悪役従者

奏穏朔良

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あれから、やけにイザック・ベルナールが絡んでくる。

錬金術の授業では素材をぶちまけられ、数学では座っている席を蹴りあげられる。
歴史学では前の授業の席のままだったため、何もしてこなかったが、常に苛立ちを宿した目でこちらを睨みつけていた。

「はぁ、ようやく昼時ですね。」
「さっさと移動しちまおうぜ。また絡まれたら面倒だし。」

僕の言葉にそう返したオリバーは、歴史学の教本を鞄にしまい込みながら顔をしかめている。僕と行動を共にするオリバーは完全にその嫌がらせのとばっちりを受けていたので、フラストレーションが溜まっているのだろう。

「ったく、自分が負けた挙句恥かかされたからってんなの自業自得だってのに、ロイにあんな突っかかりやがって……」

イザック・ベルナールがこちらへやって来るよりも先に廊下に出たオリバーは頭の後ろで手を組ながら、唇を尖らせた。

「まあ流石に毎回毎回だと困りますね。どうせなら正面切って挑んでくれれば二度と立ち上がれないくらいに心をへし折るのですが……」
「……あー……いや、流石に辞めてやれ?」

不服そうな顔から一転、眉尻をへにょりと下げたオリバーに「冗談です。」と笑えば「いや、お前ならやる!絶対半分以上は本気だった!」と人差し指を向けられる。

そんな風にふざけながら廊下を進めば、「そう言えば、ナテュール様の方はいいのか?」とオリバーがふと尋ねてきた。

「ああ、本日はルーカス様と中庭でお食事をされるとの事でして、お弁当をすでにお渡ししてあるのです。」

と、答えれば、オリバーはさらに首を傾げる。

「あれ?でもそれならロイが傍に控えていた方がいいんじゃねぇの?」

「それはそうなのですが……今朝、お世話をしている時に『誤解と分かっていても胡散臭すぎて心が落ち着かない!昼は来なくていい!』と言われてしまいまして……」

そこまで言ったところで「あー……」となんとも言えない声色を乗せた音がオリバーから零れた。

「つまり、一人の時間が欲しいと。」
「ルーカス様もご一緒ですので正確には違いますけどね。」

そう言って肩を竦めれば「まあ、王子さまとは言え全部世話慣れしてるお貴族様達とは環境が違うもんなぁ。」と、オリバーが呟く。それに1度首肯してから平民の食堂の入口をくぐった。

「あ、今日は窓際の席でいいですか?」
「いいけど……なんで?」

空のトレイを持ったまま、不思議そうに顔を傾けるオリバーに「実は、」と口を開いた。

「護衛の関係でナテュール様達の位置は指定させて頂いたので。ほら、あちらに。」

と、ナテュール様達がお召し上がりになられている方へと手を向ければ、目を細めてその先を見るオリバー。
しかし、目を細めたその顔をさらに顰めて「……いや、見えないが?」と言葉を零した。

「貴族棟の隙間から中庭が見えるでしょう??」
「見えないが???」
「麗しいナテュール様が本でしか見たことないピクニックにウキウキしてサンドイッチにかぶりついているのが見えるでしょう!!?」
「見えねぇよ!!視力どうなってんだよ!?」

気持ち悪い!なんて失礼なことを言うオリバーにトレイを振り下ろす。「あっぶな!?」なんて言いながらもしっかりとそれを避けたオリバーにチッと舌が鳴る。

「……最近回避速度が上がりましたね。」
「おかげさまでな!」

なんて叫ぶオリバーは、そのまま僕のトレイを引っつかむと「護衛なんだから目離せないだろ!取ってきてやる!」と、大股で受け取り口まで歩いていった。

(……ほんと、勿体ないくらい良いやつだな……)

ナテュール様のいるあの辺には感知系の魔法具を仕込んであるので、少し目を離した位では問題は無いが、それでも目視での確認はまた違う。

有難くオリバーの言葉に甘えようとしたところで、廊下からドカドカと面倒な足音が聞こえてきて、はぁ、と小さくため息をついた。

(これは、助かったのはある意味オリバーの方かもしれないなぁ……)

なんて思っているうちに、食堂へと入ってきたイザック・ベルナールはわざとらしく足音を鳴らし、自身の不機嫌さをアピールしている。それにはたまたま近くにいた生徒達も身を縮ませた。

そして、そんなイザック・ベルナールの目に、僕が映った瞬間、その眦はこれでもかという程につり上げられた。

「貴様!何故ここにいる!?」
「おや、私も平民ですよ。この食堂にいることに何の不思議が?」

さっそく絡んでくるイザック・ベルナールに、そう問えば、ぐっと言葉を詰まらせる。
剣術の授業の時もそうだが、感情のまま叫んでいるので、正論に弱い。というより頭が弱い。

「しょ、食事をしていないだろ!」
「ああ、私は今目が離せないので、オリバーが取りに行ってくれているんです。」
「はぁ?やっぱり神殿の人間だな!そうやって人を見下しパシらせて!」
「心外です。」

野次馬の中で、オロオロと2つのトレイを持って困惑しているオリバーが見えたので「今は来ない方がいい」と小さく首を振る。しかし、それが何が気に触ったのか「馬鹿にしやがって!」と、突然イザック・ベルナールが掴みかかってきた。

とはいえ、僕は今ナテュール様のいる中庭から目を離す訳にはいかない。
仕方ないなと人の襟首に掴みかかるその手を捻り、肘を1突きすれば、イザック・ベルナールは呻き、その手が緩んだ。
腕を抑えて蹲るイザック・ベルナールに「いやいや、そんなに痛がるほどの力じゃないだろ……」と大袈裟な反応に内心思いながら、そこを突く気にもなれず、中庭の方へと視線を戻した。

「……オリバー。」
「ぅえ!?な、何!?」
「すみません、お昼置いておいてください。用事が出来ました。すぐ戻ります。」

野次馬の中に紛れていたオリバーに声をかけて、僕は窓枠に足をかける。するとイザック・ベルナールが「おい!逃げる気か!?卑怯者!」と大声を張り上げた。

「残念ならがら貴方にかまっている暇はありません。」

と、一瞥だけくれて、僕は窓枠を蹴り走り始めた。
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