙汰は御法度だよ、ロイ・プリースト君。護衛と言えど、君だけじゃあない。ナテュール王子の地位だって危ぶまれることになる。」
「あ、問題はありません。フルニエ侯爵家は潰すと決めたので。」

アダン・ニコラ教官の言葉にあっけらかんとそう告げたロイは、いつものニコニコとした表情のままだ。

「あー……ロイ、侯爵家を潰すってどういう……?」

若干の頭痛を覚えて、こめかみをグリグリ解しながら、そう尋ねれば、やはりニコニコとした笑顔のまま、

「腹が立ちました。気に食わないので潰します。路傍をさ迷わせ泥をすすらせましょう。」
「私怨がすごい!」

とんでもねぇ宣言をしやがった。
これには流石のアダン・ニコラ教官も頭を抱え、ルーカスは「相変わらずナテュール君が大好きだねぇ。」とのほほんとしている。

「あのな、ロイ。」
「はい、何でしょうかナテュール様。」
「無闇矢鱈に貴族を潰すのはダメだからな。」
「何故ですか!!?」

物凄くショックです、と全身で訴えるロイにひとつため息が零れる。
当たり前だ、簡単に貴族を潰して回ったら、あっさり権力バランスが崩れるだろうが。



結局、その3日後。フルニエ侯爵家が破産したとの噂が流れ、ロイを問いつめる結果となった。

「自滅です!自滅だからセーフのはずです!!」
「やっぱりお前が手を回してるじゃないか!!」
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