悪役従者

奏穏朔良

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21(ニコラ視点)

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気配を悟られていたのか、それとも気にするほどのことでもないのか、ロイ・プリーストは教官である俺の登場にも大して驚いた様子はない。

(少し、探りを入れてみようかね。)

幸いにも、教官の立場からすれば彼らは授業が始まる前から私闘をしようとした問題児たち。このままロイ・プリーストへ話しかけたとしても何の不思議もないだろう。

「君の動きはまるで玄人だねぇ。今のも軽い脅しに過ぎない。全然本気じゃなかっただろう?」

そう軽い声のトーンを意識しながら、平然を装ってそう告れば、やはりニコニコと貼り付けたような笑みを浮かべたまま

「これはニコラ教官。お褒めいただきありがとうございます。しかしまだまだ私も未熟者。精進あるのみでございます。」

と、鋒を引き、柄を持ち替えたかと思えばその柄をイザック・ベルナールに向け「はい、こちらお返しします。」と言い放った。

場を収めたように見せかけて、これでは完全に煽っている。「例え刃が自分に向いているこの状態で斬りかかられてもおまえなんなどうにでもなる」と言っているようなものだ。

イザック・ベルナールもそれに気がついたのか、数拍呆けた後、顔を真っ赤にして木剣を荒々しくひったくった。

「ん~、正直君に教えることなんて無さそうだけどなぁ。君たち平民クラスの子って、中には小さい頃からダンジョンに潜って自分の戦闘スタイルを確立している子もいるでしょ?君の動きもそういう動きだ。」

と、若干カマをかけるもロイ・プリーストは特に表情をかえない。
遠回しに実戦で経験を積んでいるだろ、と名指しで言っているようなものなのに、気にした様子もなかった。

「私が教えるのはあくまで平民の君たちにも『騎士になる選択肢があるよ』って言うことだからねぇ。剣術の簡単な基礎と、心得。あとは捕縛術がメインになるから、君には必要ないだろう?上のクラスへ口利きしてあげようか?」

なんてあたかもいい教官のような顔で告げるも、実際に口利きをするつもりはない。ただ、上のクラスに行きたがれば、狙いは貴族かもしれない等、ある程度の範囲を絞ることができるが故の問いかけだ。

「いえ、別に騎士になるつもりはございませんのでこのままで構いません。」

と、ロイ・プリーストは軽く首を振り、提案を跳ね除けた。

(……となると狙いは平民クラスかな?それとも平民クラスの方が動きやすい何か理由・・があるのか……)

彼がもし本当に噂の存在でしかないような王家の『陰』であるのならば、第7王子の護衛だけが目的では無いはず。わざわざ王家と敵対している神殿のプリースト姓を使い、学園に入学した理由が必ず何かあるはずだ。

「おやそうかい?王子に仕えるなら騎士でも別にいいと思うけど。」
「私はあくまでただの従者でございますので。」

もう一度提案を投げても、返ってくる答えは変わらない。やはり、平民クラスが何やら都合がいいのだろう。

「まあ、君がそれでいいなら、それでいいけどねぇ。」

あまり深く追求すれば、こちらが探りを入れていることに気づかれる。流石に引き際か、と教官としては納得してませんよ感を出しながら肩を竦めてみせた。

「さてさて、初日から騒ぎを起こした問題児クラス達。まずは素振りの基礎から教えようかな。」

なんて軽口を叩きながら「はいはい1人1本ずつだよ~私の真似して2つ持っちゃダメだからねぇ~。」と木剣を持っていくように促す。
既に勝手に持ち出したイザック・ベルナールは別として、様子を伺っていた生徒たちがそろそろと動き出し、各々好きな木剣を手に取っていく。
そして最後に残った2本を、ロイ・プリーストとオリバー・ジャクソンが持って行った。

そんな2人は他の生徒から少し離れたところを陣取り、コソコソと声を潜めて何やら話し始める。

(……かなり距離を詰めて話しているね……それでもオリバー・ジャクソンに怯えは無い……弱みを握られていると言うよりは協力者に近いのかな?)

ロイ・プリーストが笑を零したり、オリバー・ジャクソンが唇を尖らせて不満そうな顔をしたりとそこだけ見れば青春の1ページのようだ。だが、相手はあのロイ・プリースト。たったそれだけの事でも怪しく見えてしまい、気持ちを切替えるために軽く頭を振った。


****


「うんうん、最初の時より素振りもだいぶ様になってきたんじゃないかな。少し早いけど終わりにしようか。」

俺の言葉に、汗まみれの生徒たちが木剣を持ったまま、地面に座り込んだ。
やはりほとんどの生徒は剣を振るったことは無く、あまりにもヘロヘロとした素振りに、授業開始時にはどうなるかと思った。だが、狭き門の特別入学枠を勝ち取っただけはあり、どの生徒も注意を受ければ「はいっ!」と素直な返事の元、素振りを継続し続けた。少なくとも途中1人や2人は脱落すると思っていたが、全員最後までやり遂げていた。

(差が出たのはやはりこの2人だね……ロイ・プリーストとギルマスの息子イザック・ベルナール。とはいえ、イザック・ベルナールですら数回注意をしたと言うのに、ロイ・プリーストはまるでそうプログラムされた魔法具のように正しく、そして同じ動きをし続けていた……ますます人間味がないねぇ。)

最初の授業だから仕方がないとは言えど、その実力に底が見えない。

(……もう少し、深く探ってみようかな。)

「さて、まだ少し時間もあるし、ロイ君。私と1戦やろうか。 」
「……は??」

流石に予想外だったのか、貼り付けたような笑みのまま、ガラの悪い返事がロイ・プリーストの口から飛び出す。
誤魔化すように口元に手を添えているが、既に手遅れ。その辺はどことなく年相応な反応に思えた。まあ、その実力は年不相応だが。

「だって、君全然疲れてないだろ?他の生徒がここまでヘロヘロなのにこれじゃあ不公平だからねぇ。」
「おや、私だけ教官と戦う方がより不公平なのではありませんか?私は他の方と同じだけの素振りをこなしましたよ。」

笑顔を保ったまま、そう言い返してくるロイ・プリースト。恐らく警戒されているのだろうが、ここで引くのは得策とは言えない。
そのまま

「ええぇそうだけどもさぁ、君には1回も叱責しなくてつまんなかったんだもん。」

なんてまるで子供のような言い分を押し通す。
それに、ロイ・プリーストの顔の筋肉が僅かに動いた。ほとんどの人間には気づかれないだろう程度のその変化。だが、ようやく崩れたその仮面に、俺は同じく笑みを貼り付けて引く意思がないと言外に伝える。

「……はぁ、わかりました。」

と、渋々と言った声色で、柄を握り直したロイ・プリースト。そこへ更にカマをかけようと

「あ、君の本来の実力が見たいから、隠し持ってる暗器で来ていいよ。」

と、声のトーンを変えないように意識しながら告げた。
ロイ・プリーストは表情こそは変えなかったが、ピクリとその指先が動いた。
分かりにくいが確実に動揺している。
しかし、諦めなのか、元より潔い性格なのか、あっさりと袖に隠していたであろう鉄製の暗器を手の中にすべり落とした。

それを見て「あ、やっぱり持ってた。」とカマをかけたことを告るも、既に動揺の色はどこにもなく、気にもしていない様子だった。

(……やっぱり、感情コントロールを訓練されていると思っていいかもしれないね。あまりにも感情に起伏がない。)

そう考察をしながら、腰の木剣を1本引き抜く。

他の生徒たちに「皆離れてねぇ~。」なんて軽い口調で、避難を促す。近すぎると巻き込んでしまう可能性があるからだ。

しかし、顔には出さなくても1本しか引き抜かなかったことが気に入らないのか

「……おや、私には得意武器を使え、と言いながらご自分は片手だけですか?」

と、暗にそれを責めるような言葉がロイ・プリーストの口から出される。

「まあまあそんなカッカッしないで。気に入らないなら2本目を抜かせてご覧?」

なんて、そう簡単にあしらったが実際、2本目を使える気がしなかったのだ。
元々冒険者の俺が得意なのは獣の群れなどと多対一だ。だからこそ2本の獲物で広範囲をカバーする。

しかし、先程のイザック・ベルナールとのやり取りや、手持ちの暗器を見るに、このロイ・プリーストはスピード重視の暗殺者タイプだ。

速度があり小回りの効く相手に2本というアドバンテージは作用しない。小回りも効かなければ、重たい木剣が2本もあれば速度も落ちる。

だからこそ、1本しか引き抜かなかったのだ。相手にはまだ上があると見せかけての全力。教官として、勝てればより強い実力者として牽制になるし、例え負けてもロイ・プリーストからすれば本気じゃないやつに勝った程度にしかならない。

しかし、ロイ・プリーストの実力は、それ以上だった。
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